【完結】そろそろ浮気夫に見切りをつけさせていただきます

ユユ

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警笛

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婚姻から2年、グラソン公爵夫人として屋敷を纏めている。ジュリアンとの時間もたくさんとって幸せに暮らしていた。

雪が溶けグラソンが賑わいだした頃、突然ディミトリが帰省した。
ディミトリの担当使用人がバタバタと慌てて受け入れ用意を始めた。

夫クロードと顔を見合わせると、クロードはディミトリを呼ぶように言った。
呼ばれたディミトリに話を聞いた。

「ディミトリ、どうした?」

「……」

何も応えぬままでいる。
だが学園は長期休暇の時期ではない。まだ何ヶ月も先だ。ここに居るということは欠席になっているはずだ。

「説明してくれなくては分からない」

「……行きたくありません」

「学園に通いたくないということか」

「……」

「説明しろ」

「……」

結局何も語らぬまま数日が過ぎた頃、マクシミリアン・ホイットン侯爵からクロード様宛に手紙が届いた。

侯爵の姪がディミトリと同級生で何があったか教えてくれたらしい。
やはり貴族の子として育てられた学生達は大人顔負けの会話を繰り広げる。それにディミトリは順応できなかった。馬鹿にされたと思ったディミトリは癇癪持ちの様に騒ぎ立て、遠巻きにされてしまった。
進級はしたものの勉強にも身が入らなかった。
つまり逃げてきたのだ。


「だから言っただろう」

「あいつらがおかしいのです。まわりくどい言い方だけじゃなく馬鹿にした様な物言いが気に入らない。公爵家の息子に向かってあり得ません!」

「それが貴族だ。学園の生徒達が誰一人 特有の話し方を変だと思っていないと思うか?嫌でもやっているんだ。それは大人になってから家門と自分の身を守る為だ。
お前の様に一々顔に出ていたら簡単に意思を読み取られてしまう。そこを突かれてどんどん追い詰められるぞ。そして感情抑制が出来ないと誰もついて来ない。
ディミトリ。命の危険がない限り、卒業するまでグラソンに戻るな」

「……」

ディミトリは王都に戻ったが、その後 休みがちになり留年した。一年下の子達との学園生活が恥ずかしかったのか学園に通わなくなり、理由の無い長期欠席のため退学になった。

また雪の季節を終えてクロード様は私を連れて王都へ向かった。



【 ディミトリの視点 】

領地の貴族達とはこんなことにはならなかった。
今じゃ公爵家の息子に向かって男爵家の子まで私を避ける。

もう顔の判別もつかない。皆 嘲笑うかの様な笑みの仮面を付けた学生に見えてしまう。
ホイットン邸に戻っても同じだった。

もう勉強など身に入らず、息を潜めていた。

ある日の登校時、教室に近寄ると話し声が聞こえてきた。

「昨日のダンスの授業、酷かったよな」

「公爵家なのに先生もつけてもらえなかったんだな」

「雪のせいじゃなくて金がないんじゃないか?」

「そんなわけがないだろう。金だけはあるさ」

「なんか何のオーラも無いのよね。平民の服を着たら直ぐに平民街に溶け込むと思うわ」

「確かに」

「すぐ声を荒げるしな」

「野蛮な感じがするのよね」

「長男でしょう?世代交代したらどうなっちゃうのかしら」

「近寄らない方が賢明だな」

教室に入らず屋上で時間を潰し、予鈴で教室に入ると あんな陰口を言っていた奴等は何事もなかったように挨拶をしてきた。

得体の知れないものに囲まれている気分だった。

うっ!

吐き気を催してトイレに駆け込んだ。
全て出し、仕方なく教室に入ると、私の顔色の悪さに教師が医務室へ行くよう促した。

それは何日も続き、ついには学園に通えないほどになってしまった。

ホイットン侯爵夫妻にもいろいろと聞かれ説得されたが 期待には応えられなかった。
本当に身体が怠くて眩暈がして食欲がなくて眠れない。教室に入ろうとすると胃の中のものが込み上げるんだ。だけど信じてもらえなかった。

“留年”

歳下の子達とまた繰り返さなくてはならないのか。それに元同級生の好奇の目。耐えられなかった。

全く通えず退学になってしまった。
父上に何んて言おう。また叱られる。それに具合が悪くなるなんて信じてもらえない。そう思うと憂鬱で、グラソンに帰ることを躊躇っていた。

だがホイットン侯爵が父上に手紙を出したようで王都に来るらしい。


10日後、窓の外を見るとグラソン家の馬車が停まって、中から父上とあの女が降りてきた。

これをチャンスに私を攻撃するつもりなのだろうと思った。跡継ぎから外すよう助言するとか、またはその上でグラソンから追放でもするつもりなのか。しばらくするとメイドが呼びにきて、応接間に連れて来られた。父上の顔は険しい。

父「どういうことなのか説明しろ」

頭が回らない。

父「ディミトリ」

私「学園で…」


入学してから退学までのことをありのままに話した。それしかできなかった。

父「だから言っただろう。感情の抑制は必須だと」

私「……」

父「それを具合が悪いと言って逃げるなんて」

私「本当に具合が、」

父「就職先を探そうにも学園を出ていなければ良い働き口は見つからないだろう」

私「就職先!?」

父「当主を目指すなら学園は出ていないと駄目だ」

私「……」

父「伝を使ったら簡単に辞めたり休んだりできないがどうする?それとも自分で探してみるか?」

私「どうしても私を追い出したいのですね」

父「ディミトリ。グラソンは特殊な環境なのは知っているだろう。感情の抑制ができず冷静に立ち回れないようでは無理だ」

誰も信じてくれない。父上でさえも。

私「分かりまし、」

エ「待って」

あの女が立ち上がり私の隣に座ると、手に触れ頬に触れ 腰回りに触れた。

私「止めてくれ」

エ「グラソンに帰るわよ」

やっぱりな。

エ「ディミトリ、聞いているの?」

私「聞いてるよ」

エ「グラソンに帰るわよ。慌てなくていいから、後で荷造りを始めなさい」

え?

父「エレナ?」

エ「ディミトリは確かにそういう面を持っていますが、今の彼を突き放してはいけません」

父「だが、」

エ「ディミトリは適応できなくて身体が代わりに悲鳴をあげているのです。このまま就職させるなんて危険です。もしかしたら自分に合う職場に巡り合うかも知れませんが確率は低いでしょう。今は後でも出来ることよりも側にいて安心させてあげないと」

父「安心?」

エ「手も冷たくて、成長はしているけど痩せているようにも見えるし唇も荒れているし、肌も荒れているわ」

私「どうして分かったの」

エ「昔ね、仲良くしていた縁戚の令嬢がある家門に嫁いだの。数年後に再会したときどこかおかしかったの。“ちょっと眠れていないだけ”と言っていたわ。その数日後に手紙が届いて、楽しかったということと今までの感謝の言葉が綴られていた。急にどうしちゃったのかなって思っていたら直ぐに訃報が届いたの。彼女は命を絶ってしまった」

私「……」

エ「あの手紙は彼女の最期の言葉が書いてあったのよ。あれを書いた時には毒を飲むことを心に決めていたのね。

私は彼女に何があったのか知りたくて調査を入れたら、彼女の死後に辞めたメイドの存在を知ったの。もしかしたら自殺ではなくメイドの仕業かと思ったけど違った。彼女の夫は無関心で無口、義母は執拗な嫁いびりをしていた。彼女の個人的な都合で人に会うことも許されなかった。

辞めたメイドを掴まえて詳細を聞いたら、彼女がどんな目に遭っていたのか知ることができた。そして体調も。
疲れた顔をして肌艶が良くなくて唇が荒れていて。それは食事が喉を通らなくてよく眠れないから、そして時々吐き戻してしまうから。

彼女が誰かに会うのは、火に油を注ぐ行為だった。だけど彼女は私を選んでくれた。メイドには“どうしても会いたい人に会ってくる”と言ったそうよ。だけど戻ると叱責が待っていた。

その夜にメイドが知らなかったことが起きたの。
反省部屋と呼ばれる納屋の中の 部屋とも呼べない空間に彼女は押し込まれて、メイドが屋敷の窓から納屋の方を見ると灯りがついていた。だから夕食を口にしていない彼女のために軽食を運ぼうとして近寄ったら叫び声が聞こえて、聞き慣れた男の声も耳にしたメイドは隙間から覗くと、義父が嫌がる彼女を押さえ付けて襲っていたのよ。

立ち竦んでいると、メイドの直ぐ横に義母が立って屋敷の中に入れと命じたの。屋敷に戻ったメイドが納屋から近い廊下の窓から見ていたら、結局灯りが消えるまで義母は納屋の前に立っていたそうよ」

ク「酷いな」

エ「メイドは気付いてしまったの。彼女と夫の間に生まれた子が、どちらかというと義父に似ていると。
彼女の夫は自分の父親と寝て子を成す妻だから冷たかった。義母は自分の夫と寝る嫁だから苛めた。
誰も彼女を助けなかった。

メイドは彼女の専属になって1ヶ月足らずだったから その夜に初めて知ったのね。後で前任のメイドに聞いたら、初夜から義父が彼女を襲っていて、夫とは一度も無かったと教えてくれた。
そして彼女が亡くなって、メイドも耐えられなくて辞職した」

私「……」

エ「貴方の体が悲鳴をあげているの。
一緒に帰りましょう」

私「っ……」

エ「大丈夫、大丈夫よ。辛かったわね」

涙が滝のように流れ出る私をエレナが抱きしめた。
温かい…母にも抱きしめてもらったことが無かった。

私「ひど…い…こと…言って…ご…めん」

エ「分かった。怒っていないから大丈夫よ」

私「っ……」



翌日、ホイットン侯爵夫妻に謝罪と感謝を伝えてグラソンに帰った。

道中、エレナは私の手をずっと繋いでいた。
流石に父上の目線が痛くて放そうとしたが、エレナがそれを許さない。

「小さな手だな」

「そこは“可愛らしい手だな”って言わないとね」

言ったら父上が怒るだろう…

“父上、私はライバルにはなりませんから安心してください”という気持ちを込めて父上を見ても通じない。腕を組み外の景色を見ているフリをしてチラチラとこちらを見張っている。

「プッ」

「どうしたの?」

「父上が面白くて」

「え?そうなの?」

エレナは父上をじっと見て、何が面白いのか探ろうとするが、父上は照れ臭そうに目を泳がせた。
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