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第10話「一方その頃、カルミアは」
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第10話「一方その頃、カルミアは」
ベローチェたちを見送ったカルミアは、自ら命名した国「シャーレ国」へ向かった。城壁越しにガヤガヤと声が聞こえる。見張りがいない城門を抜け、大通りにカルミアが立った途端、音が止んだ。街の住民たちがカルミアを凝視して固まったのだ。
「ほう……誰が主か、弁えているようだな」
しかし、唐突に訪れた静寂を気に食わないと感じたカルミアは、指を一振りした。
「そのまま活動を続けろ」
すると、石のように固まっていた住民たちが一斉に動き出した! 喧騒を聞く限りでは、活気のある街という印象を抱くが、住民たちの顔を見れば、それらに生気が宿ってないことがよく分かる。
カルミアは、適当に住民の顔を覗き込みながら「つまらない」と愚痴を溢した。
それから彼女の足は王城へと着いた。
開け放たれた扉を潜り、赤い絨毯を踏みしめていく。城を纏う空気は、異様に冷たく、静けさは嵐が通り過ぎた後のようでもある。階段を何度か昇り、ついに玉座の間へと到達した。
重い木の扉を押し、一歩ずつ踏み入れる。
若干の埃臭さと共に厳粛な空気がカルミアを包み込んだ。入ってすぐに転がった二つの木片が見えた。
カルミアは木片の方へ歩き、目を見開いた。
木片を観察すると、一方は人間の頭のような大きさで、もう一方は人間の胴体のように縦に長い。
加えて、赤い絨毯の一点が黒く焦げている。何かが衝突した後のように、黒い飛沫は左右に飛び散っていた。間違いなく戦闘の痕跡だ。
「なるほど、ここで騎士が奇襲をかけ、ベローチェを攫っていったと……」
カルミアはひとつまみの情報から当時の状況を推測した後、立ち上がり、周囲を見回した。
辺りには、ごろごろと人であった何かが散乱している。
「あの騎士め……ざくざくと斬り捨ておって……元に戻すのも意外と大変なんだぞ?」
愚痴を言いながら城内を歩いていく彼女は、ベローチェの工房へ入った。
「弟子の研究成果を確認することも師の務めだなっ!」
カルミアはわくわくどきどきという名の好奇心を胸に抱きながら、目の前にあった机を物色し、紙の束を見つけた。
それはベローチェの筆跡で、文字が書かれていた。魔力の流れや魔力の概念、魔力を行使するためのコツなど「魔力」というものについて、びっしり記してあった。
(……回復魔法を会得するために「魔力」の概念から理解しようとしたのだな……)
これは弟子が励んでいる証だ。師匠なら褒めてやるべきだろう。しかし、カルミアは憐憫を含んだ眼差しで、その紙切れたちを見つめた。
「ベローチェ、お前は回復魔法を使えない……絶対に」
同時に、カルミア自身が研鑽した記憶が呼び起こされ、精神的苦痛から顔を顰めた。彼女はベローチェの師匠だが、カルミアにもかつて師匠がいた。母親に生みの親がいることと同じことだ。
無邪気な子供だったカルミアは、師匠のことが大好きだった。師匠は優しく、時に厳しく、カルミアに接し、彼女の親代わりをしているも同然だった。彼女は師匠の優しさに憧れ、回復魔法を進んで修得した。回復魔法を覚えれば、傷ついている人を救えると考えたからだ。
しかし、皆を治す薬も用法を違えれば毒となる。カルミアが成長期を迎えた頃、彼女は事故で師匠を亡くし、自身を纏う世界の醜さを目にすることとなった。
カルミアは、芋づる式に師匠の容姿を頭に思い浮かべ、とうとう目頭が熱くなった。
「――師匠…………っ」
そして祈るように嘆いた時、突然頭の中に声が響いた!
「師よ、聞こえるか?」
声の主はベローチェだった。カルミアは、親指の腹で目尻の雫を拭い、いつも通りに爛漫に応えた。
「――徹底的に、どんな手を使ってでも治してやる」
こうしてベローチェの負傷者を治してほしいという頼みを聞き、フソク村へと向かった。
「ようこそいらっしゃいました! 貴女が……カルミア様でしょうか?」
「そうだ、怪我人は?」
「こ、こちらに」
カルミアの気迫にやや押されつつもソンチョは、自身の家へ案内した。小さな村は、村長の家が集会所代わりになることが多く、彼の家の出番が多いのはそのためだ。
中へ入ると、女二人と男二人が待機していた。
(人が多いな……)
しかし、表情を見れば治療を必要としている者が誰かは分かる。放心状態の女二人が患者で、悲壮な表情をしているが殺意が隠しきれていない男二人が彼女らの配偶者だ。
ソンチョが扉を閉めたことを確認すると、カルミアは手をかざし、杖を顕現させた。
その杖は、木製のようだが、毛髪が生えた骸骨が持ち手についており何とも不気味だった。毛髪は、カルミアの頭から生えている毛を使用しており、束になると艷やかな白馬の尾のようだった。だが骸骨の由来について、彼女は一切語ろうとしない。
「今からお前たちに選択肢を与える」
カルミアの声を聞き、女たちは微かに顔を動かした。
「手酷く扱われようが、事態をこのまま放置すれば、お前たちが望まぬ子を孕む事実は変わらない。しかし、苦しみから逃れる方法が二つある」
「一つは、子をなす前に下腹部の器官を破壊し、再生させる。もう一つは、記憶を改竄し、夫の子を産んだと錯覚させる」
「前者は、破壊と再生を一挙に行う為、激痛を伴うが、不浄なるものを注がれた器官は真っさらな状態になる。後者は、身体的に苦しむことはないが、お前以外の者が精神的に苦しむことになる」
カルミアの提案を横で聞いていたソンチョは、手のひらで目を覆い、もうダメなのではないかと失望していた。カルミアは、彼が想像していた優しく、思いやりに溢れた医者とはかけ離れていたのだ。
彼女たちは、無言のままカルミアの声を聞いていた。
「早く選べ、時間は待ってはくれないぞ?」
しかしカルミアの高慢な態度に痺れを切らした夫たちが、がなり声を上げた。
「おい、何であんたは偉そうなんだ!」
「そうだ、普通は寄り添ってあげるものだろう!」
カルミアは彼らからの野次を鬱陶しそうに手で払い、溜息を吐きながら返した。
「私は医者ではない。回復魔法に精通しているただの魔法使いだ」
「だが、――確実に治す」
カルミアは決意と執念を込めた眼差しで、怒りに震える男たちを見た。彼らの背中に寒気が走り、今度は恐怖に震えることとなった。
彼女は、師匠のような絵に描いたような優しい魔法使いになることは叶わなかったが、その代わり不可能を良しとしない魔法使いになることができた。
「……とに、……すか……」
「……けて……、い……」
項垂れたままの女たちから声が聞こえ、カルミアは片膝を付き、耳を傾けた。
「どうした」
「本当に、治るんですか……!」
「たす……けて、ください……っ!!」
彼女たちは顔を思い切り上げ、縋るような表情でカルミアを瞳に映した。目には涙が溜まり、可愛らしい顔つきは期待と絶望、恐怖と不安でぐしゃりと歪んでいた。しかし、カルミアは笑わずに、しっかりと婦人の目を見据えて答えた。
「ああ、必ず」
「……はい…………」
カルミアの目に宿る「絶対的」な自信に、彼女たちはほっとしたような表情に変わり、身体から力が抜け、夫の腕の中で瞼を閉じた。
横にしなくていいのかと、夫は戸惑ったようにカルミアへ顔を向けた。
「いい、脚を伸ばしてあれば構わない。それに、固い床より愛する者の腕の方がマシであろう」
カルミアは杖を自身と患者の間に立て、彼女たちの下腹部へ手のひらを置いた。上体は夫が抱き、彼女たちの意思は固まった。条件に不足はない、ならば。
――これより、治療を開始する。
「破壊し・再生せよ」
唱えた途端、カルミアの両方の手のひらに小さな陣が出現した。陣を中心にして金色の魔力が集まり、やがて二人の女性の患部へ流れていった。
処置が始まったのか、下腹部からも金色の光が宿り、太陽なような眩しさと春の夕暮れのような暖かさが部屋を包み込んだ。
彼女たちを支えている夫たちは、妻の苦しむ顔を見ることになるのではないかと構えていたが、そんなことはなかった。むしろ、処置を開始する前より穏やかな顔つきになっている。
これはカルミアが、密かに神経に作用する魔法を使っていたからであった。医者が手術を施す前に使う「麻酔」のようなものだ。
ベローチェとよく似た長い髪が魔力の波によってゆらゆらと揺れ、神々しい輝きを放つカルミアは「神」のようであった。
――そして、光が止んだ。
カルミアは息を吐き、奇跡を前に呆然としている夫たちへ言った。
「終わったぞ」
瞬きを数回繰り返し、意識が浮上してきた夫は口々に呟く。
「神だ……」
「天の使いだ……」
常人からすれば謙遜する程の賞賛の言葉だが、カルミアの表情に変化はなく、ただやや呆れたように「いい」と返し、夫たちへ助言した。
「治しはしたが、彼女たちの心中は考えずとも分かる。しばらく一緒にいてやれ、それが夫の務めであろう」
カルミアは続けた。
「いいか、精のつくものを食わせてやるという目的で、妻を置いて狩りへ行こうとするな。辛いときに必要なのは『愛情』だ」
「お前たちが私を『神だ』と思うのなら、絶対に違えるな」
夫らは何度も首を縦に振り、「分かりました!」と叫んだ。
「よし」
彼らの誓いを受け取ったカルミアもまた首を縦に振り、確かな手応えと共に立ち上がった。そそくさと帰り支度を始めた彼女を見て、ソンチョは慌てて声をかけた。
「お待ちください、カルミア様!」
「まだ何か?」
「これを……ベローチェ様から貴女に渡すようにと頼まれまして……」
「ああ、弟子が世話になったな」
ソンチョが手にしている外套から血の匂いと魔力の残滓を感じ取ったカルミアは、やや訝しんだ後、彼の手から外套を受け取り、「ではな」とフソク村を後にした。
カルミアはフソク村から少し離れた森の方へ行き、外套「シノグローブ」を広げてみた。ソンチョの家で広げても良かったが、調べるには狭く、彼らの時間を殺伐としたものにするわけにはいかなかったので、思考する場を外にしたのだ。
「ベローチェめ、やはりくすねてたか……!」
そう言った後、外套を上から下へ舐めるようにじっと観察した。フードの部分には毛髪が一本、肩から足首辺りにかけて土埃や血が数滴付いている。つまり、抜け毛と汚れだ。
「シノグローブ」は寒さや攻撃を防ぐことはできるが、水や埃のような敵意のないものは通してしまうのだ。
寒さにも敵意がないって?
いや、冷えは身体に悪いだろう!
お手入れは簡単。水で洗い流すだけ!
「相変わらず私、すごい!」
自身の発明品の質の良さに感心していたが、しばらくすると頭が冴えてきた。なぜなら、外套に魔力の残滓が残っていたからだ。多すぎる。一枚の食パンにジャムを塗ったくったような量だ。
当然、師匠であるカルミアは魔力の主がベローチェのものであるとすぐに分かった。カルミアは抜け毛を懐にしまうと、痕跡を辿るように森の方へ進んでいった。
(今度、魔力の扱い方をおさらいしてやろうか?)
そう考えていると古い洋館が見えてきた。その建物が、まさしくフソク村を襲ったゾクの拠点であった。固い岩壁には深い溝が多数ついており、一見すると剣で斬ったようにも見える。
しかし、「シノグローブ」についた魔力の残滓と洋館に残る微かな気配がベローチェのものと一致し、カルミアは溜め息を吐いた。
「我が弟子ながらお転婆だなあ~。旅に出て気が大きくなったのかそれとも性能を試したくなったのか、どちらにしろ魔力の無駄使いだな」
カルミアは弟子の後始末をすべく洋館の中へ入った。
そして、案の定……中には「死体」が転がっていた。肉片になっている者もいくつかいた。
カルミアはベローチェに対する教育不足を認識し、頭を掻いた。死体を放置すれば、有害な瘴気と独特な匂いが発生し、それらは洋館を越えて、森を侵してしまう。
加えて、匂いにつられて餌を求めにくる魔物も出現し、平穏が訪れたフソク村を再び危険に晒してしまう恐れがある。
「死体を放っておくなと教えなかった私も悪いがね……。そもそもアレが旅に出るなんて想定していなかったし……まあでも? ちょうど材料が欲しかったところだし、袋にでも回収して――」
「うう……」
独り言を溢しながら彼女が袋を取り出した時、目の端で「何か」が動いた気がした。死体だ。死体が呻いている。それは微かに喉を震わせ言っている。
「たすけ、て…………」
「今日は何度も同じ言葉を聞いた気がするな?」
死体、もとい瀕死の人間はゾクだった。ベローチェは仕留め損ねたようだ。
「とはいえ、破壊に特化させた弟子の一撃でも息をしているとは……なかなか丈夫じゃないか……っ!」
カルミアの機嫌はみるみるうちに良くなり、頬を真っ赤に染め、足元でステップを踏むほどすっかり有頂天になっていた。
「助かりたいか、助かりたいだろう、そうだろう! ならば、お前を生かしてやろう……」
カルミアが歪んだ笑みを湛えた途端、ゾクの身体がぶるりと震え、彼の意識は途絶えた。思わぬ収穫に高揚したカルミアは、軽い足取りで森を抜ける。
工房への帰り道、彼女はフソク村を抜けた辺りで林道を振り返る。
(……村、か……確か、北の方にもあったような? あ、思い出したぞ。村には、娘がいた。あやつは元気にしておるといいが……)
古い記憶の中にいる、名前すら知らない子へカルミアは想いを馳せ、野道を歩く。
――師匠が一仕事を終えた一方、ベローチェたちは戦闘の真っ只中であった……。
ベローチェたちを見送ったカルミアは、自ら命名した国「シャーレ国」へ向かった。城壁越しにガヤガヤと声が聞こえる。見張りがいない城門を抜け、大通りにカルミアが立った途端、音が止んだ。街の住民たちがカルミアを凝視して固まったのだ。
「ほう……誰が主か、弁えているようだな」
しかし、唐突に訪れた静寂を気に食わないと感じたカルミアは、指を一振りした。
「そのまま活動を続けろ」
すると、石のように固まっていた住民たちが一斉に動き出した! 喧騒を聞く限りでは、活気のある街という印象を抱くが、住民たちの顔を見れば、それらに生気が宿ってないことがよく分かる。
カルミアは、適当に住民の顔を覗き込みながら「つまらない」と愚痴を溢した。
それから彼女の足は王城へと着いた。
開け放たれた扉を潜り、赤い絨毯を踏みしめていく。城を纏う空気は、異様に冷たく、静けさは嵐が通り過ぎた後のようでもある。階段を何度か昇り、ついに玉座の間へと到達した。
重い木の扉を押し、一歩ずつ踏み入れる。
若干の埃臭さと共に厳粛な空気がカルミアを包み込んだ。入ってすぐに転がった二つの木片が見えた。
カルミアは木片の方へ歩き、目を見開いた。
木片を観察すると、一方は人間の頭のような大きさで、もう一方は人間の胴体のように縦に長い。
加えて、赤い絨毯の一点が黒く焦げている。何かが衝突した後のように、黒い飛沫は左右に飛び散っていた。間違いなく戦闘の痕跡だ。
「なるほど、ここで騎士が奇襲をかけ、ベローチェを攫っていったと……」
カルミアはひとつまみの情報から当時の状況を推測した後、立ち上がり、周囲を見回した。
辺りには、ごろごろと人であった何かが散乱している。
「あの騎士め……ざくざくと斬り捨ておって……元に戻すのも意外と大変なんだぞ?」
愚痴を言いながら城内を歩いていく彼女は、ベローチェの工房へ入った。
「弟子の研究成果を確認することも師の務めだなっ!」
カルミアはわくわくどきどきという名の好奇心を胸に抱きながら、目の前にあった机を物色し、紙の束を見つけた。
それはベローチェの筆跡で、文字が書かれていた。魔力の流れや魔力の概念、魔力を行使するためのコツなど「魔力」というものについて、びっしり記してあった。
(……回復魔法を会得するために「魔力」の概念から理解しようとしたのだな……)
これは弟子が励んでいる証だ。師匠なら褒めてやるべきだろう。しかし、カルミアは憐憫を含んだ眼差しで、その紙切れたちを見つめた。
「ベローチェ、お前は回復魔法を使えない……絶対に」
同時に、カルミア自身が研鑽した記憶が呼び起こされ、精神的苦痛から顔を顰めた。彼女はベローチェの師匠だが、カルミアにもかつて師匠がいた。母親に生みの親がいることと同じことだ。
無邪気な子供だったカルミアは、師匠のことが大好きだった。師匠は優しく、時に厳しく、カルミアに接し、彼女の親代わりをしているも同然だった。彼女は師匠の優しさに憧れ、回復魔法を進んで修得した。回復魔法を覚えれば、傷ついている人を救えると考えたからだ。
しかし、皆を治す薬も用法を違えれば毒となる。カルミアが成長期を迎えた頃、彼女は事故で師匠を亡くし、自身を纏う世界の醜さを目にすることとなった。
カルミアは、芋づる式に師匠の容姿を頭に思い浮かべ、とうとう目頭が熱くなった。
「――師匠…………っ」
そして祈るように嘆いた時、突然頭の中に声が響いた!
「師よ、聞こえるか?」
声の主はベローチェだった。カルミアは、親指の腹で目尻の雫を拭い、いつも通りに爛漫に応えた。
「――徹底的に、どんな手を使ってでも治してやる」
こうしてベローチェの負傷者を治してほしいという頼みを聞き、フソク村へと向かった。
「ようこそいらっしゃいました! 貴女が……カルミア様でしょうか?」
「そうだ、怪我人は?」
「こ、こちらに」
カルミアの気迫にやや押されつつもソンチョは、自身の家へ案内した。小さな村は、村長の家が集会所代わりになることが多く、彼の家の出番が多いのはそのためだ。
中へ入ると、女二人と男二人が待機していた。
(人が多いな……)
しかし、表情を見れば治療を必要としている者が誰かは分かる。放心状態の女二人が患者で、悲壮な表情をしているが殺意が隠しきれていない男二人が彼女らの配偶者だ。
ソンチョが扉を閉めたことを確認すると、カルミアは手をかざし、杖を顕現させた。
その杖は、木製のようだが、毛髪が生えた骸骨が持ち手についており何とも不気味だった。毛髪は、カルミアの頭から生えている毛を使用しており、束になると艷やかな白馬の尾のようだった。だが骸骨の由来について、彼女は一切語ろうとしない。
「今からお前たちに選択肢を与える」
カルミアの声を聞き、女たちは微かに顔を動かした。
「手酷く扱われようが、事態をこのまま放置すれば、お前たちが望まぬ子を孕む事実は変わらない。しかし、苦しみから逃れる方法が二つある」
「一つは、子をなす前に下腹部の器官を破壊し、再生させる。もう一つは、記憶を改竄し、夫の子を産んだと錯覚させる」
「前者は、破壊と再生を一挙に行う為、激痛を伴うが、不浄なるものを注がれた器官は真っさらな状態になる。後者は、身体的に苦しむことはないが、お前以外の者が精神的に苦しむことになる」
カルミアの提案を横で聞いていたソンチョは、手のひらで目を覆い、もうダメなのではないかと失望していた。カルミアは、彼が想像していた優しく、思いやりに溢れた医者とはかけ離れていたのだ。
彼女たちは、無言のままカルミアの声を聞いていた。
「早く選べ、時間は待ってはくれないぞ?」
しかしカルミアの高慢な態度に痺れを切らした夫たちが、がなり声を上げた。
「おい、何であんたは偉そうなんだ!」
「そうだ、普通は寄り添ってあげるものだろう!」
カルミアは彼らからの野次を鬱陶しそうに手で払い、溜息を吐きながら返した。
「私は医者ではない。回復魔法に精通しているただの魔法使いだ」
「だが、――確実に治す」
カルミアは決意と執念を込めた眼差しで、怒りに震える男たちを見た。彼らの背中に寒気が走り、今度は恐怖に震えることとなった。
彼女は、師匠のような絵に描いたような優しい魔法使いになることは叶わなかったが、その代わり不可能を良しとしない魔法使いになることができた。
「……とに、……すか……」
「……けて……、い……」
項垂れたままの女たちから声が聞こえ、カルミアは片膝を付き、耳を傾けた。
「どうした」
「本当に、治るんですか……!」
「たす……けて、ください……っ!!」
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「ああ、必ず」
「……はい…………」
カルミアの目に宿る「絶対的」な自信に、彼女たちはほっとしたような表情に変わり、身体から力が抜け、夫の腕の中で瞼を閉じた。
横にしなくていいのかと、夫は戸惑ったようにカルミアへ顔を向けた。
「いい、脚を伸ばしてあれば構わない。それに、固い床より愛する者の腕の方がマシであろう」
カルミアは杖を自身と患者の間に立て、彼女たちの下腹部へ手のひらを置いた。上体は夫が抱き、彼女たちの意思は固まった。条件に不足はない、ならば。
――これより、治療を開始する。
「破壊し・再生せよ」
唱えた途端、カルミアの両方の手のひらに小さな陣が出現した。陣を中心にして金色の魔力が集まり、やがて二人の女性の患部へ流れていった。
処置が始まったのか、下腹部からも金色の光が宿り、太陽なような眩しさと春の夕暮れのような暖かさが部屋を包み込んだ。
彼女たちを支えている夫たちは、妻の苦しむ顔を見ることになるのではないかと構えていたが、そんなことはなかった。むしろ、処置を開始する前より穏やかな顔つきになっている。
これはカルミアが、密かに神経に作用する魔法を使っていたからであった。医者が手術を施す前に使う「麻酔」のようなものだ。
ベローチェとよく似た長い髪が魔力の波によってゆらゆらと揺れ、神々しい輝きを放つカルミアは「神」のようであった。
――そして、光が止んだ。
カルミアは息を吐き、奇跡を前に呆然としている夫たちへ言った。
「終わったぞ」
瞬きを数回繰り返し、意識が浮上してきた夫は口々に呟く。
「神だ……」
「天の使いだ……」
常人からすれば謙遜する程の賞賛の言葉だが、カルミアの表情に変化はなく、ただやや呆れたように「いい」と返し、夫たちへ助言した。
「治しはしたが、彼女たちの心中は考えずとも分かる。しばらく一緒にいてやれ、それが夫の務めであろう」
カルミアは続けた。
「いいか、精のつくものを食わせてやるという目的で、妻を置いて狩りへ行こうとするな。辛いときに必要なのは『愛情』だ」
「お前たちが私を『神だ』と思うのなら、絶対に違えるな」
夫らは何度も首を縦に振り、「分かりました!」と叫んだ。
「よし」
彼らの誓いを受け取ったカルミアもまた首を縦に振り、確かな手応えと共に立ち上がった。そそくさと帰り支度を始めた彼女を見て、ソンチョは慌てて声をかけた。
「お待ちください、カルミア様!」
「まだ何か?」
「これを……ベローチェ様から貴女に渡すようにと頼まれまして……」
「ああ、弟子が世話になったな」
ソンチョが手にしている外套から血の匂いと魔力の残滓を感じ取ったカルミアは、やや訝しんだ後、彼の手から外套を受け取り、「ではな」とフソク村を後にした。
カルミアはフソク村から少し離れた森の方へ行き、外套「シノグローブ」を広げてみた。ソンチョの家で広げても良かったが、調べるには狭く、彼らの時間を殺伐としたものにするわけにはいかなかったので、思考する場を外にしたのだ。
「ベローチェめ、やはりくすねてたか……!」
そう言った後、外套を上から下へ舐めるようにじっと観察した。フードの部分には毛髪が一本、肩から足首辺りにかけて土埃や血が数滴付いている。つまり、抜け毛と汚れだ。
「シノグローブ」は寒さや攻撃を防ぐことはできるが、水や埃のような敵意のないものは通してしまうのだ。
寒さにも敵意がないって?
いや、冷えは身体に悪いだろう!
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自身の発明品の質の良さに感心していたが、しばらくすると頭が冴えてきた。なぜなら、外套に魔力の残滓が残っていたからだ。多すぎる。一枚の食パンにジャムを塗ったくったような量だ。
当然、師匠であるカルミアは魔力の主がベローチェのものであるとすぐに分かった。カルミアは抜け毛を懐にしまうと、痕跡を辿るように森の方へ進んでいった。
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そう考えていると古い洋館が見えてきた。その建物が、まさしくフソク村を襲ったゾクの拠点であった。固い岩壁には深い溝が多数ついており、一見すると剣で斬ったようにも見える。
しかし、「シノグローブ」についた魔力の残滓と洋館に残る微かな気配がベローチェのものと一致し、カルミアは溜め息を吐いた。
「我が弟子ながらお転婆だなあ~。旅に出て気が大きくなったのかそれとも性能を試したくなったのか、どちらにしろ魔力の無駄使いだな」
カルミアは弟子の後始末をすべく洋館の中へ入った。
そして、案の定……中には「死体」が転がっていた。肉片になっている者もいくつかいた。
カルミアはベローチェに対する教育不足を認識し、頭を掻いた。死体を放置すれば、有害な瘴気と独特な匂いが発生し、それらは洋館を越えて、森を侵してしまう。
加えて、匂いにつられて餌を求めにくる魔物も出現し、平穏が訪れたフソク村を再び危険に晒してしまう恐れがある。
「死体を放っておくなと教えなかった私も悪いがね……。そもそもアレが旅に出るなんて想定していなかったし……まあでも? ちょうど材料が欲しかったところだし、袋にでも回収して――」
「うう……」
独り言を溢しながら彼女が袋を取り出した時、目の端で「何か」が動いた気がした。死体だ。死体が呻いている。それは微かに喉を震わせ言っている。
「たすけ、て…………」
「今日は何度も同じ言葉を聞いた気がするな?」
死体、もとい瀕死の人間はゾクだった。ベローチェは仕留め損ねたようだ。
「とはいえ、破壊に特化させた弟子の一撃でも息をしているとは……なかなか丈夫じゃないか……っ!」
カルミアの機嫌はみるみるうちに良くなり、頬を真っ赤に染め、足元でステップを踏むほどすっかり有頂天になっていた。
「助かりたいか、助かりたいだろう、そうだろう! ならば、お前を生かしてやろう……」
カルミアが歪んだ笑みを湛えた途端、ゾクの身体がぶるりと震え、彼の意識は途絶えた。思わぬ収穫に高揚したカルミアは、軽い足取りで森を抜ける。
工房への帰り道、彼女はフソク村を抜けた辺りで林道を振り返る。
(……村、か……確か、北の方にもあったような? あ、思い出したぞ。村には、娘がいた。あやつは元気にしておるといいが……)
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