【完結】高給アクターは夢で癒す

ユユ

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依頼

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徒歩10分ほどの所に目的の施設はあった。3日前に預かったカードキーをかざすとガラス製のドアが開き、エントランスのサーマルカメラで体温を測定した。そして受付を素通りしてエレベーターに乗る。カードキーをかざすと目的の階のボタンが光った。
三階で降り左へ進む。302の前でインターホンを鳴らしてカードキーをかざした。

ピッ ウィーン カチャ
ロックが解除されたのでドアを開けた。

「楓ちゃん、いらっしゃい。大荷物だね」

「お見舞いを持って来ました。春翔さん、起きていて大丈夫なんですか!?」

「まだ大丈夫だよ。寝たきりではないんだ。体力もあるしね。大人しく部屋で普通の生活をしてるってレベルかな。その内寝たきりになる予定だけど。
依頼を受けてくれてありがとう。俺は幸せ者だよ」

「春翔さん、やりたいことは出来るだけ一緒にやろうと思います。お散歩とかゲームとか」

「楽しみだな」

「これ、春翔さんに」

袋から抱き枕とぬいぐるみを出した。ぬいぐるみは2歳児ほどの大きさの薄いピンクのクマで、ソファに座らせた。抱き枕はガチョウ。

「うわ、可愛いな。ピンクのクマが座ってるだけで部屋の雰囲気がこんなに変わるんだね」

「ガチョウも手触り良いですよ」

「楓ちゃんだと思って一緒に寝るよ」

「ガチョウだと思って寝てください。
ところで、今回の依頼は基本の依頼料と評価だけでお願いします」

「つまり?」

「成功報酬はいりません」

「それは駄目だよ」

「春翔さんからは睡眠士の依頼と友人役の依頼をお引き受けすることになりました。しかも空きの日は全て予約してくださるということですよね?そんなに働くと後々大変なんです」

「何が?」

「税金その他諸々です」

「(年収が)上がっちゃうんだ?」

「そうなるはずです。春翔さんとは比べものになりませんが、今でもそれなりに収入があります。あまり上がり過ぎるのもちょっと」

「本気?」

「はい。ご協力いただけませんか」

「いいよ。気が変わったら教えて」

「ありがとうございます」

春翔さんが飲み物の用意をしようとしたので代わった。

「私がやりますね」

「ありがとう」

水の入った電気ケトルのスイッチを入れて、カップとガラス製のティーポットを棚から取り出した。

「春翔さん、何を飲みますか?」

「楓ちゃんが飲みたいものが飲みたい」

「わかりました」

緑茶、ほうじ茶、鉄観音茶、ルイボス茶、他にもハーブティーが数種類。
お茶を淹れている間も視線を感じたが、淹れたお茶をテーブルに置くと春翔さんは嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう」

「いただきます」

「好きな子が自分の住んでいる部屋にいてキッチンに立ってくれるのって嬉しいものなんだな。古臭いかもしれないけど家で待つ愛する人のために頑張って働こうって気になるよ。あ、こんな状況だからって同情をかき集めなくていいからね。
何でこんなことになったのか無駄な事を考えることがある。俺、神様に嫌われるようなこと何かやっちゃったかなって。あ、お菓子もあるよ」

「取ってきます」

「あそこにある。母が楓ちゃんのために買ってきたんだ」

「ありがとうございますとお伝えください」

フィナンシェが小さなバスケットに入っていた。ケーキ屋さんで売られているものだろう。
取ってくると春翔さんは私に1つ手渡ししてくれた。

「俺、酷い男なんだ。
楓ちゃんを悲しませるものは許せないと思っているくせに、俺のことで泣いてくれたら嬉しいなって思ったりして。最期のときに泣いてくれるということは、俺のことをちょっとでも好きでいてくれたってことだろう?」

「そうですよ。私は春翔さんを人として好きです」

「本気にしてもいい?」

「はい」

「楓ちゃんの強い眼差しが好きだ。信念があるところも好きだ。笑った顔も泣いた顔も俺だけが独占したい……なんて、困らせるような事を言って嫌われたくないけど、伝えられるうちに伝えたかった。病気さえしていなければと思うけど、それがなければ出会っていなかったんだよな。せめて完治ができたら全力で口説いたのに、俺の体にはすでに転移があった。治療は続けていたんだけど、新しい治療法も駄目だった。現状維持も難しいみたいだし余命を少し延ばす程度で辛い治療を続けたくない。
日本はさ、人も動物も最後まで諦めずに苦しみ抜いて死ぬのが美徳みたいな雰囲気あるだろう?意味わかんないよ。体も辛いのに、その間に介護の押し付けや金の話を聞かされるんだよ?うちは無いけど。入院している時に他の患者の家族の話が聞こえちゃったんだよね。家族が追い討ちをかけるんだ。
治療もさ、複数の副作用すごいんだよ。人にもよるけどさ。俺は吐き気が一番強く出て本当に辛かったんだ。それなのに最後まで苦しむために治療を受け入れなきゃならないなんて究極の拷問じゃないか?」

「春翔さん…」

「俺は恵まれてる。両親は心配して支えてくれて、意志を尊重してくれて、こんな豪華な施設に入れてもらえた。楓ちゃんの存在にも共感してくれた。
友人は多くはないが厳選された素晴らしい男達だ。死に際の俺に説教したり“手遅れ”なんて言葉を平気で使う。友人の一人は“この恋は手遅れだから距離を置け”と言ったし、別の友人は“残りが見えてる人生なら好き勝手に生きろ”と言うし、“そんなことはいいからサインくれ”とか言う友人もいる。あいつらと楓ちゃんと両親のおかげで幸せな最期を迎えられそうだ。心から感謝している。ありがとう」

春翔さんは深々と頭を下げた。

「郡司さんも心配なさっていましたからメンバーに加えてあげてください」

「嫌だよ、郡司さんは楓ちゃんを口説くから」

「いいえ。事務所にいらした郡司さんは目が充血していました」

「ゴミでも入ったんだよ」

「郡司さんに優しくできたら1つ願いをききますよ」

「本当?」

「できることなら」

「ハグしたい」

「ハグですか?」

「ハグはいいよね?親にも仲間にも子供達にも犬にもするよ?」

思い返せば小児病棟で子供達にハグしていたな。

「わかりました。では春翔さんが郡司さんにするハグと同じハグでお願いします」

「……」

そんな嫌そうな顔をしなくたって……

「そんな顔をしたら郡司さんが可哀想じゃないですか」

「郡司さんは既婚者だよ?」

「可哀想と既婚者は関係ありません」

「郡司さんは仕事ができるけどさ、俺の方がいいよ」

「どんなところがですか?」

「デートにも連れていくし」

「郡司さんの魅力と春翔さんの魅力は違いますので比べてどうこう言えません」

「違うなら好みに沿って選べるよね」

「どちらも選びません。私には交際相手がいますので」

「そこは“春翔を選ぶわ!”って言って抱き付くところだよね」

「ハグは無しでお願いします」

「じゃあキスして」

「お尻叩きますよ」

「それも良いなぁ」

「……」

「状態だからリモコン持って素振りするの止めて。物で叩かれたいわけじゃなくて楓ちゃんの手が触れるのが嬉しいんだ」

「お尻に?」

「全身直接」

「帰ろうかな」

「嘘です…いや、嘘じゃないけど聞かなかったことにして」

その後も春翔さんは話しっぱなしで、疲れたようだったので夜9時には手を握り眠ってもらった。
ガチョウと寝ていて可愛い。写真を撮ったので次来た時に見せてあげよう。



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