空っぽの薬指

文月 青

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本編

13

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「二人だけで結婚式を挙げませんか」

和成さんがそう提案してきたのは、葉桜の緑が眩しい五月も半ばの日曜日だった。久しぶりに二人で近所の公園を散歩しながら、子供ができる前にと小声で耳元に囁く。私は別に挙げなくてもいいのだけれど、和成さんはウエディングドレスを着た私が見たいのだそうだ。

「本当はお義父さんとお義母さんも呼びたいんですけどね」

私の両親に花嫁衣裳を見せられなかったことをまだ悔やんでいる。だから写真だけでも残したいと思ってくれているらしい。つくづく優しい人だ。

「病めるときも健やかなるときも、ずっと俺の傍らにいて下さい。あなたが好きなんです、希さん」

和成さんの主任さんへの想いを確信して(実際は勘違いだったけれど)、離婚するのだろうと決めつけていた私にしてくれた二度目のプロポーズ。告げられた当初は驚くばかりで、ちゃんと応えることができなかった。変な話今頃になってじわじわと実感している。

「この辺りでお弁当にしましょうか」

ちょうどよい木陰を指して和成さんが微笑む。周囲には二人連れや家族連れが数組寛いでいる。誰もこちらに注意を払ってはいないけれど、繋がれた手がカップルみたいで何だか恥ずかしい。

「希さん?」

持ってきたシートを敷き始めた和成さんは、するっと離れた手をみつめる私を不思議そうに眺めた。

「カップルみたいだな、と」

もはや呆気に取られることもなく笑いだす。

「夫婦なのに」

いや、確かにそうなんだけれども。

「繋ぐと恥ずかしいのに、離れると淋しいなんて、手繋ぎって面白いですよねぇ」

靴を脱いでシートに座り、和成さんの好物ばかりを詰めたお弁当箱を広げる。水筒に作ってきたお茶をカップに注いで渡したら、和成さんが困ったような表情で受け取った。

「公衆の面前で煽らないで下さい。ここで襲われたいんですか」

何故そうなる? 理解できずに首を傾げていると、和成さんは拗ねたように口を尖らせた。

「離れると淋しいなんて言われたら、抱き締めたくなるでしょう」

「手の話ですよ」

そう言って左手を掲げれば、ようやくそこにあるのが当たり前になってきたお揃いの指輪。のどかな昼下がり。絡められた二人の手。一緒に食べるお弁当。

こんな日々が続いていったら楽しいだろうな。満ち足りた時間を過ごしながらそう思う。ずっと私の傍らにいて下さいね、和成さん。



その無言電話がかかってくるようになったのは、和成さんと公園に散歩に行った翌日からだった。日中自宅の電話が鳴ることは滅多にないので、最初はセールスだろうと深く考えずに受話器を取った。名乗らずに「はい」とだけ答えた私に、相手はうんともすんとも言わなかった。今度は「もしもし」と問いかけてみたけれど、やはりあるのは静かな間だけ。

間違い電話かな? 沈黙につきあうつもりはないので、とりあえず私は受話器を置いた。ところが翌日もその翌日も同じような電話がかかってきた。無音だったり遠くにがやがやした雰囲気を感じたり、一日一回だったり日に何度か繰り返されたりと、そのときによって様子は違うけれど、相手が声を発さないことと私が電話を切るまで続くことは共通していた。

「それっていたずら電話の類じゃないの? 希ちゃん」

変な電話がかかってきて二週間。夕飯を食べにきた島津さんがから揚げを頬張りながら眉を顰めた。ちなみにこれは島津さんからのリクエストで、俺が負けたとりもも2パックの威力を見せてもらうとか何とか騒いでいた。一体いつの話だ。

「俺が家にいるときはないですよね?」

一旦箸を置いて和成さんが真顔で訊ねる。

「そういえば」

かかってくるのは日中なので和成さんはいなくて当然だと思っていたけれど、土曜日や日曜日に電話が鳴ったことはない。和成さんの留守という共通項が一つ追加された。

「どうせ非通知なんだろ? ったく、暇な奴もいるもんだ」

島津さんの台詞で俄然二時間サスペンスの気分が盛り上がる。大抵のことはスマートフォンで対応できるので、さすがにもう電話には出ていないものの、あなたがそこにいるのは知っているのよと言わんばかりに、電話は毎日かかってくるのだ。

「この場合ターゲットは私ですよね?」

「希さん、何をわくわくしてるんですか」

再び箸を持ち上げた和成さんが、めっと子供を叱るような表情で私を窘め、減っていなかったから揚げを口に運んだ。

「実家の母が片平なぎさのファンだったので。やはり定番の夫の不倫相手からでしょうかね?」

もちろん山村紅葉も外せませんよと張り切る私に、和成さんと島津さんは顔を見合わせてがっくりと項垂れた。

「しゃれになんねぇ」

やけに弱気のぼやきは、暗に春先の離婚騒動を指しているのでしょうか。

「とにかく迷惑電話対策は取っておけよ、佐伯」

そんな指示を出せば和成さんもしっかりと頷く。

「どうせあまり使っていないし、いっそのこと番号を変えてみるよ。それより希さん」

そしていきなり私に向き直って両手を取った。

「これからは異変があったらすぐに知らせて下さいね」

大袈裟ですねと返しそうになって私は慌てて口を噤む。和成さんと島津さんからはそれまで纏っていた和やかな空気が一切消えていた。




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