最期の時まで、君のそばにいたいから

雨ノ川からもも

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💧 Life3 ふたりのかたち

「ちゃんと、愛されたのね」

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 *

 時の流れは、本当に早い。自分が母親になってからは、特にそう感じる。
「へぇ、なかなかいい物件、見つけたじゃないの」
 ベランダに立つ、赤みがかった焦げ茶色のショートヘアに、濃いめのメイクが印象的な女性。彼女は、庭先ではしゃぎ回る親子を眺めながらそう言い、物憂げに紙煙草をふかした。
 夏の眩しい日差しに、白い煙が溶け込んで消える。
「ちょっと。人の旦那を勝手に物件呼ばわりしないでよね」
 あまねは隣から彼女の脇腹を小突いて、あからさまに顔をしかめた。
 男をそういう目でしか見られないあたり、昔のイメージそのままだ。
 渋る父から住所を聞き出し、両親が離婚して以来初めて、約十五年ぶりに会った母は、立派な庭付きの一軒家に住んでいた。
 三十後半独身で、豪邸暮らし――とってもいいご身分だ。収入源は考えないことにする。
「親も親なら子も子、ってことかしら」
「ねぇ、私の話聞いてる?」
 どうやら母は、娘が自分と同じく、若くしてデキ婚したと思っているらしい。
 あなたとは全然わけが違うんですよと言いたいところだが、まあいい。理由はどうあれ、十代のうちに結婚したのは事実だし、悲劇のヒロインアピールをするために彼と一緒になったわけじゃない。
「あーあ。三十代でおばあちゃんかぁ……」
 嘆く母に、さらなる衝撃を与えてやろうと、
「ちなみに、ここにもうひとりいるから」
 まだ目立たないお腹を、ちょっと大仰にさすってみせる。
 灯希が一歳になって一ヶ月くらい経った頃、ふたり目の妊娠が分かった。まだ性別は分かっていないものの、今度は女の子だといいねと、丈と話している。
 長年絶縁状態だった母に、突然会ってみようと思ったのは、この子のおかげでもあるのだ。
「やだ。早く言いなさいよ、そういうことは」
 母は黒く縁取った眼を大きく見開いて、あわてた様子で煙草を灰皿の隅で揉み消した。さすがの母も、妊婦に受動喫煙させる気はないらしい。
 見かけによらず、意外と真面目な一面もあるようだ。それとも、離れている間に少しは常識を学んだのか。
 不格好にへし折れた吸い殻を見て思う。
 ――自分は絶対に酒にも煙草にも手を出さない。
 高校時代は一応優等生の枠にいたし、卒業して間もなく灯希を妊娠。もちろん丈もその手のものとは無縁の人だったので、自制心などなくとも、幼き日のちっぽけな誓いは必然的に守られることとなった。
「あんたまだ、二十歳そこそこでしょう? そんなに焦らなくても」
「十七で私を産んだあなたに言われても説得力ないですぅー」
 こちらのお腹に目をやりながら、妙に大人ぶった口調で言う母の態度が癪に障ったので、べーっと思いきり舌を出してやる。
 それに、しつこいようだが、人には人の事情があるのだ。何も知らずして、無責任にとやかく言うものではない。
「ちゃんと、愛されたのね。――あんたは」
 母らしくない呟きは、聞こえないふりをする。
 ちゃんと、愛された。――そうかもしれない。
 私は彼と出会って、誰かを想う痛みを知り、愛し愛されることができるようになった。
 それはきっと、ドレス姿で酒に溺れ、どうでもいいと責任を放棄していた母には、手に入れられなかったもの。
 あの夏のとき、菊池たちのおせっかいがなかったら、今日という日は存在しなかったかもしれない。なんだか悔しいけど、感謝しなくちゃな。
 愛してる、なんて言葉、馬鹿げていると思っていたけれど、今なら分かる。
「また、産まれたら、見せにきてあげるよ」

 なるべく早く帰るつもりだったのに、気づけば日が傾き始め、たそがれのそこここでヒグラシが鳴いていた。
 遊び疲れたのか、灯希は丈の背中のおんぶひもに守られながら、安心しきったように眠りこけている。一歳を過ぎて活発になっても、よく眠るところは変わらない。
 家庭環境や夫婦関係を考えれば当然かもしれないが、息子は完全なるパパっ子だ。子供は甘えるべき相手を知っている。
 歩き始めはしたけれど、言語のほうはまだまだのようで、今はほとんど喋らない。それでも言葉になりきらない言葉の中で、まれに「ジョー」らしき単語を発することがある。おそらく、意味は理解していないけれど。
 成長は嬉しいが、いずれ下の子も産まれるわけだし、思春期でもあるまい。このまま覚えられると、のちのちいろいろと面倒かもしれないので、そろそろ子供の前ではパパママ呼びを定着させるべきだろうか。
 そんなことを考えながら、家族三人――いや四人か――で車へと戻る道すがら、あまねはふと気になって、隣を歩く丈に尋ねてみた。
「ねぇねぇ、ちょっとは死ぬの、怖くなった?」
 すると、彼は面食らったようにこちらを振り向いたが、やがて考えるように夕空を見上げた。
「うーん、相変わらず怖くはないけど……でも今は、あの頃と違って、一分一秒でも長く生きたいなって思ってるよ」
 そう言ってあまねのお腹に視線をやり、ふっと優しげに目を細める。
「トモと、これから生まれてくる子の記憶に残るまでは、死ねないな」
「そう」
 お腹の子に関しては、つい最近食べづわりが落ち着いたばかりだった。子供たちの記憶機能が発達するのも、まだまだこれからだろう。
 ありがたいことに、彼の体調不良もここ何年かは軽い風邪程度で済んでいるので、本人にこれだけの気概があれば、当分いらぬ心配はしなくてよさそうだ。
 今はただ、この奇跡が、孫の顔を見られるまで続くことを願い、そして信じるしかない。
 たとえこの先に、どんな未来が待ち受けていようとも、私たちはこうやって、生きていくのだ。
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