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第二十七章
血縁の柵②
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アストレーゼン司聖補佐役への面会希望が無事通り、ヴェスカは指定された大聖堂内部にある面会室へと赴く。
時間を要する事を覚悟していたが、オーギュ側がたまたま時間が空いていたらしくすんなりと希望が通ったのが幸運だった。
…しばらく顔を見ていないので、久しぶりに彼と会ったら暴走しそうだ。
前に会ったのは夜間任務明けの時だったと思う。疲れていたから早々に別れたものの、そこからは顔を合わせる事は無かった。
変な気を起こさないように気を張らなければ、と決意はするものの、実際彼を見れば年甲斐も無く気持ちが高揚しそうになる。しかしオーギュが居れば、恐らくファブロスも居る可能性が高い。
ならば間違っても変な行動は出来ないはず。むしろ欲をセーブ出来るので居て欲しいが、どうだろうか。
指定された部屋の前に立ち、一息置いてノックしてみる。几帳面な彼の事だから、既に面会室に居るはずだ。
「オーギュ様、居ますぅ?」
ヴェスカの問い掛けに応じて、少し間を置いてから「居ますよ」と扉を挟んだ奥から聞こえてきた。
「やっぱ早いな。失礼します」
一言告げ、扉を開いた。内部はやや狭く、少人数で会話出来るだけの広さしか無かったものの、質素な木製テーブルと小さめの椅子が四人分置かれている。その中の一つにオーギュが腰を下ろし、自分が来るのを待っていた。
「ひ、一人?」
「ええ。何か問題が?」
「いや…ファブロスは?」
「私の中で昼寝中です。疲れが溜まってるんでしょうかね…暇な時にはあちこち散歩しているようなので。部屋でダラダラ過ごすよりは、健康にも良いので好きに動くようにしなさいと言っているので」
…一応、居る事には居るらしい。
仮に自分が手を出そうものなら、すかさずファブロスが主人を守る為に出現するはずだ。それなら気持ちを制御出来るはず。
内心安堵しながら、「そっか」と返しながらオーギュの向かい側に腰を下ろした。
「私をまた呼び出すとは、何かご用件が?」
「あんたの顔を見たくて」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべる。対するオーギュは、一瞬眉を顰めた。
「ふざけているんですか?」
それなら帰りますよと不愉快そうに言う。相変わらずまともに冗談が通用しないな、とヴェスカは思った。
「冗談だよ。まあ、顔を見たかったのもあるけど…」
そう前置きした後、ヴェスカは兵舎宛に届いた例の手紙を胸ポケットから引っ張り出してオーギュの前に置く。
「…何ですか?これ…」
怪訝そうにそれを受け取り、封筒から中身を引っ張り出した。
内容が内容なので、ヴェスカは無言のまま。
書面を読む前に、一旦オーギュは向かい側のヴェスカをちらりと見た。ただ無言で、こちらを見ているのは理由があっての事なのだろう。
「………」
まず、中身を読んだ。読んでいくうちに、ヴェスカの無言の理由がそれとなく理解出来るようになる。
息を飲み、次第に表情が強張ってきた。
「何と…」
「俺からは言いにくいんだよ。分かるだろ?はっきり言って、こっちの管轄外なんだよね」
口元を押さえ、オーギュは苦々しく呟く。
「汚らわしい…」
思っていた通りの反応に、ついヴェスカはやっぱりなと笑った。眉を寄せて苦々しい表情を見せながら、彼は「当たり前の反応でしょう」と続ける。
「…貴族側の醜聞を晒すような手紙が、一切関係の無い兵舎に匿名で届いたのですか?」
自分の見聞きしない所で、出自である貴族側が如何わしい催し物をしていたとは思わなかったのだろう。
読み返すだけでも嫌な気持ちにさせられるその内容は、数ヶ月に一度の割合で一部貴族らによる輪姦パーティが開催されているという事。それも最近ではなく、ある意味伝統行事として昔から行われているらしい。
あまりの醜聞に、眩暈がしそうになった。
自分は完全に初耳だ。恐らくロシュもそうだろう。身内の恥を見てしまったような情けない気分になる。
「だからあんたに報告してるんだろ?ほら、こっちに出されても迂闊に動けないんだからさ」
「…宛名は書かれてませんね。文字も…自動筆記でしょうか。匿名を貫きたいのか手書きではない」
「え?そうなの?普通に見えたけどな…」
ヴェスカは魔法については全く知識がゼロで、自動で手紙を書くという概念が無い。ぱっと見ても、人の手によって認められたものにしか見えないようだ。
逆にオーギュのような熟練者の目からは、人の手で書かれたにしては不自然さを感じるのだろう。
「魔力があれば魔法でペンを走らせる位の応用は出来ますよ。ただ、製本された文字を使うあたりかなりの手練れでしょうね。…ペンを走らせても術者の癖が筆跡に出ますから」
「ふぅん…癖まで出るのか。んじゃ、俺が魔法で書けばやっぱり紙面に俺の文字として反映されるの?」
「そうですね。癖なんて結局、あなたの脳や体に染み付いているようなものですから。あなたが仮に筆記したとしても、相手に読み取れない難解な文字列しか再現出来ないと思いますよ」
…それは字が下手糞だと言っているようなものだった。突如降り掛かるオーギュの嫌味に、ヴェスカはつい胸を押さえ呻き声を上げた。
「それはそうとして…困りましたね。この事が大っぴらに知られればアストレーゼンの大失態になりかねない。恥晒しも良い所です。このような破廉恥な話、もし外部に口外されたら…」
明らかにオーギュは動揺していた。
これが単なる民間内での出来事ならば問題にもならない。しかし由緒正しい貴族達が自ら進んで行っているとなれば話は別なのだ。中には大聖堂の関係者も多数居るだろう。
如何わしい事をする者達が、神聖な大聖堂で何食わぬ顔をして職務に当たっている可能性も出てくる。個人的ならそれ程問題は無いが、多数となれば…と思うとゾッとする。
「ヴェスカ」
「んあ?」
「この事はまさか他に」
「あー…同僚が手紙を見て知ってるけど、一切口外するなと釘刺してる。そいつの立場は班長クラスだから、内密にしなきゃならない話はしっかり守るよ?」
貴族の痴態を敢えて兵舎側に漏らす事で、広まるのを狙っていたのだろうか。
「そうですか…」
それを聞いてか、オーギュは若干安堵した。
「こっちとしては勝手にやれよって思うんだけど、あんたの方はそういう訳にはいかないんだろうな。体裁もあるだろうし…」
これからどう動いたらいいのか思い悩む司聖補佐とは逆に、ヴェスカは報告した事で役目を終えたので気楽だった。
端正な顔を歪ませ、苦々しく呟く。
「下手をすれば権威の失墜に繋がります」
「手紙出したのって同じ貴族なんだよな?参加者じゃないと知り得ないもんな。同じ仲間同士で潰し合いみたいな感じなのかね」
「さあ…」
「…てか、相手を取っ替え引っ換えして気持ち良いもんかねぇ。流石に俺でもやった事無いぞ?一発に全力注ぐタイプだからな。ほら、オーギュ様だって分かるだろ?」
軽々しく変な事を言い放つヴェスカを、オーギュは「知りませんよ」と冷たく突き放した。
強引に一度関係を結んだだけで果たして何が分かるというのだろう。
「はぁあああ、この意地っ張り。あんたは良いよぉ、どうせファブロスとしてるんだろうが。俺はこーんだけ好き好きって言ってんのに、オーギュ様は冷たいんだもん」
何故か話題が逸れてしまう。
いじける大の大人を、同じく大の大人が制する謎の光景がそこにはあった。
「…今その話必要ですか?」
しかも今、変な発言をしていた。
ろくでもない話に付き合ってやる暇は無いのだが、彼は普通の会話でも変な話題をぶっ込んでくる。個人的には不快極まり無い内容なのだが、元々の話題が似たような話なので無碍にも出来ない。
「俺は誰とでもやれる奴の気が知れないって言ってんの。元々あんただってそうだろ?」
「…悪趣味ですね」
完全にプライベートな話だ。もしかしたら、ヴェスカは、自分とファブロスの関係を軽めに考えているのかもしれない。
自分は別に誰とでもという訳ではない。むしろ好ましい行為ではないとすら思う。しかし契約者である以上、避けては通れない過程の一つなのだ。
魔導師として更に力を望む自分と、自分の魂を最後に喰らう事を望んだファブロスの意見が噛み合い、お互い納得の上で契約したのだから不満は無い。苦痛はあってもそれは致し方無いと思っている。
「それはそうとして」
オーギュは目をスッと細め、あくまで冷静に話を続けた。
「この件はロシュ様に話すかどうかは少し考えさせて下さい。何処から話の元が出てきたのか調べてみる事にします。あの人には片付いていない仕事が山積みなので落ち着いた頃に話をしてみようと思います」
「あんたに手紙を渡せればこっちの役目は終わったようなもんだし、あとは好きにしたらいいよ」
「報告ありがとうございます。それでは私はこれで失礼しますよ」
向かい合うヴェスカに静かに言った。時間的にあまり長居する事は難しい。
自分にはまだこれからやる事があるのだ。
受け取った書簡を胸のポケットに仕舞い込み、扉に向けて数歩進む。扉の前まであと僅かといった所で、急に体のバランスががくりと崩れた。
「!!」
非常に強い力がオーギュの全身を襲い掛かる。
腕を引っ張られたかと思うと、一瞬のうちにヴェスカによってテーブルの上に寝かされる形になっていた。
「な…何をするんです、離しなさい!!」
「…まだ俺個人の用は終わってない」
あっという間に両手を掴まれ、身動きが取れなくなってしまう。こういう時に自分の非力さに嫌気が差したが、まだ逃げられる術は残っていた。
…この部屋は魔法が使える。前の時のように、封じ込められた場所ではなかった。相手は魔力に関しては相当弱く、軽度にショックを与えれば卒倒してくれるはず。
「あなたの個人的な用とは私を好き放題にする事ですか!」
引き止める手段にしては脳筋過ぎる。もう少し違う方法があるだろうに。
オーギュはヴェスカの下で踠き、早く離せと訴えた。このままではまた、彼が暴走してしまう。
「ここであんたを逃せば、またしばらく会えなくなるじゃん!」
「言いたい事は分かりますが、あなたはやり方が乱暴過ぎる!!」
「だってさっさと帰ろうとするから!」
「それなら話を聞きますから、離して下さい!」
話を聞く、と言った所で若干ヴェスカの力が緩んだような気がした。同時に、オーギュの内部で妙な感覚が走る。
嫉妬やら嫌悪が混じり合った変な感情。腹の底から渦巻いて、熱く滾ってくる。自分は怒りとかの感情は一切無いのに。
「あ…っ!?あ、は…っ!?」
オーギュは自らの異変に意味が分からず、変な声を上げた。
紋様の付いた手が熱い。しかしそれは一瞬の事で、気が付けばすぐに治った。
…程なくして、オーギュの上に覆い被さっていたヴェスカの口元が緩む。
「やーっぱり出てきたか。そりゃ、大好きなご主人様が危ないとなれば出てくるよな」
オーギュは目線をゆっくりずらした。ずらしたその先には、怒りの形相のファブロスがヴェスカを見下ろしている。
「ふ…ファブロス…?」
オーギュは少しだけ安堵したものの、彼の異様な様子に困惑した。一方のファブロスはヴェスカの右肩を強く掴んだまま、ゆっくり唇を開く。
相当な怒りを押し殺すかのような低い声が室内に響く。
『何をする気だった?ヴェスカ』
ヴェスカは身をゆっくり起こす。
「…俺が何をするか予想出来たから我慢出来なくなって出てきたんだろ?」
『…オーギュ』
ようやく解放されたオーギュは、打ち付けられた上体をゆっくり起こしながら「はい」と返す。
自分の力の無さが疎ましい。結局、ファブロスに助けられてしまうとは。
『仕事の続きがあるのだろう。私はこいつと話がある』
「………」
オーギュは胸を押さえ、身に起こっていた違和感を再び感じていた。
…全身を襲った謎の感情が消え失せている。あれはもしかしたらファブロスのものだったのかもしれない。計り知れない程の激しく強い感情を、冷静な彼が持っていたとは信じ難いが。
「一回はあんたと話した方が良いって俺も思ってたんだよな、ファブロス。あんたはオーギュ様に対して不自然に過保護過ぎる」
ファブロスは無言でオーギュを立たせ、一旦胸元に引き寄せた。まるで彼は自分のものだと言いたげに。
主人の頭を軽く撫で、『行ってこい』と囁く。
「何をするつもりですか?」
『物騒な事はしない。ただお互い話す事があるだけだ』
オーギュはヴェスカの方をちらりと見た。
「オーギュ様」
「………」
「悪かったよ。やっぱ、二人きりだと気持ちが暴走しちゃうな。あまり良くない」
分かっているなら普通に引き止めれば良かったのに。困ったように軽く一息吐いた。
「無礼は不問にします。…あなたは考えるより先に手を出す癖は直した方が良い。まさか任務の時も考え無しに行動しているんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな事あるもんか」
任務中はまだ冷静に見れているはず。
だがどうしても、オーギュを前にすると調子が狂うのだ。会う機会が少ないだけに、チャンスを逃したくない焦りが出る。
自分はオーギュと共に居られるファブロスとは違う。向こうは常に行動を共にしていて、毎日顔を合わせられるのだ。
これ程恵まれた環境なんて無い。
出来るものなら、自分もオーギュと一緒に居たいのに…!
そう考える度に、ヴェスカは嫌な感情が吹き上がってしまうのだ。自分でも本気で嫌になる位、醜く嫉妬してしまう。
「…オーギュ様、用事があるんだろ。行っていいよ」
これ以上彼の姿を見ていると、また抱き締めたくなる。
ヴェスカは込み上げる気持ちを必死で押さえ込み、静かに告げた。オーギュも何かを察したのか、目を伏せて応える。
「…分かりました」
軽く乱れた法衣を直すと、オーギュは面会室の扉を開き静かに立ち去って行った。遠ざかる足音を名残惜しげにヴェスカは耳を傾けた後、ふうと一息吐く。
主人に手を出そうとして怒りが先に入っているであろうファブロスへ、ようやく目を向けた。
「…で、俺に話したい事があるんだろ?やっとだな、ファブロス。お互い腹を割って話そうか」
『………』
「俺があの人を好きだって言ってるの、あんたは最初から分かってるはずだけどな。今更横恋慕されたみたいに怒っても仕方なくないか?」
『それは分かっている。私は奴が嫌がるのを黙って見ている程優しくない。それに奴が他の者に抱かれるのが心底嫌なだけだ』
窓辺から光が差し込み、窓際に立つファブロスの髪が柔らかく反射する。良く手入れされているだけあって、見栄えが相当美しかった。
それもオーギュの世話の成果なのだろう。
「心底、ねぇ。だよな。分かるよ俺も。夢中になってる相手が誰かと会話するだけで苦しくなる。…獣のくせに、一丁前に人間らしい感情出すじゃねぇか。なあ、ファブロス?」
『何が言いたい?』
出来るだけ逆撫でしないように気をつけたいが、やはりお互い棘がある言い草になってしまう。
冷静を装っても、やはり滲み出てくるのは否めない。
「回りくどいのが面倒だから、あんたがオーギュ様をどの目線で見てんのか当ててやるよ。あんたは俺と同じだ。同じ目で見てるから良く分かる。あんた、あの人が好きなんだろ。好きとかじゃない。完全にそれ以上の感情だ」
『………は…?』
ファブロスはぴくりと眉を寄せ、ヴェスカの言葉に反応した。
「他の奴に抱かれるのが心底嫌なんだろ?それが答えじゃん。あんたは俺に完全に嫉妬してる。オーギュ様に対して、とんでもなく情が生まれてるんだろ?誰にも渡したくねぇから、耐えきれなくて今こうして飛び出してきた。そうだろ」
『…では私が出てこなければ、お前は何をするつもりだった?』
ふ、とヴェスカはいつものように屈託の無い笑顔を見せた。
「流石にもう嫌がる事はしねぇよ。ここだと普通に魔法が効くんだろ?俺は耐性が無いからな。下手すれば死ぬかもしんないしさ」
軽やかな口調のヴェスカとは正反対に、ファブロスの表情は極めて無表情のまま。
重苦しく口を開いて出る言葉は、怒りをひたすら押さえ込んでいる風にも思える。ヴェスカはそれも重々把握していた。
『…私は同化している関係で、オーギュとは記憶の共有も出来る。お前が過去に奴に対して何をしたか私もしっかり熟知しているぞ。それは鮮明に…実に不愉快で、腑が煮え繰り返る気分にさせられたがな』
…やっぱり分かるのか、とふっと笑う。
彼は度々オーギュの中に入り込めるのだから様々なものを共有出来るのだろう。味覚や視覚、果ては触覚も。痛覚はどうか知らないが、あの時は彼は中に居なかったはず。
オーギュの感覚を辿れば、当時に感じたものが再現されたりするのだろうか。
「あのさぁ…お怒りはごもっともだけどな。元々はあんたが原因じゃねえか。あんたがオーギュ様に甘えまくったせいで、あの人は媚薬掴まされたみたいになってたんだぞ?あれで俺に何の解決もしないで帰れっての?何回中出ししたのか知らないけどよ、後の影響位考えるとか無い訳?」
『私が原因だと…?』
軽くちょっかいを出してしまった自分も悪いのかもしれないが、まさかあそこまで過剰に反応するとは思いもしなかった。
意外そうな表情をするファブロスに、ヴェスカは呆れたように声を上げる。
「何だよ、あんたマジで自覚無ぇの?糧だっけ…?オーギュ様のあれだろ、精液。それ飲むんだっけ?捻出する必要もあるけどよ、向こうの体力も考えてるのか?まさかオーギュ様の気持ちを無視して、一方的に自分の欲だけを優先してるんじゃないだろうな?」
立て続けに突っ込まれ、ファブロスは答えに詰まった。思えば、行為をする際は大抵は自分から動いていた。主人にひたすら甘え、自分の気持ちを押し通す形で。
そこには恐らく、オーギュの意思は無い。
ただ、自分だけが彼の優しさを求めていた。
『契約上、お互い理解している事であってオーギュも納得している。現界し続けるには吸入しなければならん。オーギュも、それは分かっているはず』
ファブロスの赤い瞳が揺らぐ。先程までの瞳の中の強い怒りの力が少し弱まるのを、ヴェスカは見逃さなかった。
「…煮え切らなくなってきたな。まさか図星か?本気で気付かなかったのか?やっぱり、人間の気持ちは獣には分からないもんなんだな。獣なら発情期とかあるんだろ?オーギュ様みたいな細っこいのじゃ、あんたの相手は余計キツいって想像付くだろうに。内心嫌がってるかもしんねぇのに、気持ちを汲む事すら出来ねぇんだもんな」
ファブロスは向かい合うヴェスカの腕を掴んだ。
獣扱いされる事は事実だから構わない。だがあまりにも踏み込んだ内容には我慢出来なかった。自分とオーギュの間で承諾している事を、無関係の者にそこまで言われる筋合いは無い。
下品な人間だと思ってはいたが、ここまで付け入ってくるとは。
『…下世話な話ばかりベラベラと…!!』
お互いに顔を近付け、強い睨み合いをする。
決して怯まず、自分の中に埋もれていた感情を掘り起こして衝動的に思う事を口走っていた。
「ほんっとおめでたくて羨ましい奴だな。あんたは常にあの人と一緒に居て、好きな時に甘えられて、おまけに向こうの意思関係無く自分の都合の良いセックスまで出来てさ。…俺が少ない合間を見てやっと二人きりになれば、我慢出来なくてこうやって邪魔をしてくる!!どこまで自分本位なんだ、なあ!?」
『私が自分本位だと?』
「あ?…そうじゃねぇのかよ?契約上仕方ない顔してる割には、異常な位オーギュ様に執着してるだろうがよ!?くっついてれば好きな時に抱けて、食糧にありつけられるからなぁ?そりゃ逃したくないだろうよ。誰にも渡したくないってなるよな!」
強く掴まれた手を払い除け、ヴェスカは感情を剥き出しにして怒鳴った。
オーギュ本人に気持ちを伝えても、明確な答えもないままで未だに理解してくれているのかも分からない。他人への感情が薄いのか、反応に困るのでスルーしているのか取り合って貰えない。
真剣に気持ちを伝えているのに、出来るなら一緒に居たいのに。
そんな中、分からず屋の彼と常に張り付いているファブロスが羨ましくて堪らないのだ。
〝…羨ましくて、疎ましくて憎たらしい〟
…やっと会う事が出来たと思えば、やっと手に入れた逢瀬の機会ですら決して許さんと言わんばかりに出現してくる。
これが逆の立場なら、彼は自分を疎ましく思うはずなのに。
ファブロスの襟元を掴み、ヴェスカは彼の顔の近くまで自らの顔を寄せる。首元を締められ、ぐぐっと苦しさに顔を顰めたファブロスに対し、彼はゆっくり口を開いた。
「あんた、病的な位オーギュ様に過保護だったもんな?…俺があの人とセックスした時は相当ムカついたろ?なあ。自分だけ気持ち良い思いをしてきただろうからなぁ?自分のものだから余計にさ。…残念だったな。俺もあんたと同じように惚れ込んでんだからよ。分かるだろ、ファブロス。俺もあの人に対して執着心が強いんだ」
毒々しい気持ちが胸を渦巻き、胃がムカムカしてくる。これまで誰かに対して不平不満をぶち撒ける事など無かったヴェスカは、ひたすら嫌な感情を押さえるのがやっとだ。
…制御しなければ、とんでもなく自分が嫌な人間になってしまいそうで。
だがどうしても、自分を排除しようとしてくるファブロスに対して言いたい事があった。
勝手に自分達の世界を構築して欲しくない。勝手にカップルになって欲しくない。そもそも、元々自分が先に彼を好きになったのだ。
確かに好きになるのは勝手だ。だが抜け駆けは絶対に許さない。
ふ…とヴェスカは妖しく笑った。
自分より遥かに優位に立っているつもりだろうが、絶対にそれだけは許さない。契約上、オーギュは仕方無くファブロスに従っているのだと思い知らせてやりたかった。
契約だけの関係で、向こうには愛情は無いのかもしれないと。
「…もしかして、オーギュ様に異常過ぎる程執着してるっていう自覚が無いのか?は…そっかそっか。それなら理由教えてやろうか。召喚獣だから分からないだろうしな」
『………?』
随分人間らしくなったよなと鼻で笑った後、ヴェスカは更に続ける。
「あんたはオーギュ様を愛しているんだよ」
指摘され、ファブロスの表情は一気に固くなっていった。
自分ではそこまで執着しているつもりは無い。
…無い、はずだ。
主人を思う気持ちは確かに強い。多少の行き過ぎ感は否めない。ひと時も離れたくなくて、甘えてしまう事もある。
それは主人を慕っている為であるが、他の者の目には異様なものに見えてしまうのだろうか。
『は…?』
「何呆けた顔してんだ?核心を突かれて頭ん中止まってんのか?それとも獣だから実感が無いってか?」
奥歯を強く噛み締め、ファブロスは掴まれた首元の手を上から掴んだ。目を細め、こめかみに力を入れて忌々しげに睨み返す。
『…お前には分かるまい。人ではない者の気持ちなど』
「はあ?あんたも俺の気持ちなんか分かんねぇだろうが。何悲観的になってるんだよ。そっちは一緒に居られる事で十分優位に立てるじゃねえか。自分が望めばすぐに全部貰えるんだから、不満なんざ無ぇだろうがよ!!」
ファブロスの立場から見れば、ヴェスカの悩みは幼く、視野の狭い悩みでしかない。一緒に居るだけで解決出来るならそれに越した事は無いだろう。
確かにオーギュと常に行動を共にする自分を羨む気持ちも分からなくはなかった。
召喚獣である自分は、主人であるオーギュの協力無しでは現界し続ける事は難しい。多少の我慢は可能だが、結局は得る物は得なければならない。
…最初は、契約上の関係だった。
オーギュは魔導師として更なる力を。
自分は生きる為の糧として術者の魂を。
お互い理解し合っての冷静な契約だったのだ。
それなのに、生活を共にしていく段階で自分にイレギュラーが生じてしまった。
甲斐甲斐しく自分の世話をしてくる魔導師に対し、激しく情が生まれてしまったのである。気高い高位召喚獣の自分が人間に心を完全に奪われてしまうなど、決してあってはならないはずなのに。
オーギュを欲せば欲する程、醜い独占欲が湧いてくる。自分が嫌になる位汚らわしい感情が出現してしまう。
自分だけを求めて欲しい、この先ずっと自分だけを見ていて欲しいと。
ましてや自分は召喚獣で、相手は人間だ。
果たして異種間でこんな感情が、そして交わる事が許されるのか。
…そして、同時に寿命を全う出来ない事が怖くなってしまった。
後に自分の望み通りオーギュの魂を得たとしても、彼を失った先には一体何があるというのか。
〝また孤独に戻るのが、どうしようもなく怖い〟
オーギュと同じ人間であるヴェスカには、決して理解される事は無い。決して分からないから、彼に理解を求めても無意味だ。
『ああ、確かに私はお前より一緒に居られるさ。だが、私にとってこれは一瞬の事でしかない。人間の命なんて、こちらと比べればほんの僅かだ。奴が死んだとしても、私は更に生きていける。今同じ時間を生きていても、オーギュと共に命を終わらせる事が出来ない。奴が居なくなったら、その先はどうなってしまうのか。…お前には分からない。同じ人間に、私の気持ちなど分かるはずもない。やっと見つけた理想の能力者に、こんなにも心を奪われるとは思わなかった。心が無ければここまで苦しまずに済んだかもしれない』
連ねた言葉が進んでいくにつれ、ファブロスの手の力が強まる。未知の存在である召喚獣の力は人間よりも強大で、その握力も適わない。
いくら鍛え上げられたヴェスカでも、思わずその力に怯む程だ。
く、と苦痛に顔を歪めながら、ヴェスカは受けた力を分散させようと首を軽く揺らした。
「…っ…だから執着してたって訳だ。オーギュ様も、ここまで懐いてくるとは思わなかっただろうよ。契約した以上は無碍にも出来ねぇだろうしな?」
共に生活を重ねる事で、自分も同じように人間だと錯覚しそうになる。
だが現実は決してそうではない。
体力の差や獣としての姿がある限り、自分は彼らとは違うのだとハッとしてしまう時にもある。それを自覚する度に、やるせない気持ちに陥ってしまう。
…結局自分と彼らとの間には、どうしても崩せない壁があるのだから。
『私は、オーギュと同じ人間であるお前が憎い。同じ年月を重ねられるお前が憎い。私が召喚獣である限り、オーギュと同じ時を生きて、同じく死ぬ事など不可能だ。お前達は人間としての生を全うして無になる。術者が居なくなっても、私は更に生きねばならない。対価として奴を喰った所で、共に居られる訳ではないのに』
そう言い放った後、ファブロスはヴェスカの体を強く突き放した。
ガタイが良く、鍛えられたヴェスカは激しく飛ばされても堪えるだけの力はある。並の人間ならば振り払われた段階で気絶するかもしれない。
「へぇ…やっと本音が出たな。延々と澄ましてんじゃないかって思ったよ。やっぱ、愛するご主人様の事になれば冷静じゃいられなくなるよな?」
相手の何かを期待していたような笑みが、更にファブロスの気持ちを逆撫でする。
「限られた時間しかないから邪魔が入るのが嫌だってか?…それは俺も同じなんだけど。人間だからあんたより生きる時間が少ない。しかも何だっけ?魂を最後に貰う気なんだろ?…同じ召喚獣のディータちゃんから聞いたんだからな。魂喰いなんだろ、あんた。結局は、死んでもオーギュ様と一緒なんじゃねえか。…俺からして見れば、贅沢過ぎなんだよ!」
ヴェスカはファブロスに詰め寄り、胸元を引っ掴んだ。顔を近くまで寄せると、怒りの感情を込めながら静かな口調で続ける。
「…それなら俺だって近くに居ても罰は当たらねぇよなあ?それとも、その少ない時間ですら他人が一緒に居る事は許したくもねぇか?ああ、そっか。自我が芽生えたばっかで、思考はまだお子様なんだろうな」
『何が言いたい?』
よりによってこのヴェスカに子供扱いされたのが心に引っ掛かるが、今は細かい事を気にする余裕は無い。
次の言葉を待っているファブロスに、眼光を強くしながらヴェスカは言った。
「あの人を俺にくれよ」
『断る』
くれよ、と言い切る前に拒絶の言葉を口走るあたり、彼も譲れない気持ちがあるのだろう。そう返ってくる事は最初から分かっていた。
内心笑いながら、ヴェスカは意地の悪い発言を続ける。
「は?あんた、まだはっきり言葉にしてないんだろ?俺はあんたより前にオーギュ様に好きだって言ってんだよ。言ったもん勝ちだとすれば、俺が先じゃねえの?」
…確かにはっきりと言葉にしていない。
というより、どう表現したらいいのか自分でも分からなかった。オーギュと一緒に居る事で十分満足していたが、妙に心に引っかかるものがあった。
彼の事を考えると、胸をぎゅうっと締め付けられてしまう時がある。特に何も無くても、触れたい衝動に駆られる。
目の前に居ても居なくても、気が付けば彼の事ばかり考えている自分が居た。
一過性の事なのかもしれないと思った。今まで、術者との関係でこのような事は無かったのだから。
契約上の関係なのは分かっている。不似合いな甘ったれた行動も好ましくない。頭では理解していても、どうしても離れたくない。冷静な自分との葛藤が最近強まっていたのも事実。
心を掻き乱す理由も何なのか良く分からないままで、今こうして指摘されて初めて合点がいってしまった。
…自分は、術者を愛してしまったのだと。
それ以外に、合致する言葉が見当たらない。自分に湧き上がっていた激しい感情が、人間であるヴェスカの言葉の通りならばそうなのだろう。
召喚獣としての目線で主人を見る事が出来なくなったのだから。
『先だろうが何だろうが関係無い。…お前には渡したくない。絶対に渡したくない』
腹の底から絞り出すかのように、ファブロスは呟く。初めての感情に戸惑いながら、反論するのがやっとだった。
モヤつく胸を押さえ、動揺を知らされないようにヴェスカを真っ直ぐ睨む。
『私の主人は、私のものだ』
目線が激しくぶつかり合った。
「まだ告白すらしてもいない、ましてやオーギュ様の返事すら聞いてもないのに随分と強気だな?まだ気持ちを伝えてる分、俺の方が有利だと思うけど」
『………』
言い寄っても返事も貰えていない奴が良く言う、と内心ファブロスは毒付く。
ヴェスカの好意は前々から良く知っていたが、やはり二人同時に一人の相手を奪い合うのは厳しいものがあるかもしれない。仮にどちらかを選んだとしても辛く後味の悪い結果になりそうだ。
オーギュにどちらかを選べ、というのも酷だろう。自分らが勝手に彼に対して好意を持ってしまったのが悪いのだ。
だが、どちらも選ばなかったとすれば自分達は普通の関係に戻れるのだろうか。
もし、仮に好意など一切持っていない…となれば。
自分は正気でいられる自信が無い。自分が激しく想いを寄せているのに、相手はその気が無い事実をずっと受け入れなければならないのだから。
『…これ以上の会話は不毛だ』
考えれば考える程、どうしたら良いのか分からなくなってきた。ここでヴェスカと言い争いをしても、無駄な時間を過ごすだけだ。
もし自分が選ばれなかったら?と思った瞬間、ファブロスの中にある熱い部分が一気に下降していくのを感じた。
『仮に奴がお互いを選ばなかったら、結局この話は無意味になる』
冷静さを取り戻して乱れた服を軽く直し、ファブロスはヴェスカから離れる。
お互いの感情をぶつけ合っただけでも良かったのかもしれない。
面会室の扉を開いて出て行こうとする銀髪の美丈夫の背中へ向け、ヴェスカは挑発するように言葉を投げつけた。
「あっそう。…俺は諦めが悪いんでね。オーギュ様が嫌でもずっと言い続けてやるよ。あんたは勝手に諦めるといい。その分俺のチャンスが増えるだけの話だ」
『………っ!!』
弱気になっていくこちらの気持ちを見透かしたのだろうか。むしろわざと焚き付ける言葉を投げつける事で、更に嫉妬させようとしているのかもしれない。
普段何も考えていなさそうにしているくせに、何という策士っぷりなのか。
冷静さを欠いたファブロスは、面会室から出ると苛立ちを込めてバンと強く扉を閉める。
…相当怒っていた。
「…ほ…怖っわ…」
遠ざかっていく強い足音を聞きながら、ヴェスカはその巨体を軽くぶるりと震わせる。
「地雷源何個あるんだよ、あいつ…」
何を言っても反応するので、オーギュに関する話は相当敏感なのだろう。
…しかし。
我ながら嫌な性格だと思った。ここまで嫌な事を言ってしまう意味が分からない。
でも、ここまで言わずにはいられなかったのだ。
「ほんっと…ずるいよなぁ…」
向こうがオーギュと一緒に行動せざるを得ない理由も分かってはいるのだ。それでも、文句の一つや二つ言ってやらなければ気が済まなかった。
自分もどうにか対等な立場になれるよう、これでも必死に努力しているというのに。
色んな感情が全身を覆い尽くし、酷く自分が醜い化け物のような感覚に陥りそうだった。
壁を伝って崩れ落ちる形で、ヴェスカは座り込む。
「…はぁ…嫌だ嫌だ…最低最悪」
大の大人がみっともなく恋愛沙汰で言い争いとか。自分の同僚が知ったら、きっと大笑いされてしまうだろう。
「自分で吹っかけといてこれだ。…馬鹿じゃねえの、マジで」
この数分で、自分が世界一嫌な人間になった気がした。
あれから司聖の塔に戻り、仕事を片付けていたが繋がる意識内でファブロスに声をかけても返事が無かった。
あちら側から遮断しているのだろうか。それとも何か異変が起きた可能性もある。さっぱり分からないままだが、いずれにせよ彼は自分の元へ戻ってくるはずなので深入りはしないようにしていた。
自分の宿舎に戻り、日中ヴェスカから受け取った書簡を法衣のポケットから引っ張り改めて目を通す。読み通せば読み通す程、悍ましさと激しい嫌悪感に苛まれてしまう。
悪しき風習という文面から読み取れば、良く思っていない貴族も存在しているという事なのだろう。立場上、勧誘される事もあるのかもしれない。参加するのも断るのも自由だ。
内容が内容なので極秘でと口止めもされているに違いない。
…果たして主催者は何者なのだろうか。
どこから探りを入れれば良いのか、オーギュにはまだ見当も付かなかった。せめて差出人の明記を示してくれれば良いが、匿名性が高いので突き止めるには苦労しそうだ。
はあ、と溜息を吐く。
すると間もなく、扉がガチャリと開かれた。
「!」
のそりと大きな影が室内に入り込む。オレンジ系統の照明はやや仄暗さがあり、少しでも影が過ぎると一層明るみが減退した。
その影の正体が分かっていたオーギュは「ファブロス」と呼びかける。
「話しかけても返事が無かったから心配していたんですよ…」
彼は答えず、代わりにゆっくりこちらへと近付いてきた。
ヴェスカとどんな話をしてきたのだろう。読んでいた手紙をテーブルに置き、自分の元へ戻ってきてくれた召喚獣を見上げる。
『………』
「ファブロス?どうしたんです…」
俯き加減の彼の頬へ手を伸ばしかけたその瞬間、全身を思いっきり包み込まれた。一瞬何が起きたのか把握出来ず、思わず「え!?」と声を上げる。
抱き締めてくる腕の力が強い。
力の差があるのは相手も分かっているはずなのに、苦しげに呻いても更に力が強まっていく。
「ちょ…や、何…っ」
細身のオーギュではすぐに限界が迫ってくる。
「何ですかっ、ファブロス!痛いっ…離しなさい!!そんなに締め付けないで!!」
そこでようやく彼は体を離す。しかし彼は今まで見た事の無い表情をしていて、オーギュは思わず言葉を詰まらせた。
何か異変があったのだとすぐに理解出来る位に。
「…な、に?」
『…オーギュ』
ようやくファブロスは薄い唇を開く。オーギュの体を優しく撫でながら、躊躇いがちに声を放った。
『私は、お前と契約だけの関係だと思い続けてきた。そう思っていたんだ』
「………」
『それなのに、お前は私を契約した召喚獣という扱い方を一切せず対等な目線で接してきた。寝食共にして、身綺麗にさせて、人間と共生出来るように…今までの主人とは違って、対等に扱って』
「それは、別に当然の事をしただけで…どうしたんです、急に?ヴェスカと何を話していたんですか?」
ヴェスカの名前を耳にした時、ファブロスは更に苦しそうに端正な顔を歪めた。
『お前の事を考えただけで胸が辛くなる。私の中でお前の存在が大き過ぎて、日毎に膨れ上がっていく。ずっとずっと。お前の呼吸を感じて、動きやその声を聞くだけで、何もかもが狂おしくなる。何故そうなってしまうのか自分でも分からずにいたのだ』
「………」
ふわりと空気を揺らし、ファブロスはオーギュの頬に優しく触れる。同じような色彩の瞳がぶつかり合ったその時、神聖な獣は自らの心の内を吐き出した。
『私はもう、契約だけの関係は嫌だ』
「…え…?」
突然投げられた言葉の意味が分からず、オーギュは目を見開いて頭の中で整頓しようとした。しかし一旦、気持ちを吐き出した事によって箍が外れたファブロスは更に追い撃ちをかけるかの如く続ける。
『まだ理解しないのか。私はこれまで沢山お前に依存していた。理由が分からずとも、ずっとお前を慕い続けていた。魔導師として敬愛するだけではなく、契約した主人として。ただそれだけで良かったのに、知らず知らずのうちにお前の全てに夢中になってしまった。高位召喚獣ともあろう者が、ただ一人の主人に…術者の人間に。あってはならない事だろう。あってはならないはずなのだ。召喚獣としての糧となる相手にこんな感情を抱くなどあり得ない。…だが、もうどうしようもない』
褒める時はやけに饒舌なファブロスが、ひたすら思うままの不器用な言葉を並べ立てていく。
彼が言葉を連ねていくたびに、オーギュは混乱の坩堝に陥ってしまいそうになっていた。
全身が一気に緊張し、両足が震えていく。
自分はそこまでの好意を持たせる気は一切無かった。なのに、何故ここまでファブロスを追い詰めてしまったのだろうか、と。
『好きだ、どうしようもなく好きだ。オーギュ、お前を愛している』
強さを求める一人の魔導師として契約しているオーギュにとって、その言葉は予想もしていない事だった。
過度に甘えてくるのは召喚獣の特性なのだろうと思っていた。契約したからには共に居る事が当たり前で、お互いの喜びや幸せも分かち合えるのが理想だと思っていたのだ。
…契約時には想像もつかなかった事態が起こっている。
「ふ…ファブロス。じ、冗談…ですか?」
『嘘じゃない。決して嘘じゃない。…そんな事言えるものか。やっと理解出来た感情だ。簡単に言う言葉では無いのは、お前にも分かるだろう?偽りの無い、本心から出た言葉だ』
がくりと膝の力が抜けそうになるのを、ファブロスは即座に支えてくる。
『…ヴェスカに取られたくない。オーギュ、頼む。私を受け入れてくれ』
「彼と、どんな話をしたのですか?」
その問い掛けに、ファブロスは答えなかった。
答える代わりに、彼は軽々とオーギュを抱き上げ、そのままベッドへ軽く放り出す。
「ファブロス、答えなさい」
ベッドに軽くバインドした身を後退りさせながら、オーギュは相手を見上げた。
暗がりに映る美貌の男は、やけに妖艶さを増しながら主人へと迫ってくる。
『お前をくれと、そう言われた。確かに前から奴の気持ちは知っていた。…でも、全て自覚した今は絶対に渡したくない』
二人分の重みを訴えるようにベッドが軋む。ファブロスはオーギュに覆い被さると、無言で彼を拘束し始めた。
「………!」
両手首を掴まれ、身動きが取りにくくなる。
これはまずい、とオーギュは首を振りながら「やめなさい!」と命じた。しかしファブロスは首をゆっくり振ると、拒否するとだけ返す。
『頼む。頼むから…私を愛してくれ』
「…ファブロス。私が、あなたを愛していないと?そう思っているのですか?」
一息置いた後、ファブロスは首を振った。
『お前の言う愛は、私が思っているのとは違う』
「………」
否定の言葉を口にした彼の表情は、酷く苦しそうに見えた。何をどう返事をしたら良いのか分からず、ただファブロスを見上げるしか無い。
混乱する脳内をどうにか整頓しようとする間もなく、オーギュの全身に重みがのしかかる。
「は…っ」
ファブロスの人化した筋肉質の体は、細身の彼を最も簡単に包み込み、窮屈さを増幅させてきた。
「や…離してっ…嫌っ…」
『嫌か、オーギュ?私をここまでさせておいて』
パキ、と魔力の流れを感じた。ファブロスはすかさず詠唱を口ずさむと、流れは急速に停止する。
同時に、オーギュは顔を青ざめさせていた。
『魔法で突き放そうとしたのか?ん?』
耳元で響く優しい声に、ぞくりと全身を震わせる。そこでようやく、抵抗しても無意味だと思い知らされたのだ。
片手で簡単に両手を拘束されたまま、もう一方の手でゆっくり体を撫でられていく。何度も愛撫されてきた為なのか、体は勝手に反応してしまうのが悩ましい。
オーギュは小さく呻き、ファブロスが望む反応を示していた。
『気が強いお前の考える事は大体見通せる。今までずっと一緒に居たからな』
「やめ…っ」
腰のベルトがするりと抜かれる。
「う…、ぐ、ううっ」
強引に魔法を使おうとすれば、激しい頭痛に苛まれてしまう。相手は高位の召喚獣で、力を貸し与えられている側の自分ではどう足掻いても太刀打ちが出来ない。
…完全に魔力を封じ込められてしまった。
本格的にまずい、と察する。未だに獣相手の行為には慣れていないのに、これまでにないえげつないやり方をされそうな予感がした。
「ファブロス!命令です、やめなさい!」
命令、となれば止めるかもしれないと薄い希望を持ちながらオーギュは叫ぶ。しかしそんな命令を無視するかのように、ファブロスは先程抜いたベルトをベッドボードの鉄製の柱に括り付け、同時にオーギュの両手をきつく縛り始めた。
『断る』
ギッチリと縛り付けられた事で、彼は一切自分の声を聞く気が無いのだと知らされてしまった。
「あ…あ」
ファブロスはオーギュに跨り、震える彼を満足げに見下ろすと嬉しそうに溜息を漏らした。
『お前を求めてしまう理由が分かった。だからその理由を理解出来て本当に嬉しい。…ヴェスカには感謝しないとな』
「私は、そんなつもりでは無か…」
『お前はそのつもりは無くても、過度な情は相手を狂わせる事もある。…まさかお前は、いつもそんなに残酷な槍口で惑わせていたのか?』
ファブロスはオーギュの法衣を軽く捲り、下のパンツを少し引き下ろす。一切の抵抗が出来ぬまま、下腹部を晒す形になってしまい、更に混乱した。辛うじてまだ下着だけは剥がされていないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
脚を広げられ、その間へ巨体が割り入ってきた瞬間、オーギュは「惑わせるなんて!」と声を張り上げる。
『…ああ、分かっている。…お前はそこまで考えていない。そんなに悪知恵が働くような人間じゃない。お前はとんでもなく寂しがり屋で、私と同じように愛情を求めている。認めて欲しかった相手には全く認めて貰えない、当たり前の愛情すら貰えず逆に蔑まれて成長した哀れな人間。…そんなお前だから、私は余計愛してしまったんだ。一番愛して欲しい者に一切愛されない、哀れで惨めなお前が一層愛おしい』
「ファブロス…あ、あなたは…私を、そんな風に」
ガクガクと体が震えてしまう。
内面全てを見られた気持ちになった。
「私は自分を哀れだと思った事は無いっ…!」
『…そうか。それでも、私はお前を哀れに思う。私へ注いできた愛情は、お前の寂しさの裏返しだと思うからな』
「………」
『私に依存させる事で、自分の孤独感を払拭させているのはどう説明する?』
ファブロスはオーギュの剥き出された腰部を優しく撫でる。彼の滑らかな肌は空気に触れた事によって少し冷たさを感じた。
…だが、これから熱を放つだろう。
『単なる魔導師と召喚獣の関係なら、別に簡素な扱いでも良かっただろう。過去に契約した相手はお前程親密では無かった。糧を得る為に術者に協力する。…私は、それだけでも構わなかったのだ』
「………」
『お前は私にイレギュラーを与えた』
「わ…私のやり方が悪かった…と?」
銀色の長い髪がファブロスの頬をさらりと掠め、寝かされているオーギュに掛かった。
『悪かったかどうかは、お前が私を受け入れてくれるかどうかで変わってくる』
「私次第だと?そんな、急に」
やはり彼は物分かりが良い。ファブロスはふっと目尻を緩める。
『…そうだ。それとも、異種間では無理な要望か?…私が獣だから。私はこれ程までに、お前に恋焦がれているのに』
腰部を撫でる手が鼠蹊部へ進むと、オーギュはびくりと身を縮めた。
「あ…あ…や、やだ」
『分からず屋なお前は、こうしてやりたいと体に教えてやった方が良いのか?』
愛する相手を組み敷き、自由に出来る喜びを噛み締めているかのようにファブロスは恍惚の溜息を漏らす。下着の中へと大きな手を進め、優しく内部を撫で上げてやると、オーギュは必死に声を出さないように口を閉じて首を振った。
隣の部屋に声を聞かれたくないのだろう。
「んんっ…く…っ」
『…オーギュ』
我慢する唇を塞ぐ。乱れた眼鏡を外し、角へ放るとファブロスは夢中になって主人の唇を奪っていった。同時に下着の中もしつこく愛撫していく。
荒い吐息を漏らし、絡み合う唾液を滴らせたままオーギュはファブロスからの口付けを受け続けていた。
全身をぐちゃぐちゃにされていく感覚を覚えた。同時に迫り来る甘い衝動が否応無しにオーギュを責め立てていった。
「あ…っ、んん…っ…んうっ!!」
しつこい位のキスと硬くなった自身への愛撫で、オーギュはすぐに限界に達してしまう。身を仰け反らせ、ファブロスの腕の中でガクガクと痙攣した。じわじわと下半身が濡れていく感覚が嫌でも思い知らされてしまう。
「ふ、ファブロス…離して」
服を着ているとはいえ、はしたない事をしてしまう罪悪感が襲いかかる。酷く下品な行為をしているような気がした。
自分の下で悲壮感に溢れる主人の顔を見たファブロスは、ふ…と目元を緩める。
『罪作りな奴め。無自覚にも程がある』
オーギュは乱された呼吸を整え、弱々しく相手を見上げた。
『私を愛してくれ。お前以外の愛なんか欲しくない』
…そんなにまで自分は相手を狂わせていたのだろうか。
オーギュは契約者として最悪の事をしでかしたのだと思った。ではどう扱えば良かったのか、少ない時間で考えても答えは出てこない。
「愛するなんて、どうすれば…っっ!!」
言いかけていたその時、足を広げた下着の隙間からオーギュの体内に熱く滾る異物が入り込んできた。いつものように魔法で中を解され、慣れたように中に一気に突っ込んでくる。
熱い。痛い、きつい。
声を出したくなくとも、反射的に漏れてしまいそうになる。
「だ、駄目っ…!!あ、ぁああああ…っ!」
せめて喰む物を口に入れて欲しい。
隣の部屋のリューノに聞かれたくない。下手をすれば、何事かと飛び込んでくるかもしれない。
ファブロスを受け止め、深く呼吸を繰り返す。
『…本当にお前は哀れな奴だな。無自覚に愛情を注ぐくせに、愛される事を知らないとは』
「………」
『お前が最初に私にしたように、今度は私がお前に愛を注いでやろう』
その意味合いが分からず、縛られたままのオーギュは全身で呼吸しながらファブロスの出方を待った。
巨躯を震わせると、人の姿から次第に元の召喚獣へとその身を変化させていく。同時に体内の異物も膨れ上がり、オーギュは受け止めきれない状態になった。
「い…っっ!!」
裂けそうになる。無理だ、と必死に頭を振りながら全身を弓のように逸らし逃げようと踠いた。
完全な獣姦に、オーギュは正気を失いそうになっていた。
「あ、あぁ…嘘…っ!?」
『…人間と大差無いように体を小さくしている。いつも通りだと流石に入らないだろう?それに、あの姿だとお前の体を舐める事しか出来ない』
獣の下腹部をぐっと突き入れると、彼は軽く呻き声を漏らした。
同時にオーギュの体内で熱いものが放出する。
「ひ…!!」
半獣のですら興奮させられたのに、完全に獣の状態で出されては更におかしくなるかもしれない。
心臓の鼓動が激しくなり、これから身に起きる事を想像して更に恐怖感を覚えた。
『出来るだけ優しくする。だから泣くな』
ヘッドボードに括り付けていたベルトを爪で裂き、オーギュの手首を自由にすると汗と涙で濡れる彼の頬を舐めた。
『獣の姿は嫌か?…だがこれは私の本来の姿だ。この姿で、長年お前を待ち続けてきた』
「はぁっ…は…っ」
『じっくりと味わうといい』
ゆっくりと揺さ振りながら宥める口調で囁く。全身を押し付け、ファブロスはオーギュの内部を少しずつ刺激していった。
「んっ…は…ぁあ…ううっ」
獣のままでは爪が邪魔をして抱き締めるのは困難で、ただ伏せったままでしか相手を包み込む事は出来ない。
しかし腰はゆっくりと動き、抜き差しを繰り返していた。恥ずかしい異音が室内に響き、同時に卑猥な空気がじわじわと増す。
「あ…あぁああっ…」
オーギュは次第に熱を上げ、動きに合わせ色気を増した声を放っていた。
「や…ファブロスっ…」
『愛している、オーギュ。離れたくない。お前じゃないと嫌だ』
首筋に鼻先を埋め、ぺろりと舌を這わせる。
擽ったいのか、すぐにオーギュはびくりと反応し身を縮めた。
元々彼は非常に敏感だ。何をしてもすぐに刺激に応えてしまう。
乱された法衣が艶やかだった。衣類を着ているにも関わらず、下半身はしっかりと繋がっている事で余計背徳感に苛まれる。
『お前と繋がっている。繋がる事で安心する。もう一人じゃない。温かい。それがとても嬉しい』
「…っふ…はぁあ…っ」
『お前が欲しい。全部私のものにしたい』
オーギュはファブロスからの熱を受けながら、甘く切ない感覚を覚え始めていた。自由になった手できつくシーツを握り、口元を必死に押さえながら声を我慢する。
目の前の美しい獣が自分の体を必死に貪り荒振っている様子を、ひたすら見せつけられるままになっていた。
体の上で必死に繋がりを持とうとする獣を見て、オーギュは思う。
…彼もまた、ずっと寂しかったのだ。
かつて母親の愛を求めようとした自分と、自分からの愛をひたすら求めてくるファブロス。
お互い、状況は違えど求め方が似通っていた。
ここで突っぱねれば、自分もあの冷たく薄情な母親と同じになってしまう。むしろ、ここまで親密になった相手の手を振り払ってしまった方が更に残酷だと思う。
元々その気が無いならば、最初からドライな関係でいた方が良かったのだ。愛情らしいものを受けた事が無い自分が、匙加減が分からないまま接したせいでファブロスに変に希望を持たせてしまった。
…いや、自分が誰かからの愛情が欲しかったのかもしれない。
自分の感覚が分からない。飢え過ぎたせいで、与える愛情の裁量が分からなかった。
『オーギュ、オーギュ…好きだ。好きだ』
まるで魔法の文言を呟くようにファブロスはオーギュに言い続けていた。
不器用ながらもしっかり伝わる言い方だった。
「あぁあ…っ」
言いたくても言えずにいた自分とは違って、真っ直ぐ正直にぶつけてくる。好きだと言われるごとに、胸が甘く締め付けられた。
『お願いだから、私を愛してくれ』
「あ…っ、は…んんん…っ!」
熱に浮かされながら、オーギュはファブロスへ両手を伸ばす。
「ファブロス」
びくりと身を軽く竦ませ、彼は目を見開いた。
厳つく硬い角を優しく撫でた後、その手は獣の頭を包み込んでいく。オーギュはそのまま胸元へ引き寄せると、ふわりと抱き締めた。
『あ…』
ひたすら熱量を持って主人に愛を訴えてきた獣の瞳が震える。
「あなたも、人の事なんて、っん…っ言えないじゃないですか」
『オーギュ…?』
突き上げられ、軽く喘ぎ声を放つ。
獣から放たれた体液は、催淫の効果を放ちオーギュを強く狂おしく苛んだ。
「…駄々っ子で寂しがり屋。は…んんっ、…あなたは、本当に、極端過ぎるっ」
これが正解なのかは分からない。
ファブロスが言う愛の表現も出来るかどうか、自分には全く自信が無かった。
一方、主人に優しく包まれ、完全にペースを崩されたファブロスは大きな体を震わせる。
『私は、お前と繋がりたい。どうしても…お前が欲しい。だから、だから』
必死に取り繕い、ファブロスは首を振った。
『私は人間じゃなく、獣だ。異種間でこのような事は良く無いと分かっているのだ。それでも、お前をどうにかして繋ぎ止めたくて。体を繋げる事で、お前を夢中にさせようと思った。催淫で狂わせれば、離れたいと思わないだろうと』
彼はそう言い終えると、再び人の姿へと変化させる。これ以上、主人の体に負担をかけさせたくないのだろう。
無骨な手でオーギュの頬に触れる。
『すまない』
ファブロスはまるで子供のような顔を向け、『私は最低な召喚獣だ』と告げると赤い瞳からぼろぼろと涙を溢した。
美しく溢れ出た涙は、オーギュの顔にぽつりと当たって濡らしていく。
『…愛しているのは決して嘘じゃない。お前にこんな事をして、嫌われる原因になるのは分かっているのに』
「………」
『それでも、こうせずにはいられない』
頬を紅潮させ、オーギュは乱れたファブロスの長い髪に触れて優しく撫で上げる。
何度も彼の頭を撫でた後、くっついてきた彼の背中に両腕を回した。
『………』
「こんなに大きいのに。長く一人だったから、こんなに甘えん坊になってしまったんですか…困った人ですね」
大きな背中は微かに震えていた。涙に濡れるファブロスの顔を、オーギュは自分の方へ向かせる。
きょとんとした顔をする彼の唇を親指で軽くなぞった後、少し身を起こして口付けをした。
薄く、若干ひんやりとした感触が唇を包み込む。
『!!』
ファブロスは目を見開き、急な展開に驚いた。
プライドの高い主人は、決してこのような場面で自ら動くタイプでは無いだけに、尚更。
しばらく口付けをした後、ふっと唇が離れる。
『お…オーギュ?』
目付きが悪く見えてしまうのでコンプレックスだというオーギュの切れ長の目は、稀に凄まじく魅力的に映る。
それなのに、本人は全く気付いていないのだ。そこから醸し出される濃密な色気に。人外である自分がゾクリとするのだから、人間の目からはかなりくるものがあるのではないだろうか。
「来なさい、甘えん坊のファブロス。…もっと私の中に」
汗ばむ顔を近付け、オーギュは言う。主人に迷惑をかけてしまったとしょげていたファブロスは、思いもよらなかった発言に驚きを隠せない。
『………』
横にズレてしまった毛布を引っ張って暖かくなるように被り、不安そうに問い掛けてしまう。
『オーギュ、い…良いのか?…嫌じゃないのか?嫌なら止めても』
…先程の勢いは何処へ消えたのだろう。
そのくせ、繋がっている部分は未だにそそり立っていた。底抜けにムッツリタイプなのかもしれない。
「…あなたの精液の効果で体がまだ熱いんです」
頑張って理性を保つのがやっとだ。
繋がっている場所が熱く、若干痛むものの同時にむず痒さのようなものを感じる。動かされれば動かされる程、変な気持ち良さが襲いかかり乱れ狂いそうになる。
オーギュは軽く喘ぎ声を含ませ、艶めく表情をファブロスに向けた。
「寂しいならいつでも抱き締めてあげますから。まだ分からないなりに、あなたを受け止める事は出来ますから」
『う……』
それは自分の気持ちを認めてくれた、という事なのだろうか。
ファブロスはオーギュを強く抱き締めると照れ臭そうな、何処か居た堪れないような顔を向ける。
『あの…それでは、沢山愛しても良いのか?』
頬を摩り、改めて問う。
「…ええ。あなたの好きなように」
オーギュがそう言い終えたと同時に、ファブロスは彼の唇を奪い再び体を貪り始める。
何度も大好きだと囁きながら、疲れ果てるまで重なった。
気が付けば朝の光が室内に差し込んでいた。
オーギュは重怠さのある体を起こすと、食欲を唆るスープの香りに気付く。
…そういえば、帰ってから何も食べていない。
眠気を感じながら徐々に記憶を呼び覚まし、はっと色々な行動を思い返す。
「あ…!?あっ、は…!?」
ベッドの上で自分の体をぺたぺた触れ、周りを確認した。
寝巻姿で、汗まみれの記憶があったが身綺麗にされている。あの時に感じた体の奥の痛みも消え失せていた。
「ファブロス!?」
思わず使役している召喚獣の名を呼んだ。すると部屋の奥から、鍋を手にした男が姿を現す。
『…ああ、目が覚めたか』
「あ、朝ご飯…?」
『軽いものなら、お前と一緒に今まで作ってきたし…用意位は』
顔を少し逸らしながら彼は言った。
「すみません…私が準備するべきなのに」
『いや…いい』
鍋をテーブルに置く。
部屋のテーブルは相変わらずオーギュのかき集めた分厚い書物が積まれ、食事の皿をあまり広げられなかった。
毎回ファブロスに小言を言われながらもそのまま二人分の食卓を並べている状態だ。
ベッドに腰を下ろしたままのオーギュの隣に座ると、ファブロスは『大丈夫か?』と問い掛けてきた。
『申し訳無かった。お前に乱暴な事をしてしまった。あれからシャワーも浴びさせたし、…体も、裂けてしまったから魔法で治した。ただ、法衣もぐちゃぐちゃにしてしまって…本当に酷い事をしてしまった』
「だから寝巻にしてくれたのですね」
彼はバツが悪そうな表情のまま。
やはり相当やり過ぎた感があったのだろう。
「法衣は予備があるので替えは利きますし。そもそも洗い替えをしますからね…」
『………』
やけにしょんぼりしていた。
「朝ご飯、用意してくれたのですね」
その言葉に、ファブロスはこくりと頷く。
「温かいうちにご馳走になりましょうか」
眼鏡を探し当ててベッドから立ち上がろうとすると、ファブロスの腕が伸びてオーギュの身を支えてきた。
「…あ、ありがとうございます」
『………』
夜はあれだけ饒舌だったくせに、何の返しもない。代わりに頬を変に赤らめ、目を逸らしてくる。
支えられながら食卓へ着くと、向かい合うようにファブロスも座った。
焼いたバゲットと、じゃがいもとベーコンを使ったポタージュスープという朝食らしい朝食。少食のオーギュにはちょうど良いメニューだ。
スープもわざわざ最初から作り上げてくれたのだろう。
「このスープが凄く好きなんです。覚えていてくれたんですね」
作り立ての優しい味がする。慣れない手で一生懸命に作ってくれたのを想像し、思わずふっと笑みが溢れてしまった。
ファブロスは野菜も食えと言わんばかりに木製の器に入れたサラダを突き出してくる。
「ファブロス。何か言いなさいよ…あれだけ喋っていたのに急に何なんですか」
時間を要する事を覚悟していたが、オーギュ側がたまたま時間が空いていたらしくすんなりと希望が通ったのが幸運だった。
…しばらく顔を見ていないので、久しぶりに彼と会ったら暴走しそうだ。
前に会ったのは夜間任務明けの時だったと思う。疲れていたから早々に別れたものの、そこからは顔を合わせる事は無かった。
変な気を起こさないように気を張らなければ、と決意はするものの、実際彼を見れば年甲斐も無く気持ちが高揚しそうになる。しかしオーギュが居れば、恐らくファブロスも居る可能性が高い。
ならば間違っても変な行動は出来ないはず。むしろ欲をセーブ出来るので居て欲しいが、どうだろうか。
指定された部屋の前に立ち、一息置いてノックしてみる。几帳面な彼の事だから、既に面会室に居るはずだ。
「オーギュ様、居ますぅ?」
ヴェスカの問い掛けに応じて、少し間を置いてから「居ますよ」と扉を挟んだ奥から聞こえてきた。
「やっぱ早いな。失礼します」
一言告げ、扉を開いた。内部はやや狭く、少人数で会話出来るだけの広さしか無かったものの、質素な木製テーブルと小さめの椅子が四人分置かれている。その中の一つにオーギュが腰を下ろし、自分が来るのを待っていた。
「ひ、一人?」
「ええ。何か問題が?」
「いや…ファブロスは?」
「私の中で昼寝中です。疲れが溜まってるんでしょうかね…暇な時にはあちこち散歩しているようなので。部屋でダラダラ過ごすよりは、健康にも良いので好きに動くようにしなさいと言っているので」
…一応、居る事には居るらしい。
仮に自分が手を出そうものなら、すかさずファブロスが主人を守る為に出現するはずだ。それなら気持ちを制御出来るはず。
内心安堵しながら、「そっか」と返しながらオーギュの向かい側に腰を下ろした。
「私をまた呼び出すとは、何かご用件が?」
「あんたの顔を見たくて」
にっこりと無邪気な笑みを浮かべる。対するオーギュは、一瞬眉を顰めた。
「ふざけているんですか?」
それなら帰りますよと不愉快そうに言う。相変わらずまともに冗談が通用しないな、とヴェスカは思った。
「冗談だよ。まあ、顔を見たかったのもあるけど…」
そう前置きした後、ヴェスカは兵舎宛に届いた例の手紙を胸ポケットから引っ張り出してオーギュの前に置く。
「…何ですか?これ…」
怪訝そうにそれを受け取り、封筒から中身を引っ張り出した。
内容が内容なので、ヴェスカは無言のまま。
書面を読む前に、一旦オーギュは向かい側のヴェスカをちらりと見た。ただ無言で、こちらを見ているのは理由があっての事なのだろう。
「………」
まず、中身を読んだ。読んでいくうちに、ヴェスカの無言の理由がそれとなく理解出来るようになる。
息を飲み、次第に表情が強張ってきた。
「何と…」
「俺からは言いにくいんだよ。分かるだろ?はっきり言って、こっちの管轄外なんだよね」
口元を押さえ、オーギュは苦々しく呟く。
「汚らわしい…」
思っていた通りの反応に、ついヴェスカはやっぱりなと笑った。眉を寄せて苦々しい表情を見せながら、彼は「当たり前の反応でしょう」と続ける。
「…貴族側の醜聞を晒すような手紙が、一切関係の無い兵舎に匿名で届いたのですか?」
自分の見聞きしない所で、出自である貴族側が如何わしい催し物をしていたとは思わなかったのだろう。
読み返すだけでも嫌な気持ちにさせられるその内容は、数ヶ月に一度の割合で一部貴族らによる輪姦パーティが開催されているという事。それも最近ではなく、ある意味伝統行事として昔から行われているらしい。
あまりの醜聞に、眩暈がしそうになった。
自分は完全に初耳だ。恐らくロシュもそうだろう。身内の恥を見てしまったような情けない気分になる。
「だからあんたに報告してるんだろ?ほら、こっちに出されても迂闊に動けないんだからさ」
「…宛名は書かれてませんね。文字も…自動筆記でしょうか。匿名を貫きたいのか手書きではない」
「え?そうなの?普通に見えたけどな…」
ヴェスカは魔法については全く知識がゼロで、自動で手紙を書くという概念が無い。ぱっと見ても、人の手によって認められたものにしか見えないようだ。
逆にオーギュのような熟練者の目からは、人の手で書かれたにしては不自然さを感じるのだろう。
「魔力があれば魔法でペンを走らせる位の応用は出来ますよ。ただ、製本された文字を使うあたりかなりの手練れでしょうね。…ペンを走らせても術者の癖が筆跡に出ますから」
「ふぅん…癖まで出るのか。んじゃ、俺が魔法で書けばやっぱり紙面に俺の文字として反映されるの?」
「そうですね。癖なんて結局、あなたの脳や体に染み付いているようなものですから。あなたが仮に筆記したとしても、相手に読み取れない難解な文字列しか再現出来ないと思いますよ」
…それは字が下手糞だと言っているようなものだった。突如降り掛かるオーギュの嫌味に、ヴェスカはつい胸を押さえ呻き声を上げた。
「それはそうとして…困りましたね。この事が大っぴらに知られればアストレーゼンの大失態になりかねない。恥晒しも良い所です。このような破廉恥な話、もし外部に口外されたら…」
明らかにオーギュは動揺していた。
これが単なる民間内での出来事ならば問題にもならない。しかし由緒正しい貴族達が自ら進んで行っているとなれば話は別なのだ。中には大聖堂の関係者も多数居るだろう。
如何わしい事をする者達が、神聖な大聖堂で何食わぬ顔をして職務に当たっている可能性も出てくる。個人的ならそれ程問題は無いが、多数となれば…と思うとゾッとする。
「ヴェスカ」
「んあ?」
「この事はまさか他に」
「あー…同僚が手紙を見て知ってるけど、一切口外するなと釘刺してる。そいつの立場は班長クラスだから、内密にしなきゃならない話はしっかり守るよ?」
貴族の痴態を敢えて兵舎側に漏らす事で、広まるのを狙っていたのだろうか。
「そうですか…」
それを聞いてか、オーギュは若干安堵した。
「こっちとしては勝手にやれよって思うんだけど、あんたの方はそういう訳にはいかないんだろうな。体裁もあるだろうし…」
これからどう動いたらいいのか思い悩む司聖補佐とは逆に、ヴェスカは報告した事で役目を終えたので気楽だった。
端正な顔を歪ませ、苦々しく呟く。
「下手をすれば権威の失墜に繋がります」
「手紙出したのって同じ貴族なんだよな?参加者じゃないと知り得ないもんな。同じ仲間同士で潰し合いみたいな感じなのかね」
「さあ…」
「…てか、相手を取っ替え引っ換えして気持ち良いもんかねぇ。流石に俺でもやった事無いぞ?一発に全力注ぐタイプだからな。ほら、オーギュ様だって分かるだろ?」
軽々しく変な事を言い放つヴェスカを、オーギュは「知りませんよ」と冷たく突き放した。
強引に一度関係を結んだだけで果たして何が分かるというのだろう。
「はぁあああ、この意地っ張り。あんたは良いよぉ、どうせファブロスとしてるんだろうが。俺はこーんだけ好き好きって言ってんのに、オーギュ様は冷たいんだもん」
何故か話題が逸れてしまう。
いじける大の大人を、同じく大の大人が制する謎の光景がそこにはあった。
「…今その話必要ですか?」
しかも今、変な発言をしていた。
ろくでもない話に付き合ってやる暇は無いのだが、彼は普通の会話でも変な話題をぶっ込んでくる。個人的には不快極まり無い内容なのだが、元々の話題が似たような話なので無碍にも出来ない。
「俺は誰とでもやれる奴の気が知れないって言ってんの。元々あんただってそうだろ?」
「…悪趣味ですね」
完全にプライベートな話だ。もしかしたら、ヴェスカは、自分とファブロスの関係を軽めに考えているのかもしれない。
自分は別に誰とでもという訳ではない。むしろ好ましい行為ではないとすら思う。しかし契約者である以上、避けては通れない過程の一つなのだ。
魔導師として更に力を望む自分と、自分の魂を最後に喰らう事を望んだファブロスの意見が噛み合い、お互い納得の上で契約したのだから不満は無い。苦痛はあってもそれは致し方無いと思っている。
「それはそうとして」
オーギュは目をスッと細め、あくまで冷静に話を続けた。
「この件はロシュ様に話すかどうかは少し考えさせて下さい。何処から話の元が出てきたのか調べてみる事にします。あの人には片付いていない仕事が山積みなので落ち着いた頃に話をしてみようと思います」
「あんたに手紙を渡せればこっちの役目は終わったようなもんだし、あとは好きにしたらいいよ」
「報告ありがとうございます。それでは私はこれで失礼しますよ」
向かい合うヴェスカに静かに言った。時間的にあまり長居する事は難しい。
自分にはまだこれからやる事があるのだ。
受け取った書簡を胸のポケットに仕舞い込み、扉に向けて数歩進む。扉の前まであと僅かといった所で、急に体のバランスががくりと崩れた。
「!!」
非常に強い力がオーギュの全身を襲い掛かる。
腕を引っ張られたかと思うと、一瞬のうちにヴェスカによってテーブルの上に寝かされる形になっていた。
「な…何をするんです、離しなさい!!」
「…まだ俺個人の用は終わってない」
あっという間に両手を掴まれ、身動きが取れなくなってしまう。こういう時に自分の非力さに嫌気が差したが、まだ逃げられる術は残っていた。
…この部屋は魔法が使える。前の時のように、封じ込められた場所ではなかった。相手は魔力に関しては相当弱く、軽度にショックを与えれば卒倒してくれるはず。
「あなたの個人的な用とは私を好き放題にする事ですか!」
引き止める手段にしては脳筋過ぎる。もう少し違う方法があるだろうに。
オーギュはヴェスカの下で踠き、早く離せと訴えた。このままではまた、彼が暴走してしまう。
「ここであんたを逃せば、またしばらく会えなくなるじゃん!」
「言いたい事は分かりますが、あなたはやり方が乱暴過ぎる!!」
「だってさっさと帰ろうとするから!」
「それなら話を聞きますから、離して下さい!」
話を聞く、と言った所で若干ヴェスカの力が緩んだような気がした。同時に、オーギュの内部で妙な感覚が走る。
嫉妬やら嫌悪が混じり合った変な感情。腹の底から渦巻いて、熱く滾ってくる。自分は怒りとかの感情は一切無いのに。
「あ…っ!?あ、は…っ!?」
オーギュは自らの異変に意味が分からず、変な声を上げた。
紋様の付いた手が熱い。しかしそれは一瞬の事で、気が付けばすぐに治った。
…程なくして、オーギュの上に覆い被さっていたヴェスカの口元が緩む。
「やーっぱり出てきたか。そりゃ、大好きなご主人様が危ないとなれば出てくるよな」
オーギュは目線をゆっくりずらした。ずらしたその先には、怒りの形相のファブロスがヴェスカを見下ろしている。
「ふ…ファブロス…?」
オーギュは少しだけ安堵したものの、彼の異様な様子に困惑した。一方のファブロスはヴェスカの右肩を強く掴んだまま、ゆっくり唇を開く。
相当な怒りを押し殺すかのような低い声が室内に響く。
『何をする気だった?ヴェスカ』
ヴェスカは身をゆっくり起こす。
「…俺が何をするか予想出来たから我慢出来なくなって出てきたんだろ?」
『…オーギュ』
ようやく解放されたオーギュは、打ち付けられた上体をゆっくり起こしながら「はい」と返す。
自分の力の無さが疎ましい。結局、ファブロスに助けられてしまうとは。
『仕事の続きがあるのだろう。私はこいつと話がある』
「………」
オーギュは胸を押さえ、身に起こっていた違和感を再び感じていた。
…全身を襲った謎の感情が消え失せている。あれはもしかしたらファブロスのものだったのかもしれない。計り知れない程の激しく強い感情を、冷静な彼が持っていたとは信じ難いが。
「一回はあんたと話した方が良いって俺も思ってたんだよな、ファブロス。あんたはオーギュ様に対して不自然に過保護過ぎる」
ファブロスは無言でオーギュを立たせ、一旦胸元に引き寄せた。まるで彼は自分のものだと言いたげに。
主人の頭を軽く撫で、『行ってこい』と囁く。
「何をするつもりですか?」
『物騒な事はしない。ただお互い話す事があるだけだ』
オーギュはヴェスカの方をちらりと見た。
「オーギュ様」
「………」
「悪かったよ。やっぱ、二人きりだと気持ちが暴走しちゃうな。あまり良くない」
分かっているなら普通に引き止めれば良かったのに。困ったように軽く一息吐いた。
「無礼は不問にします。…あなたは考えるより先に手を出す癖は直した方が良い。まさか任務の時も考え無しに行動しているんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな事あるもんか」
任務中はまだ冷静に見れているはず。
だがどうしても、オーギュを前にすると調子が狂うのだ。会う機会が少ないだけに、チャンスを逃したくない焦りが出る。
自分はオーギュと共に居られるファブロスとは違う。向こうは常に行動を共にしていて、毎日顔を合わせられるのだ。
これ程恵まれた環境なんて無い。
出来るものなら、自分もオーギュと一緒に居たいのに…!
そう考える度に、ヴェスカは嫌な感情が吹き上がってしまうのだ。自分でも本気で嫌になる位、醜く嫉妬してしまう。
「…オーギュ様、用事があるんだろ。行っていいよ」
これ以上彼の姿を見ていると、また抱き締めたくなる。
ヴェスカは込み上げる気持ちを必死で押さえ込み、静かに告げた。オーギュも何かを察したのか、目を伏せて応える。
「…分かりました」
軽く乱れた法衣を直すと、オーギュは面会室の扉を開き静かに立ち去って行った。遠ざかる足音を名残惜しげにヴェスカは耳を傾けた後、ふうと一息吐く。
主人に手を出そうとして怒りが先に入っているであろうファブロスへ、ようやく目を向けた。
「…で、俺に話したい事があるんだろ?やっとだな、ファブロス。お互い腹を割って話そうか」
『………』
「俺があの人を好きだって言ってるの、あんたは最初から分かってるはずだけどな。今更横恋慕されたみたいに怒っても仕方なくないか?」
『それは分かっている。私は奴が嫌がるのを黙って見ている程優しくない。それに奴が他の者に抱かれるのが心底嫌なだけだ』
窓辺から光が差し込み、窓際に立つファブロスの髪が柔らかく反射する。良く手入れされているだけあって、見栄えが相当美しかった。
それもオーギュの世話の成果なのだろう。
「心底、ねぇ。だよな。分かるよ俺も。夢中になってる相手が誰かと会話するだけで苦しくなる。…獣のくせに、一丁前に人間らしい感情出すじゃねぇか。なあ、ファブロス?」
『何が言いたい?』
出来るだけ逆撫でしないように気をつけたいが、やはりお互い棘がある言い草になってしまう。
冷静を装っても、やはり滲み出てくるのは否めない。
「回りくどいのが面倒だから、あんたがオーギュ様をどの目線で見てんのか当ててやるよ。あんたは俺と同じだ。同じ目で見てるから良く分かる。あんた、あの人が好きなんだろ。好きとかじゃない。完全にそれ以上の感情だ」
『………は…?』
ファブロスはぴくりと眉を寄せ、ヴェスカの言葉に反応した。
「他の奴に抱かれるのが心底嫌なんだろ?それが答えじゃん。あんたは俺に完全に嫉妬してる。オーギュ様に対して、とんでもなく情が生まれてるんだろ?誰にも渡したくねぇから、耐えきれなくて今こうして飛び出してきた。そうだろ」
『…では私が出てこなければ、お前は何をするつもりだった?』
ふ、とヴェスカはいつものように屈託の無い笑顔を見せた。
「流石にもう嫌がる事はしねぇよ。ここだと普通に魔法が効くんだろ?俺は耐性が無いからな。下手すれば死ぬかもしんないしさ」
軽やかな口調のヴェスカとは正反対に、ファブロスの表情は極めて無表情のまま。
重苦しく口を開いて出る言葉は、怒りをひたすら押さえ込んでいる風にも思える。ヴェスカはそれも重々把握していた。
『…私は同化している関係で、オーギュとは記憶の共有も出来る。お前が過去に奴に対して何をしたか私もしっかり熟知しているぞ。それは鮮明に…実に不愉快で、腑が煮え繰り返る気分にさせられたがな』
…やっぱり分かるのか、とふっと笑う。
彼は度々オーギュの中に入り込めるのだから様々なものを共有出来るのだろう。味覚や視覚、果ては触覚も。痛覚はどうか知らないが、あの時は彼は中に居なかったはず。
オーギュの感覚を辿れば、当時に感じたものが再現されたりするのだろうか。
「あのさぁ…お怒りはごもっともだけどな。元々はあんたが原因じゃねえか。あんたがオーギュ様に甘えまくったせいで、あの人は媚薬掴まされたみたいになってたんだぞ?あれで俺に何の解決もしないで帰れっての?何回中出ししたのか知らないけどよ、後の影響位考えるとか無い訳?」
『私が原因だと…?』
軽くちょっかいを出してしまった自分も悪いのかもしれないが、まさかあそこまで過剰に反応するとは思いもしなかった。
意外そうな表情をするファブロスに、ヴェスカは呆れたように声を上げる。
「何だよ、あんたマジで自覚無ぇの?糧だっけ…?オーギュ様のあれだろ、精液。それ飲むんだっけ?捻出する必要もあるけどよ、向こうの体力も考えてるのか?まさかオーギュ様の気持ちを無視して、一方的に自分の欲だけを優先してるんじゃないだろうな?」
立て続けに突っ込まれ、ファブロスは答えに詰まった。思えば、行為をする際は大抵は自分から動いていた。主人にひたすら甘え、自分の気持ちを押し通す形で。
そこには恐らく、オーギュの意思は無い。
ただ、自分だけが彼の優しさを求めていた。
『契約上、お互い理解している事であってオーギュも納得している。現界し続けるには吸入しなければならん。オーギュも、それは分かっているはず』
ファブロスの赤い瞳が揺らぐ。先程までの瞳の中の強い怒りの力が少し弱まるのを、ヴェスカは見逃さなかった。
「…煮え切らなくなってきたな。まさか図星か?本気で気付かなかったのか?やっぱり、人間の気持ちは獣には分からないもんなんだな。獣なら発情期とかあるんだろ?オーギュ様みたいな細っこいのじゃ、あんたの相手は余計キツいって想像付くだろうに。内心嫌がってるかもしんねぇのに、気持ちを汲む事すら出来ねぇんだもんな」
ファブロスは向かい合うヴェスカの腕を掴んだ。
獣扱いされる事は事実だから構わない。だがあまりにも踏み込んだ内容には我慢出来なかった。自分とオーギュの間で承諾している事を、無関係の者にそこまで言われる筋合いは無い。
下品な人間だと思ってはいたが、ここまで付け入ってくるとは。
『…下世話な話ばかりベラベラと…!!』
お互いに顔を近付け、強い睨み合いをする。
決して怯まず、自分の中に埋もれていた感情を掘り起こして衝動的に思う事を口走っていた。
「ほんっとおめでたくて羨ましい奴だな。あんたは常にあの人と一緒に居て、好きな時に甘えられて、おまけに向こうの意思関係無く自分の都合の良いセックスまで出来てさ。…俺が少ない合間を見てやっと二人きりになれば、我慢出来なくてこうやって邪魔をしてくる!!どこまで自分本位なんだ、なあ!?」
『私が自分本位だと?』
「あ?…そうじゃねぇのかよ?契約上仕方ない顔してる割には、異常な位オーギュ様に執着してるだろうがよ!?くっついてれば好きな時に抱けて、食糧にありつけられるからなぁ?そりゃ逃したくないだろうよ。誰にも渡したくないってなるよな!」
強く掴まれた手を払い除け、ヴェスカは感情を剥き出しにして怒鳴った。
オーギュ本人に気持ちを伝えても、明確な答えもないままで未だに理解してくれているのかも分からない。他人への感情が薄いのか、反応に困るのでスルーしているのか取り合って貰えない。
真剣に気持ちを伝えているのに、出来るなら一緒に居たいのに。
そんな中、分からず屋の彼と常に張り付いているファブロスが羨ましくて堪らないのだ。
〝…羨ましくて、疎ましくて憎たらしい〟
…やっと会う事が出来たと思えば、やっと手に入れた逢瀬の機会ですら決して許さんと言わんばかりに出現してくる。
これが逆の立場なら、彼は自分を疎ましく思うはずなのに。
ファブロスの襟元を掴み、ヴェスカは彼の顔の近くまで自らの顔を寄せる。首元を締められ、ぐぐっと苦しさに顔を顰めたファブロスに対し、彼はゆっくり口を開いた。
「あんた、病的な位オーギュ様に過保護だったもんな?…俺があの人とセックスした時は相当ムカついたろ?なあ。自分だけ気持ち良い思いをしてきただろうからなぁ?自分のものだから余計にさ。…残念だったな。俺もあんたと同じように惚れ込んでんだからよ。分かるだろ、ファブロス。俺もあの人に対して執着心が強いんだ」
毒々しい気持ちが胸を渦巻き、胃がムカムカしてくる。これまで誰かに対して不平不満をぶち撒ける事など無かったヴェスカは、ひたすら嫌な感情を押さえるのがやっとだ。
…制御しなければ、とんでもなく自分が嫌な人間になってしまいそうで。
だがどうしても、自分を排除しようとしてくるファブロスに対して言いたい事があった。
勝手に自分達の世界を構築して欲しくない。勝手にカップルになって欲しくない。そもそも、元々自分が先に彼を好きになったのだ。
確かに好きになるのは勝手だ。だが抜け駆けは絶対に許さない。
ふ…とヴェスカは妖しく笑った。
自分より遥かに優位に立っているつもりだろうが、絶対にそれだけは許さない。契約上、オーギュは仕方無くファブロスに従っているのだと思い知らせてやりたかった。
契約だけの関係で、向こうには愛情は無いのかもしれないと。
「…もしかして、オーギュ様に異常過ぎる程執着してるっていう自覚が無いのか?は…そっかそっか。それなら理由教えてやろうか。召喚獣だから分からないだろうしな」
『………?』
随分人間らしくなったよなと鼻で笑った後、ヴェスカは更に続ける。
「あんたはオーギュ様を愛しているんだよ」
指摘され、ファブロスの表情は一気に固くなっていった。
自分ではそこまで執着しているつもりは無い。
…無い、はずだ。
主人を思う気持ちは確かに強い。多少の行き過ぎ感は否めない。ひと時も離れたくなくて、甘えてしまう事もある。
それは主人を慕っている為であるが、他の者の目には異様なものに見えてしまうのだろうか。
『は…?』
「何呆けた顔してんだ?核心を突かれて頭ん中止まってんのか?それとも獣だから実感が無いってか?」
奥歯を強く噛み締め、ファブロスは掴まれた首元の手を上から掴んだ。目を細め、こめかみに力を入れて忌々しげに睨み返す。
『…お前には分かるまい。人ではない者の気持ちなど』
「はあ?あんたも俺の気持ちなんか分かんねぇだろうが。何悲観的になってるんだよ。そっちは一緒に居られる事で十分優位に立てるじゃねえか。自分が望めばすぐに全部貰えるんだから、不満なんざ無ぇだろうがよ!!」
ファブロスの立場から見れば、ヴェスカの悩みは幼く、視野の狭い悩みでしかない。一緒に居るだけで解決出来るならそれに越した事は無いだろう。
確かにオーギュと常に行動を共にする自分を羨む気持ちも分からなくはなかった。
召喚獣である自分は、主人であるオーギュの協力無しでは現界し続ける事は難しい。多少の我慢は可能だが、結局は得る物は得なければならない。
…最初は、契約上の関係だった。
オーギュは魔導師として更なる力を。
自分は生きる為の糧として術者の魂を。
お互い理解し合っての冷静な契約だったのだ。
それなのに、生活を共にしていく段階で自分にイレギュラーが生じてしまった。
甲斐甲斐しく自分の世話をしてくる魔導師に対し、激しく情が生まれてしまったのである。気高い高位召喚獣の自分が人間に心を完全に奪われてしまうなど、決してあってはならないはずなのに。
オーギュを欲せば欲する程、醜い独占欲が湧いてくる。自分が嫌になる位汚らわしい感情が出現してしまう。
自分だけを求めて欲しい、この先ずっと自分だけを見ていて欲しいと。
ましてや自分は召喚獣で、相手は人間だ。
果たして異種間でこんな感情が、そして交わる事が許されるのか。
…そして、同時に寿命を全う出来ない事が怖くなってしまった。
後に自分の望み通りオーギュの魂を得たとしても、彼を失った先には一体何があるというのか。
〝また孤独に戻るのが、どうしようもなく怖い〟
オーギュと同じ人間であるヴェスカには、決して理解される事は無い。決して分からないから、彼に理解を求めても無意味だ。
『ああ、確かに私はお前より一緒に居られるさ。だが、私にとってこれは一瞬の事でしかない。人間の命なんて、こちらと比べればほんの僅かだ。奴が死んだとしても、私は更に生きていける。今同じ時間を生きていても、オーギュと共に命を終わらせる事が出来ない。奴が居なくなったら、その先はどうなってしまうのか。…お前には分からない。同じ人間に、私の気持ちなど分かるはずもない。やっと見つけた理想の能力者に、こんなにも心を奪われるとは思わなかった。心が無ければここまで苦しまずに済んだかもしれない』
連ねた言葉が進んでいくにつれ、ファブロスの手の力が強まる。未知の存在である召喚獣の力は人間よりも強大で、その握力も適わない。
いくら鍛え上げられたヴェスカでも、思わずその力に怯む程だ。
く、と苦痛に顔を歪めながら、ヴェスカは受けた力を分散させようと首を軽く揺らした。
「…っ…だから執着してたって訳だ。オーギュ様も、ここまで懐いてくるとは思わなかっただろうよ。契約した以上は無碍にも出来ねぇだろうしな?」
共に生活を重ねる事で、自分も同じように人間だと錯覚しそうになる。
だが現実は決してそうではない。
体力の差や獣としての姿がある限り、自分は彼らとは違うのだとハッとしてしまう時にもある。それを自覚する度に、やるせない気持ちに陥ってしまう。
…結局自分と彼らとの間には、どうしても崩せない壁があるのだから。
『私は、オーギュと同じ人間であるお前が憎い。同じ年月を重ねられるお前が憎い。私が召喚獣である限り、オーギュと同じ時を生きて、同じく死ぬ事など不可能だ。お前達は人間としての生を全うして無になる。術者が居なくなっても、私は更に生きねばならない。対価として奴を喰った所で、共に居られる訳ではないのに』
そう言い放った後、ファブロスはヴェスカの体を強く突き放した。
ガタイが良く、鍛えられたヴェスカは激しく飛ばされても堪えるだけの力はある。並の人間ならば振り払われた段階で気絶するかもしれない。
「へぇ…やっと本音が出たな。延々と澄ましてんじゃないかって思ったよ。やっぱ、愛するご主人様の事になれば冷静じゃいられなくなるよな?」
相手の何かを期待していたような笑みが、更にファブロスの気持ちを逆撫でする。
「限られた時間しかないから邪魔が入るのが嫌だってか?…それは俺も同じなんだけど。人間だからあんたより生きる時間が少ない。しかも何だっけ?魂を最後に貰う気なんだろ?…同じ召喚獣のディータちゃんから聞いたんだからな。魂喰いなんだろ、あんた。結局は、死んでもオーギュ様と一緒なんじゃねえか。…俺からして見れば、贅沢過ぎなんだよ!」
ヴェスカはファブロスに詰め寄り、胸元を引っ掴んだ。顔を近くまで寄せると、怒りの感情を込めながら静かな口調で続ける。
「…それなら俺だって近くに居ても罰は当たらねぇよなあ?それとも、その少ない時間ですら他人が一緒に居る事は許したくもねぇか?ああ、そっか。自我が芽生えたばっかで、思考はまだお子様なんだろうな」
『何が言いたい?』
よりによってこのヴェスカに子供扱いされたのが心に引っ掛かるが、今は細かい事を気にする余裕は無い。
次の言葉を待っているファブロスに、眼光を強くしながらヴェスカは言った。
「あの人を俺にくれよ」
『断る』
くれよ、と言い切る前に拒絶の言葉を口走るあたり、彼も譲れない気持ちがあるのだろう。そう返ってくる事は最初から分かっていた。
内心笑いながら、ヴェスカは意地の悪い発言を続ける。
「は?あんた、まだはっきり言葉にしてないんだろ?俺はあんたより前にオーギュ様に好きだって言ってんだよ。言ったもん勝ちだとすれば、俺が先じゃねえの?」
…確かにはっきりと言葉にしていない。
というより、どう表現したらいいのか自分でも分からなかった。オーギュと一緒に居る事で十分満足していたが、妙に心に引っかかるものがあった。
彼の事を考えると、胸をぎゅうっと締め付けられてしまう時がある。特に何も無くても、触れたい衝動に駆られる。
目の前に居ても居なくても、気が付けば彼の事ばかり考えている自分が居た。
一過性の事なのかもしれないと思った。今まで、術者との関係でこのような事は無かったのだから。
契約上の関係なのは分かっている。不似合いな甘ったれた行動も好ましくない。頭では理解していても、どうしても離れたくない。冷静な自分との葛藤が最近強まっていたのも事実。
心を掻き乱す理由も何なのか良く分からないままで、今こうして指摘されて初めて合点がいってしまった。
…自分は、術者を愛してしまったのだと。
それ以外に、合致する言葉が見当たらない。自分に湧き上がっていた激しい感情が、人間であるヴェスカの言葉の通りならばそうなのだろう。
召喚獣としての目線で主人を見る事が出来なくなったのだから。
『先だろうが何だろうが関係無い。…お前には渡したくない。絶対に渡したくない』
腹の底から絞り出すかのように、ファブロスは呟く。初めての感情に戸惑いながら、反論するのがやっとだった。
モヤつく胸を押さえ、動揺を知らされないようにヴェスカを真っ直ぐ睨む。
『私の主人は、私のものだ』
目線が激しくぶつかり合った。
「まだ告白すらしてもいない、ましてやオーギュ様の返事すら聞いてもないのに随分と強気だな?まだ気持ちを伝えてる分、俺の方が有利だと思うけど」
『………』
言い寄っても返事も貰えていない奴が良く言う、と内心ファブロスは毒付く。
ヴェスカの好意は前々から良く知っていたが、やはり二人同時に一人の相手を奪い合うのは厳しいものがあるかもしれない。仮にどちらかを選んだとしても辛く後味の悪い結果になりそうだ。
オーギュにどちらかを選べ、というのも酷だろう。自分らが勝手に彼に対して好意を持ってしまったのが悪いのだ。
だが、どちらも選ばなかったとすれば自分達は普通の関係に戻れるのだろうか。
もし、仮に好意など一切持っていない…となれば。
自分は正気でいられる自信が無い。自分が激しく想いを寄せているのに、相手はその気が無い事実をずっと受け入れなければならないのだから。
『…これ以上の会話は不毛だ』
考えれば考える程、どうしたら良いのか分からなくなってきた。ここでヴェスカと言い争いをしても、無駄な時間を過ごすだけだ。
もし自分が選ばれなかったら?と思った瞬間、ファブロスの中にある熱い部分が一気に下降していくのを感じた。
『仮に奴がお互いを選ばなかったら、結局この話は無意味になる』
冷静さを取り戻して乱れた服を軽く直し、ファブロスはヴェスカから離れる。
お互いの感情をぶつけ合っただけでも良かったのかもしれない。
面会室の扉を開いて出て行こうとする銀髪の美丈夫の背中へ向け、ヴェスカは挑発するように言葉を投げつけた。
「あっそう。…俺は諦めが悪いんでね。オーギュ様が嫌でもずっと言い続けてやるよ。あんたは勝手に諦めるといい。その分俺のチャンスが増えるだけの話だ」
『………っ!!』
弱気になっていくこちらの気持ちを見透かしたのだろうか。むしろわざと焚き付ける言葉を投げつける事で、更に嫉妬させようとしているのかもしれない。
普段何も考えていなさそうにしているくせに、何という策士っぷりなのか。
冷静さを欠いたファブロスは、面会室から出ると苛立ちを込めてバンと強く扉を閉める。
…相当怒っていた。
「…ほ…怖っわ…」
遠ざかっていく強い足音を聞きながら、ヴェスカはその巨体を軽くぶるりと震わせる。
「地雷源何個あるんだよ、あいつ…」
何を言っても反応するので、オーギュに関する話は相当敏感なのだろう。
…しかし。
我ながら嫌な性格だと思った。ここまで嫌な事を言ってしまう意味が分からない。
でも、ここまで言わずにはいられなかったのだ。
「ほんっと…ずるいよなぁ…」
向こうがオーギュと一緒に行動せざるを得ない理由も分かってはいるのだ。それでも、文句の一つや二つ言ってやらなければ気が済まなかった。
自分もどうにか対等な立場になれるよう、これでも必死に努力しているというのに。
色んな感情が全身を覆い尽くし、酷く自分が醜い化け物のような感覚に陥りそうだった。
壁を伝って崩れ落ちる形で、ヴェスカは座り込む。
「…はぁ…嫌だ嫌だ…最低最悪」
大の大人がみっともなく恋愛沙汰で言い争いとか。自分の同僚が知ったら、きっと大笑いされてしまうだろう。
「自分で吹っかけといてこれだ。…馬鹿じゃねえの、マジで」
この数分で、自分が世界一嫌な人間になった気がした。
あれから司聖の塔に戻り、仕事を片付けていたが繋がる意識内でファブロスに声をかけても返事が無かった。
あちら側から遮断しているのだろうか。それとも何か異変が起きた可能性もある。さっぱり分からないままだが、いずれにせよ彼は自分の元へ戻ってくるはずなので深入りはしないようにしていた。
自分の宿舎に戻り、日中ヴェスカから受け取った書簡を法衣のポケットから引っ張り改めて目を通す。読み通せば読み通す程、悍ましさと激しい嫌悪感に苛まれてしまう。
悪しき風習という文面から読み取れば、良く思っていない貴族も存在しているという事なのだろう。立場上、勧誘される事もあるのかもしれない。参加するのも断るのも自由だ。
内容が内容なので極秘でと口止めもされているに違いない。
…果たして主催者は何者なのだろうか。
どこから探りを入れれば良いのか、オーギュにはまだ見当も付かなかった。せめて差出人の明記を示してくれれば良いが、匿名性が高いので突き止めるには苦労しそうだ。
はあ、と溜息を吐く。
すると間もなく、扉がガチャリと開かれた。
「!」
のそりと大きな影が室内に入り込む。オレンジ系統の照明はやや仄暗さがあり、少しでも影が過ぎると一層明るみが減退した。
その影の正体が分かっていたオーギュは「ファブロス」と呼びかける。
「話しかけても返事が無かったから心配していたんですよ…」
彼は答えず、代わりにゆっくりこちらへと近付いてきた。
ヴェスカとどんな話をしてきたのだろう。読んでいた手紙をテーブルに置き、自分の元へ戻ってきてくれた召喚獣を見上げる。
『………』
「ファブロス?どうしたんです…」
俯き加減の彼の頬へ手を伸ばしかけたその瞬間、全身を思いっきり包み込まれた。一瞬何が起きたのか把握出来ず、思わず「え!?」と声を上げる。
抱き締めてくる腕の力が強い。
力の差があるのは相手も分かっているはずなのに、苦しげに呻いても更に力が強まっていく。
「ちょ…や、何…っ」
細身のオーギュではすぐに限界が迫ってくる。
「何ですかっ、ファブロス!痛いっ…離しなさい!!そんなに締め付けないで!!」
そこでようやく彼は体を離す。しかし彼は今まで見た事の無い表情をしていて、オーギュは思わず言葉を詰まらせた。
何か異変があったのだとすぐに理解出来る位に。
「…な、に?」
『…オーギュ』
ようやくファブロスは薄い唇を開く。オーギュの体を優しく撫でながら、躊躇いがちに声を放った。
『私は、お前と契約だけの関係だと思い続けてきた。そう思っていたんだ』
「………」
『それなのに、お前は私を契約した召喚獣という扱い方を一切せず対等な目線で接してきた。寝食共にして、身綺麗にさせて、人間と共生出来るように…今までの主人とは違って、対等に扱って』
「それは、別に当然の事をしただけで…どうしたんです、急に?ヴェスカと何を話していたんですか?」
ヴェスカの名前を耳にした時、ファブロスは更に苦しそうに端正な顔を歪めた。
『お前の事を考えただけで胸が辛くなる。私の中でお前の存在が大き過ぎて、日毎に膨れ上がっていく。ずっとずっと。お前の呼吸を感じて、動きやその声を聞くだけで、何もかもが狂おしくなる。何故そうなってしまうのか自分でも分からずにいたのだ』
「………」
ふわりと空気を揺らし、ファブロスはオーギュの頬に優しく触れる。同じような色彩の瞳がぶつかり合ったその時、神聖な獣は自らの心の内を吐き出した。
『私はもう、契約だけの関係は嫌だ』
「…え…?」
突然投げられた言葉の意味が分からず、オーギュは目を見開いて頭の中で整頓しようとした。しかし一旦、気持ちを吐き出した事によって箍が外れたファブロスは更に追い撃ちをかけるかの如く続ける。
『まだ理解しないのか。私はこれまで沢山お前に依存していた。理由が分からずとも、ずっとお前を慕い続けていた。魔導師として敬愛するだけではなく、契約した主人として。ただそれだけで良かったのに、知らず知らずのうちにお前の全てに夢中になってしまった。高位召喚獣ともあろう者が、ただ一人の主人に…術者の人間に。あってはならない事だろう。あってはならないはずなのだ。召喚獣としての糧となる相手にこんな感情を抱くなどあり得ない。…だが、もうどうしようもない』
褒める時はやけに饒舌なファブロスが、ひたすら思うままの不器用な言葉を並べ立てていく。
彼が言葉を連ねていくたびに、オーギュは混乱の坩堝に陥ってしまいそうになっていた。
全身が一気に緊張し、両足が震えていく。
自分はそこまでの好意を持たせる気は一切無かった。なのに、何故ここまでファブロスを追い詰めてしまったのだろうか、と。
『好きだ、どうしようもなく好きだ。オーギュ、お前を愛している』
強さを求める一人の魔導師として契約しているオーギュにとって、その言葉は予想もしていない事だった。
過度に甘えてくるのは召喚獣の特性なのだろうと思っていた。契約したからには共に居る事が当たり前で、お互いの喜びや幸せも分かち合えるのが理想だと思っていたのだ。
…契約時には想像もつかなかった事態が起こっている。
「ふ…ファブロス。じ、冗談…ですか?」
『嘘じゃない。決して嘘じゃない。…そんな事言えるものか。やっと理解出来た感情だ。簡単に言う言葉では無いのは、お前にも分かるだろう?偽りの無い、本心から出た言葉だ』
がくりと膝の力が抜けそうになるのを、ファブロスは即座に支えてくる。
『…ヴェスカに取られたくない。オーギュ、頼む。私を受け入れてくれ』
「彼と、どんな話をしたのですか?」
その問い掛けに、ファブロスは答えなかった。
答える代わりに、彼は軽々とオーギュを抱き上げ、そのままベッドへ軽く放り出す。
「ファブロス、答えなさい」
ベッドに軽くバインドした身を後退りさせながら、オーギュは相手を見上げた。
暗がりに映る美貌の男は、やけに妖艶さを増しながら主人へと迫ってくる。
『お前をくれと、そう言われた。確かに前から奴の気持ちは知っていた。…でも、全て自覚した今は絶対に渡したくない』
二人分の重みを訴えるようにベッドが軋む。ファブロスはオーギュに覆い被さると、無言で彼を拘束し始めた。
「………!」
両手首を掴まれ、身動きが取りにくくなる。
これはまずい、とオーギュは首を振りながら「やめなさい!」と命じた。しかしファブロスは首をゆっくり振ると、拒否するとだけ返す。
『頼む。頼むから…私を愛してくれ』
「…ファブロス。私が、あなたを愛していないと?そう思っているのですか?」
一息置いた後、ファブロスは首を振った。
『お前の言う愛は、私が思っているのとは違う』
「………」
否定の言葉を口にした彼の表情は、酷く苦しそうに見えた。何をどう返事をしたら良いのか分からず、ただファブロスを見上げるしか無い。
混乱する脳内をどうにか整頓しようとする間もなく、オーギュの全身に重みがのしかかる。
「は…っ」
ファブロスの人化した筋肉質の体は、細身の彼を最も簡単に包み込み、窮屈さを増幅させてきた。
「や…離してっ…嫌っ…」
『嫌か、オーギュ?私をここまでさせておいて』
パキ、と魔力の流れを感じた。ファブロスはすかさず詠唱を口ずさむと、流れは急速に停止する。
同時に、オーギュは顔を青ざめさせていた。
『魔法で突き放そうとしたのか?ん?』
耳元で響く優しい声に、ぞくりと全身を震わせる。そこでようやく、抵抗しても無意味だと思い知らされたのだ。
片手で簡単に両手を拘束されたまま、もう一方の手でゆっくり体を撫でられていく。何度も愛撫されてきた為なのか、体は勝手に反応してしまうのが悩ましい。
オーギュは小さく呻き、ファブロスが望む反応を示していた。
『気が強いお前の考える事は大体見通せる。今までずっと一緒に居たからな』
「やめ…っ」
腰のベルトがするりと抜かれる。
「う…、ぐ、ううっ」
強引に魔法を使おうとすれば、激しい頭痛に苛まれてしまう。相手は高位の召喚獣で、力を貸し与えられている側の自分ではどう足掻いても太刀打ちが出来ない。
…完全に魔力を封じ込められてしまった。
本格的にまずい、と察する。未だに獣相手の行為には慣れていないのに、これまでにないえげつないやり方をされそうな予感がした。
「ファブロス!命令です、やめなさい!」
命令、となれば止めるかもしれないと薄い希望を持ちながらオーギュは叫ぶ。しかしそんな命令を無視するかのように、ファブロスは先程抜いたベルトをベッドボードの鉄製の柱に括り付け、同時にオーギュの両手をきつく縛り始めた。
『断る』
ギッチリと縛り付けられた事で、彼は一切自分の声を聞く気が無いのだと知らされてしまった。
「あ…あ」
ファブロスはオーギュに跨り、震える彼を満足げに見下ろすと嬉しそうに溜息を漏らした。
『お前を求めてしまう理由が分かった。だからその理由を理解出来て本当に嬉しい。…ヴェスカには感謝しないとな』
「私は、そんなつもりでは無か…」
『お前はそのつもりは無くても、過度な情は相手を狂わせる事もある。…まさかお前は、いつもそんなに残酷な槍口で惑わせていたのか?』
ファブロスはオーギュの法衣を軽く捲り、下のパンツを少し引き下ろす。一切の抵抗が出来ぬまま、下腹部を晒す形になってしまい、更に混乱した。辛うじてまだ下着だけは剥がされていないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
脚を広げられ、その間へ巨体が割り入ってきた瞬間、オーギュは「惑わせるなんて!」と声を張り上げる。
『…ああ、分かっている。…お前はそこまで考えていない。そんなに悪知恵が働くような人間じゃない。お前はとんでもなく寂しがり屋で、私と同じように愛情を求めている。認めて欲しかった相手には全く認めて貰えない、当たり前の愛情すら貰えず逆に蔑まれて成長した哀れな人間。…そんなお前だから、私は余計愛してしまったんだ。一番愛して欲しい者に一切愛されない、哀れで惨めなお前が一層愛おしい』
「ファブロス…あ、あなたは…私を、そんな風に」
ガクガクと体が震えてしまう。
内面全てを見られた気持ちになった。
「私は自分を哀れだと思った事は無いっ…!」
『…そうか。それでも、私はお前を哀れに思う。私へ注いできた愛情は、お前の寂しさの裏返しだと思うからな』
「………」
『私に依存させる事で、自分の孤独感を払拭させているのはどう説明する?』
ファブロスはオーギュの剥き出された腰部を優しく撫でる。彼の滑らかな肌は空気に触れた事によって少し冷たさを感じた。
…だが、これから熱を放つだろう。
『単なる魔導師と召喚獣の関係なら、別に簡素な扱いでも良かっただろう。過去に契約した相手はお前程親密では無かった。糧を得る為に術者に協力する。…私は、それだけでも構わなかったのだ』
「………」
『お前は私にイレギュラーを与えた』
「わ…私のやり方が悪かった…と?」
銀色の長い髪がファブロスの頬をさらりと掠め、寝かされているオーギュに掛かった。
『悪かったかどうかは、お前が私を受け入れてくれるかどうかで変わってくる』
「私次第だと?そんな、急に」
やはり彼は物分かりが良い。ファブロスはふっと目尻を緩める。
『…そうだ。それとも、異種間では無理な要望か?…私が獣だから。私はこれ程までに、お前に恋焦がれているのに』
腰部を撫でる手が鼠蹊部へ進むと、オーギュはびくりと身を縮めた。
「あ…あ…や、やだ」
『分からず屋なお前は、こうしてやりたいと体に教えてやった方が良いのか?』
愛する相手を組み敷き、自由に出来る喜びを噛み締めているかのようにファブロスは恍惚の溜息を漏らす。下着の中へと大きな手を進め、優しく内部を撫で上げてやると、オーギュは必死に声を出さないように口を閉じて首を振った。
隣の部屋に声を聞かれたくないのだろう。
「んんっ…く…っ」
『…オーギュ』
我慢する唇を塞ぐ。乱れた眼鏡を外し、角へ放るとファブロスは夢中になって主人の唇を奪っていった。同時に下着の中もしつこく愛撫していく。
荒い吐息を漏らし、絡み合う唾液を滴らせたままオーギュはファブロスからの口付けを受け続けていた。
全身をぐちゃぐちゃにされていく感覚を覚えた。同時に迫り来る甘い衝動が否応無しにオーギュを責め立てていった。
「あ…っ、んん…っ…んうっ!!」
しつこい位のキスと硬くなった自身への愛撫で、オーギュはすぐに限界に達してしまう。身を仰け反らせ、ファブロスの腕の中でガクガクと痙攣した。じわじわと下半身が濡れていく感覚が嫌でも思い知らされてしまう。
「ふ、ファブロス…離して」
服を着ているとはいえ、はしたない事をしてしまう罪悪感が襲いかかる。酷く下品な行為をしているような気がした。
自分の下で悲壮感に溢れる主人の顔を見たファブロスは、ふ…と目元を緩める。
『罪作りな奴め。無自覚にも程がある』
オーギュは乱された呼吸を整え、弱々しく相手を見上げた。
『私を愛してくれ。お前以外の愛なんか欲しくない』
…そんなにまで自分は相手を狂わせていたのだろうか。
オーギュは契約者として最悪の事をしでかしたのだと思った。ではどう扱えば良かったのか、少ない時間で考えても答えは出てこない。
「愛するなんて、どうすれば…っっ!!」
言いかけていたその時、足を広げた下着の隙間からオーギュの体内に熱く滾る異物が入り込んできた。いつものように魔法で中を解され、慣れたように中に一気に突っ込んでくる。
熱い。痛い、きつい。
声を出したくなくとも、反射的に漏れてしまいそうになる。
「だ、駄目っ…!!あ、ぁああああ…っ!」
せめて喰む物を口に入れて欲しい。
隣の部屋のリューノに聞かれたくない。下手をすれば、何事かと飛び込んでくるかもしれない。
ファブロスを受け止め、深く呼吸を繰り返す。
『…本当にお前は哀れな奴だな。無自覚に愛情を注ぐくせに、愛される事を知らないとは』
「………」
『お前が最初に私にしたように、今度は私がお前に愛を注いでやろう』
その意味合いが分からず、縛られたままのオーギュは全身で呼吸しながらファブロスの出方を待った。
巨躯を震わせると、人の姿から次第に元の召喚獣へとその身を変化させていく。同時に体内の異物も膨れ上がり、オーギュは受け止めきれない状態になった。
「い…っっ!!」
裂けそうになる。無理だ、と必死に頭を振りながら全身を弓のように逸らし逃げようと踠いた。
完全な獣姦に、オーギュは正気を失いそうになっていた。
「あ、あぁ…嘘…っ!?」
『…人間と大差無いように体を小さくしている。いつも通りだと流石に入らないだろう?それに、あの姿だとお前の体を舐める事しか出来ない』
獣の下腹部をぐっと突き入れると、彼は軽く呻き声を漏らした。
同時にオーギュの体内で熱いものが放出する。
「ひ…!!」
半獣のですら興奮させられたのに、完全に獣の状態で出されては更におかしくなるかもしれない。
心臓の鼓動が激しくなり、これから身に起きる事を想像して更に恐怖感を覚えた。
『出来るだけ優しくする。だから泣くな』
ヘッドボードに括り付けていたベルトを爪で裂き、オーギュの手首を自由にすると汗と涙で濡れる彼の頬を舐めた。
『獣の姿は嫌か?…だがこれは私の本来の姿だ。この姿で、長年お前を待ち続けてきた』
「はぁっ…は…っ」
『じっくりと味わうといい』
ゆっくりと揺さ振りながら宥める口調で囁く。全身を押し付け、ファブロスはオーギュの内部を少しずつ刺激していった。
「んっ…は…ぁあ…ううっ」
獣のままでは爪が邪魔をして抱き締めるのは困難で、ただ伏せったままでしか相手を包み込む事は出来ない。
しかし腰はゆっくりと動き、抜き差しを繰り返していた。恥ずかしい異音が室内に響き、同時に卑猥な空気がじわじわと増す。
「あ…あぁああっ…」
オーギュは次第に熱を上げ、動きに合わせ色気を増した声を放っていた。
「や…ファブロスっ…」
『愛している、オーギュ。離れたくない。お前じゃないと嫌だ』
首筋に鼻先を埋め、ぺろりと舌を這わせる。
擽ったいのか、すぐにオーギュはびくりと反応し身を縮めた。
元々彼は非常に敏感だ。何をしてもすぐに刺激に応えてしまう。
乱された法衣が艶やかだった。衣類を着ているにも関わらず、下半身はしっかりと繋がっている事で余計背徳感に苛まれる。
『お前と繋がっている。繋がる事で安心する。もう一人じゃない。温かい。それがとても嬉しい』
「…っふ…はぁあ…っ」
『お前が欲しい。全部私のものにしたい』
オーギュはファブロスからの熱を受けながら、甘く切ない感覚を覚え始めていた。自由になった手できつくシーツを握り、口元を必死に押さえながら声を我慢する。
目の前の美しい獣が自分の体を必死に貪り荒振っている様子を、ひたすら見せつけられるままになっていた。
体の上で必死に繋がりを持とうとする獣を見て、オーギュは思う。
…彼もまた、ずっと寂しかったのだ。
かつて母親の愛を求めようとした自分と、自分からの愛をひたすら求めてくるファブロス。
お互い、状況は違えど求め方が似通っていた。
ここで突っぱねれば、自分もあの冷たく薄情な母親と同じになってしまう。むしろ、ここまで親密になった相手の手を振り払ってしまった方が更に残酷だと思う。
元々その気が無いならば、最初からドライな関係でいた方が良かったのだ。愛情らしいものを受けた事が無い自分が、匙加減が分からないまま接したせいでファブロスに変に希望を持たせてしまった。
…いや、自分が誰かからの愛情が欲しかったのかもしれない。
自分の感覚が分からない。飢え過ぎたせいで、与える愛情の裁量が分からなかった。
『オーギュ、オーギュ…好きだ。好きだ』
まるで魔法の文言を呟くようにファブロスはオーギュに言い続けていた。
不器用ながらもしっかり伝わる言い方だった。
「あぁあ…っ」
言いたくても言えずにいた自分とは違って、真っ直ぐ正直にぶつけてくる。好きだと言われるごとに、胸が甘く締め付けられた。
『お願いだから、私を愛してくれ』
「あ…っ、は…んんん…っ!」
熱に浮かされながら、オーギュはファブロスへ両手を伸ばす。
「ファブロス」
びくりと身を軽く竦ませ、彼は目を見開いた。
厳つく硬い角を優しく撫でた後、その手は獣の頭を包み込んでいく。オーギュはそのまま胸元へ引き寄せると、ふわりと抱き締めた。
『あ…』
ひたすら熱量を持って主人に愛を訴えてきた獣の瞳が震える。
「あなたも、人の事なんて、っん…っ言えないじゃないですか」
『オーギュ…?』
突き上げられ、軽く喘ぎ声を放つ。
獣から放たれた体液は、催淫の効果を放ちオーギュを強く狂おしく苛んだ。
「…駄々っ子で寂しがり屋。は…んんっ、…あなたは、本当に、極端過ぎるっ」
これが正解なのかは分からない。
ファブロスが言う愛の表現も出来るかどうか、自分には全く自信が無かった。
一方、主人に優しく包まれ、完全にペースを崩されたファブロスは大きな体を震わせる。
『私は、お前と繋がりたい。どうしても…お前が欲しい。だから、だから』
必死に取り繕い、ファブロスは首を振った。
『私は人間じゃなく、獣だ。異種間でこのような事は良く無いと分かっているのだ。それでも、お前をどうにかして繋ぎ止めたくて。体を繋げる事で、お前を夢中にさせようと思った。催淫で狂わせれば、離れたいと思わないだろうと』
彼はそう言い終えると、再び人の姿へと変化させる。これ以上、主人の体に負担をかけさせたくないのだろう。
無骨な手でオーギュの頬に触れる。
『すまない』
ファブロスはまるで子供のような顔を向け、『私は最低な召喚獣だ』と告げると赤い瞳からぼろぼろと涙を溢した。
美しく溢れ出た涙は、オーギュの顔にぽつりと当たって濡らしていく。
『…愛しているのは決して嘘じゃない。お前にこんな事をして、嫌われる原因になるのは分かっているのに』
「………」
『それでも、こうせずにはいられない』
頬を紅潮させ、オーギュは乱れたファブロスの長い髪に触れて優しく撫で上げる。
何度も彼の頭を撫でた後、くっついてきた彼の背中に両腕を回した。
『………』
「こんなに大きいのに。長く一人だったから、こんなに甘えん坊になってしまったんですか…困った人ですね」
大きな背中は微かに震えていた。涙に濡れるファブロスの顔を、オーギュは自分の方へ向かせる。
きょとんとした顔をする彼の唇を親指で軽くなぞった後、少し身を起こして口付けをした。
薄く、若干ひんやりとした感触が唇を包み込む。
『!!』
ファブロスは目を見開き、急な展開に驚いた。
プライドの高い主人は、決してこのような場面で自ら動くタイプでは無いだけに、尚更。
しばらく口付けをした後、ふっと唇が離れる。
『お…オーギュ?』
目付きが悪く見えてしまうのでコンプレックスだというオーギュの切れ長の目は、稀に凄まじく魅力的に映る。
それなのに、本人は全く気付いていないのだ。そこから醸し出される濃密な色気に。人外である自分がゾクリとするのだから、人間の目からはかなりくるものがあるのではないだろうか。
「来なさい、甘えん坊のファブロス。…もっと私の中に」
汗ばむ顔を近付け、オーギュは言う。主人に迷惑をかけてしまったとしょげていたファブロスは、思いもよらなかった発言に驚きを隠せない。
『………』
横にズレてしまった毛布を引っ張って暖かくなるように被り、不安そうに問い掛けてしまう。
『オーギュ、い…良いのか?…嫌じゃないのか?嫌なら止めても』
…先程の勢いは何処へ消えたのだろう。
そのくせ、繋がっている部分は未だにそそり立っていた。底抜けにムッツリタイプなのかもしれない。
「…あなたの精液の効果で体がまだ熱いんです」
頑張って理性を保つのがやっとだ。
繋がっている場所が熱く、若干痛むものの同時にむず痒さのようなものを感じる。動かされれば動かされる程、変な気持ち良さが襲いかかり乱れ狂いそうになる。
オーギュは軽く喘ぎ声を含ませ、艶めく表情をファブロスに向けた。
「寂しいならいつでも抱き締めてあげますから。まだ分からないなりに、あなたを受け止める事は出来ますから」
『う……』
それは自分の気持ちを認めてくれた、という事なのだろうか。
ファブロスはオーギュを強く抱き締めると照れ臭そうな、何処か居た堪れないような顔を向ける。
『あの…それでは、沢山愛しても良いのか?』
頬を摩り、改めて問う。
「…ええ。あなたの好きなように」
オーギュがそう言い終えたと同時に、ファブロスは彼の唇を奪い再び体を貪り始める。
何度も大好きだと囁きながら、疲れ果てるまで重なった。
気が付けば朝の光が室内に差し込んでいた。
オーギュは重怠さのある体を起こすと、食欲を唆るスープの香りに気付く。
…そういえば、帰ってから何も食べていない。
眠気を感じながら徐々に記憶を呼び覚まし、はっと色々な行動を思い返す。
「あ…!?あっ、は…!?」
ベッドの上で自分の体をぺたぺた触れ、周りを確認した。
寝巻姿で、汗まみれの記憶があったが身綺麗にされている。あの時に感じた体の奥の痛みも消え失せていた。
「ファブロス!?」
思わず使役している召喚獣の名を呼んだ。すると部屋の奥から、鍋を手にした男が姿を現す。
『…ああ、目が覚めたか』
「あ、朝ご飯…?」
『軽いものなら、お前と一緒に今まで作ってきたし…用意位は』
顔を少し逸らしながら彼は言った。
「すみません…私が準備するべきなのに」
『いや…いい』
鍋をテーブルに置く。
部屋のテーブルは相変わらずオーギュのかき集めた分厚い書物が積まれ、食事の皿をあまり広げられなかった。
毎回ファブロスに小言を言われながらもそのまま二人分の食卓を並べている状態だ。
ベッドに腰を下ろしたままのオーギュの隣に座ると、ファブロスは『大丈夫か?』と問い掛けてきた。
『申し訳無かった。お前に乱暴な事をしてしまった。あれからシャワーも浴びさせたし、…体も、裂けてしまったから魔法で治した。ただ、法衣もぐちゃぐちゃにしてしまって…本当に酷い事をしてしまった』
「だから寝巻にしてくれたのですね」
彼はバツが悪そうな表情のまま。
やはり相当やり過ぎた感があったのだろう。
「法衣は予備があるので替えは利きますし。そもそも洗い替えをしますからね…」
『………』
やけにしょんぼりしていた。
「朝ご飯、用意してくれたのですね」
その言葉に、ファブロスはこくりと頷く。
「温かいうちにご馳走になりましょうか」
眼鏡を探し当ててベッドから立ち上がろうとすると、ファブロスの腕が伸びてオーギュの身を支えてきた。
「…あ、ありがとうございます」
『………』
夜はあれだけ饒舌だったくせに、何の返しもない。代わりに頬を変に赤らめ、目を逸らしてくる。
支えられながら食卓へ着くと、向かい合うようにファブロスも座った。
焼いたバゲットと、じゃがいもとベーコンを使ったポタージュスープという朝食らしい朝食。少食のオーギュにはちょうど良いメニューだ。
スープもわざわざ最初から作り上げてくれたのだろう。
「このスープが凄く好きなんです。覚えていてくれたんですね」
作り立ての優しい味がする。慣れない手で一生懸命に作ってくれたのを想像し、思わずふっと笑みが溢れてしまった。
ファブロスは野菜も食えと言わんばかりに木製の器に入れたサラダを突き出してくる。
「ファブロス。何か言いなさいよ…あれだけ喋っていたのに急に何なんですか」
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