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黒文鳥

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2章

12

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 ユーグレイは鋭い瞳をしたまま、口を噤んだ。
 そうやって、どれだけ感情的になっても彼は耳を傾けようとしてくれる。
 そういうことをわかるくらいには喧嘩もして、その分だけ仲直りもしたのに。 

「屈辱だったとか嫌だったとかじゃない! 治療だって言ったってあんなこと、お前にさせたくなかった! だから」

「僕にさせたくなかった? あの方法を選んだのは僕だ。君にそんなことを案じられる筋合いはないし、勝手に僕が傷ついたみたいな言い方をされるのは心外だ! 治療だと嫌じゃなかったと言えるのなら、ペアを解消することはなかっただろう!?」
 
「だからッ、どんな顔してお前の隣にいろってんだよ! だって、俺」

 アトリは言いかけて、思い出したように呼吸をした。
 喉の奥がぎゅうと締め付けられるように痛い。

「だって、何だ」

 ああ、やはり容赦がない。
 ユーグレイは躊躇いもなく、踏み込んで来る。
 答えを求められて、アトリは頭を振った。
 嫌だ。

「君が全部話すまでは、ここを動かない。言っただろう、アトリ。僕は必要なことであれば、君が嫌がってもそれを聞き出す」

「……必要なことじゃ、ない。もう良いだろ」

「良くない。君はまだ、僕の隣に戻ると言っていない」

 前髪を撫でるように、風が吹く。
 いつのまにか、もう月が出ている。
 アトリはゆっくりと項垂れた。
 肩を叩いた右手を開いて、指先でユーグレイのローブを掴む。
 目を閉じると、夜より深い暗闇があった。

「だって、気持ち良かったって言われたら、お前だって嫌だろ」

 声が震えた。
 今更、未練がましく、まだ。
 ユーグレイに嫌われたくはないと思っている。
 小さく自身を嘲笑して、アトリは「ごめん」と繰り返す。

「お前が、あんな必死になって助けようとしてくれたのに。それを思い出して、一人でしてるとか、最悪だろ。隣にそんなやついたら気持ち悪いって」
 
 感覚のない指先。
 辛うじてローブを離して、アトリは片手で顔を覆う。
 項垂れたままの首元に、彼の視線を感じた。
 罵倒してくれて良い。
 軽蔑してくれて良い。
 それだけのことをしたし、それを知られたくなくて逃げ回った。
 ユーグレイは、どれだけ待っても何も言わなかった。
 前触れなく左手を引かれて、アトリは反射的に顔を上げる。
 ローブを翻して、彼は歩き出す。
 常より速い歩調。
 半ば走るように彼に続く。
 
「………………」

 ちゃんと連れて帰ってはくれるのか。
 どこか他人事のように、まだ握られている手を見る。
 門までの数段の階段を、駆け上がって。
 銀色の門に手をついて、ユーグレイはようやくアトリを振り返った。
 ここまでだ。
 嫌な思いをさせて、本当にごめん。
 最後くらいはきちんとその目を見て、その拒絶を受け取ろうとアトリは思った。

「ユー、グ?」

 ユーグレイは微かに笑っていた。
 けれどその瞳は、何故か切迫した気配を滲ませている。

「そうか。それなら君は、僕に対する認識を改めた方が良い」

 それは、どういう。
 問い返す刹那の間もない。
 左手が凍るような錯覚。
 溢れるほどの魔力が一気に流れ込んで来る。
 
「な、ぁ!? 待っ、ユーグ!」

 そんな量をアトリが受け取りきれないことは、ユーグレイであれば当然わかっているはずだ。
 彼の手を解こうとした右手さえ、更に握り込まれる。
 ユーグレイは、魔力を止めようともしない。
 音の混ざった呼吸が、堪えようもなく口から溢れた。
 思考が白くなる。
 ぐず、と身体の奥深くが溶けるような感覚。
 
「ーーーーーーっ」

 散り散りになる理性をかき集めて、その反応を切り離そうとした。
 まだ、間に合う。
 ユーグレイは門を押し開けるのと同時に、アトリの身体を引き寄せる。
 銀髪が頬に当たって、意識はそちらに持って行かれた。 
 駄目だ。
 ふ、と吐息がかかる。
 首筋を柔く噛まれて、びくと身体が跳ねた。

「いッ、つ!」

 紡ぎかけの魔術が形を失う。
 待ち構えていたように防衛反応が警鐘を鳴らした。
 何もかもが。
 這い上がれないほどの快感の中に、落ちる。
 防壁の中に引きずり込まれると、アトリは立っていられなくて石の床に膝をついた。
 ユーグレイの足元に蹲ると、すぐ後ろで門が閉まる重い音がする。
 
「はッ、あ、ぅ……ッ」

 頭を抱え込むようにして、痙攣を強める下腹部を押さえた。
 イッてる。
 隠しようもなく背中が震えて、アトリは袖口を噛んだ。
 何で、こんなこと。
 大丈夫かー、と誰かの声が響いた。
 もう防壁の中だ。
 誰がいても、おかしくはない。

「いつものことだ。心配ない」

 ユーグレイは相手にそう答えて、屈み込む。
 彼の影が少しだけ照明を遮った。
 声の主は欠片も疑う様子はない。
 お大事にな、と言い残して足音が遠ざかる。
 アトリは自然と詰めていた息を、途切れ途切れに吐き出す。
 冷たい石の床に爪を立てても、ただ、ひたすらに。
 気持ち良くて、仕方がない。
 片膝をついてこちらを見下ろすユーグレイのローブを、アトリはぐいと掴んだ。

「お、まえ…………ッ!」

 いくらなんだって、こんなことをしなくても良いだろう。
 アトリは気力を振り絞って彼を睨んだ。
 ユーグレイは弁解も恨み言もなく、アトリの肩に腕を回して抱き上げようと力を込める。
 思わずローブを掴んだまま、彼の胸元を押した。
 たじろぎもしないユーグレイは、僅かに笑みを深める。

「アトリ」

 するりと伸ばされた手は、下腹部を押さえたアトリの手を撫でて。
 そのまま脚の付け根をなぞると、ぐぅっと指先を押し込む。
 たったそれだけで。
 ぱん、と快感が弾けた。

「ひ、う゛ッーーー!!」

 じわりと視界が滲む。
 ひくひくと腰が跳ねるのを、止められない。
 ユーグレイは掠れた声で「凄いな」と呟いた。
 羞恥の熱が、更に身体を苛む。

「僕は、ここで話の続きをしても構わないが?」

 辛うじてその言葉の意味を理解して、アトリは必死に首を振った。
 響きだけは優しい笑いが、鼓膜を揺らす。
 ユーグレイに肩を抱かれて、あっさりと抱え上げられる。
 衣服が肌を擦るのさえ、泣き喚きたくなるほどの快感だった。
 ここまでするほど、怒っているのか。
 どうしたら良いのかも、どうしたら良かったのかもわからない。
 ユーグレイの肩に額を押し当てて、アトリはきつく目を閉じた。



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