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第4話:思い出せなくても、あなたを選ぶ
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それは、穏やかな春の午後だった。
カフェのテラス席に座った凛は、風に舞う花びらをぼんやりと眺めながら、目の前の彼——奏を見つめていた。
出会って、まだ数日。
でも“何か”が、ずっと前から彼を知っていたと、凛に語りかけてくる。
奏はいつものように、スケッチブックを広げていた。
けれど今日は、何も描かずにページを開いたまま、凛の方を見ていた。
「……実はね、凛さんの名前を聞いたとき、妙な感覚があったんです」
凛は静かにうなずいた。
「私も。奏さんって聞いた瞬間、胸がぎゅっとなった。苦しいような、でも、あたたかいような……そんな気がして」
互いに目を逸らすことなく、その言葉を受け止める。
記憶にないはずの感情が、確かに二人をつなぎとめていた。
「変な話かもしれないけど……私たち、もしかしたら——前に、会ってるんじゃないかって」
凛の言葉に、奏は静かに目を伏せた。
「……その可能性、ぼくも考えました。でも……記憶はない。何をどう思い出そうとしても、空白ばかりで」
しばらく沈黙が流れる。
風が、ふたりの間を通り抜けていく。
「だったら、ひとつお願いがあります」
凛が切り出した。少しだけ震える声で。
「私の名前、呼んでみてくれませんか?」
奏は驚いたように目を見開いた。
「……どうして?」
「名前って、不思議な力があると思うの。呼ばれたら、思い出せる気がする。
それか、思い出せなくても、あなたに呼ばれてほしい。理由なんてない。ただ、そう思ったの」
奏は数秒黙って、それから小さく微笑んだ。
「……凛さん」
たったそれだけの言葉。
でも、それはまるで過去に何度も繰り返された響きのようで、凛の胸を熱く締めつけた。
「……ありがとう」
目の奥が熱くなる。涙がにじみそうになるのをこらえながら、凛はそっと言った。
「たぶん、私たちはいちど別れたんだと思う。理由はわからない。でも、何かを選んで、記憶を失くした。
だけど……こうしてまた出会えた。それなら——」
「また選べるよね?」
奏が言葉をつなぐ。
「たとえ過去がなくても、今のこの気持ちが本物なら。名前を忘れても、君を好きだった“感情”が残ってるなら。
——もう一度、ちゃんと君を選びたい」
凛は、ふっと笑った。嬉しそうに、でも少しだけ泣きそうに。
「……わたしも、同じ気持ち」
名前も、記憶も、全部失っても——
心の底に残った“なにか”が、ふたりをここへ連れてきた。
その感情に、確かな名前があるとしたら。
それは、もう一度、恋をしているということだった。
カフェのテラス席に座った凛は、風に舞う花びらをぼんやりと眺めながら、目の前の彼——奏を見つめていた。
出会って、まだ数日。
でも“何か”が、ずっと前から彼を知っていたと、凛に語りかけてくる。
奏はいつものように、スケッチブックを広げていた。
けれど今日は、何も描かずにページを開いたまま、凛の方を見ていた。
「……実はね、凛さんの名前を聞いたとき、妙な感覚があったんです」
凛は静かにうなずいた。
「私も。奏さんって聞いた瞬間、胸がぎゅっとなった。苦しいような、でも、あたたかいような……そんな気がして」
互いに目を逸らすことなく、その言葉を受け止める。
記憶にないはずの感情が、確かに二人をつなぎとめていた。
「変な話かもしれないけど……私たち、もしかしたら——前に、会ってるんじゃないかって」
凛の言葉に、奏は静かに目を伏せた。
「……その可能性、ぼくも考えました。でも……記憶はない。何をどう思い出そうとしても、空白ばかりで」
しばらく沈黙が流れる。
風が、ふたりの間を通り抜けていく。
「だったら、ひとつお願いがあります」
凛が切り出した。少しだけ震える声で。
「私の名前、呼んでみてくれませんか?」
奏は驚いたように目を見開いた。
「……どうして?」
「名前って、不思議な力があると思うの。呼ばれたら、思い出せる気がする。
それか、思い出せなくても、あなたに呼ばれてほしい。理由なんてない。ただ、そう思ったの」
奏は数秒黙って、それから小さく微笑んだ。
「……凛さん」
たったそれだけの言葉。
でも、それはまるで過去に何度も繰り返された響きのようで、凛の胸を熱く締めつけた。
「……ありがとう」
目の奥が熱くなる。涙がにじみそうになるのをこらえながら、凛はそっと言った。
「たぶん、私たちはいちど別れたんだと思う。理由はわからない。でも、何かを選んで、記憶を失くした。
だけど……こうしてまた出会えた。それなら——」
「また選べるよね?」
奏が言葉をつなぐ。
「たとえ過去がなくても、今のこの気持ちが本物なら。名前を忘れても、君を好きだった“感情”が残ってるなら。
——もう一度、ちゃんと君を選びたい」
凛は、ふっと笑った。嬉しそうに、でも少しだけ泣きそうに。
「……わたしも、同じ気持ち」
名前も、記憶も、全部失っても——
心の底に残った“なにか”が、ふたりをここへ連れてきた。
その感情に、確かな名前があるとしたら。
それは、もう一度、恋をしているということだった。
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