AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第一幕:違和感と記憶

第9話:AIsisの出力リスト

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 会社のシステムに残されたAIsisの出力履歴は、ほとんど“秘密”といってよかった。
 本来、校正者がアクセスする権限はない。
 だが、あかりは知っていた。簡易デバッグモードを通じて、ログの一部だけなら閲覧できることを。

 あくまで「確認目的」でしか使ってはいけない裏メニュー。
 あかりはログインページに個人アカウントで入り、表示オプションを切り替えた。
 黒い背景に、淡い緑の文字列が並んでいく。

 《AIsis出力記録:Generation Log》
 《対象:ジャンル=現代小説、文字数=3000~5000、期間=2027年4月~現在》

 条件を絞っても、膨大な数の原稿タイトルが画面を埋め尽くす。
 彼女が校正したのはほんの一部。
 未使用のままボツになったファイル、アルファテスト段階で出力された試作、社内用のモックデータ――そのすべてが、ここにある。

 あかりは、検索窓にいくつかのキーワードを打ち込んだ。
 「風」「夜」「透明」「記憶」
 どれも、《風のあとで》の原稿内で繰り返し登場していた語句だ。

 検索結果が、瞬時に一覧となって表示される。
 重複や変奏を含む原稿タイトルが次々に並ぶ。

 風の中の約束.txt
 夜に沈む手紙.docx
 透明な君を探して.rtf
 失われた記憶に座る人.epub
 風と記憶のノイズ.ver5.txt

 似ている。似すぎている。
 あかりはそれらの原稿をいくつか開いて、冒頭だけを読み比べた。

 ――“あの場所には、もう誰もいない。ただ風だけが、昔の声を連れてくる。”
 ――“君の姿が透けて見えたのは、あの夏の夜だけだった。”
 ――“忘れたい記憶ほど、なぜか文章に残っている。不完全なまま、いつまでも。”

 どれもAIが生成したものとは思えないほど、“感情の余白”があった。
 あかりの知る限り、AIsisは物語構造に優れていても、ここまで人間的な曖昧さを出すことは稀だった。
 にもかかわらず、この一群には共通した“誰かの文体”が滲んでいた。

(これ、全部……秋葉の……?)

 確証はない。
 けれど、ここまで一貫したテーマとリズム、感情の流れを持った出力が連なっているという事実は、あまりにも異様だった。

 風。夜。透明。記憶。
 それはまるで、秋葉が言葉にしたくて言葉にできなかった何かを、AIが繰り返し“書こうとしている”ようだった。

 (これは、彼の“未完の物語の核”なんだ)

 文章というより、衝動だったのかもしれない。
 彼が何かを伝えたくて、でも伝えられず、どこにも発表されなかった言葉たち。
 それをAIが無差別に取り込み、何度も何度も再構成しようとしている。

 それは、誰にも読まれなかった原稿が、別の存在を通して“まだ語られようとしている”ということだ。

(秋葉は……何を書こうとしてたの?)

 読み手として、いや、かつて“彼の言葉に救われた一人”として、
 あかりはその続きを知りたくなっていた。
 完成しなかった物語の向こうに、彼の声があるような気がした。

 あかりは手帳を開き、ログに残されていた出力タイトルをひとつずつ書き写した。
 それらを拾い集めていけば、きっと、まだ“彼の物語”にたどり着ける。
 その確信が、言葉の底で静かに灯り始めていた。
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