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真・らぶ・TRY・あんぐる 二十五
しおりを挟むそれから留美は、留加の屋台から今度は佑のところに直行した。
この場合『佑のところ』というのは佑が今いる場所という意味ではない。 佑の家、つまり育嶋家だった。
最近、佑は部活に没頭しているらしいのだ。 ちょうど由香に『留美もセマるばっかりじゃだめ』と言われた5日前から、放課後は部室に直行し、部室にこもる毎日だったのである。
今日、留美がS・Cの部室に行くと例によって戸には『関係者以外立ち入り禁止』という貼り紙が貼ってあった。
どうやら井沢正が書いたものではないらしく、割に読みやすい字であったからである。
いくら留美の常識が一般常識とはかなり違うとは言うものの、危険な実験をしているかもしれないそこに入る勇気はなかった。
なんといっても彼女はかよわい女の子なのだ。
それに
(佑クンの時間をあたしばっかりが占領するのも迷惑だモンね)
殊勝にもそう思って、恒太郎に佑を会わせるために父の都合を訊いたのがつい昨日。
ご承知の通り、結果はこういう状況である。
佑に了解をとっていないことなだけに、いささか気はひけた。
だが胸に手を当てて佑のことを想い、自分の気持ちを確かめるとこうせざるを得なかったのだった。
それに、部室には入れないのだからどうしようもない。
「よろしくてよ? いつでもいらっしゃいな?」
例によってというか、よりによってというかはともかく、佑美は留美の願いをあっさり承諾した。
無論、息子の意志や都合などはまるで気にしていない。
「ほ、本当によろしいんですか?」
自分から言い出したことながら、あまりにもあっさりと受け入れられて戸惑う留美。
「前にも『大歓迎』と言ったでしょう? ねえ、英介さん?」
夫の意志はいささか気にしたようではあった。
「もちろん、いつまでも居てくれていいんですよ? お嬢さん?」
「お父様……」
留美はいつの間にか英介のことをそう呼んでいた。
「留美お姉さん……ウチに居てくれるの?」
「え、ええ……お邪魔じゃなければ」
「誰がお姉さんを邪魔にするの?」
冴英の問いに、留美は何も言えなかった。
「ママは違うし、パパでもないだろうし……もしかして、お兄ちゃん?」
留美はドキッとした。
佑の留守中に押しかけたのはやっぱりいくらなんでも、と思っていた真っ最中だったからである。
「ち、違うわ。 佑クンじゃないの……社交辞令……って冴英ちゃんわかる?」
「あったりまえじゃない? あたしこれでも来年中学生よ?」
全然保証になっていない。
「シャコウジがレーするんでしょ?」
案の定わかっていなかった。
留美が困ったような顔で苦笑いしていると、助け船を出すように佑美が
「冴英ちゃん? 留美お姉さんが言ってるのはね、帰る時に『お邪魔しました』とかって挨拶するでしょう? それと同じようなものだって事なのよ?」
「なあんだ、そんなことなの? 早く言えばいいのに」
大人ぶりたい年頃なのである。
ストレートの黒髪を肩に垂らしているのもそのためだ。
テレビCMでモデルをみて、漠然とではあるが憧れてそうしているのだった。 颯爽と歩む姿の優美さが深層意識にショックを与えたのだろう。
ちなみに今は留美のことがかなりお気に入りらしく、もう少し成長したら軽くパーマをあてたがるかもしれない。
更に成長すると佑美のようにショートにするだろうことは予想できた。
そんな冴英を留美は微笑ましく見つめていた。
彼女は一人っ子だし、家はあの調子だから、同性の、しかも年下の子が可愛く感じるのも無理はない。
そんな留美とは対照的に、実のところ佑は妹の大人ぶりたがっているところに多少閉口気味だった。
いつも例の調子なのだから仕方がない反応ではあるが、冴英は佑のことが嫌いなのではない。
とはいえ、兄と同じタイプを恋人に選ぶかと問われたなら
「そんなの、まっぴらごめんよ!」
と答えるであろうことは明白だが、家族としては愛している。 そして彼女の兄に対する態度は叱咤激励のつもりなのだった。
もちろん、冴英にはまだその言葉の意味が判らないだろう。
でも、心の奥では
(もっと堂々として欲しいの)
と思っているのだ。
佑に対する佑美と冴英の態度と、そして彼が不在のときの噂話を聞いていてなんとなく留美にはそれがわかった。
そしてまた胸の奥が暖かくなるのを感じていた。
しかしながら、佑にはそんな冴英の過激だがけなげな気持ちは伝わっていない。
察しの悪さが群を抜いているような少年だから仕方がないが、それは環境のせいではないとも言い難い。
子供を千尋の谷に落そうとするのならその資質も考慮するべきではないだろうか、人間の場合は。
自分の息子だから、と信じていればいいってものではない。
「それじゃ、明日からでもお邪魔してもいいですか?」
「留美お姉さん? 今の『お邪魔』がシャコウジレーなのね?」
そう言って可愛らしく首をかしげる。
その様子に留美はくす、と小さく笑い
「ええ、そうよ」
と優しく答えた。 本当に愛らしかったからだ。
そしてあらためて言い直す。
「お世話になるのは明日からでもいいでしょうか?」
まるで仲のよい姉妹のような二人のやりとりを見ていた佑美は微笑みながら留美に
「もちろんよろしくてよ? なんなら今日唯今からでもよくってよ?」
そう告げた。
さすがに留美はかぶりを振って
「それは、遠慮しておきます。 あたし、服とか下着とかの準備に今日は帰らなきゃ、ですから」
そういうと今度は英介が口をはさんだ。 かなりめったにないことだった。
「佑美さん、お嬢さんの部屋を用意するためにもそうしていただいた方がいいと思いますよ。 まさか佑の部屋にご一緒に……というのも何でしょうからね」
「あたくしはそれでも構わないと思うのだけれど」
口の中でそう言った佑美は冴英にふと目をやり、こう続けた。
「そうね。 留美ちゃんにもくつろいでいただきたいし、その方がよいかしらね」
どうやら
(娘の教育上いくらなんでも問題があるかしら)
と考えなおしたようだった。
つくづく良識が一般人とは別な基準の母親だが、さすがに小学生の冴英にはまだ早いというのだろう。
「英介さん? ご忠告感謝してよ? 冴英が万一家出をしたときに大変ですものね」
どうやら違ったようだ。 英介の耳に紅でも塗ったように優美な唇をよせてそんなことを囁くところをみると
(小学生にはまだ早い)
などとは露も考えた事すらないらしい。
「うん、そうだね」
小声でそう返し、にこにこと嬉しそうに妻にむかって微笑む英介。
仲睦まじいのは良いが、少しは息子の都合も考えてやるべきではないだろうか? このままでは佑は萎縮してしまうだろう。
……いや、もう既に手遅れかもしれない。
「それじゃ、お父さま、お母さま、冴英ちゃん、今日はこれで失礼して明日からの準備を整えときますね」
「留美お姉さん、本当に明日からウチに来るよね?」
「もちろんよ」
名残惜しそうな冴英を軽く抱擁し、育嶋家を辞去したその帰り道、留美は考えていた。
英介は普通なら驚いたり迷惑がったりするような状況下でも笑顔を絶やしたことがない、と。
自分に押しかけられ、更には勝手に妻に同居を許可され、厄介を持ち込まれているという事態なのに嫌な顔ひとつしない。 それどころか優しそうに微笑んで、いや実際本当に優しいのだろうが、いたわりの言葉さえかけてくれる。
あまつさえ、妻に対する文句や反論の一言も言ったのを聞いたことすらないのだ。
確かに自分はまだ一緒の家に住んでいるのではないから、英介のそんな一面を知らないだけかもしれない。 とはいえ佑美と冴英、そして佑の様子ではそんなことはないのだろうと思う。
そして無意識に恒太郎と比較してしまう。 恒太郎は、いや水瀬幕僚長は部下には厳しい性格だったからだ。
(パパには悪いけど、つい比べちゃうなー)
留美が実父と佑の父を比べてしまっても誰も責められまい。 それくらい二人はかけ離れている。
(でも、考えてみればあんなことしたママに怒らなかったんだから、ママを愛してるのよね、パパって)
両親をどうにか仲直りさせて、せめて育嶋夫妻の一〇分の1でも仲良くして欲しい、そう留美は思う。
(あたしって、家庭環境だけなら薄幸よね……微妙に)
そう考えて、自嘲の笑みをもらすのだった。
一方こちらは、両親にすらその意志や都合をかえりみてもらえない薄幸の少年・佑。
今まで散々留美による積極的なあまりに積極的な行為に恐れをなした。 と同時に、逆にだんだん慣れてきて、つい一線をこえてしまいそうな自分が信じられなくなったのである。
かくて彼は、一種の神経衰弱に陥りかかっていたのであった。
そのため、満足にものを考えられる状態ではなかったのだ。
だがその状態でも、残った幾許かの知性で打開策は考えていた。
ほとんど自動的にであり、意識してのものではなかったが。
それでも何とか
(そうだ! 井沢先輩の分析が終わって解決策がわかるまで部室に逃げて来よう)
そう考えつき、部室に避難することにしたのだ。
そして、久しぶりにやっと少し息をつける気分になった。
(ああ、ほっとするなあ……留美ちゃんには申し訳ないけど、僕だって少し休みたい……)
だが、とことんカンのニブい彼は、これから自分を取り巻く状況が今までどころではなくなることを知らない。
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