8 / 50
第一幕:違和感と記憶
第8話:ノイズの中にいた言葉
しおりを挟む
スクリーンに映る文字列のひとつひとつが、ノイズのように並んでいた。
それは、秋葉翔吾がかつて綴っていたブログの断片。
短い文章、途中で切れたセンテンス、言葉の反復、書きかけの会話――
意味をなしていないようで、どこか感情の影を残していた。
《春風はいつも何かを奪っていく。名前とか、声とか。》
《“待つ”という言葉の中には、“来ない”という可能性が含まれている。》
あかりは、その言葉たちに見覚えがあった。
どこで読んだのか、あるいは、どこかで“聞いたことがある気がした”のか。曖昧な記憶が、静かに揺れていた。
ブログに残っていたのはわずかな投稿だけだった。
だがその文体は、どの投稿にも一貫してあった。秋葉翔吾の“書き癖”とでも呼ぶべき、独特のリズムと沈黙の多い文体。
AIsisが生成した《風のあとで》にも、その癖が色濃く現れていた。
そしてふと思い至った。――あれは、あの原稿だけじゃなかったのではないか?
あかりは校正の業務用アーカイブにアクセスした。
自分がこれまでチェックしてきたAI小説のログ。数十本、ジャンルもテーマもバラバラな原稿の一覧。
「……まさかとは思うけど」
彼女は、数本の原稿ファイルを開き、内容を読み返してみた。
恋愛もの、ファンタジー、エッセイ調、青春小説風……どれもAIが自動生成した“よくあるテキスト”に見える。
けれど、ある一文を見つけた瞬間、背筋に微かな緊張が走った。
「言葉は記録じゃない。あのときの空気の跡だ。」
あかりは目を凝らす。その台詞は、秋葉が昔、合評会のあとに口にしたひと言と同じだった。
他人がわざわざ引用するような印象的なフレーズではなかった。
だが、あかりは覚えていた。彼の口調、そのときの表情、沈黙の後にふっと呟かれたその言葉を。
別の原稿には、こんな描写があった。
主人公は小さな店の片隅で、紅茶にミントを一枚だけ浮かべて飲んだ。
「味はどうでもいい。ただ、口の中が静かになればそれでいい。」
まただ。
これも、かつて秋葉が書いていた短編の中の一節に酷似している。
細部は変わっている。けれど、感情の触れ方、言葉の“手触り”は確かに同じだった。
(こんなところにも、彼の文章が……)
AIsisは、彼の言葉を断片として、別の物語に組み込んでいたのだ。
まるで、故人の言葉を繰り返し引用するように。
あるいは、過去の誰かの息遣いを、忘れられた記憶から引き起こすかのように。
もはやこれは、偶然ではなかった。
AIの中には、確かに“秋葉翔吾の言葉の残響”が残っていた。
そしてそのことに、あかりの心は不思議なほど静かに揺れていた。
怒りでも、悲しみでもない。ただ、忘れられていたものがそこに「ある」と気づいたことの、確かな動揺だった。
(秋葉の文章は、もうどこにもないんじゃなかったの……?)
彼は確かに消えた。
名前も作品も、ネット上から姿を消した。
でも、言葉だけは残っていたのだ。無数の断片として、ノイズのように、AIの中に。
あかりは、もう一度《風のあとで》の原稿を開いた。
読み直すたびに、その言葉が“誰かの魂の抜け殻”のように思えてきた。
(なら、私が拾い集める)
無数のノイズの中に混ざった、彼の物語の断片を。
もう誰も気づかないまま、他人の小説に混ざっていく“遺稿のかけら”を。
形は失っていても、言葉の記憶はまだ残っている。
あかりの胸の中に、初めて明確な意思が灯った。
これはただの探し物じゃない。誰かが遺した物語を、もう一度“読むこと”そのものだ。
彼のためでも、AIのためでもない。
読み手としての、自分のために。
それは、秋葉翔吾がかつて綴っていたブログの断片。
短い文章、途中で切れたセンテンス、言葉の反復、書きかけの会話――
意味をなしていないようで、どこか感情の影を残していた。
《春風はいつも何かを奪っていく。名前とか、声とか。》
《“待つ”という言葉の中には、“来ない”という可能性が含まれている。》
あかりは、その言葉たちに見覚えがあった。
どこで読んだのか、あるいは、どこかで“聞いたことがある気がした”のか。曖昧な記憶が、静かに揺れていた。
ブログに残っていたのはわずかな投稿だけだった。
だがその文体は、どの投稿にも一貫してあった。秋葉翔吾の“書き癖”とでも呼ぶべき、独特のリズムと沈黙の多い文体。
AIsisが生成した《風のあとで》にも、その癖が色濃く現れていた。
そしてふと思い至った。――あれは、あの原稿だけじゃなかったのではないか?
あかりは校正の業務用アーカイブにアクセスした。
自分がこれまでチェックしてきたAI小説のログ。数十本、ジャンルもテーマもバラバラな原稿の一覧。
「……まさかとは思うけど」
彼女は、数本の原稿ファイルを開き、内容を読み返してみた。
恋愛もの、ファンタジー、エッセイ調、青春小説風……どれもAIが自動生成した“よくあるテキスト”に見える。
けれど、ある一文を見つけた瞬間、背筋に微かな緊張が走った。
「言葉は記録じゃない。あのときの空気の跡だ。」
あかりは目を凝らす。その台詞は、秋葉が昔、合評会のあとに口にしたひと言と同じだった。
他人がわざわざ引用するような印象的なフレーズではなかった。
だが、あかりは覚えていた。彼の口調、そのときの表情、沈黙の後にふっと呟かれたその言葉を。
別の原稿には、こんな描写があった。
主人公は小さな店の片隅で、紅茶にミントを一枚だけ浮かべて飲んだ。
「味はどうでもいい。ただ、口の中が静かになればそれでいい。」
まただ。
これも、かつて秋葉が書いていた短編の中の一節に酷似している。
細部は変わっている。けれど、感情の触れ方、言葉の“手触り”は確かに同じだった。
(こんなところにも、彼の文章が……)
AIsisは、彼の言葉を断片として、別の物語に組み込んでいたのだ。
まるで、故人の言葉を繰り返し引用するように。
あるいは、過去の誰かの息遣いを、忘れられた記憶から引き起こすかのように。
もはやこれは、偶然ではなかった。
AIの中には、確かに“秋葉翔吾の言葉の残響”が残っていた。
そしてそのことに、あかりの心は不思議なほど静かに揺れていた。
怒りでも、悲しみでもない。ただ、忘れられていたものがそこに「ある」と気づいたことの、確かな動揺だった。
(秋葉の文章は、もうどこにもないんじゃなかったの……?)
彼は確かに消えた。
名前も作品も、ネット上から姿を消した。
でも、言葉だけは残っていたのだ。無数の断片として、ノイズのように、AIの中に。
あかりは、もう一度《風のあとで》の原稿を開いた。
読み直すたびに、その言葉が“誰かの魂の抜け殻”のように思えてきた。
(なら、私が拾い集める)
無数のノイズの中に混ざった、彼の物語の断片を。
もう誰も気づかないまま、他人の小説に混ざっていく“遺稿のかけら”を。
形は失っていても、言葉の記憶はまだ残っている。
あかりの胸の中に、初めて明確な意思が灯った。
これはただの探し物じゃない。誰かが遺した物語を、もう一度“読むこと”そのものだ。
彼のためでも、AIのためでもない。
読み手としての、自分のために。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
10年ぶりに現れた正ヒロインが強すぎて、10年来のダメ系幼馴染型ヒロインが敗北しそうな件について。
神崎あら
青春
10年ぶりに再会した彼女はまさに正ヒロインと呼ぶにふさわしい容姿、性格、人望を手にしていた。
それに対して10年間一緒にいた幼馴染は、堕落し酒に溺れ、泰平の世話なしには生きられないペットのような生き物になっている。
そんな対照的な2人のヒロインが戦う(一方的にダメ幼馴染が社会的にボコられる)物語が今始まる!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる