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💧 Life3 ふたりのかたち
主夫も楽じゃない
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カーテンから優しく差し込む朝の光で、目が覚めた。
アラームじゃ、ない。ということは――
丈はそっと寝返りを打ち、すぐそばで穏やかな寝息を立てるあまねに、思わず顔をほころばせた。
と同時に、今隣にいるのは、恋人じゃなくて妻なんだよなぁ……なんてことを飽きもせずしみじみ思う。
ずっと好きだった女の子に、愛の告白をすっ飛ばしてプロポーズされて結婚してから、早半年が経とうとしていた。
そして、今からおよそ一ヶ月前――久しぶりに体調を崩したあの日、突然知らされた妊娠の事実。彼女のお腹に宿った新しい命は、すくすくと成長しているようだし、丈の主夫業もだいぶ板についてきた今日この頃だ。
いつもは彼女のスマホのアラームで一緒に目覚めるのだが、今日はそれが鳴らなかった。
そういえば昨日の夜「やっと休みだぁ~」と歓喜していた気がしなくもない。
シフトのやり繰りがしやすいよう、平日と土日でバイト先を分けているにもかかわらず、人手不足を理由に急遽呼び出されることもめずらしくないので、完全な休日は週に一度あるかないかだ。
丈も余裕のあるときは日雇いに出たりするが、こちらもこちらで条件が劣悪なものが多く、なかなか家計の足しにはならない。
今は妊娠初期で何かと不安定な時期だし、体は大事にしてほしいけれど、おそらくギリギリまで働くつもりだろう。
だったらせめて、たまの休みくらい、好きなだけ寝かせてあげたい。
丈は、貴重な妻の寝顔をゆっくり眺めていたい――もっと欲を言えばそっとキスを落としたい衝動を抑え、静かにベッドから抜け出した。
トイレを済ませ、リビングダイニングまでやってきて、ふと思い出す。
しまった。今日はゴミの日だったか、と。
あわてて壁の時計を見やる。
今朝は自然な目覚めだったから、かなり寝過ごしたのではと思ったが、蓋を開けてみるとそうでもなかった。
よかった。まだ間に合う。体内時計に感謝だ。
ほっとしながら、キッチンにかけられたゴミ袋を覗いた丈は、むむむと眉間にしわを寄せた。
上部でひしめき合う、某有名バーガーショップのフライドポテトとカップラーメンの空容器。見たくもないが、奥を漁ればまだ出てきそうだ。
――これは、またか。
中身はあまねの腹に収まったのだろう。現場を目撃していないことから推測するに、犯行時間は深夜かもしれない。
彼女は今、言わば食べづわりというやつで、食欲が凄まじいことになっている。特に最近は、常に何か口にしていないと気持ち悪くてしかたない、のだそうだ。
しかも困ったことに、塩気や脂気の強いものばかり食べたくなるという。
下手をすれば仕事も続けられなかっただろうし、吐き気が止まらない辛さを痛いほど知っている丈としては吐きづわりよりよほどいいと思うものの、まだお腹の膨らみが目立つ頃でもないのに、少々丸み帯びてきたような気がする。
こんなこと、本人に言ったら鉄拳が飛んできそうなので、黙っているが。
一度、見兼ねてやんわり注意したこともあったけれど、
「どうせ男のあんたには分かんないもん」
と冷たく返された。
その言い方はずるいし、心外である。
実のところ丈だって、レスが辛いのだ。
妊娠三ヶ月目。もともとそういう欲が強いほうではないのでどうにか耐えられてはいるけれど、妊娠が発覚する直前までは、かなりの頻度で愛を育んでいたわけで。
それがぱったりなくなったとなれば、やはり男として寂しいものはある。
先日の通院時にあまねの妊娠を主治医に伝えたところ、もし君が本格的に治療を受けていたら、その影響で子供は望めなかったかもしれない、と言われた。君の頑固な姿勢を全肯定するわけじゃないけど、そこだけはよかったかもね、と。
妊娠中だからといって絶対にNGというわけではないらしいのだが、初めての子だから何かあっては困るし、あまねにも余計な負担はかけたくない。
やむを得ず、専らいってらっしゃいのキスで我慢の日々が続いている。もっとも、彼女が休みの今日は、それすらお預けというしょっぱい現実。
――もう、僕だっていろいろ考えてるのにっ!
あれこれ思い返してむっとしながらも、ちゃんと証拠隠滅できていないあたりがまたかわいい、なんてにやけてしまうのは、惚れた弱みか。
調べたところによると、つわりのときには、イチゴやグレープフルーツ、梅など、酸味のあるものが効果的らしい。ネットの情報なんて、どこまで信用していいか分からないけれど「どうせ男」の自分にしてやれることはこれくらいしかない。
たしか、冷蔵庫に梅干しがあったはずだ。食欲爆発中とはいえ、朝はそんなに食べないだろうし、起きてきたら、温め直したご飯にでも乗せてあげよう。
妊娠中ですらこんなふうなのに、生まれたら――やれやれ、主夫も楽じゃない。
丈はちょっぴり先行きに不安を感じつつ、ゴミ袋を手に取った。
*
バイト先へ急ぐ途中、スマホがのん気にメッセージの着信を知らせた。
「なによもう! こんなときにっ!」
走りながら髪をまとめていたあまねは、たまらずやり場のない怒りを叫んだ。
おっと、妊婦は走っちゃダメ――ってそんなことを言っている場合ではない。
昨日、久しぶりにまともな休みを取ったせいで気が緩んだのか、そのままアラームをセットし忘れ、今朝はまさかの寝坊。人生初、遅刻の危機にさらされているのだ。
どうでもいいクーポン情報とかだったらスマホぶん投げてやる、と苛立ちのあまりやけになりながらも、何か忘れたりしていたらいけないと思い、バッグの中を探ったとき――ふと、ビニール袋のようなものが触れた。
怪訝に思って立ち止まる。
そっと取り出してみれば、クッキーの入った小袋だった。ムラのないきつね色。星形やハート形など、見た目もかわいらしい。
『一気にじゃなくて、少しずつ食べること!』
一緒にラッピングされたメモに、ふっと笑みがこぼれる。丈の字だ。
こんなしゃれたもの、いつの間に作ったのだろう。
兄とのふたり暮らしで、やらざるを得なかったのか、彼は家事も料理も、専業主夫の名に恥じない程度にはこなせる。
そこらの男性に比べたらはるかにできるほうだし、言わずもがな、こういった女子力に至っては、妻の自分よりも上だ。まあ、私の微々たる女子力なんて、誰でも簡単に超えられそうだけれど。
本当は直接渡したかったんだろうな、と今日に限って寝坊した自分を悔いた。
しょーがない。ここ数日はキスもご無沙汰だし、帰ったらいっぱい甘えさせてやるとしよう。
そこではっと思い出して、スマホを確認する。
届いていたのは案の定セールス類のものだったけれど、スマホをぶん投げる代わりに、後で通知オフにしておこうと思いながらさっそくクッキーをひとつ口に放り込み、あまねはまた走り出した。
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