AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第一幕:違和感と記憶

第8話:ノイズの中にいた言葉

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 スクリーンに映る文字列のひとつひとつが、ノイズのように並んでいた。
 それは、秋葉翔吾がかつて綴っていたブログの断片。
 短い文章、途中で切れたセンテンス、言葉の反復、書きかけの会話――
 意味をなしていないようで、どこか感情の影を残していた。

 《春風はいつも何かを奪っていく。名前とか、声とか。》

 《“待つ”という言葉の中には、“来ない”という可能性が含まれている。》

 あかりは、その言葉たちに見覚えがあった。
 どこで読んだのか、あるいは、どこかで“聞いたことがある気がした”のか。曖昧な記憶が、静かに揺れていた。

 ブログに残っていたのはわずかな投稿だけだった。
 だがその文体は、どの投稿にも一貫してあった。秋葉翔吾の“書き癖”とでも呼ぶべき、独特のリズムと沈黙の多い文体。

 AIsisが生成した《風のあとで》にも、その癖が色濃く現れていた。
 そしてふと思い至った。――あれは、あの原稿だけじゃなかったのではないか?

 あかりは校正の業務用アーカイブにアクセスした。
 自分がこれまでチェックしてきたAI小説のログ。数十本、ジャンルもテーマもバラバラな原稿の一覧。

「……まさかとは思うけど」

 彼女は、数本の原稿ファイルを開き、内容を読み返してみた。
 恋愛もの、ファンタジー、エッセイ調、青春小説風……どれもAIが自動生成した“よくあるテキスト”に見える。

 けれど、ある一文を見つけた瞬間、背筋に微かな緊張が走った。

「言葉は記録じゃない。あのときの空気の跡だ。」

 あかりは目を凝らす。その台詞は、秋葉が昔、合評会のあとに口にしたひと言と同じだった。
 他人がわざわざ引用するような印象的なフレーズではなかった。
 だが、あかりは覚えていた。彼の口調、そのときの表情、沈黙の後にふっと呟かれたその言葉を。

 別の原稿には、こんな描写があった。

 主人公は小さな店の片隅で、紅茶にミントを一枚だけ浮かべて飲んだ。
「味はどうでもいい。ただ、口の中が静かになればそれでいい。」

 まただ。
 これも、かつて秋葉が書いていた短編の中の一節に酷似している。
 細部は変わっている。けれど、感情の触れ方、言葉の“手触り”は確かに同じだった。

(こんなところにも、彼の文章が……)

 AIsisは、彼の言葉を断片として、別の物語に組み込んでいたのだ。
 まるで、故人の言葉を繰り返し引用するように。
 あるいは、過去の誰かの息遣いを、忘れられた記憶から引き起こすかのように。

 もはやこれは、偶然ではなかった。
 AIの中には、確かに“秋葉翔吾の言葉の残響”が残っていた。

 そしてそのことに、あかりの心は不思議なほど静かに揺れていた。
 怒りでも、悲しみでもない。ただ、忘れられていたものがそこに「ある」と気づいたことの、確かな動揺だった。

 (秋葉の文章は、もうどこにもないんじゃなかったの……?)

 彼は確かに消えた。
 名前も作品も、ネット上から姿を消した。
 でも、言葉だけは残っていたのだ。無数の断片として、ノイズのように、AIの中に。

 あかりは、もう一度《風のあとで》の原稿を開いた。
 読み直すたびに、その言葉が“誰かの魂の抜け殻”のように思えてきた。

(なら、私が拾い集める)

 無数のノイズの中に混ざった、彼の物語の断片を。
 もう誰も気づかないまま、他人の小説に混ざっていく“遺稿のかけら”を。
 形は失っていても、言葉の記憶はまだ残っている。

 あかりの胸の中に、初めて明確な意思が灯った。
 これはただの探し物じゃない。誰かが遺した物語を、もう一度“読むこと”そのものだ。

 彼のためでも、AIのためでもない。
 読み手としての、自分のために。
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