『真・らぶ・TRY・あんぐる』

倉智せーぢ

文字の大きさ
26 / 52

真・らぶ・TRY・あんぐる 二十四

しおりを挟む

「いけません」
留美の父・水瀬陸上幕僚長こと水瀬恒太郎は言下にそう言った。
自宅なので遠慮なく着流し姿である。
いくら彼が高○健のファンでも、仕事場に着流し雪駄履きで行くほど常識はずれな事はやらない。
その反動もあって、帰宅すると着流し姿に着替える習慣なのだった。
「えー? 佑クンに会ってもいないのにどうして?」
「高津からの報告で大体判ってます。 かなり気弱そうな少年じゃないですか、その『佑クン』とやらは」
気弱でなくったってこんな家に通されたらビビって気弱になるだろうが、恒太郎はもちろん、留美にもそんな考えは浮かばない。
「そんなことないモン! 彼はただ優しいだけなの」
そう言い、畳に座りなおす。
「とにかく、まだ留美には早過ぎます。 男女交際は」
恒太郎にとって佑が気弱かどうかはどうでもよかった。
要するに彼は、一人娘を溺愛しているのである。
だから留加に対する時や部下に対する時とは違って、ごく丁寧な話し方なのだ。
「会わないと佑クンの良さはわからないモン。 高津さんはなんて言ってた?」
「高津の言ったことなど気にしなくても結構。 まだ早過ぎるから早過ぎると言っているんです」
「だって……あたしだっていつかはお嫁にいくんだよ? そりゃかならずしも佑クン相手とは限らないけど」
留美が頬を赤らめながら言うと、恒太郎はある意味無茶苦茶なことを言った。
「お嫁になんか行くことはありません。 留美はパパのところに居ればいいんです」
少しの沈黙ののち
「わかった」
と留美は素直に引き下がり、自室に戻った。
決して父を恐れているわけでも何でもない。
これ以上言っても父の態度がかたくなになるだけだ、と知っていたのである。
もちろん、諦めてはいなかった。
恒太郎を説得するのをやめたのだ。 少なくとも今の時点では。


次の日、留美は放課後に自宅ではなく、母が屋台をいつも出している場所へと向かった。
留加に相談するためだった。
(ひょっとしたら移動しちゃってるかな……)
そう危ぶんだが、幸運にも母の屋台はいつもの所にあった。
もっとも、留美が『幸運にも』と思っただけで、普通はあちこち移動しないものなのだ。 こういう屋台を出すには、警察の許可が必要だからである。
留美から事の顛末を聞いた留加は即座に言った。
「あんニャロの家、出な」
娘に家出を薦めるのだからすごいと表現するか困ったものだと表現するか……。
佑美と比べ、方向は違うが常識はずれなのはいい勝負であった。
留美の性格や行動パターンがどうやって形成されたかおぼろげに判る。
血は水よりも濃い、とはこのことだろう。 
「あたしのところに置いてやりたいけど、いささか手狭でね。 どうしたもんか……」
じゃあ気軽に家出を薦めないで欲しい、などと留美は思わない。
しばらく留加は腕を組んで考えていたが、急に手を叩いて
「そうだ! ちょっとご迷惑かもしれないけど育嶋さん……佑美先輩のところにご厄介になったらどうだろうね?」
佑にとっては『ちょっと』どころの騒ぎではない迷惑である。
「ええっ?」
留美も流石に驚いた。
「だって『是非またいらっしゃいね』と言って下さったんだろ?」
「それはそうだけど……お客として、って意味だと思うな、それ」
留美にしては珍しく、まともな思考でまともな答えだ。
「でも、留美のことを気に入ってくださったんだろ? それに愛しのカレのところに行けるんだから一石二鳥ってやつだよ」
この場に由香が居合わせれば
「そんなことしたら事態がややこしくなるだけじゃないの」
と言っただろうが、あいにくながら彼女はいない。 何故かここのところ留美と距離を置いているようだった。
「あたしからも頼んでやるから、ね? そうしなよ」
留美は少しとまどっているようだったが、決意したように言った。
「うん、お願いしてみる。 でも、ママの助けはいらないから。 ママも忙しいだろうし」
その言葉に感動した留加は
「留美……」
呟くように名前を呼び、愛娘を抱きしめた。
「いきなり家を飛びださずに、前もってお願いしてみるね。 あたしまだ学校に通わないといけないから、ママみたいに屋台は引けないモンね?」
「そうだねえ、あたしのように無鉄砲で飛びだすのは、やっぱり薦められないね」
「え?」
留美は驚いて体を離した。
「いい機会みたいだから尋ねるけど……ママ、どうしてパパと別居することになったの?」
「そういや、留美には聞かせてなかったね」
「長い話になるんなら、また別の日でもいいけど」
そろそろ、客が来そうな時間帯であった。
「いや、大して長い話じゃないさ。 3分程度ですむよ」
開店の準備をしながら留加が娘にした話は、確かに長い話ではなかった。
しかし、内容はあきれかえるようなものだったのだ。


「あンのヒョーロク玉の野郎、あたしがヤクザの女房の恰好したら『お前にゃ貞淑な自衛官の妻でいてもれえてェ』だなんて寝ぼけた事ぬかしやがって!」
「ママ……言葉よくない……」
「この言葉がよくないって分かるんなら大丈夫。 教育上の問題はないよ。 ……それで、『味噌汁で顔ぉ洗って出直しな!』ってタンカきったらこういうことになっちまったってぇわけさね」
「ほんとに、それだけ?」
疑わしそうな眼差して留美は尋ねる。
「あ、改まって聞かれると困るけど」
言いづらそうにもじもじしている母に更に問いただす。
「それだけじゃないんでしょ? 何をしたの?」
とうとう留加はごまかすのを諦めたらしい。
「で、そう言いながら本当に味噌汁の入った鍋ぶつけた、ただそれだけ」
一瞬、いや二瞬か三瞬留美は絶句した。
「それって、『それだけ』じゃないと思うけど」
「あ、やっぱり?」
『やっぱり?』ではないだろう。
「ははは」
「『ははは』じゃないでしょ!? そりゃパパも怒るわよ!」
「でもさー」
照れたように額の汗をふきながら何か言おうとする母をさえぎる。
「『でもさー』じゃないの!」
「だってそれでも怒らないからさーあたしが頭にきちゃってね」
留美は絶句した。
てっきり父が怒って母を追い出したのだと思っていたのだ。
父の言動、そして母の行動からすればそうだとしか思えなかったのである。
「……ある意味……というか、やっぱりというか……あたし、ママの娘なんだなあ……」
留美はそうひとり言を口にした。
留加には聞こえなかったのは幸いだったかもしれなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...