『恋するゴハン』

倉智せーぢ

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第一話 カボチャの煮付け (増補版)

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 献辞
この話を、近藤裕亮君に捧げます。
アイデアをくれてどうもありがとう。
大変感謝しています。
               倉智せーぢ

※ 描写が甘かったので、書き足しました。





(し、しまった……)
植岡濃乃ののは、頭を抱えて逃げ出したくなった。
とはいえ、ここはアパートの自室なので、ここから逃げ出すとなると行きつくところは実家くらいのものである。
しかし、こんなことで実家に逃げていっては面目が立たない。 ここ数年盆正月にも帰っていないのである。

彼女は、とある会社に勤めるOLで、社内でも
「植岡さんはできる! やり手だ!」
という評判なのだが、いま自室の台所で窮地に立たされていた。

いや、正しく言うなら、彼女自身のしくじりで窮地に立っていた。
(ど、どうしたら……)
これが会社での仕事なら、多少の失敗でもなんとかしてしまう濃乃である。 『商売は道によって賢し』とはよく言ったものだ。
……なにか違うかもしれない。
しかし、台所は彼女のホームグラウンドではない。 アウェイもいいところなのであった。


と、訪問者があった。
「ごめんくださぁい」
少女とおぼしき可愛らしい声。
隣の部屋の野枝のえだった。
手が放せないのを察して……というか、いつもいつもそうなので慣れているのだが……返事がなくても上がり込んでくるのである。
「チチがおすそ分けだって。 また失敗したんでしょ、ノノ姉?」
歯に衣着せぬ物言いに、普通は鼻白むか怒り出すか……だが、悪気はないと知っている濃乃は苦笑いすらしない。 黙って頷くだけだ。
「それにしても」
持ってきた器(おかず入り)をテーブルに置いてつぶやくように
「なんで『ごめんください』なんていうのかな? ノノ姉、しってる?」
妙なことを気にする少女に
「あ、それはね……」
と律儀に説明しだす濃乃。
もともと気のいい人柄だが、初対面の時からなんとなく野枝のことが気に入っているのだ。 ましてや、彼女の母親が亡くなっているのを知ってからはなおさらである。
余談だが、
疑問が生じた時にすかさず教えたり学んだりしたほうが学習効率がいい、と知られている。
そんなわけで、ネット社会の検索第一は必ずしも悪いことばかりではない。
ただ、迷惑に思う人がいるのも確かなので注意したい。

隣人の『チチ』こと野枝の保護者である今利仁いま としひとは、限られた得意分野しか詳しくないためもあり、野枝の疑問に必ず答えてくれるわけでもないし、残念ながら未だケータイやスマホを持っていない野枝は検索で調べることもできないのである。
好奇心旺盛な彼女としては、大部分の疑問にきちんと答えてくれる濃乃がお気に入りなのであった。
大概の場合、そんな子供は大人から嫌がられるからである。
もちろん、『チチ』こと利仁はそんな大人ではない。 ただ、野枝が要求するほど広範囲に知識がないだけなのであった、大体の一般的大人と同様に。
そんなわけで、利仁自身もケータイやスマホを持っていないのだ。

それはさておき。



「利仁さんは、今日はお留守?」
さり気なさを装いつつ尋ねると
「チチ? なんかテストのサイテンがあるとかいってたけど……ノノ姉、会いたいの?」
という返事である。
「会いたい!」
のはやまやまなのだが、利仁の本職である教師の仕事を邪魔するようで気が引ける。
それに、幼い少女に向かって言うのもはばかられるのだ。 ましてや、その少女が彼の『大事なひと』の忘れ形見だとすればなおのことである。
いきなり
「お母さんって呼んで!」
などとも言いづらい。
かくて
「いえ、ちょっとね、用事があるもんだから」
となる。
野枝は横目で見るようにして、呆れたように言った。
「またなんかやったんでしょ、ノノ姉?」
遠慮がないにも程があるが、まあ幼いというのはこういうことである。


「ち、ちょっとカボチャの煮つけを作ろうとして……」
「カボチャのにつけ? ソースつかったっけ?」
野枝にもソースの匂いがわかるようでは
「ダメだこりゃ」
なのである。
「……間違っちゃったの……」
[まちがった? もしかして、ソースとしょう油を?」
コクリ、とうなずく濃乃。 まるで叱られた子供のようだ。
急に真顔になった野枝は、くるりと背を向けると部屋を出て行った。
(さ、さすがに呆れられたかな……)
そういうわけではなかった。

困惑した上に気落ちしてがっくりうなだれる濃乃。
しかし、す、と顔を上げると、そこには訪問者がいた。

「お待たせしました、植岡さん」
「と、利仁さん?」
隣の住人・今利仁いま としひとが、一陣の風のごとく速やかにやってきたのだ。 一陣の風、といってもかなり静かな部類に属する。
今までの経験から彼が『救いの神』であるのは間違いない、と濃乃も確信している。
しかし、今回はモノが物だ。
スパイスを間違えたとか、塩と砂糖を取り違えたとか言うレベルではない。
ではどういうレベルかというと……
そんなことを言っていないで話を進めよう。

「これですか、カボチャのソース煮というのは?」
利仁にそんなことを言われて、濃乃は穴があったら入りたい気分だ。
「はい……」
身が小さく縮こまる思いになるのも無理はない。
「念のため伺いますが……どうしても煮付けでなくてはいけない、そんな理由がありますか?」
濃乃はかぶりを振った。
ただ彼女としては、和風料理に挑戦してみたかったのである。

余談だが、料理の経験がなく、したがって上手とは言いがたい人に限って凝ったものや難しいものって作ろうとする傾向にあるが、やはりこれは……。
この際、好意的に解釈し『挑戦心のあらわれ』と評しておこう。

「これ、出汁だし入れてませんね?」
カボチャを一口味わって濃乃に尋ねる。
「え、煮付けってお出汁入れるんでしたか?」
「いや、作り方はいろいろですが、入れる場合もあるので……植岡さんのお家ではそうやって作ってたかもしれないと思いまして」
「あ、お気遣い有難うございます。 ……これはお出汁入れてません。 慌てたもので、つい……」
醤油のペットボトルと業務用のウスターソースのペットボトルを取り違えたのだ、と濃乃は説明した。
「これ、煮付けに直せますか?」
醤油味の?と付け加えると、利仁は困ったように微笑んで
「それはさすがにムリですよ。 ぼくは一介の高校教師であって、魔法使いじゃないんですから」
いや、自分にとっては充分にそれに近いものがある、と今までの経験から思った濃乃なのだ。


初対面のとき、利仁は言ったものだ。
「じ、実は私、手品マジックが趣味でして」
目が泳いでいる。
(何か隠している!)
平素ならそう思う濃乃であるが、続けての
「時々、無意識にこんなふうに演ってしまうんですよ……」
という弁解に納得してしまったのであった。
もちろん、追求している心の余裕がなかった、ということもある。
それでも
(何を急に?)
とは思った。
そして、ふと彼から視線を外したとき、
「!」
濃乃はとんでもないものを見た。
UFOである。
次の瞬間、『U』がとれた。
それ丶丶は、FOそらとぶオタマだったのである。

利仁の目が泳いでいた。
といっても、空中を泳いでいた、というわけではない。
「あ、ああその……」
いかにも狼狽えているの見本のような取り乱し方だった。 いや、もちろん『彼の場合の』で、一般の例に照らすと『顔色も変わらない』なのだが。
その間にもオタマはくるくる回っている。

「つ、つまりこれがマジシャンとしてのあなたの芸風なんですね?」
「え、ええ、まあそういうことで」
ふたりは顔を見合わせた後、笑いあった。
それは多少引きつってはいたが、かくて二人は『単なる隣人』から『友人』へと昇格したのである。

回想はこれくらいにして。

利仁は
「ちょっと待っててください」
と言って、玄関から出て行き、なにか荷物を持って戻ってきた。
利仁はエプロンをつけると、
「本当はこんなことはあまりしたくないんですけど」
と言いながら、荷物の中からじゃがいもを出してボールに入れた。
「ど、どうもすみません……」
自分の失敗のフォローについてだ、と勘違いした濃乃が小さくなると
「え? い、いえいえ違います。 これからやるやり方だとちょっと味が落ちるもんですから」
そういって、ざっと洗ったじゃがいもをタワシで磨くようにして、耐熱容器に入れ、ラップを掛けてチンしたのである。
あれよあれよ、という感じで口をだす隙がない。
もっとも、あったとして濃乃には口が出せない。 まだ出来上がっていないからである。
(あ、もしかして……?)
と思った濃乃。
(今日はこれで……っていうのかも?)
しかし、そうではなかった。

大体、濃乃も無茶である。
普通、煮付けにする場合は出汁を取る、というのが第一段階。 次に調味料(しょう油、みりん、砂糖など)を入れ、それから具材を入れる。
いきなり具材(この場合はカボチャ)を鍋に入れて、水を入れ、その水に出汁と調味料を入れることはしない。
煮汁に出汁は入れない場合もあるとはいえ、ともかく、こういう場合に初心者は手慣れた主婦みたいなことをしてはいけない。
具体的に言うと、某番組のように別べつに分けておいて入れていく、というのが間違えない秘訣というか、基本といえる。

もちろん、濃乃はカボチャを鍋に入れ、水を入れ、点火して……満を持して、しょう油と間違い、ソースを加えたのだ。
熱が回りだし、匂いに気づくに至って
「しょう油だと思ったのに!」
と慌てたわけであるが、手順を守れば水に調味料を混ぜた段階で気がつき、被害は最小限で済むわけなのだ。
料理の手順はただあるわけでもない。 きちんと考えられているのが普通である。
レシピというのは、材料のみではなく、しっかり手順も記述されているのだ。
先ほどの、利仁が行ったことも理にかなっている。 ただし、美味しさを追求するためではない。

そして、利仁は『カボチャのソース煮』に処置丶丶を施しはじめた。
勝手知ったる隣の勝手とでも言ったところだった。
なお、あとの『勝手』は『台所』の意味である。
つまり、利仁は、植岡家のキッチンの、どこになにがあるか熟知していたのだった。


そして――
出来上がった料理、それは……

「コロッケ?」
「はい、コロッケです。 和風を目指してたのだから和風にしたかったですが……さすがにウスターソースで和風……は無理がありましたからね」
にこっ、と微笑んでうながす。
「どうぞ、召し上がってください」
「あ、はい」
一口かじると口の中に広がるカボチャとウスターソースの香り。
完全に失敗だったはずのソースが、逆にコロッケの味に深みを出していた。
「お、おいひいれす……」
食べてる時は話をしない!という実家でのしつけは何処かへ吹っ飛んでいた。
「お気に召してさいわいです」
にこ、と軽く微笑む利仁の顔が、濃乃には光り輝いて見えていた。
それは別に、揚げたときの油の蒸気のためではない。

「わたし、幸せを感じます……」
利仁はうなずいて
「美味しいものってのは、人生の楽しみの一つですからね」
微笑む利仁にまた助けられた濃乃。
しかし、濃乃の想いにまるで気づいていないような30代男性に対し、やるせない思いと、やり場のない怒りをほんのちょっと感じつつソース風味のカボチャコロッケを食べていると
(これが人生……かな……)
という感慨に結実するのであった。

第一話 おしまい

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