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黒文鳥

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1章

5

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 ユーグレイが凄いのは、確かだ。
 数値として検証出来なくても、彼の魔力が桁違いであることは何よりアトリが知っている。
 セルの活動限界は、魔力切れを起こした時。
 体内での生成が間に合わず、ペアに魔力を渡せなくなると活動限界だ。
 そうなると再び前線に立つまで数日は使い物にならなくなる。
 けれど共に仕事をするようになって五年、ユーグレイがその限界を迎えたことは一度としてない。
 だからこそ、彼は銀の長剣を持つ資格を得ている。
 僅かに魔力を通すことが出来る銀剣はセルの護身用の武器として用いられるが、普通のセルはそこまで魔力を回していると当然倒れる。
 だから魔力が有り余ってるごく少数のセルにしか、銀剣を持つ許可は降りない。
 つまりはその一握りの人材に、ユーグレイは含まれるわけである。
 対してエルの活動限界は、身体が魔術行使に耐え切れなくなった時だ。
 それは主に痛みとして現れるが、頭が痛い目が痛いなんてアトリは日常茶飯事。
 そして魔術行使に関して見られる傾向も、あまり褒められたものではない。
 アトリは受け取った魔力を自身の感覚強化に使うのは得意だが、肝心の人魚を攻撃するような外に放つ魔術はあまり得意ではないのだ。
 事実としてアトリのエルとしての能力は平均か、ややそれを下回る。

「アトリ」

 相棒の呼びかけに返事をして、アトリは差し出された手を握る。
 再度見渡す海は、忌まわしい魚影もなくただ穏やかだ。
 ごく稀に防壁や人間の破壊を優先するような巨大な個体が現れることもあるが、一先ず現状脅威になるものは見えない。
 遠く遠くまで目を凝らして、意識は自然と上向いた。
 視力を強化しての哨戒は、独特の浮遊感と高揚感がある。
 面倒な話はどうでも良いか。
 どうせこの友人は自身とアトリの能力の差など気にもしないのだから、説明するだけ無駄だ。
 そんなことより少しは真面目に仕事をしようと、アトリは集中する。
 もっと遠くへ、もっと明瞭に。
 風を掴んで海面ぎりぎりを飛ぶような、疾走感。
 鳥になったような感覚。
 視界が広い。
 ああ、なんか調子良いなとアトリはふと思った。
 
「アトリ」

 すぐ耳元でユーグレイの声がした。
 魂だけ抜け出てしまったかのような微かな不安は、その声でたち消える。
 まだ、全然行けそうだ。
 緩やかにカーブする防壁に沿って、ぐんと加速するように視界が開けていく。
 物凄い速さで風景が流れる。
 きらきらと光る水色の海に人影が二つ見えて、ようやくアトリは視線を固定した。
 ゆっくりと海を歩く灰色のローブの二人組。
 茶色い癖っ毛に猫のような目をした青年と赤毛でひょろりと長身の青年は、カグと彼のペアであるニールだ。
 黙っていればそれなりに見栄えもするのに、カグは相変わらず不機嫌そうに何かを捲し立てている。
 相方のニールは、背を丸めてそれに相槌を打っているようだ。
 
 アトリ。

 南側をアトリたちが哨戒していることは、当然彼らも知っている。
 その話題は恐らくユーグレイへの中傷に終始するのだろうなと、憂鬱な気分になった。
 アイツは、と少し高いカグの声がする。

「調子に乗り過ぎてんだよ、実際。あの澄ました顔見てっとぶっ飛ばしたくなんだろ? オレなら、一発二発グーパンかまして終わりだぜ?」

 そうだね、カグくんは強いもんね、と答えるニールの声は遠い。
 余計なことに脳の容量を割けるものだ。
 若気の至りもここまで来ると居た堪れない。
 他人を羨む暇があるのなら、自身を顧みて努力をしろよ。
 呆れ半分、やはり誤魔化しようのない苛立ちが湧き上がる。

 アトリ。

 さっきから、ずっと名前を呼ばれている。
 ユーグレイだ。
 ぐ、と肩を掴まれて、アトリは弾かれたように傍の相棒を見た。
 一瞬脳を揺さぶられるような不快感があったが、何の痛みもなく視界が戻ってくる。
 眉を顰めた友人は、何故か焦っているかのようにもう一度アトリの名を呼んだ。

「何、どうした?」

「いつまで、見ている」

「いつまでって」

 ユーグレイはアトリの肩から手を下ろした。
 意識がないように見えた、と彼はため息と共に呟く。
 いやいや、めっちゃあったから。
 ユーグの声も聞こえていたし、何だったらカグとニールを見つけてその会話も聞いて。

「……………………」

 すっと、冷静な思考が警告を発した。
 ユーグレイの碧眼を見つめたまま、アトリは沈黙する。
 いつもの哨戒任務だ。
 強化したのは確かに視力だけ。 
 けれど視界を遥か先に展開することも、遠くにいる人間の会話を聞き取るなんてことも、「視力の強化」では到底出来る芸当ではない。
 そして何かの偶然で常より高位の魔術を行使してしまったのだとしたら、それに対する防衛反応として「痛み」がなくてはおかしいのだ。
 では自分は、一体。

「戻るぞ」

 その沈黙をどう解したのか、ユーグレイはローブを翻した。
 
「は? いや、別に体調は悪くなーー」

「引き摺られたいのか?」

 心配してるのか、してないのかどっちだ。
 酷く冷たく凄まれて、アトリは反論を飲む。
 相棒は第四防壁の扉に向かって歩き出し、すぐにアトリを振り返る。
 うかうかしていると本当に引き摺って連れ帰られそうだ。
 別段悪いことはしていないはずなのに、アトリは叱責を待つような気分のまま彼の後を追った。

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