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1章
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しおりを挟む「ほらね、だから泣かされるって言ったでしょう?」
病室のベッド。
嗅ぎ慣れた独特の匂い。
照明に照らされた個室は、清潔で静かだ。
無責任にも少し楽しそうに、声は続く。
「まあ、でも良かったんじゃない? 男の子同士って知識なくやるとヤバいことになったりするけど、流石君の相棒は下準備も後のケアも完璧。滅茶苦茶に抱き潰しておいて、アトリ君に傷一つ付けないとか狂気の沙汰だよね」
大事にされてるなー、と薄桃色の髪を揺らして声の主は笑った。
枕元に立っているのは、セナだ。
検査結果も悪くないからもうちょっとしたら退院出来るよと言われて、アトリは横たわったままため息を吐く。
僅か五日前の狂乱は、忘れようと努力したにも関わらずまだ生々しく脳に焼き付いていた。
未だそれを想像させる言葉一つで、じわりと身体の奥が熱を帯びる。
本当に、自己嫌悪でどうにかなりそうだ。
「浮かない顔だね? マリッジブルーってやつ?」
「……ちょっと、先生は、黙っててもらえないですかね」
掠れた声で言い返して、アトリは咳き込んだ。
彼女は、アトリの頭をぽんぽんと撫でて「でも良かったよ」と優しく言った。
「多分もう意識が戻らないってとこから、ここまで回復したんだから。君の相棒だって、半分くらいはきちんと治療行為のつもりだった思うよ? 少なくとも君を辱めるような意図はなかったって断言してあげても良い」
そもそも何故ユーグレイがアトリの異常についてを知っていたかと言えば、セナがそれを伝えたからなのだが。
鞘に収めたままの銀剣を突きつけられ、知っていることを全て話せと脅されたと言う彼女を責めるのはお門違いだろう。
もういい加減面会を断るのも限界なんだけど、と更に文句を言われては返す言葉もなかった。
特殊個体の襲撃があった夜から意識が戻らなかった、と言うのは本当らしい。
セナからアトリの状態を聞き出したユーグレイは、躊躇いもなく治療方法としてそれを選んだそうだ。
触れるだけとかそういう次元ではない、完全な性行為である。
いや、ちょっとは躊躇しようか。
助けられた側で言えたことではないが、アトリとしてはどうしてこうなったと自棄を起こしたい気分だ。
とは言え。
最善ではないにしろ、打てる手としては最も現実的で効果があるだろうと医師であるセナも判断した。
諸々の事情を知る彼女は個室を用意して二人を隔離してくれて、あの状況が出来上がった訳だ。
実際アトリは行為の最中に意識を取り戻したのだから、その判断は間違ってはいなかったのだろう。
「まあね、君からしたら不同意性交な訳だ。抵抗出来ない状態で繰り返し何度も、なんて最低だろうね。防衛反応の暴走で物凄い快感を得ただろうけど、それは君の意思とは切り離されたものだ。だから君にとってそれが許し難い行為であったのなら、私も彼も罰を受ける覚悟はあるよ?」
口調だけはのんびりと、セナはアトリを慮った。
許し難い行為。
いや、罪に問われるべきはセナでもユーグレイでもない。
アトリは目を閉じて、口元まで毛布を引き上げた。
身体の怠さと酷使した器官の違和感と、声を上げ過ぎたせいで痛めた喉。
それらを除けば、目が覚めなかったかもしれないなんて冗談に聞こえるほど体調に不安はない。
けれど狂った防衛反応は、アトリが無事に目覚めた後も思い出したように襲って来ることがあった。
負荷が大き過ぎたが故の、一過性のフラッシュバックだろう。
これまで通り息を殺してひたすらに耐えて意識を失えば良かったものを。
色々あり過ぎて疲弊していたせいだろうか。
アトリはその時、ユーグレイとの行為を思い出して熱を鎮めてしまった。
あんなに苦痛だったのが嘘のように、それは単純に快感の大きな自慰行為として終わった。
その時の溺れるような罪悪感は、言い表しようがない。
やめるべきだと思った。
だが、あれだけの快楽を味わってしまったらどうしたって止めようがなかったのだ。
「すみません」
アトリは静かに謝罪を口にした。
セナは意図を図りかねたのか、返事をしない。
「悪いのは、俺です。先生もユーグも悪くない」
頭の良いユーグレイであれば、セナから話を聞いて何が原因でそうなったのか予想はついただろう。
だからこそ、どんな手を使ってでもアトリを救おうとしてくれたに違いない。
彼に望まぬ行為を強いたのはアトリだ。
最低だと許し難いことだと声を上げるべきなのは、ユーグレイの方である。
謝らなければいけない。
けれどそれすらもきっと、許されない。
当然だ。
無理やり抱かせてあれほどの醜態を彼に晒した上、その行為を振り返ってまた快感に浸るなんて。
恥知らずにも、程がある。
「あいつに、合わせる顔、ないですよ。俺」
「ーーーーアトリ君」
何があったってペアとして大切な友人として、なんてことない顔して彼の隣に立っていたかった。
でも、駄目だ。
自分がこんな浅ましい生き物だとは思っていなかった。
ユーグレイのペアでいたいなんて、望む権利があるはずもない。
アトリはゆっくりと目を開いた。
「先生、ベア先輩を呼んでくれますか?」
管理員を呼んで欲しいと頼むと、薄桃色の頭が不思議そうに傾いだ。
どうしてかな、と問う彼女の声は穏やかだ。
ああ、喉が痛いなとアトリは思った。
自業自得か、本当に。
その通りだ、ユーグ。
「俺、ユーグのペアを辞めます」
セナは一瞬驚いたように目を見開いて、それから呆れたような息を一つ吐く。
拗れるね、君たちは。
そう言って、彼女は何故か苦笑した。
ユーグレイとのペアが正式に解消されたのは、それから七日後のことだった。
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