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第8話:新米冒険者、ダンジョンに潜る

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「最高だよ、ルビス。自由に空を飛び回れるルビスが羨ましいよ」

「喜んでいただけて良かったです。……でも、歴代賢者様の中には空を飛び回った方もいたとか――私も知らない昔の話ですが」

「……それ、本当なのか?」

「さあ。私もこの眼で見たわけではないので。ただ、【賢者】とはあらゆる魔法に精通したいわば神のような存在。疑おうとは思いません」

「なるほどな。俺にももしかしたらチャンスはあるってことか」

 俺の左眼に宿った不思議な瞳。賢者の証であるとのことだが、今のところは動体視力の上昇と、魔力総量の上昇、魔力感知の習得以外には、目だった変化はない。この力の神髄を突き詰めれば、いずれは俺も……。

 ちらりと鞘に収まる俺の相棒――ミスリルソードを見やる。蒼く輝くミスリル製の剣。冒険者学校時代も合わせれば、三年半以上も剣を振るい続けてきた。魔法を極めれば、いつか剣を振るわなくなるのだろうか。

 まあ、今は考えなくてもいいか。その時が来たら考えればいい。冒険者は強くあらねばならない。どれだけ仲間を想う気持ちがあっても、力が伴わなければ守れない。失ってからでは遅い。剣を捨てることになっても、その時はきっちり自分の気持ちと折り合いをつけるさ。

「シオンー! あれなに?」

 俺の左隣に座るミリアが地上を指差して、やや興奮気味に訊ねてきた。指差された場所は、木々や草などが蒸発してしまったかのようにぽっかりと空いた更地。クレーターのようにも見えるそれは、直径五十メートルほどにも及ぶ大きな円になっていた。

「あそこが目的地だよ。ダンジョンが発生する時、地上では爆発が起こるんだ。爆発の度合いはダンジョンによって違うけど……今回のは大きかったみたいだな。ミリア、中心が見えるか?」

「うん、何か穴が空いてるような……」

「正解だ。そこがダンジョンの入り口になってる。たまに魔物が飛び出してくることがあるから、地上に下りたら常に警戒しておかないとな」

「シオンって詳しいねー」

「本当、ミリアより頼りになるわね」

 シロナの挑発的な物言いに、ミリアが頬をぷくーと膨らませる。

「俺が詳しいのは何度かダンジョンに潜ったことがあるからだよ。ま、こればっかりは前のパーティのおかげだな」

 『レイジーファミリー』では、今思い返すと人間未満の扱いを受けていたと思う。でも、いつだったかレイジが言っていた『実戦経験は何よりも貴重』という言葉に異論はない。最低限の指導はしてほしかったが、それをすっ飛ばしたおかげで、今こうして頼りにされている。なんとも複雑な心境だな。

「シオン様、そろそろ下降しますが、よろしいですか?」

「わかった。こっちは準備できてるからいつでもオーケーだ」

 答えるや否や、ルビスはゆっくりと高度を下げた。一人で下りるときよりも心なしか慎重な気がした。
 無事に着地。俺、ミリア、シロナの三人がルビスから降りると、白いもやが現れ、小さくなっていき――人型に戻った。

「……ほんと便利なもんだな」

「そ、そんなことより私のこと嫌いになったりしてませんか……?」

「そんなわけないだろ? むしろルビスのこと、もっと好きになったよ」

「そ、そうですか……なら良かったです」

 ルビスはほのかに頬を赤く染め、満足そうに唇を綻ばせた。

「じゃあ、三人とも。俺が合図をしたら後についてきてくれ」

 俺は更地の中央の穴を覗き込み、耳を澄ませる。音は聞こえない。
 次に、暗い穴の中を眼で覗き込む。俺の左眼に宿った能力の一つに、魔力感知がある。魔物は必ず禍々しい魔力を発しているので、一目で分かる。ダンジョンが発する強力な魔力のせいで少し視界が見づらかったが、魔物がいないことは確認できた。

 初級魔法【光源球】を使って、暗いダンジョンを照らす。光源球は白い光を発して、宙を俺の思うがままに浮遊する。
 一通りの準備を終えて、穴にかかっている鉄製の梯子に足をかけて、下り始めた。
 梯子は思ったよりも長い。つまり地下空間の天井が高いということだが……妙だな。Dランク相当のダンジョンではあまり見たことがない。感覚的に、これまでとは少し性質が違うような気さえする。

 三メートルほど下ったところで、ようやく地面に足がついた。
 光源球を周りに飛ばして、魔力感知に頼らず目視でも確認する。ひんやりとした石造りのダンジョン。思った通り天井は高い――が、横幅はと言うと、かなり狭かった。約一メートル半と言ったところだ。通行に然したる不都合はないが、戦闘となるともう少し空間がほしいところだ。ないものねだりをしても仕方がないので、受け入れるしかない。魔物はというと、近くにはいないようだった。

「聞こえるか――――?」

「聞こえるよ――――!」

 ミリアの声が聞こえてくる。

「大丈夫そうだ。来てくれ!」

「今行くね――――!」

 光源球を上へと飛ばし、ミリアを照らす。ときどきつっかえながらも、無事に梯子を降りてきた。次にシロナ、ルビスの順番。全員が揃ったところで、光源球を俺から一メートルほど先に固定して、出発した。

 百メートルほど歩いただろうか。戦闘はなく、俺たちの足音だけがこだましている。

「ダンジョンって気味悪いわね……。魔物はどこにいるのかしら」

「魔物に会いたいのか?」

「そういうわけじゃないけど……普通ダンジョンって言えば魔物がうようよしてるんでしょう? 逆にいない方が変なのよ」

「なるほど、そういう意味か」

 これだけダンジョンを歩き回っているのに魔物に襲われてはいない。だが、ここに魔物がいることを俺は知っている。左眼の魔力感知で、今もしっかりと魔物の影を捉えている。

「さて、三人とも戦う準備はできてるか?」

「できてるよー」

「ここに入った時から覚悟しているわ。……だけど、全然いないじゃない」

「いるさ。ここにな」

 俺は冷たい壁をコンコンと叩いた。

「……シオン、頭おかしくなった?」

「ハハ……違うよ。信じないならいいさ。まあ、見てな」

 俺は、鞘からミスリル・ソードを抜き、右手でしっかりと掴む。それから、石壁に向けて剣を突き刺す――。

「ちょ、何してるの!? そんなことをしたら剣が!」

 シロナの声がダンジョンに響くが、無視だ。確かに、量産剣如きで石壁を刺すのは無謀――でも、これが石壁じゃなかったら?

 ミスリル・ソードは柔らかいものに刺さるかのようにスムーズに食い込んだ。それから剣を大きく旋回し、壁を斬った。

「斬っちゃった!?」

「嘘でしょ!?」

「さすがはシオン様です!」

 ――ぼろぼろと瓦礫が剥がれて、壁が崩壊する。
 その先にいたのは、魔物の軍勢だった。石の身体を持ったコウモリのような魔物――ガーゴイルだ。天井に張り付き、俺たちを威嚇している。金色に輝く瞳は奇麗なものだが、それが数百もいるとさすがに不気味だ。

「ここの進んだ先にボスがいる。どうしても倒さなきゃいけないみたいだ」

「なるほどね。じゃあ、ここは私に任せて」

 シロナが言うと、魔法の準備を始めた。シロナの魔法は、一撃必殺というよりは広範囲への攻撃が強い。天井付近で魔法が展開し、爆発が起こった。

「って、ガーゴイル弱すぎよ!」

 爆発に巻き込まれたガーゴイルは次々と墜落し、地面を這っていた。魔力は感じられない。シロナの一撃だけで生命力を刈り取られてしまっている。

「Dランクダンジョンの地下一層ならこんなもんだよ。レイドボスもこれくらい弱かったらいいんだけどな」

 シロナの攻撃がいくら広範囲とはいえ、打ち漏らしてしまう敵もいる。ガーゴイルが勢いよく下降してきた。

「ここは私の出番だね」

 ミリアは新緑の弓につがえて、次々放っていく。驚いたことに、あれだけ素早く小さい魔物だというのに一度も狙いを外さなかった。ダンジョン内では風が吹くことはないとはいえ、あれだけ正確に撃てるのは才能の面もあるのかもしれない。

「二人ともさすがだな。……俺の出る幕なかったぞ?」

「えっへん!」

「一対一だとシオンの方が強いんだから、できる時にできることをやっておかないとね。報酬泥棒をするつもりはないわ」

 給料泥棒なんて思いやしないんだけどな。俺にとっての比較対象がレイジなので、ちゃんとダンジョンまで来るだけ偉いというか……。
 と、それはともかく。ぼろぼろになった壁の先に、魔物はいなくなった。正確に言えば、この先にまだレイドボスがいるはずだ。俺の左眼はそう告げている。

「このすぐ先にレイドボスがいるはずだ。みんな心してくれ。じゃ、行くからな」

 さきほどまでガーゴイルが犇めいていた壁の先に侵入し、前へ前へと進んでいく。するとそこには壁。行き止まりになっていた。

「あら、道を間違えたのかしら」

「いや、それはないよ。多分さっきと同じで……」

 俺はミスリル・ソードを壁にぶっ刺して旋回する。壁の感触はさっきと一緒。多分材質は石ではないのだろう。
 壁が崩壊した先には、さっきのガーゴイルを巨大化したような魔物が天井にへばりついていた。

 レイドボスの直下には、ダンジョンに入った時と同じくらいの大きさの穴が空いている。ボスエリアは普通の通路よりかなり広くなっていて、戦闘に支障はなさそうだった。

「さすがに地下一層がラスボスってことはないか。あいつはフロアボスって感じだな」

「あれでフロアボスなのね……」

「つ、強いんだよね……? アレ」

「シオン様ほどではありませんが」

 俺はミスリル・ソードをガーゴイルに向けて、前に進む。

「いや、あいつ見た目ほど強くないぞ」

 俺はそのまま飛翔して、空中戦に挑む。
 高さ二メートルくらいの地点から剣を振り上げた。
 きゅいん。と情けない喘ぎ声を上げながらボスは落下する。落下したところを、着地と同時に一刺し――。魔力は感じられなくなった。

「一瞬……!?」

「あんなに強そうだったのに!」

「私は初めから知っていました!」

 剣を鞘に収めて、茫然と立っている三人に目をやった。

「魔物は見た目で判断しちゃいけないってことさ。……って言っても、魔力感知がなかったら俺もちゃんと判断できてたか怪しいけどな」

 俺はダンジョンに入ってきたときと同様に下の階層に下りてすぐに魔物がいないかどうかだけを確認して、地下二層へ移動した。俺の後を三人がついてくる。

 さて、ここからが本番だな。
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