とらぶるチョコレート

文月 青

文字の大きさ
45 / 48
橋本編  鬼畜の片想い

7

しおりを挟む
俺と奈央のやり取りをどこから見ていたのか分からないが、藪は特に詮索もしなければ揶揄いもせず、迷惑をかけたねと謝りながら傘を閉じた。仕事で郵便局に行った帰りに母親から電話をもらい、ついでに店でくだを巻いているであろう姉を、回収に立ち寄ったのだという。

「出ていったりしないよね? 親分」

不安そうに訊ねる奈央に、藪は肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべた。

「栄五郎さんに訊いたのかい? 済まないね、心配かけて」

愛おしそうに奈央の頭を撫でる。形こそ違えど、やり直すつもりで同時期にこの地に居を移した者同士。特に引っ越してきたばかりの奈央は、家に閉じこもり気味だったというから、藪が妹にも近い彼女に心を砕いていたことは想像に難くない。

「営業妨害になるからね。ひとまずあれは連れ帰るよ」

こそっと人差し指を向けて藪は店内に入っていった。

「お世話様でした」

律儀に挨拶をして奈央も仕事に戻ってゆく。何となく藪がわざと明確な発言を避けたような気がした。次の配達先に行くべくトラックに乗り込むと、ウインドウ越しに藪が姉の腕を引っ張って立たせているのが見えた。老け顔の影響もあるのだろうが、姉妹の年齢が明らかに逆転している。

奈央と一緒にいる俺を見て藪はどう思っただろう。

ふいに胸に浮かんだ疑問に自分でも驚きながら、俺はゆっくりトラックを走らせた。再び落ちてきた雨がフロントガラスを叩き、規則的な動きでワイパーが雫を掃いていった。




その日の仕事帰り、久し振りに清水家の夕食にお邪魔した。あやめさんには遠慮しないでと言われたが、実際は藪やガキどもとサッカーに夢中になって、足を運ぶ機会を逸していただけだった。

「親分はどうした?」

店長があやめさんに確かめる。六人掛けのダイニングテーブルを囲んでいるのは五人。いつも存在感ありありの俺の向かいの席には、今日は誰も座っていなかった。

「お姉さん…朱美あけみちゃんのご家族が来てるんですって」

あやめさんの答えに食卓が一気に沈んだ。茂木がちらっと右隣の俺を一瞥してから、左隣で黙り込む店長に声をかける。

「藪さんのお姉さん達はどこに住んでいるんですか?」

「市内だよ。車で三十分とかからない」

それを聞いて俺は箸を止めた。

「じゃあ藪が帰ってくる必要はなかったんじゃ」

姉夫婦が遠方に住んでいるがために、手を借りることができないから、まだ独身の藪が呼び戻されたのだと勝手に想像していた。

「旦那の親が近所にいるし、小学生の子供二人の子育てでいっぱいだと、二、三週に一度くらいしか顔を出さなかったんだよ」

近所の人もできる範囲で手伝ったりはしたが、介護や看病というのはそんなに甘いものではないのだろう。藪の母親も体調を崩してダウンしたのを機に、親戚が彼女に親を助けるよう進言したのだそうだ。

「なのに旦那がリストラされたら同居すると?」

「あくまで候補で、まだリストラされたわけじゃない。何も決まっていないのに、朱美ちゃんが一人で騒いでるんだよ」

あまりの話に馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれなかった。

「藪を追い出した挙句、やっぱりリストラされませんでしたって、結局親を放置しそうな気もしますが」

「悪いが俺も同感だ」

店長が苦笑した。

「諦めなくてもよかった結婚を諦めて帰ってきたのに、今度は家を出て行って欲しいなんて、親分を何だと思ってるんだか」

俺達のやり取りに耳を傾けていた奈央が、箸でおかずを摘まんだまま大仰にため息をつく。

「あぁ、そこについては訂正を入れとくぞ」

味噌汁に咽そうになりながらも俺は口を挟んだ。

「藪は自分の意思で結婚を止めたんだ。諦めるって表現をあいつは喜ばない。絶対言うなよ」

「どうして橋本さんがそんな事情を?」

今度はワンコが目を瞬いた。振り返った先にいる店長とあやめさんが、何故か訳知り顔で頷いているのが癪に障る。

「たまたまな」

「やだな。鬼畜なんかと親分が親しくなってる」

斜め向かいから奈央の嫉妬の視線が飛んでくる。昼間結婚しろとか何とかほざいていたのは一体誰だ。

「ワンコとつるめば妬く、藪と話せば妬く。ったく面倒くせーな、お前は」

「腐れ鬼畜!」

奈央が叫ぶと同時に食卓には笑いが咲いた。嬉しさを隠さない隣の茂木からは、今すぐにでも奈央に纏わりつきそうな雰囲気が溢れていて、彼女も赤くなりつつも目元を細めている。うん。やっぱりこんな茂木と奈央を見ているのが俺には一番いい。

らしくないのは分かっている。でもそれを唯一分かってくれる筈の人がいた、空いたままの向かいの席が無性に淋しくてならなかった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

処理中です...