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10章「狩人たちの見る夢」

幕間 その頃他のメンバーは・アリス編

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―――――――
アリスは正直今、暇を持て余していた。暇を持て余して街をうろうろしていたところに、カイからの連絡が届く。内容は18人組転売プレイヤーについてできれば情報を探っておいてくれというものだった。

「転売って、確かに最近みんな言ってたね」

生産職プレイヤーの掲示板が凄いギスギスしているのはアリスも知っていた。というか、現在アリスがうろうろしている街の周りも丸裸状態で薬草やら木材やらがもう全く取れない。少し前まではそんなこともなかったのだが、数日前にいきなり、だ。

確かにこの世界の薬草や木材あたりの資材はかなり減ってきているが……理由は単純に取りすぎ。しかしポーションを造るのに薬草は必須だし、木材も何かと使う。が、もう需要を満たす分にも苦労しているレベルなのだ。

今現在、【農家】系職業のプレイヤーが頑張ってくれているがもう少しかかりそうである。最初はただ趣味で鋤や鍬を取って薬草や野菜をのんびり育てていたというのにこんな期待をかけられることになろうとは、彼らにとっては甚だ予想外だっただろう。

「暇じゃなくなったのはうれしいなーって」

るんるん気分で街の広場の方に向かう。途中、アリスの夜巫女の衣装を見たプレイヤーがぎょっとした感じで2度見していたが、それを気にも留めずに広場に向かってベンチの1つに座る。

「どこにいこっかなー」

アリスはマップを開いて次の行き先を思案する。

「こことかいいかも、行ったことなかったし。掲示板で聞き込みとかしつつ行こっと」

彼女は数分後、街の近くに滞空させている自分のギルドハウスに乗り込み、数十分の飛行の後に海の上に着水させた。行くのは少し離れた海岸沿いにある「ルイン」と呼ばれるカヴンの近くの街だ。海流に乗ってやや大回りしつつゆっくり行くことにする。


……

―――――数十分後、海の上を航行していたアリスは遠目に妙なものを見つける。それは船、アリスの持つギルドハウスと同じくらいの大きさの戦艦だ。それだけならアリスは何も気にしなかった。ギルドハウスで彼女の船と同じくらいのものを作ることは十分に可能だし、それが航行しているのも特に不自然ではないからだ。しかし、彼女は違和感を覚えた。

「……………………?」

まず、モンスターではない。モンスターであれば彼女の視界に【解析】によって情報が開示されるはずなのだ。同様に、情報が開示されないことから他ギルドのギルドハウスというわけでもない。カーソルすら出ないのだ。

「何かなー……?」

アリスはその戦艦に近づいてみることにした。ルミナリスはゆっくりとその艦に近づいていく。と、しかし、ある一定距離まで近づいたところでその艦が大きな爆発を起こした。

「うわっ、何!?」

大きな爆発は連鎖的に小さな爆発につながり、やがてその艦はアリスの目の前で海の底に沈んでいった。


……かのように思われた。


数十秒後、沈んでいったはずの艦は再び海の底から、まるで時が巻き戻るかのようにゆっくりと浮き上がって爆発で壊れた個所すら完璧に修復されていく。

「!?!?」

その艦はあっという間に元の姿を取り戻すと、船首を旋回させてアリスが唖然としている間にまたどこかに航行していってしまった。そういえばあの艦、どこかで見たことがあるような……

「旭日旗……?」

この世界に少し不釣り合い……いや、実際に大陸の東に「日本」を象った地域があるのだから不釣り合いではないか。先ほどの艦は日本のものによく似ていて、旭日旗を掲げていた。それに、甲板に、現実で言うところの旧日本軍の軍服(カーキ色をメインとし、赤や金でラインが施された軍服)を纏った薄っすらとした人影も見えたのだ。

彼の目は死んでいて、その目は海の果てを見つめたまま涙を流していた。その姿が妙に頭に残った。

「…………………あとで調べてみようかなー」

小首をかしげ、アリスはルミナリスに乗ったままルインの街へと向かう。

……

――――そこから数十分後、無事にルミナリスはルインの街の港に停泊した。基本街の近くにステルスモードで浮遊停泊させているのだが、たまにアリスは港も利用する。そしてそれはがっつりとその街の人々に見られ、その度に噂になるのだが。

ルミナリスのセキュリティを張り直し、アリスはカヴンとよく似た景観…しかし幻想さはやや劣る街の大通りへ出る。向かうは街の広場に面した場所に建つ図書館。調べるのは無論さっきの戦艦のことと、天翼族がいる浮遊島にある教会のこと。前にルミナリスで浮遊島の教会に行ってみた時、皆何故か疲弊しきったような表情を隠せていなかった。教会の神官や神父、シスターがそんな来客の前でも疲弊を隠せないほどに疲れることなどあるのだろうか。普通はないはずだが……。

因みにアリスが訪れる教会は殆ど「天空教(太陽女神と暗月神を信仰する宗教)」の教会だ。まあ彼女自体、太陽女神の魔法を扱わせてもらっているので当然と言えば当然。

そんな調子で、相応の古さと風格を兼ね備えた外観の大きな図書館に足を踏み入れる。



――――中も外観に恥じない内装だった。というか、棚が分厚すぎ高すぎの巨大なもので、これは魔法でも使わないと上段の本は絶対に取れないだろう。館内では魔法を使ってもかまわない。それでもし本を傷つけた場合図書館専属警備兵が即座にすっとんでくるだけだ。

ちなみに館内には数多くの人がいるが、人の数の割には極度に静かだ。

「えーと…………」

「船舶」カテゴリがまとめられている場所に移動し、そこの棚にある本のタイトルをじっくり眺める。あの戦艦に関係ありそうな本は……えっと…………えっと………あった、これかな?

「【海底を夢見て】………?」

大和ヤマト地域(この世界における日本を象った地域の名称)の船舶について書かれた本に紛れて、アリスの気にかかる題名の本があった。ざっと見たところ、神代より数十年ほど後の時代の本の様だ。

「………………………………………………」

人が作った物が意思を持つ。実はそれ自体はそれほど珍しい話ではない。この世界で「達人」と呼ばれる以上の生産職が心や執念を込めて作った物に、結構な確率で起きる。

>どれほど攻撃を受けようと修復されては戦場にもどってきた。

>そこから”不死鳥”と呼ばれた戦艦。

>実際に何度どれだけの攻撃を受けても沈没することは決してなかった。

>そして戦争は終わり、その時には彼以外の全ての兄弟姉妹たちは殆どが海の底に沈んでいた。

>役目を果たした”不死鳥”は仲間の元へ行きたい一心で、兄弟姉妹たちが沈む地点を巡っては爆発を繰り返しているらしい。

>ずっとずっとずっと…………海底に沈む兄弟姉妹を夢に見て……

>決して死ぬことも無いのに……

そして最後のページの隅に走り書きのような文字で小さくこんな文があった。

>一の貴方は何より先に

>三の貴方は仲間を逃がし

>四の貴方は此方を庇い

>二の我は不死鳥「響」

涙で濡れたような染みも小さく残っている。

役目を果たし、死にたくても死ねない戦艦。あの艦の正体は、実に悲しいものだった。

「………………………………………………」

いつも元気なアリスもこれには何も言えなかった。

「…………今度会ったら話でも聞いてみようかな」

それぐらいしか自分にはできそうになかった。



気を取り直し、次は教会についての本を探す。

こちらはそれほど苦労することなく見つかった。幾つか関係ありそうな本もあったのでまとめて机にまでもってくる。

「どれどれー……」

神様の加護についての本を開いていると、目についた項目があった。太陽女神と暗月神の加護についての項目だ。

>”太陽”の加護
太陽女神グウィネヴィアの加護。邪悪な意思あるものから加護対象者を守り、邪悪な意思ある者の存在位置が何となくわかる。また、精神異常に対抗する力を若干高める。

>”暗月”の加護
暗月神グウィンドリンの加護。精神異常に対抗する力を劇的に上げ、また罪ある者の存在位置が分かる。罪人と戦う時に能力値が一時的に高まる。その度合いは信仰心によって変動する。

別世界に本体を持つ姉弟神。とくに暗月神の加護は敬虔な信仰であればあるほどに加護の力も高まる。それは周知の事実だ。敬虔さ如何に関わらず同じ効果の他の神の加護とは違い、まず彼から加護を貰おうとする時点で相当敬虔でなくてはならない。彼の信者が比較的少ない代わり、途轍もない強者揃いかつ忠実で熱狂的な信者ばかりな理由の大半がそれだ。

まあ、彼の誓約者こと「暗月の剣」の騎士たちは密かに罪人を誅する復讐者。生半可な信者では務まらないが。

アリスはそれだけの効果ではないと直感的にわかったが、問題なのはそこではない。両方とも精神攻撃耐性を上げる………精神攻撃に対抗していたからあんなに疲れていたのか?そういえば……ある浮遊島の街にいる天翼族の一部が、妙に様子がおかしかったような………

「銀ピカの羽の奴らが居る街だったよねー……精神汚染?まさか……………!」

アリスに妙なことを口走りながら喧嘩を売ってきて、雷属性魔法一発で目を回して気絶した銀ピカの羽の天翼族が頭をよぎる。彼らを【解析】した時に幾つか精神汚染を行うのに長けたものをつくるスキルが混じっていた。

「『真の神に逆らう機械の僕どもが~』みたいなこと言ってた…………まあレベル700であの程度ならたいしたことないけどねー」

周りのプレイヤーもアリスの雷属性魔法一発で気絶した銀ピカ羽のその天翼族を冷めた目で見ていたのを覚えている。

レベル700あればプレイヤーならアリスの魔法を数撃は耐えることができるのに…ステータスだけで中身の伴っていない軟弱者だった。

とにかく知りたいことは知ったので本を返して図書館を出る。そして天空教の神殿の近くにあるベンチに座った。




――――――――
ベンチに座ってふんふん鼻歌をうたいつつ足をぷらぷらさせているその姿は、彼女の恰好と名前を知らなければ普通の子供と勘違いされそうだ。最も、アリスがいるのに気付いたすぐそばの神殿の太陽神官/シスターたちがちょっと騒いでたのは彼女は知る由もない。

しかし唐突に彼女の頭の中に響くような女性の声が聞こえてきた。

『彼らの所業について知りたいですか?』
「!………女神様、教えてもらえるのなら知りたい!」
『ふふ、いいですよ………』

聞き覚えのある温かみのあるほんわかした女性の声……太陽女神の声だ。彼女の声はそれから十数分間、銀ピカ羽の天翼族が精神汚染を徐々に世界に広げ彼らを神として崇めるように洗脳を行おうとしているとか、彼女含めた神の眷属にした所業とか、果ては冥府から魂を強奪していじくりまわしているだなんてことも語った。

神々は人(悪党は除く)を愛するが、神々が一番愛するのは己の誓約者もとい眷属である。眷属を殺されでもしたなら、彼らの逆鱗に触れることは間違いないだろう。

終始彼女の話し方は穏やかだったが、声音の奥底に怒りが滲んでいるのがわかった。神々の中で最も温和な彼女ですら、怒りを隠せていないことからして他の神の怒りはさらに凄いのだろう。

「ほんとうなんですよね?」
『ええ、嘘をつく意味がありませんし、貴女だからこそ教えたのですよ?』
「それじゃ、あの天翼族の神官さん、シスターさんたちは……」
『私の弟の加護を持つ者たち……精神汚染を抑えていたからあんなに疲れていたのでしょう。余剰分はかの街に潜伏している冥界の天使たちが消していたから今のところなんとか保てているようですね』
「あたしにできることないですか?」
『かつての観測の国があった場所の地下に、古代の管理者がいる。彼に会って、古代の魔導具がある場所を聞くといいでしょう。古代の魔法が記録された魔導具のありかを……あの傲慢な天使もどきは消滅させるしかない』

それで、交信はどうやら切れたようだ。

「冥天使……たしかエヴァンさんがそうだったよね。種族特性上、精神攻撃完全無効か不可を持ってるって。それに天翼族って天使の劣化版だったんだ~」

純白の羽の天界に仕える天使たちとは逆の、真っ黒な羽の冥界に仕える天使たち。彼らには誘惑も洗脳も魅了も精神攻撃であるならなにもかもが効かない。死せる者たちの魂を連れていく存在。

それと銀ピカ羽の天翼族は自分たちのことを本物の天使とかたく信じていたようだけど、女神様が天使もどきと言ってたということはそうなんだろう。実に滑稽。確かに本物の天使なら、自分の雷魔法一発で気絶とかまずないだろうし。

それに翼があるから、空に住んでいるから天使ではない。天使というのは神様の徹底した従者なのだ。


「勧められた通り、まずは行ってみよっと!古代魔法に興味あるし……」


ユリィ同様魔法には目がないアリスであった。善は急げ。思い立ったらすぐ行動する癖のせいでころころ行動の優先順位が変動するのが彼女である。










******

…………>ターミナルが起動されました。

>サーバ検索中……■■■■情報サーバが選択されました。

>■■■■情報サーバへアクセスしますか?【YES/NO】

>>警告:該当サーバはユーザクリアランスレベル4/2000以上の者のみ閲覧が許可されています。3/2000以下の者がアクセスを試みようとしている場合、10秒後にミーム抹殺プログラムが展開されます。すぐにターミナルを離れること。



>クリアランスレベル[データ編集済]を確認。

>虹彩認証………………完了。 個人コード:■■■■■■■■■■■■■

>ようこそ。ご希望のファイルを選択してください。また、不正アクセス防止のため、キーコードを入力していない状態では簡略化した情報が表示されます



【No.1357 海底を夢見て】

・旧帝國軍吹雪型駆逐艦「響」

・燃料がないのに動き、装備も揃っている。

・特定の地点を巡っては爆発し、十数秒後に再び損傷が修復され、復活する。

・また、旧帝國軍の軍服を纏った霊体のような存在も確認できた。

・こじま型戦艦「志賀」が数隻の護衛艦を伴って■■■に帰還中、「響」と「志賀」の距離は直線で5㎞もあったのにも関わらず「響」は一直線に「志賀」へと接近、接触後、「志賀」も同じ異常を持つようになった。

>「響」が爆発を起こす場所の海底には必ず、大戦時の艦が沈んでいた。また、「志賀」は戦後長く残った艦のひとつでもある。「響」は仲間の元へ行きたい一心で、爆発を繰り返しているのではなかろうか。
――――――――――■■■博士


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