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そのきゅうじゅういち

怠惰の結果

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 結局、スティレンはサキトが居る間は戻って来ず、夏休みが終わりに近くなった週に学園の寮にやっと戻って来た。どこまでも顔を合わせたくないという強い執念すら感じさせる。
 だが実家に居る間は悠々自適という好き勝手に過ごしたようで、何をするにも誰かしらにやって貰う悪癖を増長させていた。あまりにも酷いので、従兄弟であるリシェは泣きながら怒り狂い、どうにか休み前までのマシな方向に軌道修正させられてしまう。
 何故怒りながら泣くのか、と盛大な大喧嘩を目の当たりにしていたラスは思ったが、こちら側のリシェは大変感情豊かなのだという事で自分を納得させていた。
 こうしている間にも新学期が始まり、アストレーゼン学園では早々に保健医のロシュが警察にしょっ引かれてしまったらしいという良く分からない噂が流れる中、比較的穏やかに学園生活も再開した。

「あぁ、まだ治らない。俺の美し過ぎる顔が」
 喧嘩の時に引っ掻かれた頰の傷がなかなか完治しないらしく、スティレンは鏡を見てぼやいていた。教室内の席で向かい合う形で座っているリシェは「気付いたら治るだろう」としれっとして返す。
 誰のせいでこうなったと思っているんだよ、と凶暴な従兄弟に対してスティレンは軽く睨むが、一方のリシェは素知らぬふりをしていた。
「いくら何でもいきなり殴りかかってくる普通?夏休みの間ゴリラにでも弟子入り志願して来た訳?ほんと乱暴なんだから」
「お前が我儘過ぎるからだ。水飲みたい位で人を使おうとするその根性が駄目なんだ。それくらい自分でやれ。家では散々ぐうたらな生活をして来たんだろうが」
 いつもの日常を取り戻したかのように、校舎内は生徒達が各々授業の合間の休み時間を謳歌している。外はじわじわと聞こえてくる蝉の音。もう少しで暑さも落ち着いてくるだろう。
 夏を謳歌してきた彼らは日に焼けて小麦色の肌を見せていたが、スティレンとリシェは焼けないタイプなのかあまり変化を見せていない様子だ。スティレンの場合は美意識が高いのか日焼けは天敵とばかりに何かしら対策はしているのだろう。
 リシェは元々焼けないタイプの上に、あまり好んで外に出たりはしなかった模様。
「そんなに気になるならガーゼでも当てたらどうだ」
「…俺の美しさが損なわれるだろ!」
 リシェは机に肘を付きながらはぁっと溜息を吐いた。
 何を言っても反論されるのは知っているが、それ以前に問題がある。美しいと言い張るが、しばらく顔を合わせていない夏休みの間に相当ぐうたらな生活をしているのが丸わかりなのだ。
 リシェはおもむろに鏡を出して「ほら」とスティレンに見せた。
「何さ?」
「良く見ろ、自分の顔」
「え?」
「美しいとか何とかいう前にお前、また太ったんじゃないのか」
 ぐうたらにも程があるぞと突っ込んだ。
 スティレンはその鏡を掴むと、まじまじと自分の顔を様々な角度で確かめてみる。そして言葉を失った。
「…っひぃいいいいいいいっ!!?」
 どうやら気を抜けばすぐに出てしまうタイプらしい。
 体型はそれほど変化は無いものの、彼の場合は顔に出てしまうようだ。ややぷっくりした頰を目の当たりにしたスティレンはおかしげな悲鳴を上げてショックを受ける。
「一回戻ったかと思ったらすぐこれだ。だからぐうたらし過ぎだって言ったんだ」
「何でそれを早く言わないのさ、リシェの馬鹿!!またランニングしなきゃ…」
 再会してから何度か言ったのだ。
 それなのに嘘だと思ったのか現実を知りたくなかったのか、なかなか信じて貰えなかった。
 リシェは「言ったよ」とだけ反論する。
「言っても聞かないふりをしてきたくせに。それともお前は俺に言ったようにデブって言ったら気付くのか?」
 前に鏡を割った際にリシェのデブと言われた事を気にしていたらしく、恨みがましく返した。
「何だって!?完全に暴言じゃないか、取り消せ!!」
 言えば言ったで激昂するスティレン。
 とにかく自分が言われるのは我慢ならないらしく、顔を真っ赤にして怒り狂ってきた。凄まじい自己中っぷりを見せてくる。
 ここまで分かりやすく我儘な人間もそう居ないだろう。
 リシェはキーキー叫ぶスティレンに対し、「何で俺に言うのは良くて自分が言われたら怒るんだ!!」と言い返していた。
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