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日和編
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これが恋人からの言葉なら、言い方はどうあれ一も二もなく舞い上がるのだろうが、育成枠の私の場合、逆に冷静になる機会を与えられることとなった。ただしそれは頭の中だけの話で、こんなに密着されては意識したくなくても、凩さんの引き締まった体に惑わされる。
「突飛なご意見ですね」
ようやく返事を口にすれば、凩さんは憮然として私の髪に指を巻きつけている。
「何だ、その感動の無さは」
「餌付けの為に結婚すると明言されても」
世の中には出会ってすぐに一生を決めるカップルもいるのだろうが、いかんせんペットと飼い主の私達には当てはまらない。大人のくせに凩さんも訳の分からない突っ走り方をしてくれる。
「日和の両親の許可は取ってある。よろしく頼むと頭を下げられた。つまりいつ孕んでも大丈夫だ」
両親と会ったのは先日の偶然一度のみだ。なのにどうしてそんな展開になっているのだ。しかも孕むって何。この状況ではちっとも笑えない。
「いい加減離して下さい。服も着て下さい。ついでに繁殖の相談もやめて下さい」
投げやりに注文すると、凩さんは繁殖の一言にすこぶる不機嫌になった。私の髪から指を外して、頭の天辺にそっと顎を乗せる。
「私のことが嫌いですか?」
またバージョンを変えて躱される。もはや通常モードがどれなのか判別できない。
「じゃあ凩さんは私のことが好きなんですか?」
「……っ!」
意表を突かれたらしい凩さんは、肝心なことが答えられない。
「据え膳ばかり食ってたって、どういう意味ですか?」
こうなったら道重姉さんばりに攻撃してやる。子供だと思って翻弄した仕返しだ。バイトを優先して彼氏に振られるような私が、結婚について真剣に考えたことはないけれど、本物のプロポーズみたいでドキドキしたんだから。
「子供だから面白がって、抱くとか孕むとか結婚してやるとか、出まかせを連発、するんです、か?」
勝手に喚いておきながら、ふいに謂れのない虚しさに襲われた。自分が凩さんに腹を立てている理由も分からない。
「俺も大概だが、お前も相当鈍いな」
頭上からやんわりとため息が降った。
「いい年して篠原に嫉妬するくらいには、好きなつもりなんだがな。日和のこと」
「篠原さんに、嫉妬?」
「ああ。あいつと一緒にいるお前を見ると、仕事だと理解していても苛々が止まらなかった」
職場で上手くやれていること自体は嬉しい。親しい先輩ができたことにも安堵している。なのにたかだか一ヶ月、しかも実際に過ごした時間は更に短い、料理も部屋の掃除もできない、だらしない面倒なだけの小娘を、横取りされた気分になるのは何故だろうと。
「最初は原因が掴めなくて、真面目にきつかったぞ。俺、女のことで嫉妬なんてしたことがなかったから」
「若い頃はさぞやおモテに」
「確かに食ったよ、据え膳」
それはただの欲求不満の解消である、割り切った行為で、お互い後腐れのない相手なのはもちろん、そこに好きとか嫌いとかいう感情は存在しない。放っておいても寄ってくるし、相手も望んでいるから応えたまで。
「最悪な男ですね、凩さん」
頭上の重しが浮いた。腕を緩めて恐る恐る私の顔を覗き込む凩さん。
「その辺から隠し子がうじゃうじゃ出てきそうです」
「そんなヘマはしない」
「避妊は絶対じゃありませんよ?」
「お前はろくな知識もないくせに、そんなことには考えが及ぶのか」
「一応彼氏がいましたので」
もっとも当時の彼氏とは清い交際だったので(口説いですが優先順位はバイトが上)、私の身を案ずる友達の受け売りだが。
「赤飯はいらねーのかよ。ったく、道重の奴」
項垂れていた凩さんから、再び道重さんの名前が洩れる。一見邪険でも親しい者の間にだけ許される信頼が見えて、篠原さんではないが私はすきま風を感じてしまう。
「本当に道重さんと仲がいいんですね」
「やめろ。あれは俺の天敵にも等しい女だ」
ぱっと顔を上げて吐き捨てる。
「そんなとこまで気のおけない」
「日和と篠原とは違うんだよ」
「もっと親密に見えますよ?」
あーもうとぼやいて、凩さんは私の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。自分のでやって欲しい。
「何なの日和。俺はお前が好きだって言ってんだろ。それともあれか? お前も嫉妬か?」
ありえないよな、と淋しそうに笑まれて開眼する。成程。これが妬けるということになるんでしょうか。
「凩さん、私もしかして凩さんのことが好きなんでしょうか?」
「知らねーよ、そんなことは自分で確かめ……は?」
瞬きを繰り返す凩さんとじっとみつめあう。
「おい、日和、それって……」
凩さんの大きな手がゆっくりと私の頬に触れた。
「凩さん」
「日和」
双眸から非常に甘ったるい光線が放たれた瞬間、タイミングよく私のお腹がぐーっと鳴った。そういえばお昼ご飯を食べていない。
「お腹が空きました」
「こんな大事なときにお前の胃袋はどうなってんだよ」
いい加減怒る気も失せたのか、凩さんはベッドにごろんと傾れ込んだ。
「突飛なご意見ですね」
ようやく返事を口にすれば、凩さんは憮然として私の髪に指を巻きつけている。
「何だ、その感動の無さは」
「餌付けの為に結婚すると明言されても」
世の中には出会ってすぐに一生を決めるカップルもいるのだろうが、いかんせんペットと飼い主の私達には当てはまらない。大人のくせに凩さんも訳の分からない突っ走り方をしてくれる。
「日和の両親の許可は取ってある。よろしく頼むと頭を下げられた。つまりいつ孕んでも大丈夫だ」
両親と会ったのは先日の偶然一度のみだ。なのにどうしてそんな展開になっているのだ。しかも孕むって何。この状況ではちっとも笑えない。
「いい加減離して下さい。服も着て下さい。ついでに繁殖の相談もやめて下さい」
投げやりに注文すると、凩さんは繁殖の一言にすこぶる不機嫌になった。私の髪から指を外して、頭の天辺にそっと顎を乗せる。
「私のことが嫌いですか?」
またバージョンを変えて躱される。もはや通常モードがどれなのか判別できない。
「じゃあ凩さんは私のことが好きなんですか?」
「……っ!」
意表を突かれたらしい凩さんは、肝心なことが答えられない。
「据え膳ばかり食ってたって、どういう意味ですか?」
こうなったら道重姉さんばりに攻撃してやる。子供だと思って翻弄した仕返しだ。バイトを優先して彼氏に振られるような私が、結婚について真剣に考えたことはないけれど、本物のプロポーズみたいでドキドキしたんだから。
「子供だから面白がって、抱くとか孕むとか結婚してやるとか、出まかせを連発、するんです、か?」
勝手に喚いておきながら、ふいに謂れのない虚しさに襲われた。自分が凩さんに腹を立てている理由も分からない。
「俺も大概だが、お前も相当鈍いな」
頭上からやんわりとため息が降った。
「いい年して篠原に嫉妬するくらいには、好きなつもりなんだがな。日和のこと」
「篠原さんに、嫉妬?」
「ああ。あいつと一緒にいるお前を見ると、仕事だと理解していても苛々が止まらなかった」
職場で上手くやれていること自体は嬉しい。親しい先輩ができたことにも安堵している。なのにたかだか一ヶ月、しかも実際に過ごした時間は更に短い、料理も部屋の掃除もできない、だらしない面倒なだけの小娘を、横取りされた気分になるのは何故だろうと。
「最初は原因が掴めなくて、真面目にきつかったぞ。俺、女のことで嫉妬なんてしたことがなかったから」
「若い頃はさぞやおモテに」
「確かに食ったよ、据え膳」
それはただの欲求不満の解消である、割り切った行為で、お互い後腐れのない相手なのはもちろん、そこに好きとか嫌いとかいう感情は存在しない。放っておいても寄ってくるし、相手も望んでいるから応えたまで。
「最悪な男ですね、凩さん」
頭上の重しが浮いた。腕を緩めて恐る恐る私の顔を覗き込む凩さん。
「その辺から隠し子がうじゃうじゃ出てきそうです」
「そんなヘマはしない」
「避妊は絶対じゃありませんよ?」
「お前はろくな知識もないくせに、そんなことには考えが及ぶのか」
「一応彼氏がいましたので」
もっとも当時の彼氏とは清い交際だったので(口説いですが優先順位はバイトが上)、私の身を案ずる友達の受け売りだが。
「赤飯はいらねーのかよ。ったく、道重の奴」
項垂れていた凩さんから、再び道重さんの名前が洩れる。一見邪険でも親しい者の間にだけ許される信頼が見えて、篠原さんではないが私はすきま風を感じてしまう。
「本当に道重さんと仲がいいんですね」
「やめろ。あれは俺の天敵にも等しい女だ」
ぱっと顔を上げて吐き捨てる。
「そんなとこまで気のおけない」
「日和と篠原とは違うんだよ」
「もっと親密に見えますよ?」
あーもうとぼやいて、凩さんは私の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。自分のでやって欲しい。
「何なの日和。俺はお前が好きだって言ってんだろ。それともあれか? お前も嫉妬か?」
ありえないよな、と淋しそうに笑まれて開眼する。成程。これが妬けるということになるんでしょうか。
「凩さん、私もしかして凩さんのことが好きなんでしょうか?」
「知らねーよ、そんなことは自分で確かめ……は?」
瞬きを繰り返す凩さんとじっとみつめあう。
「おい、日和、それって……」
凩さんの大きな手がゆっくりと私の頬に触れた。
「凩さん」
「日和」
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