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第二幕:真相と再会なき対話
第17話:クロノコード社にて
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平日の午前、都内・千代田区のオフィス街。
クロノコード社の本社ビルは、ガラス張りの外観が空を映し、冷たいほど静かだった。
「本日は、23卒・24卒向け 企業内見学・業務体験会へのご参加、ありがとうございます」
受付にいた女性スタッフが、マニュアル通りの声でそう告げる。
あかりは、事前に登録した偽名――“柚木アサ”名義の名札を首に提げ、周囲の参加者と同じようにうなずいていた。
※参加資格:IT系の内定者またはクリエイティブ職志望の学生
それを知ったあかりは、かつてのポートフォリオを“現役志望者”風に偽装し、招待枠にすべり込んでいた。
目的はただ一つ――この場所に“秋葉翔吾”がいるかどうか。
案内役の男性が、エレベーターの前に立った。
薄手のジャケット。黒縁の眼鏡。整った姿勢と、背中から漂う静かな空気。
(あの背中……)
胸がざわつく。声をかけるには、まだ早い。
名札に書かれていたのは、「澄川 空(すみかわ そら)」。
だがその名を目にした瞬間、あかりの中で何かが“確信”に変わった。
(秋葉翔吾……やっぱり、生きてた)
案内が進む。セキュリティゲートを通り抜け、研修エリアに移動する途中で、澄川がふと振り返った。
一瞬だけ目が合った――ような気がした。
だが彼は、すぐに目をそらし、次の説明に移った。
「このフロアの奥に、AIsisプロジェクトの開発区画があります。ただし、アクセスは限定的です」
説明の合間、あかりはひとつだけ気になっていたことを尋ねた。
「AIの倫理とか、学習データの管理って、社内のどの部門が担当してるんですか?」
一瞬だけ、澄川の表情が揺れた気がした。
だが次に答えたのは、同じ案内チームの若い女性スタッフだった。
「“倫理チーム”ですね。正式名称は『倫理監査・言語資源管理部』。機密情報や学習元データの整理・許諾確認を担当してます」
「そこって……今も活動してるんですか?」
「はい。社内ではわりと静かな部署ですが、重要視されてますよ。過去にちょっと、データ使用の件で話題になったことがあったので」
あかりは内心で頷いた。
過去に“話題になったこと”――それこそが、あの「S.A.」の件に他ならない。
(倫理チームにいる……。澄川空は、きっと秋葉翔吾だ)
AIに自分の物語を学習させた“被害者”ではなく、
AIの中に物語を“託した”側。あるいは、その境界線に立つ存在。
言葉を置いて、名を捨てて、他者の物語の影として生きる。
まるで、それ自体がひとつの創作行為のように思えた。
――ただ、彼はあかりの存在に、何も反応を示さなかった。
(気づいてた? それとも、気づかないふりをした?)
分からない。でも、確かにここに“秋葉翔吾”はいた。
かつての名前とは違っても、彼はまだ、“誰かの言葉を扱っていた”。
その事実が、あかりの胸に不思議な灯をともしていた。
クロノコード社の本社ビルは、ガラス張りの外観が空を映し、冷たいほど静かだった。
「本日は、23卒・24卒向け 企業内見学・業務体験会へのご参加、ありがとうございます」
受付にいた女性スタッフが、マニュアル通りの声でそう告げる。
あかりは、事前に登録した偽名――“柚木アサ”名義の名札を首に提げ、周囲の参加者と同じようにうなずいていた。
※参加資格:IT系の内定者またはクリエイティブ職志望の学生
それを知ったあかりは、かつてのポートフォリオを“現役志望者”風に偽装し、招待枠にすべり込んでいた。
目的はただ一つ――この場所に“秋葉翔吾”がいるかどうか。
案内役の男性が、エレベーターの前に立った。
薄手のジャケット。黒縁の眼鏡。整った姿勢と、背中から漂う静かな空気。
(あの背中……)
胸がざわつく。声をかけるには、まだ早い。
名札に書かれていたのは、「澄川 空(すみかわ そら)」。
だがその名を目にした瞬間、あかりの中で何かが“確信”に変わった。
(秋葉翔吾……やっぱり、生きてた)
案内が進む。セキュリティゲートを通り抜け、研修エリアに移動する途中で、澄川がふと振り返った。
一瞬だけ目が合った――ような気がした。
だが彼は、すぐに目をそらし、次の説明に移った。
「このフロアの奥に、AIsisプロジェクトの開発区画があります。ただし、アクセスは限定的です」
説明の合間、あかりはひとつだけ気になっていたことを尋ねた。
「AIの倫理とか、学習データの管理って、社内のどの部門が担当してるんですか?」
一瞬だけ、澄川の表情が揺れた気がした。
だが次に答えたのは、同じ案内チームの若い女性スタッフだった。
「“倫理チーム”ですね。正式名称は『倫理監査・言語資源管理部』。機密情報や学習元データの整理・許諾確認を担当してます」
「そこって……今も活動してるんですか?」
「はい。社内ではわりと静かな部署ですが、重要視されてますよ。過去にちょっと、データ使用の件で話題になったことがあったので」
あかりは内心で頷いた。
過去に“話題になったこと”――それこそが、あの「S.A.」の件に他ならない。
(倫理チームにいる……。澄川空は、きっと秋葉翔吾だ)
AIに自分の物語を学習させた“被害者”ではなく、
AIの中に物語を“託した”側。あるいは、その境界線に立つ存在。
言葉を置いて、名を捨てて、他者の物語の影として生きる。
まるで、それ自体がひとつの創作行為のように思えた。
――ただ、彼はあかりの存在に、何も反応を示さなかった。
(気づいてた? それとも、気づかないふりをした?)
分からない。でも、確かにここに“秋葉翔吾”はいた。
かつての名前とは違っても、彼はまだ、“誰かの言葉を扱っていた”。
その事実が、あかりの胸に不思議な灯をともしていた。
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