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6巻
6-2
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『ぼったくり』がある町内会には、緊急時用の住民リストがある。
個人情報云々と喧しいご時世、自分の家に何人住んでいるかといった情報すら町内会に知らせない住民も多いらしい。だが、この町内に限ってはどの家にどれだけの人が住んでいて、どういうことをやっているかぐらいはちゃんと把握されている。開けっぴろげな性格の人間が多いからこその風通しの良さだった。
ともあれ、この町内には緊急時用の住民リストがあり、代々町内会長に引き継がれている。半年に一度、町内会費の集金ついでに確認するので、実状から大きく離れることもない。
地震や台風などの大きな災害があったとき、住民の安否を確認することは町内会長の重要な役割とされている。
東日本大震災のときも、余震が続く中、ヒロシは住民リストを片手に町内を走り回った。その際、最優先とされたのは独り暮らしの住民だった。幸いみんな無事だったけれど、もしもひとりで被害に遭っていた人がいたとしても、誰も気がつかないなんてことはあり得ない――
「だからウメさんは大丈夫。もちろん、クロちゃんも」
それにソウタさんやカナコさんも近くにいるんだし、きっとすぐに駆けつけてくれますよ、と息子夫婦の名を出し、ウメを安心させるように美音は笑った。さらに茂先生が発破をかける。
「第一な、おっきな災害とかあったら、若いもんなんて縮み上がって動けなくなるかもしれない。そんなときこそ年寄りの出番だ! まあ、ウメさんのことだから、そんなときは背筋しゃきーって伸ばしてあちこち仕切りまくると思うけどね」
「そうそう。私たちみたいに経験が足りない者は、どうしていいかわからなくなっちゃいそうですから、よろしくお願いしますね!」
美音の言葉に、ウメはようやく頷いた。
「そうか。じゃあ、クロのためにも、町内の若いもんのためにも、気張るとするかね」
「まあ、うちも近隣の動物クリニックも、飼い主とはぐれた動物たちをしばらく賄えるぐらいのものは用意してるから、そっちも少しは安心してくれていいよ」
「人間の分もお願いできないかねえ」
「あーそれは、どっちかっていうと『ぼったくり』の仕事だな。緊急炊き出しで美音ちゃんの飯が出てきたら、そりゃあみんな元気出るだろうよ」
「そうか! それは腕の見せどころだね!」
馨の嬉々とした声を聞いて、美音は思わず眉を寄せてしまう。
「馨……あんたって本当に脳天気ね。緊急炊き出しってことは、ろくな材料もないってことなのよ。皆さんに満足していただけるようなお料理が、どれだけ作れるかしら……」
大きな料理屋さんならともかく、『ぼったくり』の冷蔵庫に収まる食材なんてたかがしれている。酒を冷やす冷蔵庫は大きくても、食材を入れている冷蔵庫は家庭用よりも少し大きい程度のものしかなかった。近くに八百源や魚辰、加藤精肉店といった生鮮食料品を扱う店があり、必要な食材を毎日納めにきてくれるので営業に支障はないが、『ぼったくり』の冷蔵庫は食材の宝庫とは言いがたいのだ。
「そうか。いくら美音坊でも、ない袖は振れねえってことか……」
「そういうことです。まあ、冷蔵庫が空になるまでは頑張りますけどね」
「それじゃあ、今と同じ状態じゃないか。冷蔵庫は空っぽ、あるのは……」
ウメはちらっとカウンターの奥に目を走らせた。視線の先にあるのは先ほど鮭缶を取り出した乾物入れだった。そこにはまだいくつかの缶詰が残っている。賞味期限まで間があるものを使い切る必要はないからだ。
「缶詰か……」
茂先生が、それならうちにもあるなあ……と言いながら首をがっくり垂れた。
「しょうがないから、みんなで缶詰持ち寄って、ここで宴会でもしようかね。お酒ならいっぱいあるし」
ウメの言葉に茂先生はさらにとほほ全開の表情になる。
「美音坊の選りすぐりの酒に缶詰……」
「お言葉だけど茂先生、あんたの目の前にあるのも缶詰じゃないのかい?」
「あ……」
茂先生ははっと顔を上げて皿の上を見る。そこにはさっき美音が揚げたばかりの鮭団子があった。
「そうか……。学生の宴会じゃあるまいし、缶詰をそのまま食うことはないんだよな」
「別にそのまま食べたってかまやしないよ。昨今の缶詰は随分よくなったそうだし。でもちょいとばかり目先を変えるってのもあり。それこそ美音坊の腕の見せどころだね」
「うわー、どうするお姉ちゃん、もっとハードルが上がっちゃったよ!」
口ではそんなことを言いながら、馨はけっこう面白がっている。おそらく自分には関係ない、料理を工夫するのは姉の仕事、とでも思っているのだろう。
やれやれ……と思いつつ美音は乾物入れを覗き込む。期待に応えて――というわけではないけれど、そろそろ次の料理を出す頃合いだ。
ちょっと考えたあと、美音が開けたのは鯖の水煮缶だった。汁気を切ってボウルに移し、細かく崩しながら馨に声をかける。
「馨、梅干しを潰しておいて」
「はいはーい!」
馨はふたつ返事で壺から梅干しを取り出し、早速包丁で叩き始めた。冷蔵庫に残っていた長ネギを千切りにし、水にさらしたところで梅干しの用意も完了。
潰した梅干しを白出汁でのばし、醤油を一垂らし。あとはネギと崩した鯖をあえれば、鯖缶の梅和えの出来上がりだった。
「これは……ビールより酒だな!」
「ご名答です。さて、馨、お酒は……?」
そう言いながら、美音は挑むように馨を見た。
「おっ! 今度は馨ちゃんのお手並み拝見か!」
茂先生は、馨が日本酒について勉強を始めたことを知っているらしい。おそらくシンゾウあたりから聞いたのだろう。
馨は、うっ……と小さく呻いたあと、日本酒が入っている冷蔵庫の前にかがみ込んだ。
「抜き打ちテストとは厳しいね、美音坊」
ウメがにやにやしながら見守る中、馨はようやく一本の酒を選び出した。
「よし、これだ!」
えいやっとばかりに馨が取り出したのは『信濃錦 純米 かかしラベル』、長野県伊那市にある宮島酒店が造る酒だった。宮島酒店は『美味と安心』を理念にし、すべての酒に無農薬あるいは低農薬で栽培された酒造好適米を使い、濃厚かつ芳醇、米の旨味をしっかり生かした味わいの酒を造っている。中でも『信濃錦 純米 かかしラベル』は力強いコクと、米の旨味を包み込む適度な酸味を持つ酒である。
酒瓶を持ったままこちらを窺っている馨に、美音はにっこり微笑んだ。
「茂先生、召し上がってみてください」
早く注ぎなさい、とばかりにグラスと枡を用意する。それは美音の『合格』の証だった。
詰めていた息をフーッと吐き出し、馨は嬉しそうに酒を注ぐ。
目の前に出されるのを待ちかねたように茂先生はグラスに口をつけ、続いて鯖缶の梅和えを一口……
「これはさっぱりしてていいな。ネギの食感もしゃきしゃきしてるし……何よりこの酒、キレがすごい! この料理にぴったりだ!」
「でしょー! 絶対合うと思ったんだ!」
馨は得意満面で鼻を膨らませる。本当はこの酒はさっぱりしていようと、濃厚であろうと、どんな味わいの肴であっても合わせられる。鯖缶の梅和えだって、実を言えばビールにもぴったりの肴なのだ。でも、わざわざそんなことを告げて馨をがっかりさせる必要などなかった。
鯖缶の梅和えは普段の品書きはおろか、本日のおすすめにだって入っていない。その場で突発的に作った肴に合う酒を選ぶのは大変だ。いつだったかのデビュー戦で『春らしい酒』という注文を受けたときのように、ラベルや美音が並べておいた酒瓶の順番を参考にするわけにはいかない。それでもなんとか酒を選ぶことができた。しかも、その酒を茂先生は『ぴったりだ』と評した。そのことが、美音はとても嬉しかった。
「偉いねえ、馨ちゃん。日進月歩だ」
「へへ……ありがと、ウメさん」
ウメからも褒められて、馨はさらに嬉しそうに笑う。そして、ウメのグラスに目をやり、焼酎の梅割りがほとんどなくなっていることに気付いた。
「お姉ちゃん、ご飯のおかずにできそうなものを作ってあげてよ」
それ、二杯目だからそろそろ締めにしたいよね? と確認され、ウメはこっくり頷いた。
「ありがと、ちょうど考えてたとこだよ」
ではでは……とばかりに美音が取り上げたのは、フレーク状のツナ缶だった。
みじん切りにした玉葱をフライパンで炒め、軽く油を切ったツナ缶を投入。ささっと炒めたあと、ケチャップとカレー粉、最後に塩胡椒で味を調える。店中に広がるカレー粉の香りに、ウメがうーん……と唸った。
「はい、『お急ぎツナカレー』完成です。ご飯でもパンでもOKですけど……」
「ご飯、ご飯!」
「ですよね」
ウメの胃袋に合わせた小盛りのご飯に、炒め上がったツナカレーを添える。ゴクリと生唾を呑み込んだ茂先生には、これまた乾物入れから出したクラッカーを添えて出す。
ふたりは早速、それぞれの皿を攻略し始めた。
「カレーって鍋で作るもんだと思ってたよ」
「いやいや、本場のカレーはこんな奴のほうが多いぞ」
和気藹々と会話を交わしながら、カウンターのふたりは皿を空にした。
「ごちそうさん。いや、意外な料理をありがとう。『ぼったくり』の底力を見たよ。万が一、災害に見舞われることがあったらみんなにも是非……」
「そんな機会なくていいよ~!」
「だよなー!!」
炊き出しに忙殺される自分たちを想像して馨が上げた悲鳴に、豪快な笑い声がわき起こった。
†
「じゃあ、お姉ちゃん、行ってきまーす!」
元気な挨拶を済ませ、馨が出かけていったのは秋休み初日、土曜日の朝八時ちょうどだった。
哲と馨は目的地を関西に定めたらしい。二泊三日の旅ということで、お目当てはいくつかあるようだが、その最たるものは近頃大人気の某テーマパークである。
馨は、とあるファンタジー映画の大ファンで、是非ともそのアトラクションを体験してみたいと意気込んでいた。お土産楽しみにしててね! とにやにやしながら言ったところをみると、不思議な味のキャンディーでも買ってくるつもりなのかもしれない。
馨はガイドブックをひっくり返しながら、気になるページに付箋を貼りまくっていた。ちらっと覗いてみたら大阪、京都、奈良、そして神戸……と地域はばらばら。あれではさぞやスケジュールを立てるのが大変だろうと思ったけれど、本人は至って楽しそうにしていたから美音がどうこう言う筋合いでもない。
玄関先で、気をつけて、と見送ったあと、美音はやれやれと居間に戻った。
丸々三日もひとりぼっちなんて、馨の卒業旅行以来である。あのときは店を休まなかったから、商店街の人たちや店に来る客と言葉を交わすことができたが、今回はそれすらない。
いつもの日曜日なら、今ごろは馨とふたりで家事に勤しんでいる時分だ。このシャツはどれぐらいの温度でアイロンを掛ければいいのかと訊ねられたり、こっちのジーンズは裾がすり切れてきたからそろそろ新しいものを買ったほうがいいと提案されたり、洗濯ひとつとっても黙ったままでは終わらないのだ。
いつもの家事を黙々とこなしながら、もしかしたら声の出し方を忘れてしまうかも……と妙な不安を覚える。美音は、まさかね、と苦笑し、まずは図書館に出かけることにした。
ずらりと本が並んだ棚の間をいったりきたりして、お酒や料理の本はもちろん、読んでみたかった小説や写真集まで含めて限度冊数いっぱいまで借り出した。けっこう時間がかかったように感じたけれど、図書館にいたのは一時間少々、まだお昼にもなっていない。
料理の本をぱらぱら捲ったり、気になったお酒をインターネットで調べたりしてみても時間は全然過ぎていかなかった。
――いったい何をしよう。近頃この町内で話題となっているショッピングモール――『ショッピングプラザ下町』はまだオープンしていない。十日の月曜日に開業する予定だけれど、初日はすごい人だろう。とてもじゃないが出かける気にはなれない。いっそウメさんの家に行って、猫のクロとでも遊ばせてもらおうか。でもウメさんだって予定がないとは限らない。息子のソウタさん一家と過ごすかもしれない……
携帯電話が着信を告げたのは、美音がそんなことを考えていたときだった。
ディスプレイに『要さん』の文字が躍っている。
「はい」
忙しいと言っていたのに、お昼にもならない時間に電話をくれるなんて……と嬉しく思いながら、美音は通話ボタンを押した。
「君は、いったいおれを何だと思ってるの?」
不満たっぷりの声が耳に飛び込んできて、美音は思わず言葉に詰まる。しかも、要がこんな風に挨拶も抜きで唐突に話を始めるなんて、今までにないことだった。
「え……?」
「まったくもう……」
深いため息が電話越しに聞こえ、美音はさらに困惑する。
「今日から秋休みなんだって?」
「なんで知ってるんですか!?」
要には伝えなかった。引き戸に貼られたお知らせの紙も見ていないはずだ。なぜなら、要が来そうな時間になる前に、美音がこっそり剥がしていたからだ。
馨にお知らせの紙を作らせた翌日、『ぼったくり』に現れた要は、この三連休は全部出勤だ、と嘆いた。
要の勤める会社は、『ショッピングプラザ下町』の建設に関わっており、要はまさにその担当者のひとり。メンテナンスは、オープンイベントが終わったあと、要の会社のサービス部門に引き継がれるそうだが、この三連休の間はまだ要の担当となっていて、不具合に備えて待機していなければならないらしい。加えて、三連休明けの火曜日には他の現場で打ち合わせがある、けっこう遠い現場だから月曜日から泊まりがけで行かなければならないとも……
その話を聞いた時点で、美音は、日帰りぐらいならなんとか、という密かな願望を諦めた。せっかくの三連休、彼に会いたいし、顔も見られないとなったら寂しいとも思う。けれど、要のことだから、美音が連休をひとりで過ごすと知ったら、申し訳ないと思いかねない。なんとか時間を空けようと我武者羅に働くかもしれない。ただでさえ大変な思いをしている人に、今以上に無理はさせられない。
そんなわけで美音は、『ぼったくり』の秋休みについて要に告げるのをやめた。ひとりで過ごす寂しさよりも、要への心配、そしてわがままを言って嫌われたくないという気持ちのほうが大きかった。
いつも遅い時間にやってくる要は、誰かと相客になる可能性は低い。気をつけて見ていたけれど、SNS上の『ぼったくりネット』でも休業の話題は出ていなかった。あの貼り紙を見ていない要が、『ぼったくり』の秋休みに気付くはずがなかった。
電話口からため息まじりの声が聞こえてきた。
「馨さんが連絡くれたよ。『お姉ちゃん、暇してますよ!』って」
「あの子ってばー!!」
「で、なんでおれはそれを君からじゃなくて、馨さんから聞かなきゃならないわけ? おれと一緒にどこか行くとか、何かをするとかいう考えは全然なかったの?」
「だって、忙しいって言ってたじゃないですか! 三日間会社に待機で月曜の夜から出張なんでしょ?」
「そんなものなんとでも……」
「だめです! そう言うのがわかってたから……」
「だから、知らせなかったの?」
せっかく要のことを心配して知らせないようにしたのに馨にばらされるなんて、しかもこんなに怒るなんて想定外もいいところだ。だが実際に彼はとても怒っているし、怒らせたのは自分なのだろう。
「ごめんなさい……」
「頭に来た」
「要さん……」
「悪いと思ってるの?」
「思って……ます」
細切れに肯定した言葉に『せっかく要さんのことを心配したのに……』という不満の色がわずかに滲んだらしい。電話越しに、さらに深いため息が聞こえてきた。
「今どこ? 家にいるんだよね?」
「はい」
「今から仕事をなんとかする。一時間で迎えに行くから」
「だめですってば!」
「問答無用。せいぜいお洒落して待ってて」
「無理です!」
「どっちが? おれと出かけるのが嫌なの? それともお洒落が?」
「お洒落!」
要と出かけるのが嫌なわけがなかった。ただそのためにお洒落をしろと言われても、美音にそんなノウハウはない。いつもアドバイスをくれる馨はとっくに出かけてしまった。
「おれと出かけるのが嫌なんじゃないんだね?」
「当たり前じゃないですか!」
「ならよかった。いいよ、普通で。ただの意地悪だから」
要は言い捨て上等とばかりに電話を切った。
そんなことを正面切って言うなんてあり得ない。あまりのことに、美音は唖然としてしまった。そして数分後、はっと我に返る。
――要さん、迎えに来るって言ったよね? お洒落なんて無理とは言ったけど、やっぱりこのままってわけにはいかないよ。一時間で迎えに行くって、一時間後に会社を出るってこと? それとも一時間後にこっちに着くの? どっちにしても時間がない!
それからの時間は飛ぶように過ぎていった。さっきまで全然進まなかった時計の針が嘘みたいに回る。ワードローブをひっくり返して服を選び、靴や鞄を決めるだけで一時間もかかった。何やってるの私! と泣きそうになりながら、化粧もいつもよりも念入りにする。鏡を覗いて、これってどうなの……? と思っていたとき、外から車のエンジン音が聞こえてきた。
通りに面した窓から覗くと、見覚えのある車が止まっている。オーブントースターを買いに行ったときに乗せてもらったのと同じ車だし、中から降りてきたのも見覚えのある男だった。
「お待たせしました」
慌てて外に出てみると、要は美音の家を見上げているところだった。
「ふーん……」
「なんですか?」
「いや、いかにも君たちらしい家だなあと思って」
こぢんまりして温かそうな家だ、と要は言った。怒ったような声ではなかったことに安心したものの、そうなると今度は別のことが気になってくる。要はなぜ美音の自宅を知っていたのだろう。
「よく……」
「馨さん」
「え?」
「よく家の場所がわかりましたね……って言おうとしてたんだろ?」
「あ、はい、そのとおりです」
「それも馨さんが教えてくれた。おれは君を、お袋の家にも、自分の部屋にも連れていったのに、君は家まで送らせてくれさえしない。場所すら教えようとしないんだからね、おれって随分かわいそうだ」
「だってそれは!!」
そんなの申し訳なさすぎるから……
要は、大抵は『ぼったくり』に来たあとも仕事に戻ると言っていた。店を閉めて片付けて、そのあと家に送ってもらうとしたら何時になるかわからない。
顔を見せてくれただけで美音は十分嬉しいのだから、少しでも早く帰って仕事を済ませ、ゆっくり休んでほしいと願っていたのだ。その思いがちっとも伝わっていなかったことにがっかりして、美音はすっかり俯いてしまった。
ところが、なぜか頭の上からくっくっくっ……という鳩みたいな声が聞こえる。怪訝に思って顔を上げた美音は、要が笑いこけていることに気付いた。
「なんで笑ってるんですか!」
「いや、ごめん。からかい甲斐があるなあと思って」
個人情報云々と喧しいご時世、自分の家に何人住んでいるかといった情報すら町内会に知らせない住民も多いらしい。だが、この町内に限ってはどの家にどれだけの人が住んでいて、どういうことをやっているかぐらいはちゃんと把握されている。開けっぴろげな性格の人間が多いからこその風通しの良さだった。
ともあれ、この町内には緊急時用の住民リストがあり、代々町内会長に引き継がれている。半年に一度、町内会費の集金ついでに確認するので、実状から大きく離れることもない。
地震や台風などの大きな災害があったとき、住民の安否を確認することは町内会長の重要な役割とされている。
東日本大震災のときも、余震が続く中、ヒロシは住民リストを片手に町内を走り回った。その際、最優先とされたのは独り暮らしの住民だった。幸いみんな無事だったけれど、もしもひとりで被害に遭っていた人がいたとしても、誰も気がつかないなんてことはあり得ない――
「だからウメさんは大丈夫。もちろん、クロちゃんも」
それにソウタさんやカナコさんも近くにいるんだし、きっとすぐに駆けつけてくれますよ、と息子夫婦の名を出し、ウメを安心させるように美音は笑った。さらに茂先生が発破をかける。
「第一な、おっきな災害とかあったら、若いもんなんて縮み上がって動けなくなるかもしれない。そんなときこそ年寄りの出番だ! まあ、ウメさんのことだから、そんなときは背筋しゃきーって伸ばしてあちこち仕切りまくると思うけどね」
「そうそう。私たちみたいに経験が足りない者は、どうしていいかわからなくなっちゃいそうですから、よろしくお願いしますね!」
美音の言葉に、ウメはようやく頷いた。
「そうか。じゃあ、クロのためにも、町内の若いもんのためにも、気張るとするかね」
「まあ、うちも近隣の動物クリニックも、飼い主とはぐれた動物たちをしばらく賄えるぐらいのものは用意してるから、そっちも少しは安心してくれていいよ」
「人間の分もお願いできないかねえ」
「あーそれは、どっちかっていうと『ぼったくり』の仕事だな。緊急炊き出しで美音ちゃんの飯が出てきたら、そりゃあみんな元気出るだろうよ」
「そうか! それは腕の見せどころだね!」
馨の嬉々とした声を聞いて、美音は思わず眉を寄せてしまう。
「馨……あんたって本当に脳天気ね。緊急炊き出しってことは、ろくな材料もないってことなのよ。皆さんに満足していただけるようなお料理が、どれだけ作れるかしら……」
大きな料理屋さんならともかく、『ぼったくり』の冷蔵庫に収まる食材なんてたかがしれている。酒を冷やす冷蔵庫は大きくても、食材を入れている冷蔵庫は家庭用よりも少し大きい程度のものしかなかった。近くに八百源や魚辰、加藤精肉店といった生鮮食料品を扱う店があり、必要な食材を毎日納めにきてくれるので営業に支障はないが、『ぼったくり』の冷蔵庫は食材の宝庫とは言いがたいのだ。
「そうか。いくら美音坊でも、ない袖は振れねえってことか……」
「そういうことです。まあ、冷蔵庫が空になるまでは頑張りますけどね」
「それじゃあ、今と同じ状態じゃないか。冷蔵庫は空っぽ、あるのは……」
ウメはちらっとカウンターの奥に目を走らせた。視線の先にあるのは先ほど鮭缶を取り出した乾物入れだった。そこにはまだいくつかの缶詰が残っている。賞味期限まで間があるものを使い切る必要はないからだ。
「缶詰か……」
茂先生が、それならうちにもあるなあ……と言いながら首をがっくり垂れた。
「しょうがないから、みんなで缶詰持ち寄って、ここで宴会でもしようかね。お酒ならいっぱいあるし」
ウメの言葉に茂先生はさらにとほほ全開の表情になる。
「美音坊の選りすぐりの酒に缶詰……」
「お言葉だけど茂先生、あんたの目の前にあるのも缶詰じゃないのかい?」
「あ……」
茂先生ははっと顔を上げて皿の上を見る。そこにはさっき美音が揚げたばかりの鮭団子があった。
「そうか……。学生の宴会じゃあるまいし、缶詰をそのまま食うことはないんだよな」
「別にそのまま食べたってかまやしないよ。昨今の缶詰は随分よくなったそうだし。でもちょいとばかり目先を変えるってのもあり。それこそ美音坊の腕の見せどころだね」
「うわー、どうするお姉ちゃん、もっとハードルが上がっちゃったよ!」
口ではそんなことを言いながら、馨はけっこう面白がっている。おそらく自分には関係ない、料理を工夫するのは姉の仕事、とでも思っているのだろう。
やれやれ……と思いつつ美音は乾物入れを覗き込む。期待に応えて――というわけではないけれど、そろそろ次の料理を出す頃合いだ。
ちょっと考えたあと、美音が開けたのは鯖の水煮缶だった。汁気を切ってボウルに移し、細かく崩しながら馨に声をかける。
「馨、梅干しを潰しておいて」
「はいはーい!」
馨はふたつ返事で壺から梅干しを取り出し、早速包丁で叩き始めた。冷蔵庫に残っていた長ネギを千切りにし、水にさらしたところで梅干しの用意も完了。
潰した梅干しを白出汁でのばし、醤油を一垂らし。あとはネギと崩した鯖をあえれば、鯖缶の梅和えの出来上がりだった。
「これは……ビールより酒だな!」
「ご名答です。さて、馨、お酒は……?」
そう言いながら、美音は挑むように馨を見た。
「おっ! 今度は馨ちゃんのお手並み拝見か!」
茂先生は、馨が日本酒について勉強を始めたことを知っているらしい。おそらくシンゾウあたりから聞いたのだろう。
馨は、うっ……と小さく呻いたあと、日本酒が入っている冷蔵庫の前にかがみ込んだ。
「抜き打ちテストとは厳しいね、美音坊」
ウメがにやにやしながら見守る中、馨はようやく一本の酒を選び出した。
「よし、これだ!」
えいやっとばかりに馨が取り出したのは『信濃錦 純米 かかしラベル』、長野県伊那市にある宮島酒店が造る酒だった。宮島酒店は『美味と安心』を理念にし、すべての酒に無農薬あるいは低農薬で栽培された酒造好適米を使い、濃厚かつ芳醇、米の旨味をしっかり生かした味わいの酒を造っている。中でも『信濃錦 純米 かかしラベル』は力強いコクと、米の旨味を包み込む適度な酸味を持つ酒である。
酒瓶を持ったままこちらを窺っている馨に、美音はにっこり微笑んだ。
「茂先生、召し上がってみてください」
早く注ぎなさい、とばかりにグラスと枡を用意する。それは美音の『合格』の証だった。
詰めていた息をフーッと吐き出し、馨は嬉しそうに酒を注ぐ。
目の前に出されるのを待ちかねたように茂先生はグラスに口をつけ、続いて鯖缶の梅和えを一口……
「これはさっぱりしてていいな。ネギの食感もしゃきしゃきしてるし……何よりこの酒、キレがすごい! この料理にぴったりだ!」
「でしょー! 絶対合うと思ったんだ!」
馨は得意満面で鼻を膨らませる。本当はこの酒はさっぱりしていようと、濃厚であろうと、どんな味わいの肴であっても合わせられる。鯖缶の梅和えだって、実を言えばビールにもぴったりの肴なのだ。でも、わざわざそんなことを告げて馨をがっかりさせる必要などなかった。
鯖缶の梅和えは普段の品書きはおろか、本日のおすすめにだって入っていない。その場で突発的に作った肴に合う酒を選ぶのは大変だ。いつだったかのデビュー戦で『春らしい酒』という注文を受けたときのように、ラベルや美音が並べておいた酒瓶の順番を参考にするわけにはいかない。それでもなんとか酒を選ぶことができた。しかも、その酒を茂先生は『ぴったりだ』と評した。そのことが、美音はとても嬉しかった。
「偉いねえ、馨ちゃん。日進月歩だ」
「へへ……ありがと、ウメさん」
ウメからも褒められて、馨はさらに嬉しそうに笑う。そして、ウメのグラスに目をやり、焼酎の梅割りがほとんどなくなっていることに気付いた。
「お姉ちゃん、ご飯のおかずにできそうなものを作ってあげてよ」
それ、二杯目だからそろそろ締めにしたいよね? と確認され、ウメはこっくり頷いた。
「ありがと、ちょうど考えてたとこだよ」
ではでは……とばかりに美音が取り上げたのは、フレーク状のツナ缶だった。
みじん切りにした玉葱をフライパンで炒め、軽く油を切ったツナ缶を投入。ささっと炒めたあと、ケチャップとカレー粉、最後に塩胡椒で味を調える。店中に広がるカレー粉の香りに、ウメがうーん……と唸った。
「はい、『お急ぎツナカレー』完成です。ご飯でもパンでもOKですけど……」
「ご飯、ご飯!」
「ですよね」
ウメの胃袋に合わせた小盛りのご飯に、炒め上がったツナカレーを添える。ゴクリと生唾を呑み込んだ茂先生には、これまた乾物入れから出したクラッカーを添えて出す。
ふたりは早速、それぞれの皿を攻略し始めた。
「カレーって鍋で作るもんだと思ってたよ」
「いやいや、本場のカレーはこんな奴のほうが多いぞ」
和気藹々と会話を交わしながら、カウンターのふたりは皿を空にした。
「ごちそうさん。いや、意外な料理をありがとう。『ぼったくり』の底力を見たよ。万が一、災害に見舞われることがあったらみんなにも是非……」
「そんな機会なくていいよ~!」
「だよなー!!」
炊き出しに忙殺される自分たちを想像して馨が上げた悲鳴に、豪快な笑い声がわき起こった。
†
「じゃあ、お姉ちゃん、行ってきまーす!」
元気な挨拶を済ませ、馨が出かけていったのは秋休み初日、土曜日の朝八時ちょうどだった。
哲と馨は目的地を関西に定めたらしい。二泊三日の旅ということで、お目当てはいくつかあるようだが、その最たるものは近頃大人気の某テーマパークである。
馨は、とあるファンタジー映画の大ファンで、是非ともそのアトラクションを体験してみたいと意気込んでいた。お土産楽しみにしててね! とにやにやしながら言ったところをみると、不思議な味のキャンディーでも買ってくるつもりなのかもしれない。
馨はガイドブックをひっくり返しながら、気になるページに付箋を貼りまくっていた。ちらっと覗いてみたら大阪、京都、奈良、そして神戸……と地域はばらばら。あれではさぞやスケジュールを立てるのが大変だろうと思ったけれど、本人は至って楽しそうにしていたから美音がどうこう言う筋合いでもない。
玄関先で、気をつけて、と見送ったあと、美音はやれやれと居間に戻った。
丸々三日もひとりぼっちなんて、馨の卒業旅行以来である。あのときは店を休まなかったから、商店街の人たちや店に来る客と言葉を交わすことができたが、今回はそれすらない。
いつもの日曜日なら、今ごろは馨とふたりで家事に勤しんでいる時分だ。このシャツはどれぐらいの温度でアイロンを掛ければいいのかと訊ねられたり、こっちのジーンズは裾がすり切れてきたからそろそろ新しいものを買ったほうがいいと提案されたり、洗濯ひとつとっても黙ったままでは終わらないのだ。
いつもの家事を黙々とこなしながら、もしかしたら声の出し方を忘れてしまうかも……と妙な不安を覚える。美音は、まさかね、と苦笑し、まずは図書館に出かけることにした。
ずらりと本が並んだ棚の間をいったりきたりして、お酒や料理の本はもちろん、読んでみたかった小説や写真集まで含めて限度冊数いっぱいまで借り出した。けっこう時間がかかったように感じたけれど、図書館にいたのは一時間少々、まだお昼にもなっていない。
料理の本をぱらぱら捲ったり、気になったお酒をインターネットで調べたりしてみても時間は全然過ぎていかなかった。
――いったい何をしよう。近頃この町内で話題となっているショッピングモール――『ショッピングプラザ下町』はまだオープンしていない。十日の月曜日に開業する予定だけれど、初日はすごい人だろう。とてもじゃないが出かける気にはなれない。いっそウメさんの家に行って、猫のクロとでも遊ばせてもらおうか。でもウメさんだって予定がないとは限らない。息子のソウタさん一家と過ごすかもしれない……
携帯電話が着信を告げたのは、美音がそんなことを考えていたときだった。
ディスプレイに『要さん』の文字が躍っている。
「はい」
忙しいと言っていたのに、お昼にもならない時間に電話をくれるなんて……と嬉しく思いながら、美音は通話ボタンを押した。
「君は、いったいおれを何だと思ってるの?」
不満たっぷりの声が耳に飛び込んできて、美音は思わず言葉に詰まる。しかも、要がこんな風に挨拶も抜きで唐突に話を始めるなんて、今までにないことだった。
「え……?」
「まったくもう……」
深いため息が電話越しに聞こえ、美音はさらに困惑する。
「今日から秋休みなんだって?」
「なんで知ってるんですか!?」
要には伝えなかった。引き戸に貼られたお知らせの紙も見ていないはずだ。なぜなら、要が来そうな時間になる前に、美音がこっそり剥がしていたからだ。
馨にお知らせの紙を作らせた翌日、『ぼったくり』に現れた要は、この三連休は全部出勤だ、と嘆いた。
要の勤める会社は、『ショッピングプラザ下町』の建設に関わっており、要はまさにその担当者のひとり。メンテナンスは、オープンイベントが終わったあと、要の会社のサービス部門に引き継がれるそうだが、この三連休の間はまだ要の担当となっていて、不具合に備えて待機していなければならないらしい。加えて、三連休明けの火曜日には他の現場で打ち合わせがある、けっこう遠い現場だから月曜日から泊まりがけで行かなければならないとも……
その話を聞いた時点で、美音は、日帰りぐらいならなんとか、という密かな願望を諦めた。せっかくの三連休、彼に会いたいし、顔も見られないとなったら寂しいとも思う。けれど、要のことだから、美音が連休をひとりで過ごすと知ったら、申し訳ないと思いかねない。なんとか時間を空けようと我武者羅に働くかもしれない。ただでさえ大変な思いをしている人に、今以上に無理はさせられない。
そんなわけで美音は、『ぼったくり』の秋休みについて要に告げるのをやめた。ひとりで過ごす寂しさよりも、要への心配、そしてわがままを言って嫌われたくないという気持ちのほうが大きかった。
いつも遅い時間にやってくる要は、誰かと相客になる可能性は低い。気をつけて見ていたけれど、SNS上の『ぼったくりネット』でも休業の話題は出ていなかった。あの貼り紙を見ていない要が、『ぼったくり』の秋休みに気付くはずがなかった。
電話口からため息まじりの声が聞こえてきた。
「馨さんが連絡くれたよ。『お姉ちゃん、暇してますよ!』って」
「あの子ってばー!!」
「で、なんでおれはそれを君からじゃなくて、馨さんから聞かなきゃならないわけ? おれと一緒にどこか行くとか、何かをするとかいう考えは全然なかったの?」
「だって、忙しいって言ってたじゃないですか! 三日間会社に待機で月曜の夜から出張なんでしょ?」
「そんなものなんとでも……」
「だめです! そう言うのがわかってたから……」
「だから、知らせなかったの?」
せっかく要のことを心配して知らせないようにしたのに馨にばらされるなんて、しかもこんなに怒るなんて想定外もいいところだ。だが実際に彼はとても怒っているし、怒らせたのは自分なのだろう。
「ごめんなさい……」
「頭に来た」
「要さん……」
「悪いと思ってるの?」
「思って……ます」
細切れに肯定した言葉に『せっかく要さんのことを心配したのに……』という不満の色がわずかに滲んだらしい。電話越しに、さらに深いため息が聞こえてきた。
「今どこ? 家にいるんだよね?」
「はい」
「今から仕事をなんとかする。一時間で迎えに行くから」
「だめですってば!」
「問答無用。せいぜいお洒落して待ってて」
「無理です!」
「どっちが? おれと出かけるのが嫌なの? それともお洒落が?」
「お洒落!」
要と出かけるのが嫌なわけがなかった。ただそのためにお洒落をしろと言われても、美音にそんなノウハウはない。いつもアドバイスをくれる馨はとっくに出かけてしまった。
「おれと出かけるのが嫌なんじゃないんだね?」
「当たり前じゃないですか!」
「ならよかった。いいよ、普通で。ただの意地悪だから」
要は言い捨て上等とばかりに電話を切った。
そんなことを正面切って言うなんてあり得ない。あまりのことに、美音は唖然としてしまった。そして数分後、はっと我に返る。
――要さん、迎えに来るって言ったよね? お洒落なんて無理とは言ったけど、やっぱりこのままってわけにはいかないよ。一時間で迎えに行くって、一時間後に会社を出るってこと? それとも一時間後にこっちに着くの? どっちにしても時間がない!
それからの時間は飛ぶように過ぎていった。さっきまで全然進まなかった時計の針が嘘みたいに回る。ワードローブをひっくり返して服を選び、靴や鞄を決めるだけで一時間もかかった。何やってるの私! と泣きそうになりながら、化粧もいつもよりも念入りにする。鏡を覗いて、これってどうなの……? と思っていたとき、外から車のエンジン音が聞こえてきた。
通りに面した窓から覗くと、見覚えのある車が止まっている。オーブントースターを買いに行ったときに乗せてもらったのと同じ車だし、中から降りてきたのも見覚えのある男だった。
「お待たせしました」
慌てて外に出てみると、要は美音の家を見上げているところだった。
「ふーん……」
「なんですか?」
「いや、いかにも君たちらしい家だなあと思って」
こぢんまりして温かそうな家だ、と要は言った。怒ったような声ではなかったことに安心したものの、そうなると今度は別のことが気になってくる。要はなぜ美音の自宅を知っていたのだろう。
「よく……」
「馨さん」
「え?」
「よく家の場所がわかりましたね……って言おうとしてたんだろ?」
「あ、はい、そのとおりです」
「それも馨さんが教えてくれた。おれは君を、お袋の家にも、自分の部屋にも連れていったのに、君は家まで送らせてくれさえしない。場所すら教えようとしないんだからね、おれって随分かわいそうだ」
「だってそれは!!」
そんなの申し訳なさすぎるから……
要は、大抵は『ぼったくり』に来たあとも仕事に戻ると言っていた。店を閉めて片付けて、そのあと家に送ってもらうとしたら何時になるかわからない。
顔を見せてくれただけで美音は十分嬉しいのだから、少しでも早く帰って仕事を済ませ、ゆっくり休んでほしいと願っていたのだ。その思いがちっとも伝わっていなかったことにがっかりして、美音はすっかり俯いてしまった。
ところが、なぜか頭の上からくっくっくっ……という鳩みたいな声が聞こえる。怪訝に思って顔を上げた美音は、要が笑いこけていることに気付いた。
「なんで笑ってるんですか!」
「いや、ごめん。からかい甲斐があるなあと思って」
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