空っぽの薬指

文月 青

文字の大きさ
40 / 53
番外編 いつかウェディング

4

しおりを挟む
島んちょからの連絡がないまま、更に一週間が過ぎた。希の話では島んちょのお母さんは今週末に退院が決まったそうだ。その後数日はお兄さんの奥さんが付き添ってくれる予定なので、島んちょは一旦こちらに戻ってくるらしい。

「島津さんからは何の話もないんですか?」

佐伯さん経由で島んちょの様子を教えてくれた希が、電話の向こうで首を傾げている姿が目に浮かぶ。

「ないわ。もともとプライベートに踏み込んだ関係じゃないし」

「真子先輩からは電話をしないんですか?」

最初に社食で事情を説明されたときは、すぐにでも文句の一つも吐いてやろうと思った。でもできなくなっちゃったのよ、あんたの旦那のせいで!

「あの部屋に入った女性は、後にも先にも真子さんだけですよ」

佐伯さんがそんなことを言うから、嘘だと分かっていても変に意識してしまって、電話片手に自分の部屋の中をうろうろすること一週間。いまだに島んちょの声を聞けずにいる。

「島んちょがどうしようと、口を挟める立場じゃないの、私は」

希に悟られないように、こっそりため息をつく。

実は今更ながらその事実に気づいたことが一番大きい。お互いの友人を通して仲良くなっただけの、所詮同僚に毛が生えた程度の知り合いだ。困ったときに助けを求めたり、求められたりする間柄じゃない。まして連絡を寄越さないことに腹を立てるなんて、お門違いもいいとこ。

「そういえば結婚前に、和成さんも似たようなことを言ってましたねぇ」

ふいに希がふふっと微かな笑いを洩らした。

「きっかけは島津さんだったそうですが」

それなら何かのついでに聞いた憶えがある。二人がつきあう前、主任に振られた佐伯さんと希が親しくなった頃。冗談で希を食事に誘った島んちょを、佐伯さんが無自覚に威嚇してきた話だ。

「そのときに私が他の男の人と会うのを止める権利が、自分にはなかったと気づいたそうです」

まんま今の自分の気持ちに重なるできごとに、何故か心臓がどくんと跳ねる。

「でも私が他の人の隣りでご飯を食べるのは見たくない、と」

「それで?」

「プロポーズに至りました」

うわぁ。思わず叫びそうになって、慌てて口元を押さえる。ストレートだよ、クール佐伯。大方遠回しでは希に伝わらなかったんだろうが、めっちゃ格好いいじゃん。その後のごたごたは頂けないけれど。

「なので真子先輩も遠慮しなくていいんじゃないですか?」

分かっているのかいないのか、希は私の心中を見透かしたように言って電話を切った。

島んちょが私じゃない、他の誰かに例えば苦しみを吐露する姿。

佐伯さんの言葉に自身を当てはめて、私はあまりの不快感に顔を歪めた。



「よっ、ごりまこ」

お母さんが退院して間もなく、島んちょはいつもの調子で総務に現れた。ちょうど壁際でコピーを取っていた私の横に、部外者のくせに当然のように並ぶ。

「元気にしてたか?」

それはこっちの台詞だ。久しぶりに会った島んちょは心なしかやつれて見える。

「煩いのがいなくて清々してたわよ」

習慣で憎まれ口を叩けば、ひでぇとお馴染みの嘆きが返ってきた。

「あら島津さんだ」

お母さんのことを訊ねてみようか。しばし逡巡していると、島んちょに気づいた同僚が歩み寄ってきた。

「最近お見限りね。とうとう真子を振ったのかと噂していたところよ」

「逆ならいざ知らず、俺がごりまこを振るなんてあるわけないっしょ」

呑気に笑う島んちょ。佐伯さんといい、嘘もこうすらすらと出てくると、本当のような錯覚に陥りそうだ。

「それなら安心。真子のことは虫がつかないように見張っててあげるわね」

同僚は私の肩を意味ありげに叩いて去っていった。島んちょもよろしくと手を振っている。虫なんか頼んでも寄って来ないっつーの。

私は肩を落として右手を差し出した。

「何?」

島んちょが目を瞬く。

「何って、書類を持ってきたんでしょ?」

私の背後ではみんなが通常業務に勤しんでいる。とてつもなく忙しいわけではないが、決して暇でもないのだ。仕事があるならさっさと提出して欲しい。

「ちげーよ」

辛辣な私の物言いに、島んちょは困ったように苦笑した。周囲に聞かれては拙いのか、耳元に小声で囁く。

「ごりまこの顔を見に来ただけなんだけど」

突然のことにコピーを取る手が止まった。

「少しだけでいいから、追い出さないでくれ」

耳にかかる息のくすぐったさで我に返る。私は頬が火照ってくるのを感じた。これでは振り向きたくても振り向けない。

「れ、連絡一つしてこなかったくせに」

「ごりまこの方こそ。会えない間、俺は毎日鳴らない電話を見てはがっかりしてたよ」

またどの口がそんな歯の浮くような台詞を吐くんだ。

「婚活の邪魔しちゃ悪いと思いつつ待ってた。お前に怒鳴られたくて」

「怒鳴られって、あんたね」

余計な一言にうっかり島んちょを振り仰ぐ。そこには佐伯さんも真っ青の、蕩けるような甘い双眸があった。

「ごりまこ」

しかしその後がいけない。だから私はごりじゃないんだよ。

「真子です。油売ってないでとっとと仕事しなさい!」

急に態勢を立て直した私に、島んちょは呆気に取られたものの、

「やっぱり怒られた」

ぼやきながらも満足そうに戻っていった。恐るべしチャラ男。油断は禁物。鼻息荒く追い返したけれど、元気でよかったと胸を撫で下ろしたことは内緒だ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...