【完結】ずっと好きだった

ユユ

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未来の失効2

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【 エヴァンの視点 】


数カ月前、
ミーシェとライアンが帝国に行ってから眠れない日々が続いていた。
食事も味がしない。

学園へは真面目に通った。
その中で、王子教育を受けている私や高位貴族が中心となって、下級生の指導係になった。

その中に顔見知りの令嬢がいた。
彼女も時折、父親と登城していた令嬢達の内の一人だった。

彼女は他の令嬢とは違い挨拶をするだけ。
学園で会った時もそうだった。

伯爵家から侯爵家に養女になった彼女は困っていた。他の令息令嬢達より知らなかった。

ミーシェも侯爵令嬢になって困ったことがあったかもしれないと、重ねて見たのは確かだが、これまでの彼女の態度から下心など見えなかった。だから声をかけた。

『分からないことがあれば聞きに来るといい』

『ご迷惑にならないように頑張ります』

それからクラスまで聞きに来た。
最初は初歩的なことだった。
恥ずかしそうにしていたから、きっと他の子に聞き辛くて私の所に来たのだろうと思った。

教えたことはすぐに出来るようになり、段々と質問も高度なものへと近付いていた。

そんなある日、

『私、養女になる前はケイトという名前だったんです。養女になるときにケイトリンという名になりました。
養女は大人が決めたことで、従うのは当たり前なのですが、もう誰もケイトと呼んてくれないのです。

ケイトという名は亡くなった祖母がつけてくださった名で、私は祖母が大好きでした。
名前だけは変えたくなかったのです』

『ではケイトと呼ぼう』

『ご迷惑ではありませんか?』

『そのくらい大丈夫だ。それに学園にいる間の数ヶ月だけ。卒業したらフェゼノア侯爵令嬢と呼ぶことになるが、構わないか?』

『ありがとうございます。祖母も喜びます』

環境の変化に苦しみながら懸命に努力する令嬢の涙を放ってはおけなかった。



数ヶ月後、やっとミーシェ達が帰って来た。
なのに会うことは出来ず、登校を再開しても別行動だった。

『エヴァン、フェゼノア侯爵令嬢の担当を外れてください』

『何故だ』

『距離が近く感じます』

『ケイン、彼女は無害だ。一生懸命な後輩を無下にしたくない』


待ち伏せしてもサックス邸に手紙を出しても試験に向けて専念したいと断られ続けた。

『エヴァン、フェゼノア侯爵令嬢の指導は皆と一緒に出来ませんか?』

『ジスラン、彼女は伯爵家の出で他の者達に追いついていないんだ。恥をかかせるのは可哀想だろう』


卒業パーティまで一週間を切ったある日、

『ご存知無かったのですか?
ミーシェ様は今の帝王陛下に求婚されたそうですよ。

そういえば、帝国でサックス侯爵令嬢は“お妃様”と呼ばれていたそうです』

は?

『そんなわけは、』

『きっと帝国の使用人達が勘違いをなさって呼んでしまったのでしょう。
ですが求婚の件は間違いありません。国王陛下に聞いてみたらいかがでしょうか』


帰ってから宰相に聞いてみた。

『確かにそのような報告はございました』

『そうか』

『断ってから帰国なさったとも聞いております』

『それで向こうは諦めたと?』

『無理強いはなさらないはずです』

『ありがとう』


卒業パーティで落ち着いた姿を見せて、求婚をしよう。のんびりしてられない。




パーティ当日、ミーシェはとても美しかった。また笑顔を向けて欲しい、抱きしめたい、抱きたい。

だが、ダンス休憩の時に騒ぎが起きた。
ミーシェにケイトがひれ伏して謝罪をしていた。

見物人が多すぎる。ミーシェは未来の王子妃なのに印象が悪すぎる。

聞けばドレスに飲み物がかかっただけ。
ミーシェのドレスなら王宮に何着もある。
とにかく穏便に二人を離さなければ。

だからミーシェに着替えをさせようとした。
ケイトはミーシェに悪意など持つはずがない。怒る必要はないんだ。

だけどケイトを立たせている間にミーシェが消えていた。ライアンはサックス侯爵と話していた。

『フェゼノア侯爵令嬢、王女殿下がお呼びです』

『えっ、殿下』

『大丈夫。事情を話そう』

母上の所に連れて行き、事情を話した。

『押されて足がもつれたのね?』

『はい』

『周りには沢山人がいて誰に押されたかわからないのね?』

『はい』

母上はケイトのドレスを見てから溜息をついた。

『フェゼノア侯爵令嬢はもう帰りなさい』

『母上』

『卒業パーティは卒業生の人生でたった一度切りのイベントなの。その思い出にシミを付けたのだから会場に居させることは出来ないわ。主役の一人が帰ったのに貴女が残るなんて出来ないの』

ミーシェが帰った!?

『ううっ、申し訳ございません』

『母上、ケイトは慣れなくて、』

『慣れなかったら許されるの?』

『殿下、私が悪いのです。
王女殿下の仰る通りにいたします。
後日、サックス侯爵令嬢にお詫びをいたします』

『サックス家に接触することも許さないわ』

『母上、いくらなんでもそれは、』

『わかったわね?退がりなさい』

『ううっ、失礼致します』

『ケイト!』

『エヴァン!』

『母上、ケイトは真面目な学生で悪気はないのです。
それよりミーシェは何故帰ってしまったのですか。替えのドレスはあるはずなのに』

『パーティが終わるまで会場にいなさい』

『ミーシェが、』

『今更追いかけてもサックス邸に帰っているわ』

『分かりました』

しかし、パーティが終わると私は監禁された。





シ「エヴァン。あの時、フェゼノア侯爵令嬢を起こすのは他の者に頼めばよかったのにミーシェに背を向けてしまった。

そもそも揉め事の時に愛する人の味方でないと駄目だ。揉めている相手側を庇う時は、そうしないと命の危険があるとか国が傾くとか国益に影響するとかそういった場合の時だ。

別にあの場で責めろとは言っていない。
ミーシェの手を取り、令嬢には他の者に立ち上がらせるように指示を出し、今日は帰りなさいと言ってミーシェの着替えに付き添えばよかったんだ」

エ「父上」

陛「ハヴィエル殿」

ハ「エヴァン殿下。家族同士の付き合いはありますが、もう貴方とミーシェの交流はありません。求婚も受け付けません。ミーシェに近付かないように。
これから選出されるご令嬢と親睦を深めてください。

ライアンとは男爵家の息子と王子という関係になります。卒業しましたのでこれまでのような接し方はさせません。

そして刺激をしないように。
御身の為です」

エ「待ってください!私が間違っていたのは分かりました。でも浮気をしたわけでもないのです」

ハ「どんな思いで娘を養女に出したと思っているんだ。

産まれる前から胎児に話しかけ、産まれてからは常に気にかけ成長を見守りながら愛してきた。

夜中に泣けば抱いて屋敷中を歩き、熱が出れば何度も様子を見に行った。
涎を垂らそうが、鼻水を付けられようが、食べ物や飲み物をこぼされようが膝の上に座らせ続けた。

野犬に襲われて大怪我を負い、最悪は左腕を切り落とすかもしれないと言われた時は、安定するまで付きっきりだった。

絵本もできるだけ読んだし、散歩にも連れ出した。

ずっと愛してきたんだ。

その娘を養女に出さなければならなかった私の気持ちが分かるのか?

一度娘を泣かせてチャンスをくれと言っておいて、あの場面で他の女を庇うなど有り得ないだろう。

セーレンでは身の危険がありながら、薬草の供給を守る為、また貴方の縁談を避ける為に力になった。

帝国へ何をしに行ったと思う。
身の危険がありながら戦争をさせないように戦いに行ったのを忘れたのか?

無事に帰れたのはミーシェ達が友好関係を築いたからだ。例え先帝が亡くなっても新帝が娶ることも出来たのにそれをさせないだけの関係を築いたんだ。

そのミーシェが帰国して耳にしたのは何だ?
自分のことを愛してると囁いていたはずの男と他の女との仲睦まじい噂だ。

噂だけじゃない。実際にあの女が貴方のクラスに訪ねて行き、仲良く話している姿を何度か見ただろう。
その時のミーシェやライアンの気持ちが分かるか。

卒業パーティの為に王都に来て、ミーシェの曇った表情を見た時の私達の気持ちが分かるか。
食欲がないと量を減らすミーシェを見た時の私達の気持ちが分かるか」

シ「我々もエヴァンからの求婚を認めない。
振り回して申し訳なかった」

ス「こんなことになると分かっていたら、最初から距離を置かせたわ。
心からお詫びいたします」

陛「私からも心から謝罪をしよう。
申し訳なかった」

エ「許してください、お願いです」

ア「未熟を理由にしてチャンスを強請ったのは貴方よ。また?
ミーシェは何度許せばいいの?」

エ「愛してるんです!」

ア「もう、一方通行よ」

陛「そろそろ出発の時間だな」

ハ「失礼致します」

ア「失礼致します」

エ「ミーシェもサルト領に?」

ス「いいえ。ミーシェはサルト領には行っていない。
エヴァンには見張を付けて当面城から出さないわ。未熟な自分と向き合いながら婚約者の選定を待ちなさい。

婚約を拒否すれば継承権を剥奪して臣下に下ることになる。それでも役に立とうとしなければ爵位も与えないわ」





二ヶ月後。

「エヴァン殿下、この間、騎士と王女の身分差の恋物語を題材とした劇を見ましたの。
素敵でしたわ」

「そうか。それは良かった」

「エヴァン殿下、一昨日、演奏会を開きましたのよ」

「そうか。それは素晴らしい」

「エヴァン殿下もご一緒に観に行きませんか」

「私は父上から仕事を教わっていて外出を許されていないんだ」

「まあ、そうでしたの」

「では、私がこちらで演奏をいたしますわ」

「私は未熟なのでまだそこまで余裕が無い」

「まあ、謙虚でいらっしゃるのですね」


茶会が終わって父上に報告した。

「順調か」

「はい」

「希望はあるか」

「どちらも問題ありません。父上と母上が選んでください」

「では夜会に招待して最終試験にしよう」

「よろしくお願いします。失礼します」




毎夜、私は寝室の窓の鍵を開けて寝る。
またミーシェが忍び込んで私のベッドに潜り込み、私の腕を枕にしながら寄り添うかもしれない、そんな期待をしながら窓を見つめて待っている。

待ち疲れて眠り、朝メイドに起こされる。

空虚な一日がまた始まる。
その繰り返しだ。


昔の生活が嘘のように今は孤独を感じる。
私は城内での信用も失ったのかもしれない。

私は愚かだった。

ケイトリンは養女になる前もケイトリンだったことを知った。

彼女は王城への立ち入り禁止と王族への接触禁止を言い渡された。
侯爵家をクビになり生家に戻されたらしい。


私はずっと好きだったミーシェを失ってしまった。
そして女性不信になった。
きっと婚約させられる令嬢も信用することはできないだろう。








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