AIが書いたその物語は、かつて誰かの人生だった

るいす

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第三幕:継ぐ者として生きる

第49話:まだ見ぬ誰かが、いつか読む

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 午後の光が射す、地方都市の書店。
 平日、客足はまばらで、静かなピアノのBGMが天井から流れている。
 駅前通りの小さなこの店は、昔ながらの佇まいを残しつつ、棚の配置は丁寧に保たれていた。

 文芸コーナーの新刊棚。
 その一角に、《風のあとで》という本が並んでいた。
 生成りのカバーに、やさしいフォントで記されたタイトル。
 「柚木あかり」の名前は控えめに、帯の下に添えられている。

 「静かに心を揺らす、声なき共鳴の物語」
 ――帯の推薦文は、短く、それでいて余白が多かった。

 

 ドアベルが鳴る。
 ひとりの女性が入ってきた。
 スーツの上からベージュのコートを羽織り、マフラーをゆるく巻いたまま。
 おそらく仕事帰り。姿勢に、どこか疲れのような静けさがある。

 彼女は特に棚を探すでもなく、まっすぐ新刊テーブルの前に立つ。

 そして、ふと――
 他の本には手を伸ばさず、《風のあとで》を手に取った。

 指先で背表紙をなぞり、そっとページを開く。
 カバー裏に記された一文に、目が止まる。

「この物語は、あるひとりの作家と、もうひとりの読み手によって完成されました。」

 一拍の沈黙。
 そこに何かを感じ取ったのか、彼女は表紙を静かにめくった。

 一行目。

風が過ぎたあとに残るものを、人は記憶と呼ぶらしい。

 彼女の指先が止まる。
 ページの端を持ったまま、その一文をしばらく眺める。
 まるで、自分の中にある“風”を思い出しているような眼差しだった。

 

 彼女が何に惹かれたのかは、わからない。
 ただ、ページをめくるリズムは一定で、
 一つひとつの言葉を“読む”のではなく、“聞いている”ような静けさがあった。

 途中で一度、ページを閉じかける。
 しかし彼女は本を抱くようにして持ち直し、レジの方へゆっくりと歩いていった。

 

 誰が書いたかを知らない。
 誰に向けて書かれたかも知らない。

 けれど、その本を通して、たしかに何かが届いていた。
 書いた人の手を離れて、遠くの誰かの一日へそっと触れる。
 その一瞬のために、言葉は存在するのかもしれない。

 

 彼女が書店を出る頃には、外は夕暮れ。
 街の雑踏の中、紙袋の中から少し顔を覗かせた表紙が揺れる。

 電車の中。
 彼女は窓際の席に座り、紙袋からその一冊を取り出した。
 誰に見せるでもなく、黙って読み始める。

 

 あかりは、この光景を知らない。
 この読者の名前も、年齢も、住む街も知らない。
 だけど、そういう“知らなさ”の中でこそ、物語は本当の意味で生きている。

 作者の手を完全に離れて、
 まったく違う誰かの人生のどこかに、
 静かに差し込まれていく。

 

 ページを開くたび、
 彼女の表情が少しずつやわらいでいく。

 きっとその物語のなかで、
 彼女だけが感じる風が吹いていた。

 

 駅に着くと、彼女はそっと本を閉じた。
 ブックカバーをつけず、しばらく表紙を見つめていた。

 「風のあとで」

 小さく口の中でつぶやいたその声は、
 誰にも届かない。
 でも、その響きだけが、彼女の中に残っていた。

 

 その夜、彼女は枕元にその本を置いて眠った。

 作者の知らない場所で、
 知らない読者の眠りのそばに、
 一冊の物語がそっと灯っている。

 

 ――物語は、今日も、誰かのなかで静かに始まっている。
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