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真・らぶ・TRY・あんぐる 十二
しおりを挟む佑より少し遅れて、S・C部員の一人にして佑のあまり多くない友人・新森誠一が部室にやってきた。
そのときなぜか……だいたいおわかりだろうが……責めるべき立場にある佑は、逆に責められていたのだった。
「君は責任のがれをするのかい? えいこーある我がクラブの部員の一人ともあろうものが!」
いつもはスチャラカを絵にかいたような浩がそんな殊勝なことを言ってのけているのだから、誠一でなくとも目と耳を疑う。
「責任のがれをするようで、いっぱしの男といえるのか!」
『あの』会長がそんなことを言ったその時点で疑え、と言いたいがまあ正論は正論なので佑も、つい
(思えば彼女もかわいそうだな……薬の作用でこうなってるんだから……ある意味で僕が責任をとらなきゃならないんだろうけど……できることなら……いや、できるけど……とってあげなきゃならないんだろうけど……由香ちゃんのこと考えると……)
と、余計なことを考えはじめてジレンマに陥った。
『彼の場合、ジレンマに陥っていない状態の方が珍しいのでは?』
と問われれば、まあその通りなのだが。
「別にずっと彼女と付き合ってやれ、と言ってるんじゃないんだ。 アレがいくら天才的な井沢副会長の調合した薬だとしてもだ。 薬であるからには切れるときが必ずやってくる」
そこまでを佑に言い、
「そうなんだろう、副会長?」
と正に確認した。
「無論のこと有効期限がありますが」
例によって手を止めず、自分の作業に集中しながら正が告げる。 続きは口にしなかったので、「あります『が』」どうしたか、というのかは分からない。
「せめて効果がなくなるまで、つきあってあげるのが男の責任というものだ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
騙されるな。
この場合責任は佑にあるのではないのだぞ?
……と誠一は言いたかったかもしれないが、残念ながら機を逸した。
彼はその時点で事態を理解していなかったのだ。
かくて、読者諸兄のご推察どおり……佑は騙されてしまった。
『説得された』とも言う。
「わかりました……会長のいう通りです……」
一般論ではともかく、この場合はまるっきりそんなことはないのだが。
「育嶋……顔、真っ青だぞ? 大丈夫か?」
「あ、いや、新森……心配してくれてありがとう。 何でもないんだ……」
そう言いながら、軽く会釈して部室を出ていった……かなり慌てて。
「何なんです今の話は!?」
「あ、聞いてたのかー新森くん」
当たり前である。
「いや実はね……」
そういってコトの顛末を話しはじめた。
…………ココのところ、佑はヌケていた……と言われても仕方がない。
彼はあろうことか、元凶二人に口止めをしておくのをすっかり忘れていたのだった。
確かに、二人は佑ごときに口止めされるような人間ではないのだが、それでもほんの少しの抑止力はあるはずだった。
なのに、それさえもしなかったのは『怠慢』とか『ヌケてた』とか『うっかり』とか言われても仕方ないだろう。
かくて、『秘密』を知るものはひとり増えた。
「な……なんだってそんなことを! あいつが何をしたっていうんです!?」
「だから、未完成の媚薬を飲んでしまったんだ」
「だからそれは! 会長のせいでしょうが!」
「新森、まあ落ち着け。 うるさくてかなわん」
例によって冷静な、なおかつ利己的な正。
困ったものだがこの程度で済むのは誠一が正の勧誘でクラブに入部した後輩であったからである。
ちなみにそうでない相手の場合…………………言わぬが花、というやつであった。
「井沢先輩、どうにかしてやってください」
会長を相手にする愚に気づいた誠一は、(一応)先輩である正に訴えた。
「…………しかし、これ以上事態がややこしくなってもいいのかね?」
「ややこしく? どういうことですか?」
「薬の細かい成分がわからない以上そういうことになる」
「ええっ?」
「何が起こっているか解らないところに余計な成分を加えたとしたら」
その言葉に、生唾を飲んで
「く、加えたとしたら?」
「私ですらどんな反応が出るか予想がつかん」
例によって、実験もしくは調合の(はたからは区別がつかなかった)手を休めずに
「だから、私は別の方法をとることにした」
「別の方法……?」
これまた例によって余計なときに余計なことを言う余計な会長が
「いっち……いや井沢副会長によるとだね……」
そう言い、にやにや笑いながら後を続けた。
「ほっとくとどーなるか……とゆー実験ととらえてみるんだそうだ」
「実験!? 実験であいつはこんな思いをしなきゃ……」
「科学には尊い犠牲はつきもの……だそうだ」
誠一はわなわな肩をふるわせていた。
「な、なんてことを……」
……考えてみると、これだけ友情と義侠心に厚い友人がいるというのは佑の誇りであり喜びでもあろうが……問題は誠一の実力なのであった。
彼は割に男前で(だからというわけでもないが)ことわざどおり「金と力はない」のだ。
ちなみに、この場合『力』には『学力』や『科学力』、そして更には『実行力』も含まれる。
この場合、心意気だけではどうにもならないのだ。
「最後にはいったいどうなるんです?」
「どうなるって……性格が改善されるか、はたまた状況が改善されるか……だが…………まあおそらくは状況が改善される方だろう」
「状況が改善……?」
「なるようになる、とも言うがね」
なおも正に詰め寄る誠一。 佑が見たら感激するだろう。
「しかし……なぜ、先輩はあいつにそんなことを」
「私は彼を救世主の器と観たんだ! 試練を与えるのはそのためだ」
「ええっ? ………………ほ、本当ですか、それ?」
「無論のこと……」
ごくりとつばを飲む誠一。
「嘘だ」
誠一はつんのめった。 その失態を横目で見ながら
「新森、君は私を魔術師かマフィアの師範代かだとでも思っているのかね? この純然たる化学者である私を?」
「い、いえそんなことはまるで思っていません」
当り前のことだ。
「じゃあすぐに『嘘で冗談』とわかりそうなものじゃないか」
薬品棚に近づきながら
「大体だな、どこをどう押したらあんなヨタ話を信じる要素が出てくるというのだ……まったく」
正はあきれ返ったようにいった。
……もっとも、彼が本当にあきれ返っていたかどうかは定かではない。
「し、しかし『有効期限』はちゃんとあるんでしょう?」
「もちろんあるとも。 そんなつまらない嘘は言わんよ」
今さっきつまらない嘘を言ったばかりのクセに……と思ったが、先輩相手に面と向かってそれを口に出すほど彼は度胸もなければ、痛みや苦しみに強くもない。
「しかし、だ」
「し、しかし?」
さんざん上げたり落としたりされ、警戒心の強まった態度で聞き返す。
「彼には言わなかったが、代謝機能をちょっといじっているから普通の薬よりは長いはずだ」
「長いって……」
その問いにちょっと暗算していたが、ややあって答えた。 たぶん、今度は真面目に。
「そうだな……長くて1年半、短くて9ヶ月……位だろう」
「……育嶋……気の毒に……」
今この部室にいる佑の唯一の味方、新森誠一はそう洩らした……。
佑にとって誠に残念なことに、洩らすだけしかしなかった。
というか出来なかったのだが。
実力不足は如何ともしがたかったのである。
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