あの日の涙が幸せに変わるまで。

紗倉咲

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第1話

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 私の家は、築30年ほどの小さなアパートの一室だ。これといった特徴はない。外装も、ところどころ塗装が剥がれていて、お世辞にも綺麗とは言えない。ただ古いだけの小さなアパートだ。

 私は家から仕送りを受けずに、アルバイトをいくつか掛け持って生活している。それでも、稼いだ分から生活費を引けば、自由に使えるお金は雀の涙ほどしかない。だから、節約できるところはできるだけ節約するようにしている。特に光熱費。家を出るときには、必ず電気を消していることを確認している――はずの私の部屋からは、こうこうと明かりが漏れていた。
 私は訝りながら、ドアノブを回した。

――ガチャリ。

 鍵がかかっていない。


 玄関には、1組の靴がある。
 そして、玄関のすぐ奥にあるリビングには、1つの人影があった。


 人影は私の帰宅に気づいたらしく、お邪魔してるよ、とひらひらと手を振った。

 その人影の正体は、私の親友、陽菜ひなだった。

「ねぇ、陽菜。来てるなら連絡してって言ったじゃん。あと、鍵はちゃんとかけておいて」
「ごめんごめん、すっかり忘れてた」
 悪びれる様子もなく、これお土産、と言って、陽菜がよく飲んでいる、缶のホットココアを渡してきた。
9月にホットココアとはおかしな話だが、今年はとても寒い。夏の次はすぐに冬、といった感じだ。
「ご飯食べ終わった後に飲むから、適当なところに置いといて」
「これ、冷めたらまずいけど、いいの?」
「電子レンジで温めて飲むから大丈夫」

「今日は帰ってくるの早かったけど、バイトは無かったの?」
「うん。その代わり明日から6連勤だけどね」
「そんなにお金ないの?ひとり暮らしって大変だなぁ」
「私は家から仕送り来ないから。皆はこんなのじゃないんじゃない?」
「…そっか」
 私の家のことをある程度知っている陽菜は、仕送りが来ない理由を察したらしく、静かになった。

「お腹空いたぁ……葛葉くずは、何か作ってくれない?」
「いいよ。けど、今度スイーツ奢ってね」
 陽菜はいそいそと椅子に座った。手伝う気は無いらしい。でも、そういう図々しいところも陽菜らしい。
「この卵、そろそろ食べないと。オムライスにしようかな」冷蔵庫にあった冷やご飯を電子レンジで温めている内に玉ねぎを切る。陽菜がインゲンは入れないでね、と言ったのが聞こえたが、そんなものは冷蔵庫には無かった。
 フライパンに油をひいて、温めたご飯と玉ねぎ、冷凍コーンをケチャップで炒める。
「葛葉はよく自炊するの?」
「そうだね。ひとり暮らしだし、外食ばっかりするほどお金ないし」
 答えながらケチャップライスを別の容器に移す。ケチャップやらで汚れたフライパンをキッチンペーパーで拭いて、ほぐした卵を入れて焼く。ケチャップライスを半分卵の上に乗せて、卵が破れないように慎重に巻く――が、あともうちょっと、というところで破れてしまった。これは自分の分にしよう。
 陽菜の分もさっきと同じ手順で慎重に巻いていく。今度はきれいにできた。
 それぞれ上にケチャップをかけて、テーブルに持っていく。陽菜は、スプーンを並べて待っていた。
「ごめん、お待たせ」
「全然大丈夫。作ってくれてありがとね」
「「いただきます」」


 誰かと食卓を囲んだのは久しぶりだった。いつもと変わらないはずの食卓が、確かに温かく見えた。
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