忠誠の騎士とコクエンの姫

秋桜

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第9話「誅伐、そして」

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第9話「誅伐、そして」

 ベローチェが放った最後の一撃は、一度目に唱えたものより威力が増していた。館を抜けた魔力の波により木々はざわめき、大地が揺れた。
「…………っ!?」
 凄まじい魔力の奔流を感じ取ったスカビオサは、ベローチェがただならぬ状況にあると考え、より速く地面を蹴る。
「ベローチェ様……!」
 しかし、事態はスカビオサが思っていたようなものではなかった。彼が到着した時、ベローチェは真っ赤な部屋の真ん中で顔の上半分を押さえたまま高笑いをしていたのだ。
「――ベローチェ……様……?」
「くく……っ、ああ……スカビオサか」
 ベローチェは部屋の入口で立ったままのスカビオサに気づき、静かに流し目を送った。スカビオサは、ベローチェのローブについた赤い痕を見て、息を呑んだ。
「あなた様が、賊を討ったのですか?」
「そうだ。魔力行使をしてみたが、彼らは意外と脆く、すぐに逝ってしまったよ」
「なんと…………」
 スカビオサは黙り込んでしまった。改めてベローチェは、自身がもたらした惨状を目に映す。血に塗れた手、転がる肉片に返り血で染め上げられた部屋、とても淑女とは思えない振る舞いに、少しだけ心に影がかかったような気がした。
(……嫌われたか?)
 一人落ち込むベローチェとは裏腹に、スカビオサの全身は沸き立っていた。城で感じた「力」は勘違いではなかった! 頬に付いた返り血、微かに狂気に満ちた彼女の瞳に彼は一種の興奮を覚え、危うく声を漏らすところだった。
 これがベローチェ以外であれば、スカビオサは「すごい強い人」程度の認識だっただろう。しかし、目の前にいるのは一目惚れした「絶対的な」想い人ベローチェ、彼女に殺された賊は……なんて幸福なのだろう! と嫉妬心も芽生えてしまいそうだ。
 スカビオサは密かにベローチェを守ると誓っていたが、魔力の波を感じた後ではむしろ、自分はなんて傲慢なのだろうと思えた。
 銅像のように動かなくなったスカビオサをいぶかしみつつ、ベローチェは「先に行く」と一言残し、館を出て行った。
 残されたスカビオサは、今にでも折れそうな柱に身を預けると、人差し指で自身の唇をなぞり、甘い息を溢しながら囁いた。
嗚呼ああ……ベローチェ……」
 確かな衝動と共に、スカビオサは生まれて初めてベローチェを呼び捨てた。
 ――ベローチェ様、俺に貴女を守らせてくださいますか?

 気が落ち着いた頃、スカビオサは館を出た。
「遅かったな?」
「申し訳ありません。少々立て込んでおりました」
「いい、皆まで言うな」
 ベローチェはスカビオサが催したと考えた。
「そうだスカビオサ、捜索した村人たちはどうした?」
「見つけ次第、村へ送り届けました。……ただ状況はあまりかんばしくないかと」
 スカビオサは続けて、村人たちの状態を説明した。腿に付いた数本の痣、衣服に点々とできた染み、彼女たちから放たれた異臭……ベローチェは何が起きたのか悟った。
 回復魔法が使えないことを嘆いてしまいそうだ。
(……もっとも、心の傷はどうにもならん……そうだっ)
「スカビオサ、背中を貸せ」
「御意」
 ベローチェは何か思いついた様子でスカビオサの背に身を預けると、目を閉じた。鎧の冷たく、角張った感触が伝わり、ベローチェは少しだけ擽ったい気がした。
「師よ、聞こえるか? 可愛い弟子だ。頼みたいことがある」
 ベローチェはカルミアへ連絡を取っていた。がさごそとした物音の後、すぐに爛漫な声が聞こえてきた。
「おおっ! ベローチェ~!! どうしたあ? 困りごとか? 師が何でも手伝ってやるぞ~!?」
「実は、治してほしい者らがおってな……」
「治す……ほう?」
 カルミアは爛漫な声色から真剣な声色へと変わった。
「ああ、傷物にされた婦女子らを癒やしてほしいのだ」
「なるほど……分かったぞ? そういうことなら任せろ、他ならぬ可愛い可愛い弟子からの頼みだあっ! 徹底的に、どんな手を使ってでも治してやる」
「場所はフソク村だ」
「うんっ! あ、お前たちは師を待たんで良いぞ。さっさと出立するといい! 魔力の痕跡を辿っていけば治療する対象も、何をしたのかも分かるからな!」
「ああ、頼んだ」
「頼まれた!」
 ベローチェが念話を終了した直後、スカビオサの身体が硬直する。
「――そこの騎士よ、ベローチェを穢すでないぞ」
 カルミアの声だ。彼女は、ベローチェが念話を行使した魔力の残り香で無理やりスカビオサの頭へと語りかけてきたのだ。
 弟子のベローチェとはまた違った恐ろしさを感じさせる魔力の強さに、冷や汗が伝う。
「心得ている」
 ――そう答えた彼の喉はひどく渇いていた。

 それから無言のまま歩き、フソク村まで戻ると、早速村長と目が合った。彼は目を輝かせてベローチェたちの元まで走り寄ってきた。
「お戻りになりましたか、旅の方々!」
「貴方たちは俺の救世主です……!!」
 村長の後ろに次々と村人が集まってきた。村長は「ささっ」と言いながら、ベローチェたちを村長の家まで連れて行った。
「では、改めまして……私はフソク村の村長、ソンチョと申します。この度は、助けていただき本っ当にありがとうございました!!」
「お、俺はラビトっていいます!」
 前のめり気味のラビトを手で制し、ソンチョは本題に入った。
「私は貴方がたにお礼がしたい。お金でも食料でも何でもお申し付けください……!」
 ソンチョからの申し出にベローチェは少し考えてから答えた。
「私の名は、ベローチェ。礼などは求めてないが、それでは貴殿たちの気が済まなかろう。ならば、情報をくれないか?」
「情報、ですか?」
「ああ、旅に出たばかりで地理に疎くてな、周辺のことが知りたいのだ」
 大まかな要望にソンチョは、顎に指を添えながら唸った後、提案をした。
「……でしたら、地図はどうでしょうか?」
「おおっ! 地図か! ありがたい!!」
 ソンチョは棚から地図を取り出すと、机に広げて見せた。
「古い地図ですが」
 ベローチェとスカビオサは揃って、地図を覗き込む。
「そうですね……。周辺の情報でしたら、ここなんかうってつけかと……」
 すると、ソンチョは指先でフソク村より上の方を示した。そこには、城のようなものが描かれていた。
「ハインドライト王国といい、食べ物から何から何まで物資に富んでいて、やはり情報を集めるならここかと思いまして……」
「王の国……」
「ベローチェさんは、どこからいらしたんですか?」
 ソンチョからの何気ない問いに、ベローチェはドキリとした。
 思えばベローチェは、自分が暮らしていた国の名前すら知らなかった。彼女が気づいた時には、既に湿っぽい研究室にいたからだ。
 どうカルミアと知り合ったのかすらもベローチェは知らなかった。彼女が気づいた時には、隣にカルミアがいたからだ。ベローチェは自身について考え出すと、何かが引っかかり無性に本へ逃げ込みたくなった。
「私は……」
「――この辺りです」
 ベローチェの視界が暗くなり始めた途端、スカビオサが代わりに答えた。彼の指は、フソク村より左斜め下を示していた。
「あれ、そんなところに国なんてありましたっけ?」
「古い地図なんだ、仕方ないだろう」
「それもそっか」
 ラビトはすかさず突っ込んでいたが、ソンチョの呟きに納得し、それ以上彼らを追及することはなかった。
 ベローチェはスカビオサをチラリと見るが、彼は毅然とした態度のまま、ラビトとソンチョのやりとりを見守っていた。
「ソンチョよ、捕まっていた婦女子らについてだが……」
「はい……」
 すると、ソンチョとラビトは顔色を変え、困ったように眉を寄せた。
「人を呼んだので、彼女たちの元へ案内してやってくれないか?」
「どなたでしょうか?」
「カルミアといって、私の師匠だ。回復魔法を専門としている。見た目も私と似ているからすぐに分かるよ」
 ソンチョは適当な紙に名前を書き取り、首を縦に振った。
「カルミア様……分かりました。必ず案内致します!」
「ベローチェさんが治せば早いんじゃ……?」
「こら、助けてくれた方々に失礼だろう!」
 端はしでツッコミをいれるラビトに対して、ベローチェは思う。
(こやつ鋭いな!!)
「村の者が失礼致しました……。ベローチェさんたちは、気の済むまでお休みになられてください」
「ありがとう。だが、長居するわけにはいかん。早々に発つとしよう。それと師匠……カルミアにこれを渡しておいてくれないか?」
 ベローチェはくすねてきたシノグローブをくるくると巻き、ソンチョに手渡した。
「汚れてしまってな」
「あ……はい、分かりました」
 鉄錆の匂いを感じ取ったソンチョは何も聞かず、ただ首を縦に振った。
 こうしてベローチェ一行は、村人たちに見送られながらフソク村を後にした。

 少し歩いた頃。ベローチェは立ち止まり、スカビオサへ告げた。
「お前は気づいてないだろうが、私は魔眼を使用した。だから、今のお前の忠誠心は植え付けられたモノと言えよう……だから」
「お言葉ですが、ベローチェ様。俺は、貴女が魔眼を行使したことにも気がついておりました。前に、物理攻撃が効かないと告げましたが、俺は魔力への耐性もそれなりに高いようです」
「なに!?」
 驚くベローチェに構わず、スカビオサは少しだけ垂れている彼女の前髪を一束掬うと、まっすぐな視線を向け、告げた。
「俺が貴女に惹かれたからこそ、今ここにいるのです。命じられずとも……貴女を『奪って』みせると誓いましょう」
「や、やめんか……」
 ベローチェは顔を背け、唇を引き結んだ。スカビオサが薄く微笑み、彼らが歩き出した途端。
「ベローチェ様!!」
「なんだ!?」
 次の瞬間、空から白刃の雨が降り注いだ!
 スカビオサは咄嗟にベローチェを背に庇い、刃を全て弾き飛ばす。
 雨が止んだ後、辺りには土煙が立ち込め、粉塵の中揺れる影がこう言った。
「あなたが…………わたしの、かたき……?」
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