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勘違いした女
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今日はちょっと憂鬱。
「俺が先に入るよ」
「相手は女性ですから私が先に入ります」
ケア長がスライドドアを開けて、私を紹介した。
「愛佳さん、睡眠士の楓さんとサポートの伏原さんが来てくださいましたよ」
ベッドの背もたれに背中を預けた女性は私を見るなりコップを投げ付けた。
カランカラン…
だけど大輝くんが盾になったので無傷だし、コップはプラスチック。末期の患者さんの割には力もありコントロールもいい。大輝くんがいなければ顔に当たっていたはずだ。
「愛佳さん!何てことをするのですか!」
「その女、高い金を巻き上げながら雪嶋さんには色目使ってるのを知らないとでも?」
「愛佳さん!」
「しかも別の男を付き添わせて死にそうな人間のところに来るなんて、最低じゃない!」
「愛佳さん!楓さん、申し訳ありません」
「いいんです」
「はっ!いい子ぶっちゃって。知ってるんだから!雪嶋さんの病室に毎日押しかけてるくせに!車椅子押して散歩なんかして!遺産狙い?彼、お金持ってるもんね。契約金、番組やCMのギャラ、スポンサーからの契約金、他にも収入あるしね。睡眠士なんて違うでしょ?やってることはデリヘルなんでしょ!上手く騙して死ぬ間際に入籍して全部いただくわけだ」
「は? なんだと?」
「大輝くん、大丈夫だから」
最近は依頼で雪嶋さんのお見舞いに来て散歩をしたり話し相手になって夜に睡眠士の仕事をして帰っていた。散歩の時、雪嶋さんはニット帽を被り色付きのメガネをかけていた。それでもわかっちゃったのね…。しかしそれがこんな発想になるの?大輝くんめちゃくちゃ怒ってるじゃない。
「そっちの男とも寝てるんでしょ!汚らわしいから出て行って!」
「では規約通り依頼金の返金はいたしません。失礼します」
ビュン!
「っ!」
彼女が次に投げつけたのはハサミだった。刃が閉じてなくて手で掴んだ大輝くんの皮膚が少し切れてしまった。
「大輝くん、血が」
「大丈夫だ。行こう」
「愛佳さん!!やっていいことと悪いことがありますよ!!」
「…はぁ」
ツカツカと彼女の側まで行きクルリと回った。
「ごめんなさいね、若くて可愛くて健康で。生まれつきだからそんなに怒らないで?あなたの大好きな春翔さんに気に入られちゃってごめんなさい?色目なんか使わなくても愛されちゃうの。でも私の彼氏はあなたが怪我を負わせた人なの。彼は私のことが大好きなのよ。今日はこのまま帰って片手の使えない彼にいろいろしてあげなくちゃ。春翔さんには今日寄れなくなったのはあなたのせいだって伝えるわね」
「なっ!!」
「さようなら~、うふふっ」
「あ゛~ !!!!!」
彼女は狂ったように叫んでいた。
部屋の外に出ると、別の看護師に愛佳さんを預けてケア長が私達を引き留めた。
「あの、相手は末期癌患者ですよ」
「末期癌患者は人を侮辱しても名誉を傷付けても怪我を負わせても構わないと?」
「そういうわけでは…」
「車椅子を押したり手を握って眠りにつかせるだけで財産狙いだのデリヘルだの罵られるのはおかしいですよね。だとしたら看護師さんや介護士さん達は何と言われますか?ここなんかソープなんて呼ばれてしまいますよ」
「あの子も本気でそう思ったわけではないはずです」
「だからなんですか?本気がどうかなんて他人の私には関係ありません。コップを投げ返したりハサミを投げ返したりしなかっただけ慈悲を見せています。ああいう子はハッキリ言わないと駄目なんです。傷付けたら同じように返ってくるとわからせないと。
私達は相手がどれだけ可哀想だろうと何だろうと泣き寝入りみたいなことはしません。商売ですし、すぐに拡散される時代ですから、弊社は理不尽な扱いや契約違反には毅然として対応することにしています。重い病気だからと事実無根の暴言を許せば事実として拡散されるかもしれません。次も依頼してカスハラを繰り返すかもしれません。『アクター』は個人的に依頼人と関わりますので契約違反には厳しく対応すると噂される方が安全なのです。
雪嶋さんの依頼は今日はお休みさせてくださいとお伝えください。被害届も出しませんが、次は今回の分と合わせて出します。よく言い聞かせてください。もう弊社は彼女の依頼を受けることはありません。では失礼します」
「わ、わかりました」
本館に戻り佐藤看護師長をつかまえて事情を説明した。彼女は大輝君の手当てをしながらも少し笑っていた。
「楓さんがそんなことを言うなんて居合わせたかったです」
「恥ずかしいから嫌です。…紹介してくださった佐藤看護師長にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません」
「先にハサミを投げられたのなら仕方ないですよ。しかもとんでもない暴言ですよね。私なら注射器を持つ手が震えちゃいそうです」
佐藤さん、怖い…
「雪嶋さんには謝っておいてもらえますか」
「彼も楓さんのファンだからがっかりするでしょうけど事情を話しておきますね」
「お願いします」
こんなことがあったのに何故か大輝くんの機嫌がいい。事務所に戻り聡さんに報告する大輝くんは余計な報告も添えていた。
「で、楓が俺を彼氏だって言ったんです」
「はぁ~俺が聞きたかったのは惚気じゃなくて報告だけだ。もう分かったから後は任せろ。お疲れさん」
事務所にいた明里ちゃんはニタニタして私達を見ていた。
「俺が先に入るよ」
「相手は女性ですから私が先に入ります」
ケア長がスライドドアを開けて、私を紹介した。
「愛佳さん、睡眠士の楓さんとサポートの伏原さんが来てくださいましたよ」
ベッドの背もたれに背中を預けた女性は私を見るなりコップを投げ付けた。
カランカラン…
だけど大輝くんが盾になったので無傷だし、コップはプラスチック。末期の患者さんの割には力もありコントロールもいい。大輝くんがいなければ顔に当たっていたはずだ。
「愛佳さん!何てことをするのですか!」
「その女、高い金を巻き上げながら雪嶋さんには色目使ってるのを知らないとでも?」
「愛佳さん!」
「しかも別の男を付き添わせて死にそうな人間のところに来るなんて、最低じゃない!」
「愛佳さん!楓さん、申し訳ありません」
「いいんです」
「はっ!いい子ぶっちゃって。知ってるんだから!雪嶋さんの病室に毎日押しかけてるくせに!車椅子押して散歩なんかして!遺産狙い?彼、お金持ってるもんね。契約金、番組やCMのギャラ、スポンサーからの契約金、他にも収入あるしね。睡眠士なんて違うでしょ?やってることはデリヘルなんでしょ!上手く騙して死ぬ間際に入籍して全部いただくわけだ」
「は? なんだと?」
「大輝くん、大丈夫だから」
最近は依頼で雪嶋さんのお見舞いに来て散歩をしたり話し相手になって夜に睡眠士の仕事をして帰っていた。散歩の時、雪嶋さんはニット帽を被り色付きのメガネをかけていた。それでもわかっちゃったのね…。しかしそれがこんな発想になるの?大輝くんめちゃくちゃ怒ってるじゃない。
「そっちの男とも寝てるんでしょ!汚らわしいから出て行って!」
「では規約通り依頼金の返金はいたしません。失礼します」
ビュン!
「っ!」
彼女が次に投げつけたのはハサミだった。刃が閉じてなくて手で掴んだ大輝くんの皮膚が少し切れてしまった。
「大輝くん、血が」
「大丈夫だ。行こう」
「愛佳さん!!やっていいことと悪いことがありますよ!!」
「…はぁ」
ツカツカと彼女の側まで行きクルリと回った。
「ごめんなさいね、若くて可愛くて健康で。生まれつきだからそんなに怒らないで?あなたの大好きな春翔さんに気に入られちゃってごめんなさい?色目なんか使わなくても愛されちゃうの。でも私の彼氏はあなたが怪我を負わせた人なの。彼は私のことが大好きなのよ。今日はこのまま帰って片手の使えない彼にいろいろしてあげなくちゃ。春翔さんには今日寄れなくなったのはあなたのせいだって伝えるわね」
「なっ!!」
「さようなら~、うふふっ」
「あ゛~ !!!!!」
彼女は狂ったように叫んでいた。
部屋の外に出ると、別の看護師に愛佳さんを預けてケア長が私達を引き留めた。
「あの、相手は末期癌患者ですよ」
「末期癌患者は人を侮辱しても名誉を傷付けても怪我を負わせても構わないと?」
「そういうわけでは…」
「車椅子を押したり手を握って眠りにつかせるだけで財産狙いだのデリヘルだの罵られるのはおかしいですよね。だとしたら看護師さんや介護士さん達は何と言われますか?ここなんかソープなんて呼ばれてしまいますよ」
「あの子も本気でそう思ったわけではないはずです」
「だからなんですか?本気がどうかなんて他人の私には関係ありません。コップを投げ返したりハサミを投げ返したりしなかっただけ慈悲を見せています。ああいう子はハッキリ言わないと駄目なんです。傷付けたら同じように返ってくるとわからせないと。
私達は相手がどれだけ可哀想だろうと何だろうと泣き寝入りみたいなことはしません。商売ですし、すぐに拡散される時代ですから、弊社は理不尽な扱いや契約違反には毅然として対応することにしています。重い病気だからと事実無根の暴言を許せば事実として拡散されるかもしれません。次も依頼してカスハラを繰り返すかもしれません。『アクター』は個人的に依頼人と関わりますので契約違反には厳しく対応すると噂される方が安全なのです。
雪嶋さんの依頼は今日はお休みさせてくださいとお伝えください。被害届も出しませんが、次は今回の分と合わせて出します。よく言い聞かせてください。もう弊社は彼女の依頼を受けることはありません。では失礼します」
「わ、わかりました」
本館に戻り佐藤看護師長をつかまえて事情を説明した。彼女は大輝君の手当てをしながらも少し笑っていた。
「楓さんがそんなことを言うなんて居合わせたかったです」
「恥ずかしいから嫌です。…紹介してくださった佐藤看護師長にご迷惑をお掛けしてしまうかもしれません」
「先にハサミを投げられたのなら仕方ないですよ。しかもとんでもない暴言ですよね。私なら注射器を持つ手が震えちゃいそうです」
佐藤さん、怖い…
「雪嶋さんには謝っておいてもらえますか」
「彼も楓さんのファンだからがっかりするでしょうけど事情を話しておきますね」
「お願いします」
こんなことがあったのに何故か大輝くんの機嫌がいい。事務所に戻り聡さんに報告する大輝くんは余計な報告も添えていた。
「で、楓が俺を彼氏だって言ったんです」
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事務所にいた明里ちゃんはニタニタして私達を見ていた。
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