【完結】閨係の掟

ユユ

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奪われた婚約者

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ああ、死ぬんだ。

どんどん引っ張られるように落ちて行くにつれて陽の光が届かなくなり薄暗くなる。

海水が満ちたら息尽きるだろう。


私は義弟の運転する車で姉の転勤先へ向かっていた。
海にかかる橋を渡っている最中に玉突き事故に遭い、押し出されて海に落ちた。

シートベルトを外してドアを開けようとしても開かず、窓も割れなかった。そしてどんどん沈んだ。

義弟は海水が胸元まで来ると私を強く抱きしめた。

「本当は俺、ずっとアリサが好きだった。
俺のオヤジとアリサの母親が再婚して、血の繋がらない姉弟として生活してるうちに、女としてのありさに惹かれた。

ありさが他の男と付き合い出したときも、怒りと悲しみで、ありさに酷い態度をとった。

本当にごめん」

海音かいと

「ありさから意識を背けたくて他の女達と付き合ってはみたけど、全く続かなかった」

「私だってモヤっとしたよ。海音かいとが女の子を部屋に連れ込んではエッチしてるのが分かって、私も彼氏としようと思ったけど、できなかった。ずっと拒否していたら振られちゃったけどね。

22歳でまだバージンだよ。バージンのまま死んじゃうなんて」

「俺は嬉しいよ。
生まれ変わったら ありさの初めてをもらっていい?」

「いいよ。優しくしてね」

「ありさ、大好きだよ。生まれ変わったら必ずありさを探し出す」

「待ってる」



そして私達は海の底で溺死した。





「アリサ・クロネック」

クロネック?

「アリサ・クロネック!」

「は、はい」

明らかに私を見ている。

「事前検査で意識を失うなんて。本番では許されませんよ」

「本番?」

「閨係とは、貴女を選んだ主人の心身を癒せるよう、溜まる性欲を発散できるよう、主人の求めに応じるのが仕事です。

また、経験を積ませることで主人が妻との初夜に戸惑うことの無いよう尽力するのも仕事です。

お相手は第二王子殿下ですよ? 公務なのですからしっかりしてください。

一週間後、貴女方10名の中から殿下に選んでいただきます。分かりましたね?

それまでは閨技の講義を受けなさい。
殿下が初心な娘を望んだら、望み通りになさい。
では、一週間後まで体調を万全にするのですよ」


ベッドに横たわる私に教本を渡して退室して行った。



全て思い出した。

私は海に沈んで死んだありさ。
そしてこの体はアリサ・クロネック。
子爵家の長女で、16歳になったばかりだ。

王族や貴族のいる世界で、顔も日本人顔じゃない。
まるで異世界小説の中の様だ。


さっきの人は王宮侍女長。
私は王子殿下の為の専属閨係候補だ。

この国では王子殿下は成人して婚約し、20歳で婚姻する。その間、無闇矢鱈に他所で胤を撒き散らさないよう専属の閨係を付ける。つまり専属娼婦だ。

女性の成人は16歳、男性の成人は17歳。
今回、第三王子殿下が17歳を迎え、慣例に従い、男爵家と子爵家から閨係を募集した。

王子相手なので貴族に限る。マナーなど基礎教育が成されているからだ。

基本的に避妊薬を使うが、王子が婚姻した後に王子が継続を望めば妾に昇進できる。

妾になれば子も作れる。

閨係になれば給金を得ながら王子の妾になれるチャンスがあるということだ。


私がここに送られたのは後妻と異母妹の企みによるものだ。

子爵である父は私が幼いときに妻を亡くし、直ぐに再婚した。

後妻には娘メリッサがいた。彼女は私の一歳下で異母妹だと紹介された。

つまり父は浮気していたのだ。

後妻から虐められた。
兄は跡取りだから大事にされた。

そして父が亡くなり、兄マークが継承した。
私のデビュー三日後の話だ。
同時に私の婚約者は婚約の解消を告げた。

「君との婚約は父と子爵の約束事だった。
何の得もないし、約束した子爵は天に召された。
だから婚約も解消だ」

「分かりましたわ」

伯爵家からの申し入れに否を言うことはできなかった。兄も忙しくてそれどころではなかったし、義母が解消に積極的だった。


それから二ヶ月後、私の元婚約者と妹が婚約したと聞かされた。

「お姉様、あと六ヶ月でヴィンセント様の子が産まれるの」

メリッサは勝ち誇ったように微笑んだ。


つまり、彼と私の婚約解消は、不貞による重大な過失によるものだった。しかも相手は異母妹。

「ごめんなさいね。
ヴィンセント様は、貧相でつまらなくて婚約者の求めに応じられない出来損ないより、私の方が伯爵夫人に相応しいって仰ってくださるの。
何より孕めることは重要よね?」

「未成年の令嬢に手を出すなんて」

「ふふ。産まれる頃には16歳ですから」

正直、あの厳格な伯爵夫妻が認めたのは信じ難かったけど。

「お似合いよ。不義の子と不貞の男との間に不義の子が産まれるのだもの。不義の純血種ね」

「なんですって!」


それが義母に伝わり、

「私を罵ったらしいわね」

「メリッサが不義の子なのは間違いありませんし、血の繋がった姉の婚約者に股を開いて寝取ったのもメリッサ。そして相手構わず不貞するヴィンセント様。不義の純血種と事実を言ったまでですわ」

「いつからそんな口をたたくようになったの!」

「我慢しなくていいと悟った日からです」

「おまえの様な生意気な小娘の引取先を用意したわ。来週の月曜に登城できるよう度支度なさい」

「王城ですか…明後日出発しなければならないじゃないですか!」

「行かないと罰せられるわよ」

「何故私が王城に?」

「それは惨めなおまえを第二王子の閨係に応募したからよ」

「は!? いつ、応募を?」

「婚約解消して直ぐよ。

もし選ばれなければ、ご隠居でも現役の貴族に嫁がせるか娼館にでも売るわ」




この女もメリッサも計画的に私を不幸にしようとしているのが分かった。

兄に相談するのは無意味だと分かってる。

老人の慰みものになるのも、不特定多数に体を売るのも、王子の閨係も、結局体を差し出し続けなくてはならないことは変わらない。

渡された文書を読むと、閨係は無事に満了すると恩給がもらえると書いてあった。


その夜、お兄様が私を呼んだ。

「閨係を希望したのは本当か」

希望なんかするわけがないのに。

「…はい」

「分かった」

そんなことは、もうどうでも良かった。








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