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本編
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自宅の電話番号を変更して十日。それ以来日中かかってきていた電話はぴたっと止まった。これといった実害はなかったので、単なる暇つぶしの悪戯だったのだろうけれど、和成さんからは念のため電話がかかってきても、しばらくは出ないよう釘を刺されている。
「希さんのことだから、同一人物なのか、どうやって新しい番号を知ったのか、嬉々として話しそうな気がするんです」
というわけで二時間サスペンス禁止令が敷かれてしまった。本当に信用がない。まぁちょっとは確かめてみたいなと思ったのは事実。
そんな安穏な日常に戻った矢先、今度は奇妙な手紙が届いた。ちなみにその何の変哲もないどこにでも売っている白い封筒は、今日の午前中に配達されたものだ。中身もよくある白い書簡箋。ただ差出人の名前はなく、文章一行どころか文字一つ記されていない。
そしてパソコンで印刷したのであろう宛名は新庄希様。つまり私の旧姓。実家にならいざ知らず、結婚後の住所にわざわざ旧姓で、しかも要件を書かずに手紙を出す意図が分からない。第一切手代が勿体ないではないか。
「そういう問題じゃねーだろ」
謎の手紙を検めていた島津さんが、それをテーブルの上に置いて私を呆れたように睨んだ。今日は二人とも残業で夕食は済ませてきたので、軽いお茶漬けを勧めながら私も席に着く。
「おまけにひと月も黙っていたなんて」
隣の和成さんも恨みがましい視線を向けてくるので、私はひとまず落ち着いてと手で制する。
「特に困っていませんでしたから」
まるで鳴らなくなった電話の代わりのように、六月に入ってから届き始めた手紙は、その後も週に一度我が家に配達されてきた。封筒や便箋が白いこと、内容が一切書かれていないこと、宛名は私の旧姓という点は共通していたが、脅迫状でも危険物が同封されているわけでもなかったので、とりあえず放っておいたのだ。四通ほどたまったところで和成さんに見つかり、こうして懲りずに怒られている次第。
「充分困る事態でしょう!」
和成さんがこつんと私の頭を叩いた。もちろん痛くはない。ごめんなさいと謝れば、島津さんがいちゃついているようにしか見えねぇとぼやいてお茶漬けをかき込む。
「でも本当に気をつけた方がいいよ、希ちゃん」
最悪電話の場合は適当な番号にかけて、反応があったところに繰り返し悪戯したと捉えることもできるけれど、相手の目的が分からないとはいえ今回のターゲットは確実に私。身辺に注意するに越したことはないと、再び手紙を観察する島津さん。
「当然ながら投函場所は全部違うな」
「バラバラで統一性がない」
消印を確認した和成さんも神妙に頷く。
「ないが…」
そのまま何故か口を濁した。思い当たる節でもあるのだろうか。
「いえ、とにかく希さんは何か変わったことがあったらちゃんと報告すること。むやみにあちこち出歩かないこと。いいですね?」
「いいな?」
和成さんと島津さんに鬼の形相で迫られ、私は渋々はいと約束した。さすがに和成さんのお茶漬けがふやけているなんて、的外れな指摘はできなかった。
ベランダから見上げた空はどんよりと曇っていた。梅雨に入ってからずっとじめじめした日が続き、洗濯物を干すこともままならない。晴天のありがたさをしみじみ感じながら、私はゆっくり時刻を確かめる。
「久しぶりに出てこない?」
会社勤めしていた頃の総務の先輩、真子さんからお誘いがあったのは昨日の夜だった。例の離婚騒動ではずいぶん心配をかけてしまったけれど、あの取り調べもどきが縁で島津さんには恐れられているらしく、その辺の話を聞いてみたいとうずうずしていたところ、
「できれば夜は避けて下さいね」
和成さんからやんわり希望があったので、人目のある会社近くの喫茶店でランチをすることにしたのだ。むろんこの喫茶店は張り込み(笑)に使わせてもらったお店だ。
真子先輩の休憩時間に合わせるには、そろそろ出発しないといけない。部屋の中に戻って戸締りを始めれば、ぽつぽつと温かい雨が窓を打ち、空は更に暗さを増す。私は薄手のカーディガンを羽織ってリビングを後にした。
玄関に向かう途中でかさっという微かな音を耳が拾う。気のせいかと歩みを進めていくと、準備しておいた靴の横に白い封筒が落ちていた。今日の分の郵便物はさっきまとめて片付けた筈だ。首を傾げつつその封筒を手に取って確かめる。
宛名は新庄希様。パソコンで打たれた文字も旧姓も同じだけれど、何故か住所が書かれていないし切手も貼られていない。ひっくり返して裏を見たら封もされておらず、私はいつもの便箋とは違う感触の紙をさっと抜き出した。今回はメッセージがあるのか、うっすらと字のような線のようなものが透けている。
どきどきしながら丁寧に折りたたまれた紙を開いた。いよいよ片平なぎさだ。心躍る私の目に真っ先に飛び込んできたのは漢字三文字。それは「離婚届」だった。
どうして今こんなものが? 不思議に思う私の脳裏にぼんやりと今日の日付が浮かんだ。七月七日。
「希さんのことだから、同一人物なのか、どうやって新しい番号を知ったのか、嬉々として話しそうな気がするんです」
というわけで二時間サスペンス禁止令が敷かれてしまった。本当に信用がない。まぁちょっとは確かめてみたいなと思ったのは事実。
そんな安穏な日常に戻った矢先、今度は奇妙な手紙が届いた。ちなみにその何の変哲もないどこにでも売っている白い封筒は、今日の午前中に配達されたものだ。中身もよくある白い書簡箋。ただ差出人の名前はなく、文章一行どころか文字一つ記されていない。
そしてパソコンで印刷したのであろう宛名は新庄希様。つまり私の旧姓。実家にならいざ知らず、結婚後の住所にわざわざ旧姓で、しかも要件を書かずに手紙を出す意図が分からない。第一切手代が勿体ないではないか。
「そういう問題じゃねーだろ」
謎の手紙を検めていた島津さんが、それをテーブルの上に置いて私を呆れたように睨んだ。今日は二人とも残業で夕食は済ませてきたので、軽いお茶漬けを勧めながら私も席に着く。
「おまけにひと月も黙っていたなんて」
隣の和成さんも恨みがましい視線を向けてくるので、私はひとまず落ち着いてと手で制する。
「特に困っていませんでしたから」
まるで鳴らなくなった電話の代わりのように、六月に入ってから届き始めた手紙は、その後も週に一度我が家に配達されてきた。封筒や便箋が白いこと、内容が一切書かれていないこと、宛名は私の旧姓という点は共通していたが、脅迫状でも危険物が同封されているわけでもなかったので、とりあえず放っておいたのだ。四通ほどたまったところで和成さんに見つかり、こうして懲りずに怒られている次第。
「充分困る事態でしょう!」
和成さんがこつんと私の頭を叩いた。もちろん痛くはない。ごめんなさいと謝れば、島津さんがいちゃついているようにしか見えねぇとぼやいてお茶漬けをかき込む。
「でも本当に気をつけた方がいいよ、希ちゃん」
最悪電話の場合は適当な番号にかけて、反応があったところに繰り返し悪戯したと捉えることもできるけれど、相手の目的が分からないとはいえ今回のターゲットは確実に私。身辺に注意するに越したことはないと、再び手紙を観察する島津さん。
「当然ながら投函場所は全部違うな」
「バラバラで統一性がない」
消印を確認した和成さんも神妙に頷く。
「ないが…」
そのまま何故か口を濁した。思い当たる節でもあるのだろうか。
「いえ、とにかく希さんは何か変わったことがあったらちゃんと報告すること。むやみにあちこち出歩かないこと。いいですね?」
「いいな?」
和成さんと島津さんに鬼の形相で迫られ、私は渋々はいと約束した。さすがに和成さんのお茶漬けがふやけているなんて、的外れな指摘はできなかった。
ベランダから見上げた空はどんよりと曇っていた。梅雨に入ってからずっとじめじめした日が続き、洗濯物を干すこともままならない。晴天のありがたさをしみじみ感じながら、私はゆっくり時刻を確かめる。
「久しぶりに出てこない?」
会社勤めしていた頃の総務の先輩、真子さんからお誘いがあったのは昨日の夜だった。例の離婚騒動ではずいぶん心配をかけてしまったけれど、あの取り調べもどきが縁で島津さんには恐れられているらしく、その辺の話を聞いてみたいとうずうずしていたところ、
「できれば夜は避けて下さいね」
和成さんからやんわり希望があったので、人目のある会社近くの喫茶店でランチをすることにしたのだ。むろんこの喫茶店は張り込み(笑)に使わせてもらったお店だ。
真子先輩の休憩時間に合わせるには、そろそろ出発しないといけない。部屋の中に戻って戸締りを始めれば、ぽつぽつと温かい雨が窓を打ち、空は更に暗さを増す。私は薄手のカーディガンを羽織ってリビングを後にした。
玄関に向かう途中でかさっという微かな音を耳が拾う。気のせいかと歩みを進めていくと、準備しておいた靴の横に白い封筒が落ちていた。今日の分の郵便物はさっきまとめて片付けた筈だ。首を傾げつつその封筒を手に取って確かめる。
宛名は新庄希様。パソコンで打たれた文字も旧姓も同じだけれど、何故か住所が書かれていないし切手も貼られていない。ひっくり返して裏を見たら封もされておらず、私はいつもの便箋とは違う感触の紙をさっと抜き出した。今回はメッセージがあるのか、うっすらと字のような線のようなものが透けている。
どきどきしながら丁寧に折りたたまれた紙を開いた。いよいよ片平なぎさだ。心躍る私の目に真っ先に飛び込んできたのは漢字三文字。それは「離婚届」だった。
どうして今こんなものが? 不思議に思う私の脳裏にぼんやりと今日の日付が浮かんだ。七月七日。
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