とらぶるチョコレート

文月 青

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茂木編 カタツムリの恋

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おそらくプロポーズを待っているであろう奈央さんに、いざ結婚の意思を伝えようとしたとき、俺の頭は予想外に混乱を極めた。彼女は俺の気持ちを分かってくれていると思うけれど、本人を目の前にするとどんな格好いい言葉も嘘くさいような気がして、悲しいかな何も言えなくなってしまった。

生涯を共にしたい女性を前にしてこの体たらく。肝心なときにはいつも迷いが先に立つ。俺が不安になれば奈央さんはもっと不安になるのに、少しも安心させてあげられない。

「やはり…」

出直しますと頭を下げようとしたところで、奈央さんはふふっと可愛らしく笑んだ。

「それでいいんじゃないでしょうか。不器用かもしれませんが、大事なときに適当にその場を収めたりしないのが、私が茂木さんを信頼できる理由の一つです。嘘は要らないでしょう? お互い」

「奈央さん…」

「だから茂木さんが、その、私をお嫁さんにしたいといつか思ってくれる日がきたら、そのときに伝えて欲しいんです。今はここに同居してくれるという気持ちだけで充分です」

これは絶対勘違いしている。同居のためにするつもりもない結婚という言葉を出したと。俺は慌てて身を乗り出した。

「奈央さん違います。俺は奈央さんと結婚したいんです。今すぐにでも。だけど女性の奈央さんにそれをどう」

必死で叫んでいる途中で奈央さんが赤くなって俯いた。

「あの、もう、言っているんですけど」

その一言に俺は再び項垂れる。一生に一度のプロポーズを勢い任せでやってしまうとは。奈央さんはロマンチックな場面シーンを夢みていただろうに。今更だが指輪だって用意していない。行き当たりばったり過ぎる。

「すみません。今のは取り消させて下さい」

「取り…消し?」

顔を上げた奈央さんの目が悲しそうに揺れる。

「あぁ、違います違います。そうじゃなくて!」

もうどうしていいか分からなくなって、俺はがしがしと髪を掻きむしった。

「結婚はしたいんです。でもこんな指輪もなければ、ちゃんとした言葉もないプロポーズじゃ奈央さんに申し訳なくて」

ただの口約束に過ぎない、確かなものが何もない、俺の都合だけ。

「どんなプロポーズならいいんですか?」

「え?」

「茂木さんの理想?」

不思議そうに首を傾げる奈央さん。いやいや俺の理想じゃなくてですね。

「私、お洒落とかロマンチックとか無縁ですもんね」

腕を組んでうーんと唸っている。だからそれは俺の台詞。

「やっぱりあれですか? 夜景の見えるレストランとかで、キラキラした感じにしたいですか?」

ちょっと勘弁願いたいです。たぶんキャラじゃないですし。

「薔薇の花束を抱えてとか?」

かつてやった記憶は一度もありません。かなり勇気が要ります。というかさっきから奈央さん、男女逆転の発言をしていませんか。

「あのー、プロポーズの理想、俺が訊きたいんですけど」

おずおずと伺いを立てる俺に、奈央さんは目を瞬いた。

「実は、あまり考えたことないんです」

そして躊躇ったように続ける。

「結婚どころか、彼氏ができるなんて思ってもいませんでしたから」

今度は俺が目を瞠った。

「だからさっきの今すぐ結婚したいって言葉だけで、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ?」

お嫁さんになりたいという気持ちが芽生えたことに、自分でも驚いていると奈央さんはバツが悪そうに告げる。

この人は女性が普通に夢みる結婚さえ、他人事にしてしまえるくらい、誰かと共にいる幸せを遠ざけてきたのだと、改めて思い知らされた。浮かれ過ぎていた自分が悔やまれる。

「お願いですから、取り消さないで下さいね」




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