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第2話
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やっぱり家に帰ってから家事をするのは面倒だから泊めてほしい、という陽菜の願いを、私は断る理由もないので受け入れた。
陽菜はお風呂に入っている。やることもなく暇なので、面倒にならない内に洗い物を済ませておかないとな、とぼんやりと思った。
正直、全くと言っていいほど気乗りがしない。そこまで量が多いわけではないけれど、なんとなくやる気にならない。でも、溜めておくわけにもいかないので、10分経ってようやく、私は重い腰を上げた。
「冷たっ」
蛇口をひねり、水に手をあてた瞬間、あまりの冷たさに手を引っ込めてしまった。
とても9月とは思えない水温だった。9月といえば、水が冷たいと感じることはあまり無いが、今年は12月並みに冷たい。最近、ネットニュースでよく見かける「50年に1度の大寒波」というフレーズが、ぼんやりと頭に浮かんだ。9月でそんなことを言っていては、冬はどうなるのか。考えただけで寒気がしてくる。北の方では、もう雪が積もり、水が凍っているらしい。
こっちでも10月末には、雪、降るかもしれない。
そう思った瞬間、手にあたる水が更に冷たくなった気がした。
洗い物が終わってひと息つこうとしたとき、どこからともなく歌が聞こえた。なんとなく聞き覚えのある歌だが、曲名もアーティスト名も思い出せなかった。
思い出せないのも当然だ。
大学生になって実家を離れるまで、CMソングを聴き流す程度にしか音楽を聴いてこなかったのだから。
そうこうしているうちに、陽菜がお風呂から出てきた。
「なんかごめんね、ご飯ご馳走になって、お風呂まで先に入らせてもらっちゃって」
「別にいいよ、今更じゃん」
「それもそっか!」
陽菜はあっけらかんと言い放った。
歳を重ねても、陽菜のそういうところは変わらないままだ。でも、そういうところが陽菜らしい。
「じゃあ私もお風呂入ってくる。好きにくつろいでいていいからね」
陽菜は返事をせず、うちに来る前に買ってきたであろうジュースを片手に、背を向けてひらひらと手を降った。
「ふぅ…」
あまりにも寒いので、シャワーもそこそこに、急いで湯船につかった。
肌を覆うお湯が心地よい。布団の中にいるみたいだ。のぼせることさえなければ、いつまででもつかっていられる気がした。
「……?」
ふと息を吸うと、いつも使っているシャンプーの香りに紛れ、他の香りがした。
その正体は、アロマオイルだった。
そのアロマオイルは、去年の誕生日に、自分へのプレゼントとして買ったものだ。
アロマオイルは香りによって効能が違うらしい。買ったときに説明が書いてある紙が入っていたが、もう忘れてしまっていた。
「明日も1限から講義あるし、早く寝よう」
今日の役目を終えた湯船は、アイリスの香りの湯けむりを漂わせていた。
陽菜はお風呂に入っている。やることもなく暇なので、面倒にならない内に洗い物を済ませておかないとな、とぼんやりと思った。
正直、全くと言っていいほど気乗りがしない。そこまで量が多いわけではないけれど、なんとなくやる気にならない。でも、溜めておくわけにもいかないので、10分経ってようやく、私は重い腰を上げた。
「冷たっ」
蛇口をひねり、水に手をあてた瞬間、あまりの冷たさに手を引っ込めてしまった。
とても9月とは思えない水温だった。9月といえば、水が冷たいと感じることはあまり無いが、今年は12月並みに冷たい。最近、ネットニュースでよく見かける「50年に1度の大寒波」というフレーズが、ぼんやりと頭に浮かんだ。9月でそんなことを言っていては、冬はどうなるのか。考えただけで寒気がしてくる。北の方では、もう雪が積もり、水が凍っているらしい。
こっちでも10月末には、雪、降るかもしれない。
そう思った瞬間、手にあたる水が更に冷たくなった気がした。
洗い物が終わってひと息つこうとしたとき、どこからともなく歌が聞こえた。なんとなく聞き覚えのある歌だが、曲名もアーティスト名も思い出せなかった。
思い出せないのも当然だ。
大学生になって実家を離れるまで、CMソングを聴き流す程度にしか音楽を聴いてこなかったのだから。
そうこうしているうちに、陽菜がお風呂から出てきた。
「なんかごめんね、ご飯ご馳走になって、お風呂まで先に入らせてもらっちゃって」
「別にいいよ、今更じゃん」
「それもそっか!」
陽菜はあっけらかんと言い放った。
歳を重ねても、陽菜のそういうところは変わらないままだ。でも、そういうところが陽菜らしい。
「じゃあ私もお風呂入ってくる。好きにくつろいでいていいからね」
陽菜は返事をせず、うちに来る前に買ってきたであろうジュースを片手に、背を向けてひらひらと手を降った。
「ふぅ…」
あまりにも寒いので、シャワーもそこそこに、急いで湯船につかった。
肌を覆うお湯が心地よい。布団の中にいるみたいだ。のぼせることさえなければ、いつまででもつかっていられる気がした。
「……?」
ふと息を吸うと、いつも使っているシャンプーの香りに紛れ、他の香りがした。
その正体は、アロマオイルだった。
そのアロマオイルは、去年の誕生日に、自分へのプレゼントとして買ったものだ。
アロマオイルは香りによって効能が違うらしい。買ったときに説明が書いてある紙が入っていたが、もう忘れてしまっていた。
「明日も1限から講義あるし、早く寝よう」
今日の役目を終えた湯船は、アイリスの香りの湯けむりを漂わせていた。
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