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奇跡は起こらなかった
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春翔さんのお見舞いと睡眠士の仕事を繰り返した。しばらくは彼も普段と変わりなかったけど、点滴で繋がれるようになり、顔色が優れない日も出てきて、訪問している途中で治療が入ることも出てきた。
1ヶ月半が経つ頃にはベッドの上から会話をするなんてことも増えて、2ヶ月が過ぎた頃には訪ねても眠っているときもあった。そのあたりから悪化の速度は早まっていった。
この施設に入居する前に郡司さんの勤める会社の製品のCMと他社のCMを撮っていて、ちょうどテレビで流れた頃には麻痺が出て文字を書いたりお箸を持ったりすることができず介助が必要になった。
「かえ…で……」
「ここに居ますよ」
手を握り存在を知らせた。
更に悪化して耳は聞こえ辛くなり、目も見えにくくなった。だから触れて返事をする。別人のような顔をした春翔さんはもう歩くことはできないしものを考えることも難しくなってきた。季節も時間も昨日のことも思い出せなくなりつつあった。
だけど私の名前だけは呼んでくれる。
強い痛みを抑えるために薬で意識が朦朧としている。嚥下も難しくなったが 胃瘻は本人が拒否しているのでしない。スポーツマンらしく筋肉の付いていた体は徐々に痩せてしまった。
彼の手にハンドクリームを塗り、唇に保湿リップを塗り、脚を摩るくらいしかできなくてもご両親は通って欲しいと言った。
入居から86日目、息を引き取った。
急変して直ぐに連絡が届いた。夜中だったので大輝くんが車を出してくれた。呼吸ができなくなったということだった。延命治療の拒否をしているので人工呼吸器は使えない。
私が到着して手を握るのを見届けて、医師が死亡宣告をした。
ご両親は泊まり込んでいて、看取れたようだ。
「楓さん、ありがとうございました。葬儀にもいらしてくださいますか?」
「はい」
「連絡しますね」
「もう少し春翔さんに付き添ってもいいですか?」
この言葉に彼のお母様は泣き崩れてしまった。お父様も嗚咽を漏らした。
看護師さんが点滴などを外し整え終わると、春翔さんの手の上に自分の手を重ねた。まだ普通の温かさのままだったし眠っているだけに見える。
「春翔さん。いつか私をファーストクラスで海外に連れて行ってくれると言ったのを覚えていますか?目的はサッカー観戦だというので断りましたが、やっぱり行きたいです。ついでにCM撮りをして郡司さんの勤める会社に経費で落としてもらおうって言っていましたよね。どうせならホテルは五つ星にしてもらいましょう?」
髪に触れそっと撫でた。
「春翔さん。サッカーのことはわかりませんので目をつぶってキーパーやってください。私がシュートしますから。3回中1回でも防げたらなんでも言うことききますよ?嬉しいですよね?」
やつれた頬に手を添えた。
「春翔さん。どうしてくれるんですか?自分の父親が他界しても涙一つ出そうにありませんが、春翔さんが天に召された今は……どうして……」
“春翔さんが天に召された今は涙が出てしまいます”と言おうとしたけど、それよりもこの感情が勝ってしまった。“どうして死んでしまったんですか”
あまりに泣き続けるので、ご両親が待機していた大輝くんに連絡をした。
10分後、大輝くんが部屋まで私を迎えに来た。
「楓」
「まだっ……」
“まだ温かい”
当然彼の体から熱が逃げていくけど、まだ温かい。
「でも、雪嶋様のご両親がお別れする時間を邪魔しては駄目だ。2時間も独占しているのだろう?帰ろう」
「私……」
「今はただ帰ろう。もう一度会えるから」
「待って」
ベッドに手を付いて春翔さんの頬と額に唇を付けた。会話ができていたときに春翔さんがお別れの時はキスをして欲しいと言っていたから。
「春翔さん、ありがとう。大好きですよ」
ご両親に会釈をして寮に帰った。
数日後の葬儀はあらゆる仕事の関係者や友人親戚がお別れをしに参列した。何故か私は親族席にいて、ご両親の隣に。雪嶋様(お母様)は時々私の背中を摩っていた。
火葬するときは耐えきれずに外に出た。大輝くんが代わりにご両親に立ち会えないことを告げに行ってくれた。とても骨になった春翔さんに向き合うことができなかった。
全てが終わり会社に戻った。先に帰っていた咲希さんと聡さんから、予約済みの依頼をキャンセルするか聞かれたけど、既に今日まで延期をお願いしているので予定通り仕事をすると伝えた。仕事をして少しでも考えないようにしたかったから。
だけど依頼はほぼ夜だけ。
時間がある分、悲しみから逃れられなかった。
1ヶ月半が経つ頃にはベッドの上から会話をするなんてことも増えて、2ヶ月が過ぎた頃には訪ねても眠っているときもあった。そのあたりから悪化の速度は早まっていった。
この施設に入居する前に郡司さんの勤める会社の製品のCMと他社のCMを撮っていて、ちょうどテレビで流れた頃には麻痺が出て文字を書いたりお箸を持ったりすることができず介助が必要になった。
「かえ…で……」
「ここに居ますよ」
手を握り存在を知らせた。
更に悪化して耳は聞こえ辛くなり、目も見えにくくなった。だから触れて返事をする。別人のような顔をした春翔さんはもう歩くことはできないしものを考えることも難しくなってきた。季節も時間も昨日のことも思い出せなくなりつつあった。
だけど私の名前だけは呼んでくれる。
強い痛みを抑えるために薬で意識が朦朧としている。嚥下も難しくなったが 胃瘻は本人が拒否しているのでしない。スポーツマンらしく筋肉の付いていた体は徐々に痩せてしまった。
彼の手にハンドクリームを塗り、唇に保湿リップを塗り、脚を摩るくらいしかできなくてもご両親は通って欲しいと言った。
入居から86日目、息を引き取った。
急変して直ぐに連絡が届いた。夜中だったので大輝くんが車を出してくれた。呼吸ができなくなったということだった。延命治療の拒否をしているので人工呼吸器は使えない。
私が到着して手を握るのを見届けて、医師が死亡宣告をした。
ご両親は泊まり込んでいて、看取れたようだ。
「楓さん、ありがとうございました。葬儀にもいらしてくださいますか?」
「はい」
「連絡しますね」
「もう少し春翔さんに付き添ってもいいですか?」
この言葉に彼のお母様は泣き崩れてしまった。お父様も嗚咽を漏らした。
看護師さんが点滴などを外し整え終わると、春翔さんの手の上に自分の手を重ねた。まだ普通の温かさのままだったし眠っているだけに見える。
「春翔さん。いつか私をファーストクラスで海外に連れて行ってくれると言ったのを覚えていますか?目的はサッカー観戦だというので断りましたが、やっぱり行きたいです。ついでにCM撮りをして郡司さんの勤める会社に経費で落としてもらおうって言っていましたよね。どうせならホテルは五つ星にしてもらいましょう?」
髪に触れそっと撫でた。
「春翔さん。サッカーのことはわかりませんので目をつぶってキーパーやってください。私がシュートしますから。3回中1回でも防げたらなんでも言うことききますよ?嬉しいですよね?」
やつれた頬に手を添えた。
「春翔さん。どうしてくれるんですか?自分の父親が他界しても涙一つ出そうにありませんが、春翔さんが天に召された今は……どうして……」
“春翔さんが天に召された今は涙が出てしまいます”と言おうとしたけど、それよりもこの感情が勝ってしまった。“どうして死んでしまったんですか”
あまりに泣き続けるので、ご両親が待機していた大輝くんに連絡をした。
10分後、大輝くんが部屋まで私を迎えに来た。
「楓」
「まだっ……」
“まだ温かい”
当然彼の体から熱が逃げていくけど、まだ温かい。
「でも、雪嶋様のご両親がお別れする時間を邪魔しては駄目だ。2時間も独占しているのだろう?帰ろう」
「私……」
「今はただ帰ろう。もう一度会えるから」
「待って」
ベッドに手を付いて春翔さんの頬と額に唇を付けた。会話ができていたときに春翔さんがお別れの時はキスをして欲しいと言っていたから。
「春翔さん、ありがとう。大好きですよ」
ご両親に会釈をして寮に帰った。
数日後の葬儀はあらゆる仕事の関係者や友人親戚がお別れをしに参列した。何故か私は親族席にいて、ご両親の隣に。雪嶋様(お母様)は時々私の背中を摩っていた。
火葬するときは耐えきれずに外に出た。大輝くんが代わりにご両親に立ち会えないことを告げに行ってくれた。とても骨になった春翔さんに向き合うことができなかった。
全てが終わり会社に戻った。先に帰っていた咲希さんと聡さんから、予約済みの依頼をキャンセルするか聞かれたけど、既に今日まで延期をお願いしているので予定通り仕事をすると伝えた。仕事をして少しでも考えないようにしたかったから。
だけど依頼はほぼ夜だけ。
時間がある分、悲しみから逃れられなかった。
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