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そのにじゅうさん

リシェとノーチェ

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 リシェはゲーム画面を開いてチャットの真っ最中だった。最近そんな光景を目の当たりにしていたラスは、随分夢中ですねとひょっこりと画面を覗き込む。
 うん、と言いながら彼はチャットの画面を見せる。
「また赤フンですか?」
「そうだ。こいつは良く喋ってくるからそんなに退屈しないで済むんだ」
「へえ…同じ位の年でしたっけ?」
「そうらしい」
 会話をしていくうちにお互いの事を徐々に理解していった模様。今ではログインすると同時に会話が始まる始末。
「向こうの顔は分からないんですよね?」
「知らないな。そこまで知りたいとも思わないだろ、お互いに。俺は単に向こうの悩みを聞いてる位だから」
「へえ…」
 こういう媒体での付き合いは狭く浅く関わった方が、縁も長持ちしやすいものだ。深追いはしないのが一番いい。
 赤フンとの会話をしながら、リシェは「むしろこいつは考え過ぎなんじゃないかって思うけど」と呟く。
「そうなんですか?後輩が友達を取っていくってやつ?」
「そうだ。他に友達も居るだろうに。何で一人にこだわるのかと思ってな」
「まあ…その赤フンにとってはその相手も大事なんだろうし」
 当人にしてはただ事では無いのだろう。
 何気なく軽い気持ちのまま、チャットで赤フンと会話をするリシェ。

 以降、赤フンとの会話。
 赤フン『そういやさ』
 りしぇ『ん?』
 赤フン『りしぇって学生なんだろ?』
 りしぇ『うん』
 赤フン『そうなんだ、同じかぁ。どの辺に住んでるの?』
 りしぇ『あったかい所だな。でもほとんど寮住みだから実家はそうでもない』
 赤フン『そっかあ。俺と似たようなものだな。窮屈だろ?寮生活って』
 りしぇ『そうだな。一人部屋の方が気が楽だ』

 その会話を見ていたラスは、背後からリシェに何て事言うんですか!と悲壮な表情をして叫んでいた。うるさい、とリシェはうんざりしたような顔をする。
 だから一人の方が楽だと言いたいのだ。
「俺が居ると寂しくないでしょー!?」
「やかましいな!」
 そのままチャットを再開した。

 赤フン『ああ、あんたは単独の部屋じゃないんだね。俺は今一人の部屋だからのびのびできるけどやっぱり寂しいよ、友達が部屋から抜けたから』
 りしぇ『交換出来るなら交換して欲しいよ』
 赤フン『りしぇの同居人が俺の友達だったらいいんだけどねー。学校は流石に違うだろうしね』
 りしぇ『そうだな』

「もう、先輩ったら!!そんな事言ってるとお仕置きのキスしちゃいますよ!」
「お前程鬱陶しい同居人は居ないと思う」
 きりのいい所で赤フンとの会話を止めると、リシェはおもむろにゲーム機を自分の机に置いて晩ご飯の予約をしようと立ち上がった。
「あれ。先輩どこに行くんですか?」
「晩ご飯頼んでくる」
「すぐに戻って来て下さいね。俺はもう頼んできちゃったから」
 今回は珍しくくっついてこないんだな、とリシェはホッとした。
 何となく鶏肉の気分だ、と思いつつ自室から出て、寮内の食堂に向けて歩き出す。すると廊下を進んでいる最中に差し掛かる階段から、一人の少年が降りて来るのを確認した。
 相手の少年はリシェを見るなりうわっと眉を顰めて嫌そうな表情を剥き出しにする。
「…何なのあんた?俺の視界に入って来ないでよ」
 相手はラスの同級生で元ルームメイトのノーチェだった。顔を合わせた瞬間そんな反応をされ、リシェも不愉快そうに構える。
「あんたの方が勝手に近付いて来たんだろう。俺が嫌なら最初から避けろ」
「はぁあああ?くっそ生意気過ぎない?ラスを横取りしたくせに当然みたいな顔してさぁ!」
 やけに絡んでくるノーチェに、リシェは「知るか」と突っぱねた。
「そんな事知るか。本人に言えばいいだろう」
「ああ、ほんと何がいいんだろこんなクソガキ。ってか俺の前から消えてよ!」
 気付けば二人共、同じ方向に向かって歩いている。
「俺は食堂に注文しに行く途中なんだ。邪魔をするな」
「俺だって食堂に行く用事があるんだよ!!時間置いて食堂行けばいいだろ!?」
 ざかざかと早歩きしながらお互いに言い合う。その光景が異様に見えるのか、他のかち合った寮生は彼らを引き気味に見送る。
 ノーチェは「マジでムカつくわ」と愚痴った。
 リシェも冷めた目でノーチェを横目で見ながら「勝手に言ってろ」と返す。
 ようやく食堂に辿り着いた所で、晩ご飯のメニュー表を二人で同時に眺めた後、希望の献立をお互い紙に書いた。
 その間、動きはほぼ同時。
 ちらっとノーチェがリシェの希望のメニューが書いてある紙を見た後で、ちょっと!!と怒り出す。
「うるさい…」
「何で人の真似してるんだよ、鶏ムネ肉の黒酢炒めって!!俺の食べたい物チラ見しただろ!!ラスだけじゃなくて俺の食いたい物まで盗む気!?」
 リシェは全くノーチェの希望など知る訳も無く。
 人聞きの悪い、とリシェは困った顔を向ける。
 何言ってるのかと呆れた。こちらは普通に鶏の気分だったのだ。
「お前の真似をして俺に一体何の得があるんだ」
 言いながらリシェは申し込み用紙を食堂側に申し込む。
「全く。少しは先輩を立てるとか無いのかな!」
 彼もそう言いつつ、自分の希望を明記した紙を突っ込み、ドン引きしている様子のリシェを見た。
「ちょっとは先輩の態度とか勉強した方がいいと思うよ!俺だけじゃなくて、ラスにもね!!バーカ!!」
 一人で勝手に怒り、捨て台詞も吐き捨てていく。
 彼はドスドスと強く足音を立て、そのまま部屋に戻って行った。
「はあ。頭のおかしい奴だ」
 ラスもよくあんな訳の分からない人間と付き合ってるな、と思う。
 あれじゃ先輩を立てろと言われてもその気がなくなってしまうなとリシェは呆れ果てていた。
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