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連休中は一日も休まずに出勤していたら、二週間ぶっ通しで働く結果となった。他のパートさんを交代で休ませるためとはいえ、さすがに寝に帰るだけの私も疲れた。でも少しは人の役に立てたし、夜もよく眠れたので良しとしよう。
「隈ができてるぞ」
日中たっぷりと睡眠を取ったので、今度はお腹を満たそうと訪れた、近所のショッピングモールのレストラン街で、背後から呆れた声が頭上に振った。つられて上を見た私の目に飛び込んできたのは、仕事モードの修司さんだった。
「仕事、全然休んでないんだって?」
弟に聞いたと補足して、修司さんは愛想のなさを発揮する。
「今日は休みです。富沢さんこそ、仕事帰りですか?」
スーツ姿で髪を整えているのもさることながら、脇の方で連れらしい男女がこちらを窺っていて、特に女の子の視線が一際痛い。
「ああ。ところであんた、これから飯?」
「はい」
「ちょうど良かった。また協力して」
そう言うなり修司さんは、連れの男女に向かってあっさり断りを入れた。
「悪い。俺、抜けるわ」
大きな手で私の肩を押して、合コンのときのように足早にその場を去る。突き刺さる視線を感じる間もなく、少しひんやりした宵闇に出た。
「助かったよ」
ネクタイを心持ち緩めながら、修司さんがふーっと息を吐く。同僚に誘われたカラオケに、他部署の話したことがない女の子達が付いていたので、逃げる隙を探していたらしい。
「飯食うのに、野郎だけでわざわざショッピングモールなんて、おかしいとは思ったんだけどさ」
そこに女の子達がスタンバイしていたのだそうだ。修司さんは苦々しげに吐き捨てるけれど、彼女達の気持ちも分かるような気がした。
若くて素敵な人だ。仕事ぶりは知らないけれど、てきぱきとこなしそうだし、特定の相手がいなければ、お近づきになりたくもなろう。女性を紹介されることを煙たがっているなら尚更。
「では、私はこれで」
自分なんかにもう用はないだろうし、お腹の虫が鳴くのを聞かれるのもみっともない。なので私はさっさと退散することにした。
「おい、待てって」
ところが修司さんは焦ったように私の腕を掴んだ。
「飯、食おう」
「富沢さんと、私がですか?」
驚いて目を瞬く私に、彼は唖然として呟いた。
「そんなにびっくりすることか」
することです。私にとっては。
修司さんの行きつけだという店は、年配のご夫婦が二人で営む、カウンターとテーブル席が三つだけの小さな食堂だった。仕事帰りのサラリーマンがほっと一息つけるような、家庭的な雰囲気を醸し出している。
「お洒落な所じゃなくて、がっかりしたか?」
カウンターに座るなり修司さんが言った。
「いいえ。むしろ好ましいです」
ただでさえ修司さんと一緒で動揺しているのに、煌びやかな店に案内されたら更に緊張が増す。私にはこちらの方が断然嬉しい。
「いらっしゃいませ。今日は女の子連れ?」
女将さんが笑顔で水とおしぼりを手渡してくれる。
「香ちゃん以来ね」
「まあ。いつものお願いできる?」
「かしこまりました」
香ちゃんという名前が気にならなくもないが、おそらく修司さんの昔の彼女だろうと想像がついたので、あえて突っ込まずにコップの水を飲んだ。
一緒に来たはいいものの、私と修司さんの間に特に話題があるわけでもなく、店内を見回しながら無言で並んでいると、目の前に和定食のお膳が置かれた。湯気の上るご飯と味噌汁、魚の煮付けに煮物と漬物。
「よくある家庭料理で申し訳ないんだけど」
にっこり微笑む女将さんに首を振り、私は食欲をそそる匂いに箸を取った。
「美味しい」
初めに口をつけた具沢山の味噌汁の、野菜と出汁が生み出す優しい味わいに、思わず吐息が洩れる。
「だろ?」
相槌を打ちつつ、がつがつ食べる修司さんは男らしい。私も遠慮なく魚の煮付けを口に運ぶ。ふっくらした身に、甘辛い煮汁が染みて堪らない。
結婚している頃は夫を喜ばせようと、本と首っぴきであれこれ作ったものだった。要領が悪くて余計な時間がかかったり、失敗も何度もしたけれど、それが楽しい時間だったときもあった。
一人になってからは自分のために何かすること自体億劫で、清掃の仕事に就いていながら、部屋の掃除はおざなりだし、食事に至っては出来合いのお惣菜を買ったり、レンジでチンして食べられる物で終わらせていた。
「ごちそうさまでした」
修司さんと同じ量を平らげ、満足して手を合わせていると、彼は我慢できないというふうに吹き出した。
「こんだけ食べる女、会社にはまずいないな」
「すみません」
女にはあるまじき勢いで、夢中で食事をしていたことが急に恥ずかしくなった。
「ばーか。褒めてんだよ。女と飯食って美味いと思ったの、久し振りだ」
「はあ」
「変な人だな、あんた」
ちっとも褒められている気はしないけれど、子供のように無邪気に笑う修司さんに、私は呼吸困難に陥りそうな気分だった。きっとこれはボーナス。仕事を頑張ったご褒美。だからあとは夢の中で幸せが続いてくれたらそれでいい。
「隈ができてるぞ」
日中たっぷりと睡眠を取ったので、今度はお腹を満たそうと訪れた、近所のショッピングモールのレストラン街で、背後から呆れた声が頭上に振った。つられて上を見た私の目に飛び込んできたのは、仕事モードの修司さんだった。
「仕事、全然休んでないんだって?」
弟に聞いたと補足して、修司さんは愛想のなさを発揮する。
「今日は休みです。富沢さんこそ、仕事帰りですか?」
スーツ姿で髪を整えているのもさることながら、脇の方で連れらしい男女がこちらを窺っていて、特に女の子の視線が一際痛い。
「ああ。ところであんた、これから飯?」
「はい」
「ちょうど良かった。また協力して」
そう言うなり修司さんは、連れの男女に向かってあっさり断りを入れた。
「悪い。俺、抜けるわ」
大きな手で私の肩を押して、合コンのときのように足早にその場を去る。突き刺さる視線を感じる間もなく、少しひんやりした宵闇に出た。
「助かったよ」
ネクタイを心持ち緩めながら、修司さんがふーっと息を吐く。同僚に誘われたカラオケに、他部署の話したことがない女の子達が付いていたので、逃げる隙を探していたらしい。
「飯食うのに、野郎だけでわざわざショッピングモールなんて、おかしいとは思ったんだけどさ」
そこに女の子達がスタンバイしていたのだそうだ。修司さんは苦々しげに吐き捨てるけれど、彼女達の気持ちも分かるような気がした。
若くて素敵な人だ。仕事ぶりは知らないけれど、てきぱきとこなしそうだし、特定の相手がいなければ、お近づきになりたくもなろう。女性を紹介されることを煙たがっているなら尚更。
「では、私はこれで」
自分なんかにもう用はないだろうし、お腹の虫が鳴くのを聞かれるのもみっともない。なので私はさっさと退散することにした。
「おい、待てって」
ところが修司さんは焦ったように私の腕を掴んだ。
「飯、食おう」
「富沢さんと、私がですか?」
驚いて目を瞬く私に、彼は唖然として呟いた。
「そんなにびっくりすることか」
することです。私にとっては。
修司さんの行きつけだという店は、年配のご夫婦が二人で営む、カウンターとテーブル席が三つだけの小さな食堂だった。仕事帰りのサラリーマンがほっと一息つけるような、家庭的な雰囲気を醸し出している。
「お洒落な所じゃなくて、がっかりしたか?」
カウンターに座るなり修司さんが言った。
「いいえ。むしろ好ましいです」
ただでさえ修司さんと一緒で動揺しているのに、煌びやかな店に案内されたら更に緊張が増す。私にはこちらの方が断然嬉しい。
「いらっしゃいませ。今日は女の子連れ?」
女将さんが笑顔で水とおしぼりを手渡してくれる。
「香ちゃん以来ね」
「まあ。いつものお願いできる?」
「かしこまりました」
香ちゃんという名前が気にならなくもないが、おそらく修司さんの昔の彼女だろうと想像がついたので、あえて突っ込まずにコップの水を飲んだ。
一緒に来たはいいものの、私と修司さんの間に特に話題があるわけでもなく、店内を見回しながら無言で並んでいると、目の前に和定食のお膳が置かれた。湯気の上るご飯と味噌汁、魚の煮付けに煮物と漬物。
「よくある家庭料理で申し訳ないんだけど」
にっこり微笑む女将さんに首を振り、私は食欲をそそる匂いに箸を取った。
「美味しい」
初めに口をつけた具沢山の味噌汁の、野菜と出汁が生み出す優しい味わいに、思わず吐息が洩れる。
「だろ?」
相槌を打ちつつ、がつがつ食べる修司さんは男らしい。私も遠慮なく魚の煮付けを口に運ぶ。ふっくらした身に、甘辛い煮汁が染みて堪らない。
結婚している頃は夫を喜ばせようと、本と首っぴきであれこれ作ったものだった。要領が悪くて余計な時間がかかったり、失敗も何度もしたけれど、それが楽しい時間だったときもあった。
一人になってからは自分のために何かすること自体億劫で、清掃の仕事に就いていながら、部屋の掃除はおざなりだし、食事に至っては出来合いのお惣菜を買ったり、レンジでチンして食べられる物で終わらせていた。
「ごちそうさまでした」
修司さんと同じ量を平らげ、満足して手を合わせていると、彼は我慢できないというふうに吹き出した。
「こんだけ食べる女、会社にはまずいないな」
「すみません」
女にはあるまじき勢いで、夢中で食事をしていたことが急に恥ずかしくなった。
「ばーか。褒めてんだよ。女と飯食って美味いと思ったの、久し振りだ」
「はあ」
「変な人だな、あんた」
ちっとも褒められている気はしないけれど、子供のように無邪気に笑う修司さんに、私は呼吸困難に陥りそうな気分だった。きっとこれはボーナス。仕事を頑張ったご褒美。だからあとは夢の中で幸せが続いてくれたらそれでいい。
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