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そのじゅうなな

熱気と妄想

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 ラスは甲斐甲斐しく部屋に取り付けられている簡易キッチンで料理をしていた。甘いタレの匂いが室内に立ち込める中、興味を持ったリシェが彼の近くに寄ってくる。
 そしてひょっこりと鍋を覗き込んだ。
「何作っているんだ?」
「ふふふふ、先輩。そばを作っているんですよ」
「へえ」
「あ、先輩はうどん派ですか?うどんなら一応麺もあるので変更もできますよ」
「俺にもくれるのか」
 もちろんですよ、とにこにこと笑いながら答えた。
「俺に出来ることは無いか?」
 リシェの申し出に、ラスは嬉しそうに「じゃあ具材を切って貰おうかな」と告げると、早速リシェは手洗いをして準備を始めた。
 隣で手伝いを始めるリシェを横で微笑ましく眺め、ラスは幸せそうな顔をする。
 これってまるで新婚さんみたいじゃないか!!
 はぁああ、と幸せの吐息を漏らしてしまった。
 もう結婚するしか道は無い。
「先輩」
「ん?」
「結婚して下さい」
 話が飛躍し過ぎるせいで、頭に入ってこないらしい。リシェは具材を斬りながら「何で」と返す。
「いや、隣で同じ作業してると新婚さんみたいだなぁって」
「お前は調理実習で隣に居る奴に対しても同じことを言っているのか?」
「言わないです」
 隣にリシェが居るから言っているのだ。
「それとこれとは話が違うでしょ?俺は先輩と結婚したいから言ってるのであって…エプロン姿の先輩とか可愛いと思うんです。俺の為に朝ご飯とか作ってくれたりとかぁ…」
 その間、ラスが作っているそばのたれがぐつぐつと煮込まれていた。熱気が周辺を包み込んでいく。リシェは無言で具材を丁寧に切っていく中、ラスは頬を赤くしながら溜息混じりに妄想を開始する。

 リシェがベッドでまだ眠っている自分に朝のコーヒーを持ってやってくる。もちろんエプロン姿で。彼は優しくベッドの近くのテーブルにコーヒーを置き、耳元で名前を呼びながら軽く揺さぶりつつ額にキスを落としてくる。
 ゆっくり目を開け、可愛らしい顔で覗き込むリシェに気付いた自分は彼を優しく抱き締めエプロンの中に手をそっと入れて…。

「はぁあああああああ!!先輩ったら!!そんな、寝起きのキスとか!!はあああああん!!」
 勝手な妄想に耽って勝手に叫び出すと同時に、鍋の中のたれが煮込まれ過ぎてぼこぼこと泡を吹き出していた。
「おい!!」
 その声にはっと我に返る。
「わ!」
「何してるんだよ、ちゃんと見ておけ!」
「だって先輩が凄くエッチなんだもの!!」
 具材を切っていただけで何故そうなるのか。リシェはラスに対し、何もしていないだろう!!と怒鳴った。
 彼の頭の中はどうなっているのか。
「はぁ…先輩ってば…もう」
 勝手な妄想をしておきながら人のせいにしてくるラスに、リシェは部屋の変更を考えようかと本気で思い始めてしまう。こいつは本当に危ないのではないかと。
 その一方で、ラスはリシェ用に可愛らしいデザインのエプロンを買っておこうかなと非常におめでたい事を考えていた。
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