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日記
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貴族学園に入学する歳になったけど入学しないと目の前の高貴な方に告げた。王妃様との時間のはずが予定が延びていて、代わりにいらしてくださっていた側妃のカトリーヌ妃は不思議そうに私を見つめた。
『エリン、どうして行かないの?』
『私は出来が悪く人の何倍も努力をしないと追いつかないので寝てる暇などないといつも叱責を受けております。寝る時間も勉強しなくてはならないのに学園になど行けません』
『誰がそのようなことを?』
『チェディック夫人です。夫人が子供の頃は、私よりももっと早く身に付いたそうです。私の覚えが悪いばかりに夫人の授業はあまり進んでおりません。ですのでとても学園には通えません』
『チェディック夫人ね。夫人は何か勘違いをしているようね。指導とは正しく導くことであって蔑むことではないわ。夫人こそ指導が必要のようね』
『あの、黙認していただけませんか?』
『どうして?』
日記を書いていて、いずれは陛下に見せるか出版でもするつもりだから泳がせていると話したら食い付いた。
『読ませてちょうだい。美味しいデザートをお願いしておくからその日記を持ってきてちょうだい』
『かしこまりました』
数日後にカトリーヌ妃とティータイムをする約束をした。
約束の日にチェディック夫人のことを事細かに書いた日記をカトリーヌ妃に渡した。すると読み進めるほどに険しい顔になっていった。
『怪我をしているんじゃない!』
『たいした怪我じゃありません』
『これは虐待よ!黙っていられないわ!』
『ですが何もして来なければこの日記は将来燃やすことになります。価値あるものにするためにも(虐待のような)指導は今のまま、もしくはレベルを上げていただきたいくらいです』
『でも……』
『王子日記も順調です。噂は届いていらっしゃいませんか?』
『本当にアラン殿下が!?……酷いわ、いくつ(歳が)離れていると思ってるのかしら』
『婚約当時、13歳の王子殿下が8歳に婚約の不満をぶつけるなんてみっともないなとは思いましたが、あの頃からずっと“不敬”と言われないよう笑顔で対応しております』
『あなたは婚約したかった?』
『王家のご意志ですから』
微笑みを崩さぬままカップを持った。
『本当に(学園に)行かないの?』
『そうですね、明日の王子妃教育で夫人の反応を見て最終判断をいたします』
カトリーヌ妃はニッコリ微笑むと、王子が登場する日記も見せてねと仰った。
翌日、相変わらずチェディック夫人は私の頭の上に本を置いた。このままお茶を飲みタルトを食べることになる。毎度だけれどもメニュー次第では本は落ちてしまう。特に落ちやすいタルトは夫人のやる気を感じてしまう。
夫人の思惑通り、タルトを切っていると体が揺れて本が落ちてしまった。
『これでは王子妃なんて夢のまた夢ですよ』
『そうですね』
『バラン嬢は反省しない人なのは知っていますけど、そのような態度では学園でも上手くいきませんよ』
『仰る通りです』
『わかっているのなら反省の態度の示し方を学びなさい』
『お手本を見たことがありません』
『え?』
『夫人が仰る反省の態度というのがどのようなものなのか私にはわかりませんのでお手本を見せてくださいませんか?』
『手本なんかなくてもわかるでしょう』
『出来が悪いのでお手本が必要です』
『ですから、床に膝をついて頭の角度は、』
『出来が悪いので言葉ではよくわかりません』
夫人は椅子から立ち上がると床に両膝をついて頭を少し下げた。
『“申し訳ございません”』
夫人が目を伏せてそのセリフを言っている間に私は静かに立ち上がり夫人の前に立った。
『なっ!バラン嬢!』
それに気が付いた夫人は顔を赤くして目を釣り上げて急いで立ち上がろうとしたが、ドレスの裾を踏んでしまい転倒してしまった。
『そこまで私にできるかしら』
そこまでとは転倒までが手本で、その通りにできるかという意味だ。いずれにしても微笑みの仮面はつけたまま。
『バラン嬢っ!!』
『あら、王子妃教育と聞いていたはずなのに、ここは傭兵の訓練場か何かかしら』
『カ、カトリーヌ妃様っ』
『床に這いつくばったり大声で怒鳴ったり』
『こ、これには理由がっ』
『こんなに見苦しい場面は見たことがないわ』
『バラン嬢が私に……』
夫人はその先の言葉を探していた。側妃とはいえ王子を生んだカトリーヌ妃は陛下ともよくお会いになる。何が伝わるかわからないのに失言はできない。
『まあ、エリンが這いつくばれと?』
『い、いいえっ、反省の態度の手本を』
『ソレか?』
カトリーヌ妃は扇子で口元を隠したが明らかに侮蔑の笑みを浮かべていた。夫人は顔を真っ赤にしてふらつきながら立ち上がった。
『夫人、挨拶が欲しいわ』
『カトリーヌ妃様にクレア•チェディックがご挨拶を申し上げます』
『夫人は怪我でもしたのかしら』
『いいえ』
『カーテシーが美しくないわ。これではエリンが恥をかいてしまうわ。帰ったら鏡の前でカーテシーの練習をなさった方がよろしいわよ』
『っ!! ご忠告痛み入ります』
『エリン、学園に通わないって聞いて驚いたわ』
カトリーヌ妃は伝聞で知った風を装った。
『はい。夫人が納得なさる王子妃教育の成果をお見せできておりませんので、学園は通わないことにいたしました』
『なっ!?
馬鹿なことを言っていないで入学の申し込みをなさい!』
チェディック夫人は慌てて私の腕を掴んだ。
『チェディック夫人、エリンに敬意を払いなさい。今は雇われて教える立場にいて勘違いをしているようだけど、エリンの方が格上なのよ』
『わ、私は、』
『立場を履き違えてはいけないわ。エリンは未来の王妃になるけどあなたの立場は変わらないでしょう?あなたはエリンに仕える身なのではなくて?』
『仰る通りでございます』
そう返事をしたチェディック夫人は言葉に伴わない感情が隠しきれていなかった。
『カントール家のご令嬢が王子妃に選ばれることはないわ。今のうちに悪巧みは諦めた方が身のためよ』
『ご、誤解でございますっ、カトリーヌ妃様』
『そうかしら。
エリン、国王陛下が学園のことで話をなさりたいそうよ。行きましょう』
『チェディック夫人、授業の途中ですが失礼いたします』
今度は血の気の引いた夫人に挨拶をしてカトリーヌ妃と退室した。
『エリン、どうして行かないの?』
『私は出来が悪く人の何倍も努力をしないと追いつかないので寝てる暇などないといつも叱責を受けております。寝る時間も勉強しなくてはならないのに学園になど行けません』
『誰がそのようなことを?』
『チェディック夫人です。夫人が子供の頃は、私よりももっと早く身に付いたそうです。私の覚えが悪いばかりに夫人の授業はあまり進んでおりません。ですのでとても学園には通えません』
『チェディック夫人ね。夫人は何か勘違いをしているようね。指導とは正しく導くことであって蔑むことではないわ。夫人こそ指導が必要のようね』
『あの、黙認していただけませんか?』
『どうして?』
日記を書いていて、いずれは陛下に見せるか出版でもするつもりだから泳がせていると話したら食い付いた。
『読ませてちょうだい。美味しいデザートをお願いしておくからその日記を持ってきてちょうだい』
『かしこまりました』
数日後にカトリーヌ妃とティータイムをする約束をした。
約束の日にチェディック夫人のことを事細かに書いた日記をカトリーヌ妃に渡した。すると読み進めるほどに険しい顔になっていった。
『怪我をしているんじゃない!』
『たいした怪我じゃありません』
『これは虐待よ!黙っていられないわ!』
『ですが何もして来なければこの日記は将来燃やすことになります。価値あるものにするためにも(虐待のような)指導は今のまま、もしくはレベルを上げていただきたいくらいです』
『でも……』
『王子日記も順調です。噂は届いていらっしゃいませんか?』
『本当にアラン殿下が!?……酷いわ、いくつ(歳が)離れていると思ってるのかしら』
『婚約当時、13歳の王子殿下が8歳に婚約の不満をぶつけるなんてみっともないなとは思いましたが、あの頃からずっと“不敬”と言われないよう笑顔で対応しております』
『あなたは婚約したかった?』
『王家のご意志ですから』
微笑みを崩さぬままカップを持った。
『本当に(学園に)行かないの?』
『そうですね、明日の王子妃教育で夫人の反応を見て最終判断をいたします』
カトリーヌ妃はニッコリ微笑むと、王子が登場する日記も見せてねと仰った。
翌日、相変わらずチェディック夫人は私の頭の上に本を置いた。このままお茶を飲みタルトを食べることになる。毎度だけれどもメニュー次第では本は落ちてしまう。特に落ちやすいタルトは夫人のやる気を感じてしまう。
夫人の思惑通り、タルトを切っていると体が揺れて本が落ちてしまった。
『これでは王子妃なんて夢のまた夢ですよ』
『そうですね』
『バラン嬢は反省しない人なのは知っていますけど、そのような態度では学園でも上手くいきませんよ』
『仰る通りです』
『わかっているのなら反省の態度の示し方を学びなさい』
『お手本を見たことがありません』
『え?』
『夫人が仰る反省の態度というのがどのようなものなのか私にはわかりませんのでお手本を見せてくださいませんか?』
『手本なんかなくてもわかるでしょう』
『出来が悪いのでお手本が必要です』
『ですから、床に膝をついて頭の角度は、』
『出来が悪いので言葉ではよくわかりません』
夫人は椅子から立ち上がると床に両膝をついて頭を少し下げた。
『“申し訳ございません”』
夫人が目を伏せてそのセリフを言っている間に私は静かに立ち上がり夫人の前に立った。
『なっ!バラン嬢!』
それに気が付いた夫人は顔を赤くして目を釣り上げて急いで立ち上がろうとしたが、ドレスの裾を踏んでしまい転倒してしまった。
『そこまで私にできるかしら』
そこまでとは転倒までが手本で、その通りにできるかという意味だ。いずれにしても微笑みの仮面はつけたまま。
『バラン嬢っ!!』
『あら、王子妃教育と聞いていたはずなのに、ここは傭兵の訓練場か何かかしら』
『カ、カトリーヌ妃様っ』
『床に這いつくばったり大声で怒鳴ったり』
『こ、これには理由がっ』
『こんなに見苦しい場面は見たことがないわ』
『バラン嬢が私に……』
夫人はその先の言葉を探していた。側妃とはいえ王子を生んだカトリーヌ妃は陛下ともよくお会いになる。何が伝わるかわからないのに失言はできない。
『まあ、エリンが這いつくばれと?』
『い、いいえっ、反省の態度の手本を』
『ソレか?』
カトリーヌ妃は扇子で口元を隠したが明らかに侮蔑の笑みを浮かべていた。夫人は顔を真っ赤にしてふらつきながら立ち上がった。
『夫人、挨拶が欲しいわ』
『カトリーヌ妃様にクレア•チェディックがご挨拶を申し上げます』
『夫人は怪我でもしたのかしら』
『いいえ』
『カーテシーが美しくないわ。これではエリンが恥をかいてしまうわ。帰ったら鏡の前でカーテシーの練習をなさった方がよろしいわよ』
『っ!! ご忠告痛み入ります』
『エリン、学園に通わないって聞いて驚いたわ』
カトリーヌ妃は伝聞で知った風を装った。
『はい。夫人が納得なさる王子妃教育の成果をお見せできておりませんので、学園は通わないことにいたしました』
『なっ!?
馬鹿なことを言っていないで入学の申し込みをなさい!』
チェディック夫人は慌てて私の腕を掴んだ。
『チェディック夫人、エリンに敬意を払いなさい。今は雇われて教える立場にいて勘違いをしているようだけど、エリンの方が格上なのよ』
『わ、私は、』
『立場を履き違えてはいけないわ。エリンは未来の王妃になるけどあなたの立場は変わらないでしょう?あなたはエリンに仕える身なのではなくて?』
『仰る通りでございます』
そう返事をしたチェディック夫人は言葉に伴わない感情が隠しきれていなかった。
『カントール家のご令嬢が王子妃に選ばれることはないわ。今のうちに悪巧みは諦めた方が身のためよ』
『ご、誤解でございますっ、カトリーヌ妃様』
『そうかしら。
エリン、国王陛下が学園のことで話をなさりたいそうよ。行きましょう』
『チェディック夫人、授業の途中ですが失礼いたします』
今度は血の気の引いた夫人に挨拶をしてカトリーヌ妃と退室した。
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