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第一幕:違和感と記憶
第11話:彼が姿を消した日
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「秋葉翔吾が? 文学賞の最終選考まで?」
スマホ越しに聞こえたその言葉に、あかりは一瞬、言葉を失った。
相手は、大学時代の文芸サークルの先輩、篠田だった。
物腰柔らかく、面倒見のいい人だった。あかりがサークルに入った当初から、ずっと秋葉と親しかった数少ない人でもある。
「うん。新人賞の最終選考。あいつ、辞退したんだよ、自分から」
「……えっ、なんで?」
「理由は知らない。編集部には“都合により辞退します”ってメールだけ残して、電話にも出なくなったって」
篠田の声の向こうで、静かな街の音が混じる。
どこか遠くの話のようで、けれど、それは確かに“彼”のことだった。
「炎上とか、問題になったとか、そういうのは?」
「まったくなし。あいつ自身、SNSやらないし、ネットの掲示板でも話題にならなかった。むしろ“惜しい人が消えた”って、ほんの一部の界隈で囁かれたくらい」
「じゃあ、何も起きてないのに……自分から、消えたの?」
「俺も今でもわからない。あいつ、いつも何かを“飲み込んで”たからな」
通話が終わったあとも、あかりの手のひらにはじんわりと重みが残った。
秋葉が消えたのは、外からの力じゃない。
自分の意志で、書くことも、名を残すことも、全部やめた――ように見える。
でも、本当にそうだろうか?
《風のあとで》の文章。AIに学習され、再構成された秋葉の言葉たち。
記憶の再現としか思えない一節。
誰にも読まれなかったはずのブログの断片。
そして、かつて二人だけで交わした言葉。
(彼は、本当に“消えた”んだろうか)
ただ書くのをやめた人間が、ここまで多くの“痕跡”をAIの中に遺せるだろうか?
あかりの中に、新たな疑問が芽生えていた。
消えたというより、どこか別の場所に“移った”だけなのではないか。
記憶の中に、ひとつの地名が浮かんだ。
大学の帰り道、秋葉がぽつりと語っていたことがある。
「最近、ある創作塾に通ってるんだ。小さなとこだけど、“作品に形を与える技術”を教えてくれるって」
都内の片隅にある、小さなビルの二階。
プロ作家を目指す若者が通う、知る人ぞ知る創作塾。
その名前は、確か――「文舎(ぶんしゃ)」だった。
手がかりは、そこにあるかもしれない。
彼がどうして筆を折ったのか、あるいは――なぜ、AIの中にだけ“残そうとした”のか。
あかりは検索窓に「文舎 創作塾」と打ち込み、表示されたサイトを確認した。
白背景に小さな文字だけの、簡素なページ。
講座案内、料金表、アクセス。スタッフ紹介はない。
でも、そこには「退塾者の記録は一切公表しておりません」と明記されていた。
ページの最下部にある、問い合わせフォーム。
あかりは迷いながらも、ゆっくりと文章を打ち込んだ。
《はじめまして。かつて“秋葉翔吾”という人物が通っていたかどうか、お尋ねしたく――》
途中で指を止める。
(そんな直接的な聞き方じゃ、きっと答えてくれない)
文章をすべて消し、書き直す。
あくまで、自分もかつて創作に関わっていたこと。
そして、彼の文章に似た作品と再会し、気になっていること。
“記録のない作家の痕跡”をたどっていること。
言葉を整え、送信ボタンを押す。
静かに、ページが切り替わる。
――送信完了。
その夜、あかりはノートにこう書いた。
“彼は自分の意志で消えたのか、それとも――”
スマホ越しに聞こえたその言葉に、あかりは一瞬、言葉を失った。
相手は、大学時代の文芸サークルの先輩、篠田だった。
物腰柔らかく、面倒見のいい人だった。あかりがサークルに入った当初から、ずっと秋葉と親しかった数少ない人でもある。
「うん。新人賞の最終選考。あいつ、辞退したんだよ、自分から」
「……えっ、なんで?」
「理由は知らない。編集部には“都合により辞退します”ってメールだけ残して、電話にも出なくなったって」
篠田の声の向こうで、静かな街の音が混じる。
どこか遠くの話のようで、けれど、それは確かに“彼”のことだった。
「炎上とか、問題になったとか、そういうのは?」
「まったくなし。あいつ自身、SNSやらないし、ネットの掲示板でも話題にならなかった。むしろ“惜しい人が消えた”って、ほんの一部の界隈で囁かれたくらい」
「じゃあ、何も起きてないのに……自分から、消えたの?」
「俺も今でもわからない。あいつ、いつも何かを“飲み込んで”たからな」
通話が終わったあとも、あかりの手のひらにはじんわりと重みが残った。
秋葉が消えたのは、外からの力じゃない。
自分の意志で、書くことも、名を残すことも、全部やめた――ように見える。
でも、本当にそうだろうか?
《風のあとで》の文章。AIに学習され、再構成された秋葉の言葉たち。
記憶の再現としか思えない一節。
誰にも読まれなかったはずのブログの断片。
そして、かつて二人だけで交わした言葉。
(彼は、本当に“消えた”んだろうか)
ただ書くのをやめた人間が、ここまで多くの“痕跡”をAIの中に遺せるだろうか?
あかりの中に、新たな疑問が芽生えていた。
消えたというより、どこか別の場所に“移った”だけなのではないか。
記憶の中に、ひとつの地名が浮かんだ。
大学の帰り道、秋葉がぽつりと語っていたことがある。
「最近、ある創作塾に通ってるんだ。小さなとこだけど、“作品に形を与える技術”を教えてくれるって」
都内の片隅にある、小さなビルの二階。
プロ作家を目指す若者が通う、知る人ぞ知る創作塾。
その名前は、確か――「文舎(ぶんしゃ)」だった。
手がかりは、そこにあるかもしれない。
彼がどうして筆を折ったのか、あるいは――なぜ、AIの中にだけ“残そうとした”のか。
あかりは検索窓に「文舎 創作塾」と打ち込み、表示されたサイトを確認した。
白背景に小さな文字だけの、簡素なページ。
講座案内、料金表、アクセス。スタッフ紹介はない。
でも、そこには「退塾者の記録は一切公表しておりません」と明記されていた。
ページの最下部にある、問い合わせフォーム。
あかりは迷いながらも、ゆっくりと文章を打ち込んだ。
《はじめまして。かつて“秋葉翔吾”という人物が通っていたかどうか、お尋ねしたく――》
途中で指を止める。
(そんな直接的な聞き方じゃ、きっと答えてくれない)
文章をすべて消し、書き直す。
あくまで、自分もかつて創作に関わっていたこと。
そして、彼の文章に似た作品と再会し、気になっていること。
“記録のない作家の痕跡”をたどっていること。
言葉を整え、送信ボタンを押す。
静かに、ページが切り替わる。
――送信完了。
その夜、あかりはノートにこう書いた。
“彼は自分の意志で消えたのか、それとも――”
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