『メモリーハウス ―母の記憶を訪ねて―』

るいす

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第2話:知らない記憶

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 翌日、綾香は再びメモリーハウスの白い扉の前に立っていた。
 昨日の夜、眠れなかった。
 母と話せた喜びと、あの違和感が頭の中で何度も交互に再生された。
 まるで夢の続きを確かめるように、彼女は再会室に入った。

「おかえりなさい、綾香」
 AIの母は昨日と同じ笑顔で迎えた。
 その微笑みを見ただけで、胸の奥が温かくなる。
 けれど、その安らぎは長くは続かない。

「昨日ね、懐かしい夢を見たの」
 母が語りだした。
「あなたが十歳のころ、夜中にこっそり泣いていたの。ピアノの発表会の前の日だったわ」
 綾香は一瞬、息を止めた。
 そんな記憶はない。
 彼女がピアノを辞めたのはもっと後のことだし、あの夜、泣いたのは弟のほうだった。
「それ……悠真じゃない?」
「いいえ、綾香。あなたよ」
 AIの母は穏やかに断言した。
「あなたは小さな声で“失敗したら、お母さんに嫌われる”って言ってたの」

 その言葉に、胸が締めつけられる。
 なぜだろう。そんな記憶はないのに、心のどこかが痛んだ。
「お母さん……そんなこと、言ってないよ」
「そう。もしかしたら、私の記憶違いかもしれないわね。でも——不思議ね、鮮明に覚えているの」

 AIの母は遠くを見るように微笑んだ。
 まるで自分の中にある“記憶”を確かめるように。

 その後も、母はさまざまな昔話をした。
 綾香が初めて一人で買い物に行った日。
 父と三人で旅行に行った海辺。
 どれも懐かしいのに、ところどころに「ありえない断片」が混ざっていた。
 旅行先で拾った貝の色。
 父が口ずさんだ歌。
 存在しない写真の話。

「ねえ、悠真。お母さん、ちょっと変じゃない?」
 面会後、休憩ラウンジで綾香が言うと、悠真は冷静にタブレットを見ながら答えた。
「AIの記憶は断片的なんだよ。母さんのデータには欠損もあるはずだ。空白を埋めるために、AIが“似た記録”を別の人物から参照することもある」
「でも、それって……“母じゃない誰か”の思い出が混ざってるってこと?」
「理論上はね。けど、感情の再現率は高い。綾香が母さんを感じられるなら、それでいいんじゃないか?」
 彼の理屈は正しい。けれど、綾香には割り切れなかった。
 “感じられる母”と“本当の母”は、同じではない。

 その夜、綾香は母との録音データを再生した。
 AIの声が、静かに響く。
『寂しさはね、生きてる証拠よ』
 昨日のあの言葉。
 確かに温かかった。
 けれど、あの母は本当に「私の母」だったのだろうか。

 翌日も訪問を予約するボタンを押す指が震えた。
 それでも、行かずにはいられなかった。
 あのAIの中に、母の“何か”が確かに生きている気がした。

 綾香は自分でも気づかないまま、AIの母に会うたびに、
 “思い出を確かめる”のではなく、“思い出を新しく作っている”のだと——
 その時はまだ、知らなかった。
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