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本来の持ち主へ
しおりを挟む父上は困り果てた顔をして、兄上の状況を口にした。
「神父が、神に仕えるということはどういうことなのか説明したのだが、聞き流している気がするんだよ。“ここで神に仕えます”としか言わないんだ」
「長男に対し判断を下せないのは、夫人が諦めきれないからですね?」
「そうなのです。
ですが元々上手くいっていませんでしたし、一度帰って話し合うということもせず、相手の迷惑も考えずに押しかけ続けるモーガンを許してはいけないのは承知しています。
妻の涙についズルズルと……はぁ」
「侯爵。我が子ならばどんな性質の子でも継げるというものではありませんよ。
夫人が泣こうが喚こうが関係ありません。夫人も生まれたときから貴族教育を受けて知っているはずです。夫人はご自分の涙で侯爵が強く出ることができないことを知っていて利用しているだけです。フレデリックが支えてくれるはずだと、本来のフレデリックのものまで奪って自分に似た子を優先させています。違いますか?」
エレノアの兄ギリアスは、冷静な目を持っていた。
ちょっと馬鹿だと思っていたのに…これは意外だった。
「…無垢そうな涙の裏には利己的で、夫からも息子からも搾取をしているのです。夫人の偏愛に一つも良い部分などありません。
侯爵も決断できないのであれば、さっさとフレデリックに全てを渡して、夫人と長男と例の町で暮らせばいいのですよ。義務を果たさなかった元貴族として」
それは俺にも言えよう。
兄モーガンは貴族に向かない。平民にも向かない。
夢の国で生きているような人だ。
彼には悪意がない。かと言って善人とは言えない。相手のためを思って何かをするという考えが存在しない。優しさに見えるものは、自分が可哀想だと感じたからであって、深く考えていない。寝れば忘れる程度だ。
そんな男でも血の繋がった兄で、俺に意地悪などしたこともない。いつも笑顔で接してくれた。悪意のない者を相手に鞭を振るうことは俺にはできなかった。罪悪感との戦いになるからだ。だから跡継ぎの座を譲り、支えてやればいいかと思っていた。
だが、客観的に見ればギリアスが正しい。
特に領地をもつ侯爵位を継ごうというのなら、不出来でも後継者教育に真摯に取り組むべきだ。
兄の妻は他所の血族。彼女も兄を客観的に見てしまい、他の男に目を向けてしまったのだろう。
純粋そうに見える母上も他人から見れば利己的か…。
「父上。そんなに神に仕えたいと主張するのであれば除籍して教会本部に預け最下層から修行させるべきです。あの町の教会に拘るのなら、それは神に仕えたいからではありません。好きな女の側にいたいと駄々をこねた俗物です。
いくらなんでも貴族としてすべきことは分かっているはず。それでも己の欲望を通そうとするのなら、甘い汁は与えないことです。
しかも領内で起こしているのです。領民の目があります。厳しい判断をなさらないと領民が不満を募らせます。
母上は侯爵夫人です。侯爵家のために動けないのなら退がらせるべきです。そしてそれは自身が選択したことだと分からせるべきです。
父上も父親として夫としての温情は終わりにして侯爵として判断をしませんか」
「そうか…そうだな」
翌日 兵士を連れて出掛けた父上は、兄を縛って連れて帰って来た。
母上は泣いている。
ギリアスも立ち合い、家族会議が始まった。
「私は妻可愛さに現実から目を背けていた。だがそれは間違いだった。
モーガン。神に仕えたいというのは本気だな?」
「はい!父上」
「いいだろう。神に仕えるといい」
「ありがとうございます、父上!」
「あなた!」
「おまえは黙っていろ」
「っ!」
「神に仕えるには修行が必要だ。明日、教会本部へ向かいなさい」
「え?」
「手を挙げて“はい なります”と言えば誰でも教会にいられるとでも?
本部で審査を受けて修行しながら下積みをするものだ。あの町の神父もそうした。
あの教会でなければ神に仕えることができないなんてことはありえない。国中に教会は存在するのだからな。
何にせよ、修行からだ」
「わ、私はあの教会で、」
「追放するぞ?」
「父上!?」
「おまえがやっていることは迷惑以上のことなのだ。どうせ言っても分からないだろう。
とにかく、修行無しであの教会に執着するなら追放する」
「でも、私はスタンサー家の息子です」
「義務を放棄したくせに都合のいいことを言うな。
息子だから神に仕えることを許してやったのだ。感謝すべきだろう?
異議は受け付けない。決定事項だ。
フレデリックに引き継ぎ、私は責任を取って隠居する。我儘な妻の面倒を見なくてはならないからな」
「あなた…今 私のことを我儘だと仰ったの!?」
「侯爵夫人としての振る舞いは出来ていないし、明らかに相応しくないモーガンを跡継ぎにしようと必死だ。涙は使いすぎると効果を失う。不満なら永久に実家に帰っていいぞ」
「っ!!」
いつもなら涙を見せる母上だが、悔しそうだ。
兄上は驚いた顔のまま固まってしまった。
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