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そのはちじゅうさん

夏休みのお邪魔虫

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 夏休み。
 待ちに待った長期の休みだ。生徒達は喜んで帰省の為に寮を空ける者が多いが、リシェは戻っても特別にする事は無いと言いながら寮に残っていた。
 実家が近場のラスも同じで、いつでも帰れるからいいやと居残っている。むしろリシェが残るから、自分も一緒に残りたいのだ。
「せーんぱいっ★何なら俺の実家に行きますぅ?先輩を親に紹介したいし…」
「何で?」
 きょとんとした顔で非常に刺さる言葉を言い放つ。
「何でって…」
 他人の家に興味が無いリシェは正直にラスに疑問を呈した。
「俺の大切な人なんだって教えたいんですけど…」
「行かない」
 相変わらずつれない返事をする。だが、ラスはリシェの無自覚な冷たさにも決して折れたりはしない。
「結婚して下さい」
 どさくさに紛れて求婚してみるも、リシェは思い切り嫌そうに顔を歪めて拒否した。
「嫌だ」
「そうですかぁ」
 即答されても凹まない強靭なメンタルも手に入れたのだ。
「お菓子たべます?」
「食う」
 それはちゃんと受け入れるんだ…と買い溜めしていた菓子を戸棚から引っ張り出した。リシェは甘い物が好きな傾向があるのでそちらを多めに出しておこう、と用意する。
 いくつかのお菓子の箱と、飲み物を持ち出しながら「そういえば」とラスは口を開いた。
「スティレンは残ったの?実家に行った?」
「んん?…ああ、あいつは一瞬だけ帰って、すぐにこっちに戻るって言ってたな。俺が少しでも実家に帰らないとみんな悲しむからって」
「相変わらずだなぁ…」
 別にこちらにすぐ戻らなくてもいいのに、とラスは思った。だが彼の従兄弟であるリシェがこちらに残ってくれるだけでもありがたい。うるさいスティレンが居ない間は、ずっとリシェと甘い時間を過ごす事が出来るのだ。
 これ以上の幸せは無いだろう。
 ラスはすすすとリシェに近付くと、ゼリーのカップを手渡す。
「先輩、苺好きでしょ?」
「ん」
「俺が食べさせてあげましょうか?」
 下心が丸見えなラスを、リシェは胡散臭そうに見上げながらいらんとだけ返した。そんなもん自分でやる、と。
 だがメンタルが頑丈なラスはくじけない。
「そんな事を言わずに。親鳥のような感覚で先輩にゼリーを食べさせてあげたいんです」
「自分で食える」
 面倒なやり取りをしていると、リシェはやはり帰るべきだったのだろうかとちょっとだけ思ってしまった。残ればラスがうるさいし、家に戻れば戻ったで兄が鬱陶しい。
 結局自分の居る場所には鬱陶しいタイプが必ず存在するのだ。
 ラスがまだマシなだけで。
「じゃあ一口だけやらせてくださいよぉ。先輩に食べさせてあげたいんですよお」
「…面倒な奴だな!一回だけだぞ」
 飼い主に懐く犬の如く、ラスは表情をぱあっと明るくさせながら「はい!!」とゼリーの蓋を剥がした。スプーンでゼリーを掬うと、リシェの口元に近付けていく。
「先輩、あーんして下さい★」
 何故こんなことをしたいのだろうかと疑問を抱きながら、これでうるさく言わないなら安いものだとリシェは口を開いた。ぱくんと口に頬張った瞬間、部屋の扉がいきなり大きく開かれる。
 ん?とリシェはゼリーを喉に通して急な来客者に目を向けた。
「…あれ??」
 ラスは居るはずの無い相手につい声を漏らす。
「あっれ…??ねえ、スティレンはぁ?」
 そこに居るのは見目麗しきシャンクレイス学院の生徒会長。
 相変わらずキラキラした雰囲気を醸し出しながら、可愛らしく首を傾げていた。
 また寮の事務方に金をちらつかせたな、とラスは思う。
「あいつなら実家に戻ったぞ。夏休みだし」
 入ってはいけないはずの部外者に全く動じないリシェは、ラスからゼリーのカップをひったくって自分で食べ始めていた。その言葉にサキトは残念そうな顔で「えぇええええ~!?」と嘆く。
 頰を膨らませ、どうしてさぁ!と叫んだ。
「折角ゆっくりとスティレンを調教…んんんっ、遊ぼうと思ってわざわざこんな辺鄙な所まで来てあげたっていうのに!!空気読めないんだから!!」
 今調教って言ったよな…とラスは彼の発言を頭の中で繰り返す。
 サキトははぁ…と溜息を吐くと、仕方無いねとそのまま室内に入り込んでくる。そして普通にリシェの勉強用の椅子にどっかりと座り始めた。
 相手の不躾さにラスは驚き、えええっと叫ぶ。
「な、ななな何してんのあんた!?」
「何って…仕方無いからここに居座ってやろうと思って。どうせスティレンの事だからちょっとしたら戻ってくるでしょ?」
 焦るラスとは対照的に、リシェはひたすら無言でゼリーを食べていた。まさかの邪魔が入った事に、ラスはつい「困る!」と言った。
 サキトはラスの訴えを完全に無視するように「何でさ」と眉を寄せる。椅子に座り足を組む姿も偉そうに見えてしまうが、妙に様になっていた。
 折角のリシェと二人っきりでいちゃつける予定が狂ってしまうではないか。
 そんないやらしい事を考えていたラスの思惑を完全にスルーしながら、サキトはにっこりと満面の笑みで「大丈夫だよぉ」と返す。
「僕が一番に可愛がりたいのはスティレンだから。君達には何もしないから安心してよ。多分」
 言葉の最後に不安を煽るような発言をしないで欲しい。
「多分って何!?ここは先輩と俺の部屋なのに!」
「知ってるよ。勿論ちゃあんと自分の着替えも持ってきてるからさ。安心してよね」
「そういう問題じゃないってば!…もう、先輩!何とか言ってやって下さいよぉ!」
 もぐもぐとゼリーに夢中になっていたリシェはラスの叫びにようやく気付き顔を上げると、にこやかな顔のサキトに目を向ける。
「寝る場所が無いから床で寝るしか無いぞ。それでもいいのか」
 拒否の言葉ではなく、寝る場所の提案をしだす。
 違うってば!とラスはリシェに突っ込んだ。誰が彼の寝る場所の心配をしろと言ったのか。
 彼は完全な部外者で、しかもここは二人部屋なのだ。三人となれば余計狭くなってしまう。そして二人っきりの生活がめちゃくちゃになってしまうではないかと慌てた。
 リシェの提案に、サキトは顔を曇らせる。
「この僕に床で寝ろっていうの?」
 勝手に来たくせに不満そうだ。ラスは頭を抱え、「んなぁあああああ」と喚く。
「僕は見ての通り場所を取らないからベッドで寝かせてよ。そうだね、君と一緒でいいよ?寝相は悪くないよね?」
「…別に構わないけど…」
 渋々とリシェは承諾すると、ラスは「ん?」と顔を上げた。
「じゃあ!!お客さんに窮屈な思いはさせられないから!!俺のベッドで先輩と俺が一緒に寝ればいいと思うんです!!」
 嘆いていたのが急激に勢いを取り戻すラス。
「それならいいですよ!!」
 突然の提案を受け、サキトは「へぇ」と満足げに微笑んだ。
「君、気が利いてるね。それなら僕も広々と使えるし…それがいい。それにしよう」
「でしょう!?じゃあ今日から先輩は俺のベッドで…」
 うきうきと話を進めていく同居人を、リシェは嫌そうな目線で「鬱陶しい…」と呟く。
 寝る場所は別に構わないが、彼は何か企んでいるに違いない。ころころ意見を変えやがって、と恨みがましく思う。
 やはり実家に戻れば良かったのだろうか。
 リシェは心底そう思っていた。
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