11 / 33
涙
しおりを挟む
【 ヴラシスの視点 】
会場で愛想笑いをしていると第二王子ダリウスが俺の腕を掴んで壁際に連れてきた。
「何ですか」
「早く行け。小娘が外に出たらしい。その後をラバル侯爵家の娘と親戚の男が追いかけたらしい」
「何処に!」
「外なら噴水の方だろう」
ラバル侯爵家の娘コーレリアは一緒に又従兄を連れていた。あいつのエリシアに向ける目は不快だった。
噴水に行くも誰もいない。近くの巡回兵に聞くと目が泳いだ。
「誰も来ていません」
巡回兵の腰にさしていた剣を奪い、急所を蹴り上げ頬に目印代わりの傷を付けた。
噴水の周囲をよく見ると、異様に濡れた場所があり、それは茂みに続いていた。
静かに素早く跡を辿るとコーレリアらしき後ろ姿があって、足元にはドレスから白い脚を伸ばして倒れる女の姿と、その上から覆い被さる男の姿があった。
白い腕に俺の瞳の色の宝石のついたブレスレットが見えた瞬間、剣を男の背中に突き立てた。
「があっ!」
「キャアアアアっ!」
笛を吹くとすぐに近衛が駆け付けた。
「後を頼む」
エリシアを担いで宮廷医の元へ向かった。
助手の女がエリシアのドレスをハサミで切っていく。
「ヴラシス殿下、外でお待ちください」
「エリシアは俺の女だ。何があろうと見届ける」
ジョキッジョキッ
「側頭部を殴られたのか、脳震盪を起こしたようですね。身体は抵抗したり引きずられて出来た擦り傷や打ち身はありますがすぐに治ります。
では、最後に……ご令嬢はご無事でした。未遂です」
「そうか」
「身体が冷えておりますので拭ったら急いで温めます」
「頼む」
そこに父上とダリウスが現れた。
「何事だ」
「エリシアがラバル家の娘と又従兄に襲われていました。状況からするとラバルの娘が命じてエリシアを犯させようとしていました。
ダリウス兄上のおかげで間一髪、エリシアを助けることが出来ました」
「エリシアは」
宮廷医がエリシアの怪我の程度と純潔のままだと報告すると安堵した。
「父上。ラバルの又従兄は多分死んだでしょう。
女の方はその後で顔を殴ったのでどうなったかは知りません。巡回兵は知っていたようですが嘘を吐きました。目印に右頬を縦に切り付けました」
「後は任せなさい」
「女の口を割らせる役目は俺に任せてください」
「それは後で考える。エリシアに付いていてやりなさい」
「はい。
ダリウス兄上、ありがとうございます」
「おまえの婿入り先が無くなったら大変だからな」
俺はエリシアが学園に入学した後、王妃とロイスとダリウスに宣言していた。
“王位に興味はありません。王子として王宮にも残りません。子爵家の娘と結婚して、ゆくゆくは国王となるロイス兄上の臣下として支えになれるよう頑張ります”
エリシアに学園に行かせたのは、王子の婚姻相手は学園卒は大前提だからだ。
そして普通は伯爵家以上との婚姻を結ぶのが王子だが、子爵家ということで王妃は頷いた。
キュアノス子爵は国王陛下の補佐だが、子爵令嬢を王妃にはできない。俺がエリシアを正妻にし、更には婿入りすれば、ロイスとダリウスが死ぬか余程の傷病を抱えない限り俺は国王にはなれない。
自分の産んだ息子達の将来が約束されたのだから、その婿入り先を失うことは避けたいのは当然だ。
翌朝、やっと目を覚ましたエリシアにホッとした。
「…痛い」
「お腹は?」
「空いてる」
「食事を運ばせるから、先に薬湯を飲もう」
痛みを遮断する薬湯を飲ませて手を握った。
「噴水で暴れた後…覚えていないの。どうなったの?」
「やっつけたよ」
「ヴラシスが?」
「俺がやっつけた」
「聞こえたんだ?」
「え?」
「いっぱい“ヴラシス!”って叫んだから」
「……俺のせいだな。ごめんな」
「助けてくれてありがとう。デザートも持ってきて」
「何でも持ってくるよ」
「私、汚れちゃった?」
「…綺麗なままだ。
例え何かが起きても綺麗なままだ」
「ちょっと怖かったかな」
「エリシア…」
ツーっと涙がこぼれ落ちた。
エリシアの涙なんて初めて見た。エリシアが6歳の時から一緒に過ごしてきたが、転んでも叱られても風邪で辛いときも涙を流したことなんか無かった。
頭頂部を縛られて扇子を持って仰げと言われ“善きに計らえ”とオウムの様に繰り返し言ったとき、他にも笑い過ぎたときに涙を浮かべていた程度で、それ以外見たことがない。
抱きしめると素直に抱き付いてきた。
こんな理由じゃなければどんなに嬉しかったか。
会場で愛想笑いをしていると第二王子ダリウスが俺の腕を掴んで壁際に連れてきた。
「何ですか」
「早く行け。小娘が外に出たらしい。その後をラバル侯爵家の娘と親戚の男が追いかけたらしい」
「何処に!」
「外なら噴水の方だろう」
ラバル侯爵家の娘コーレリアは一緒に又従兄を連れていた。あいつのエリシアに向ける目は不快だった。
噴水に行くも誰もいない。近くの巡回兵に聞くと目が泳いだ。
「誰も来ていません」
巡回兵の腰にさしていた剣を奪い、急所を蹴り上げ頬に目印代わりの傷を付けた。
噴水の周囲をよく見ると、異様に濡れた場所があり、それは茂みに続いていた。
静かに素早く跡を辿るとコーレリアらしき後ろ姿があって、足元にはドレスから白い脚を伸ばして倒れる女の姿と、その上から覆い被さる男の姿があった。
白い腕に俺の瞳の色の宝石のついたブレスレットが見えた瞬間、剣を男の背中に突き立てた。
「があっ!」
「キャアアアアっ!」
笛を吹くとすぐに近衛が駆け付けた。
「後を頼む」
エリシアを担いで宮廷医の元へ向かった。
助手の女がエリシアのドレスをハサミで切っていく。
「ヴラシス殿下、外でお待ちください」
「エリシアは俺の女だ。何があろうと見届ける」
ジョキッジョキッ
「側頭部を殴られたのか、脳震盪を起こしたようですね。身体は抵抗したり引きずられて出来た擦り傷や打ち身はありますがすぐに治ります。
では、最後に……ご令嬢はご無事でした。未遂です」
「そうか」
「身体が冷えておりますので拭ったら急いで温めます」
「頼む」
そこに父上とダリウスが現れた。
「何事だ」
「エリシアがラバル家の娘と又従兄に襲われていました。状況からするとラバルの娘が命じてエリシアを犯させようとしていました。
ダリウス兄上のおかげで間一髪、エリシアを助けることが出来ました」
「エリシアは」
宮廷医がエリシアの怪我の程度と純潔のままだと報告すると安堵した。
「父上。ラバルの又従兄は多分死んだでしょう。
女の方はその後で顔を殴ったのでどうなったかは知りません。巡回兵は知っていたようですが嘘を吐きました。目印に右頬を縦に切り付けました」
「後は任せなさい」
「女の口を割らせる役目は俺に任せてください」
「それは後で考える。エリシアに付いていてやりなさい」
「はい。
ダリウス兄上、ありがとうございます」
「おまえの婿入り先が無くなったら大変だからな」
俺はエリシアが学園に入学した後、王妃とロイスとダリウスに宣言していた。
“王位に興味はありません。王子として王宮にも残りません。子爵家の娘と結婚して、ゆくゆくは国王となるロイス兄上の臣下として支えになれるよう頑張ります”
エリシアに学園に行かせたのは、王子の婚姻相手は学園卒は大前提だからだ。
そして普通は伯爵家以上との婚姻を結ぶのが王子だが、子爵家ということで王妃は頷いた。
キュアノス子爵は国王陛下の補佐だが、子爵令嬢を王妃にはできない。俺がエリシアを正妻にし、更には婿入りすれば、ロイスとダリウスが死ぬか余程の傷病を抱えない限り俺は国王にはなれない。
自分の産んだ息子達の将来が約束されたのだから、その婿入り先を失うことは避けたいのは当然だ。
翌朝、やっと目を覚ましたエリシアにホッとした。
「…痛い」
「お腹は?」
「空いてる」
「食事を運ばせるから、先に薬湯を飲もう」
痛みを遮断する薬湯を飲ませて手を握った。
「噴水で暴れた後…覚えていないの。どうなったの?」
「やっつけたよ」
「ヴラシスが?」
「俺がやっつけた」
「聞こえたんだ?」
「え?」
「いっぱい“ヴラシス!”って叫んだから」
「……俺のせいだな。ごめんな」
「助けてくれてありがとう。デザートも持ってきて」
「何でも持ってくるよ」
「私、汚れちゃった?」
「…綺麗なままだ。
例え何かが起きても綺麗なままだ」
「ちょっと怖かったかな」
「エリシア…」
ツーっと涙がこぼれ落ちた。
エリシアの涙なんて初めて見た。エリシアが6歳の時から一緒に過ごしてきたが、転んでも叱られても風邪で辛いときも涙を流したことなんか無かった。
頭頂部を縛られて扇子を持って仰げと言われ“善きに計らえ”とオウムの様に繰り返し言ったとき、他にも笑い過ぎたときに涙を浮かべていた程度で、それ以外見たことがない。
抱きしめると素直に抱き付いてきた。
こんな理由じゃなければどんなに嬉しかったか。
1,152
あなたにおすすめの小説
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!
柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」
『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。
セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。
しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。
だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
つかぬことを伺いますが ~伯爵令嬢には当て馬されてる時間はない~
有沢楓花
恋愛
「フランシス、俺はお前との婚約を解消したい!」
魔法学院の大学・魔法医学部に通う伯爵家の令嬢フランシスは、幼馴染で侯爵家の婚約者・ヘクターの度重なるストーキング行為に悩まされていた。
「真実の愛」を実らせるためとかで、高等部時代から度々「恋のスパイス」として当て馬にされてきたのだ。
静かに学生生活を送りたいのに、待ち伏せに尾行、濡れ衣、目の前でのいちゃいちゃ。
忍耐の限界を迎えたフランシスは、ついに反撃に出る。
「本気で婚約解消してくださらないなら、次は法廷でお会いしましょう!」
そして法学部のモブ系男子・レイモンドに、つきまといの証拠を集めて婚約解消をしたいと相談したのだが。
「高貴な血筋なし、特殊設定なし、成績優秀、理想的ですね。……ということで、結婚していただけませんか?」
「……ちょっと意味が分からないんだけど」
しかし、フランシスが医学の道を選んだのは濡れ衣を晴らしたり証拠を集めるためでもあったように、法学部を選び検事を目指していたレイモンドにもまた、特殊設定でなくとも、人には言えない事情があって……。
※次作『つかぬことを伺いますが ~絵画の乙女は炎上しました~』(8/3公開予定)はミステリー+恋愛となっております。
心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました
er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる