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番外編 いつかウェディング
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お母さんのお世話をしてくれているお義姉さんと交代する為、島んちょはゴールデンウィークを前にして再び実家に帰ることになった。お母さんの具合次第では、今後も頻繁に行き来する可能性もあり、仕事の調整に頭を痛めている。
「営業は難しいかもなぁ」
駅のホームで新幹線を待ちながら、島んちょが大きく伸びをした。身の回りの物は実家に置いてきたので、荷物は小さなバッグ一つ。こういうとき男はいいなぁと思う。
「自分の担当先、放ったらかしにするんだから」
口振りは軽いが淋しそうだ。取引先はもちろん、上司や同僚に迷惑をかけていることが心苦しいのだろう。見た目に反して意外と責任感が強いらしい。
「帰ってみないことには、何も分からないんだから、悩むのはその後」
隣りで私は釘を刺した。もしかしたらお母さんがある程度快復しているかもしれない。当然それが一番なのだから、悪い状況ばかり想像していたらきりが無い。
「それもそうだな」
島んちょはゆっくり私を見下ろした。
「なぁ、ごりまこ」
「真子です!」
観光シーズン前の人も疎らなホームで、つい大声で訂正を入れてしまう。島んちょは背中を丸めて笑いを堪えている。
実家から戻って以来、何故か毎日島んちょと一緒にいる。ご飯を食べに行ったり、佐伯家にお土産を届けに行ったり、今日もせっかく休日出勤の代休なのに、見送りになんて来ているし。何をやっているんだろう、私。
「今度は電話、してくれな?」
ようやく落ち着いた島んちょが、楽しげにお願いしてきた。
「自分からかけてきたらいいじゃないの。電話代が惜しいわけ?」
「ちげーよ」
上からこつんと私の頭を小突く。
「言ったろ? 婚活の邪魔はしない。だからお前が電話をしてくれている間は、まだ友人でいてもいいだろう?」
そこで構内アナウンスが入り、やがてゴーという音を唸らせて新幹線が滑り込んでくる。
「電話もメールも途絶えたら、お前に男ができたと解釈する。せめてそれまでは…」
一旦言葉を切って、島んちょは目の前に止まった扉から新幹線に乗り込む。
「ごりまこ」
振り返った島んちょの表情が柔らかくて、その呼び名に突っ込む機会を逸した私に、
「びびでばびでぶう」
彼の部屋に行った日に聞いたものと思しき呪文を唱えた。
「は?」
ぽかんと口を開ける私と同時に新幹線の扉は閉まり、さっと手を上げた島んちょを連れて走り去った。
ゴールデンウィークが始まった。今年は平日との絡みもあり、大型とはいかなかったものの、部屋の掃除をしたり、普段会えない友達に会ったり、それなりに忙しく過ごす中、結局私は毎日島んちょに電話をかけていた。用事なんて全くないのに、気がつけば三十分は喋っている。
お母さんの体調も良いようで、島んちょの口調も明るい。
「そんなに電話に囓りつく程好いた人なら、一緒に帰ってくればよかったのに」
実際背後からとんでもない台詞が聞こえてきたこともあり、焦って同僚だと喚く島んちょがおかしかった。
「今からでもいいなら、そちらにお邪魔しましてよ?」
なのでほほほと高笑いすると、島んちょは恨めしそうにぼやいた。
「お前は罪な奴だ」
どういう意味だ。第一自分だって狡い。まるでこちらから連絡しなければ、友人でいられなくなるような文言を残していくから。
「あんたこそ」
婚活なんかしないで、こうして島んちょに三日も四日も時間を割く羽目に陥っているんじゃないか。売れ残ったらどうしてくれるんだ。若き日の私を返せ。いやまだ若いけどさ。
「俺が何だよ?」
「何でもねーよ」
昔のコントのかけあいみたいで泣けてくる。私は本当に何をやってるんだか。
「ところであの呪文、一体どんな効力があるの?」
例の「びびでばびでぶう」について訊ねる。元はシンデレラか何かに出てきた言葉だったっけ。やけに楽しい歌だったのは記憶にある。
島んちょのはただの応用だろうが、二度も呪いをかけられた身としては、中身について多少なりとも知っておきたい。
「あぁ、あれな」
島んちょが小さく笑いを零す。
「嫁に行けない呪いじゃないでしょうね?」
送話口でぶはっと吹き出すのが分かった。
「それいいな」
「そんなのはあんたの数多いる女達にかけてよね」
てっきり常套句のひでぇが返ってくると踏んでいたのに、何故か訪れたのは沈黙。次いでため息が一つ。
「あのさ、ごりまこ。真面目な話、ちょっかい出してる女他にいないから、俺」
私に言い訳する必要はないのに、妙に声が沈んでいる。
「結構堪えるんだよ、お前にそんなふうに言われると」
「あぁ、そう」
「心なさ過ぎ」
諦めたように呟いた後、島んちょは私の質問に答えた。
「あれはお前次第で解ける魔法だ」
どんな魔法だ。かぼちゃの馬車にでもする気か。
「解けたらどうなるの」
「お姫様ならぬお嫁さん、かもな」
ますます謎は深まるばかり。首を傾げていると、島んちょも訳分からんなと自嘲気味に笑った。
「営業は難しいかもなぁ」
駅のホームで新幹線を待ちながら、島んちょが大きく伸びをした。身の回りの物は実家に置いてきたので、荷物は小さなバッグ一つ。こういうとき男はいいなぁと思う。
「自分の担当先、放ったらかしにするんだから」
口振りは軽いが淋しそうだ。取引先はもちろん、上司や同僚に迷惑をかけていることが心苦しいのだろう。見た目に反して意外と責任感が強いらしい。
「帰ってみないことには、何も分からないんだから、悩むのはその後」
隣りで私は釘を刺した。もしかしたらお母さんがある程度快復しているかもしれない。当然それが一番なのだから、悪い状況ばかり想像していたらきりが無い。
「それもそうだな」
島んちょはゆっくり私を見下ろした。
「なぁ、ごりまこ」
「真子です!」
観光シーズン前の人も疎らなホームで、つい大声で訂正を入れてしまう。島んちょは背中を丸めて笑いを堪えている。
実家から戻って以来、何故か毎日島んちょと一緒にいる。ご飯を食べに行ったり、佐伯家にお土産を届けに行ったり、今日もせっかく休日出勤の代休なのに、見送りになんて来ているし。何をやっているんだろう、私。
「今度は電話、してくれな?」
ようやく落ち着いた島んちょが、楽しげにお願いしてきた。
「自分からかけてきたらいいじゃないの。電話代が惜しいわけ?」
「ちげーよ」
上からこつんと私の頭を小突く。
「言ったろ? 婚活の邪魔はしない。だからお前が電話をしてくれている間は、まだ友人でいてもいいだろう?」
そこで構内アナウンスが入り、やがてゴーという音を唸らせて新幹線が滑り込んでくる。
「電話もメールも途絶えたら、お前に男ができたと解釈する。せめてそれまでは…」
一旦言葉を切って、島んちょは目の前に止まった扉から新幹線に乗り込む。
「ごりまこ」
振り返った島んちょの表情が柔らかくて、その呼び名に突っ込む機会を逸した私に、
「びびでばびでぶう」
彼の部屋に行った日に聞いたものと思しき呪文を唱えた。
「は?」
ぽかんと口を開ける私と同時に新幹線の扉は閉まり、さっと手を上げた島んちょを連れて走り去った。
ゴールデンウィークが始まった。今年は平日との絡みもあり、大型とはいかなかったものの、部屋の掃除をしたり、普段会えない友達に会ったり、それなりに忙しく過ごす中、結局私は毎日島んちょに電話をかけていた。用事なんて全くないのに、気がつけば三十分は喋っている。
お母さんの体調も良いようで、島んちょの口調も明るい。
「そんなに電話に囓りつく程好いた人なら、一緒に帰ってくればよかったのに」
実際背後からとんでもない台詞が聞こえてきたこともあり、焦って同僚だと喚く島んちょがおかしかった。
「今からでもいいなら、そちらにお邪魔しましてよ?」
なのでほほほと高笑いすると、島んちょは恨めしそうにぼやいた。
「お前は罪な奴だ」
どういう意味だ。第一自分だって狡い。まるでこちらから連絡しなければ、友人でいられなくなるような文言を残していくから。
「あんたこそ」
婚活なんかしないで、こうして島んちょに三日も四日も時間を割く羽目に陥っているんじゃないか。売れ残ったらどうしてくれるんだ。若き日の私を返せ。いやまだ若いけどさ。
「俺が何だよ?」
「何でもねーよ」
昔のコントのかけあいみたいで泣けてくる。私は本当に何をやってるんだか。
「ところであの呪文、一体どんな効力があるの?」
例の「びびでばびでぶう」について訊ねる。元はシンデレラか何かに出てきた言葉だったっけ。やけに楽しい歌だったのは記憶にある。
島んちょのはただの応用だろうが、二度も呪いをかけられた身としては、中身について多少なりとも知っておきたい。
「あぁ、あれな」
島んちょが小さく笑いを零す。
「嫁に行けない呪いじゃないでしょうね?」
送話口でぶはっと吹き出すのが分かった。
「それいいな」
「そんなのはあんたの数多いる女達にかけてよね」
てっきり常套句のひでぇが返ってくると踏んでいたのに、何故か訪れたのは沈黙。次いでため息が一つ。
「あのさ、ごりまこ。真面目な話、ちょっかい出してる女他にいないから、俺」
私に言い訳する必要はないのに、妙に声が沈んでいる。
「結構堪えるんだよ、お前にそんなふうに言われると」
「あぁ、そう」
「心なさ過ぎ」
諦めたように呟いた後、島んちょは私の質問に答えた。
「あれはお前次第で解ける魔法だ」
どんな魔法だ。かぼちゃの馬車にでもする気か。
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