バツイチの恋

文月 青

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ゴールデンウィークが終わった後も、宿泊客が途切れることはなかった。観光シーズンから外れた平日の清掃数は、少ないと三部屋なんてこともあるのだが、今年は十部屋を下回らない。地域のコミュニティ誌に紹介されたのが功を奏したと、嬉しい誤算に桜屋は盛り上がっている。

しかし四月にパートさんが二人退職した後、スタッフの補充ができていない清掃部門は、またまた人のやり繰りに頭を痛めている。

「悪いけど、明日の休みも出勤してもらえる?」

ちょうど一週間の勤務を終えた日の帰り、主任から声をかけられた。明日は彼とパートさん一人のシフトになっていた筈だ。

「俺が入る予定だったんだけど、仲居さんにも欠員が出て、そっちの応援に回らないといけないんだ」

ここで休んでおかないと、十二日連続出勤になる。ただ明日は五月の最終日で、シフトは六月から切り替わるので、特に差し支えはない。

「分かりました」

私が承諾すると、主任は安堵したように笑った。

「よろしくね」

時間に拘束される職業柄、どこの部門も人手不足。せっかく新人が入っても、その忙しさに辟易してすぐに辞めていく。

「あんたはどうしてこの仕事を選んだんだ?」

前に修司さんに訊ねられたことがあった。バイトの弟を見ているだけでも、かなり大変な仕事だと感じていたそうだ。

限られた時間の中で布団上げやベッドメイク、清掃を行い、備品の補充をして仕上げる。もちろん忘れ物にも注意しなければならない。

「面接を受けたときは、正直こんなに大変だとは思わなかったんです。きっと黙々と仕事に向かえるところが、性に合ったんだと思います」

客室清掃に入る際は、やむを得ない場合を除き、二人一組でコンビを組む。分担した方が効率が良いし、お互いの見落としも防げるからだ。ある程度まとまった人数で、足並みを揃えるのが苦手な私には、適職なのかもしれない。

「お疲れ様でした」

私は主任に挨拶をして帰途に着いた。安いとはいえ家賃の支払いはあるし、収入が増えるのは嬉しいけれど、このところちょっと疲れ気味。のんびり修司さんの顔でも見て癒されたい。




「あんたはまた休日出勤を引き受けたのか」

六月に入って最初の日曜日。私は修司さんの車の助手席で、蛇に睨まれた蛙の如く身を縮ませていた。後部座席の富沢くんと咲さんが面白そうに様子を窺っている。

「人手不足ですし」

上司の頼みを断り切れずに十二日出勤したことが、ついさっき富沢くんの口からバレてしまい、仕事帰りに旅館の駐車場で捕まるなりお説教を食らっているのだ。

「疲れた顔して馬鹿言うな」

「まだ若いので寝れば復活しますし」

「今年三十路になる奴が偉そうに」

ちっと舌打ちして修司さんは車を降りる。私はすかさず後ろの二人を振り返った。

「お兄さんに余計なこと言わないでよ。しかも私どうして怒られてるの」

げらげら笑いながら富沢くんが座席を叩いた。

「傑作! 修兄があんなに切れるなんて」

「ほんと珍しい。お母さん達のことだって軽くあしらうのに」

本日仕事が休みの咲さんも、堪え切れないようにくすくす笑う。

「良くも悪くも、修司は女の人には態度が一貫して素っ気なくてね。稀に笑うことはあっても、怒ることなんてまずないのよ」

「もしかして私、この上なく嫌われているんですか?」

不安になって椅子にがばっとしがみつくと、富沢くんがひらひらと手を振った。

「逆だよ、一ノ瀬さん」

それだけ言って咲さんと共に車から降りてしまう。

「じゃ、俺達はデートだから」

楽しそうに肩を寄せ合って、富沢くんの車に乗り込む二人を恨みがましく眺める。この状況で普通私を一人にする?泣きそうな気分で項垂れていたら、予告なく運転席のドアが開いた。恐る恐る体の向きを戻すと、頬に冷たい物が触れた。

「飲んどけ」

つっけんどんに渡されたのは、ペットボトルのスポーツドリンク。どうやら駐車場に設置してある自動販売機で、わざわざ買ってきてくれたらしい。

「自分の分のついでだ」

ぽかんと口を開ける私に不機嫌にぼやき、自分は無糖の缶コーヒーを煽る。

「分かっています。私なんかにありがとうございます」

お礼を伝えたら更に不機嫌度がアップした。

「気になっていたんだけど、あんたのその”私なんか”って口癖なの?」

「そういうわけでは」

口癖ではなく単なる事実だ。意図してやっていることではなくても、私は存在自体がいつも誰かの迷惑になっている。だから人から何かを頼まれたとき、二度と当てにされなくなるのが怖くて、例え嫌でも断ることができないでいる。誰かの役に立っていることが、少なくともここにいてもいい理由になるから。

「変に笑顔ばっかり浮かべるし。俺に腹が立ったときは、遠慮なく文句を言っていいんだぞ?」

「富沢さんに腹が立ったことなんてありませんよ。いつも無愛想なので、顔色を窺う必要がない…あ!」

慌てて口元を手で覆うと、修司さんは気を悪くするどころか、やんわり眦を下げた。不思議な人だ。



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