Arrive 0

黒文鳥

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3章

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 ベアの呼び出しを受けたのは、その翌日のことだ。
 二人揃って第三管理員室に、と言われて当然昨日の聞き取りだろうと思った。
 魔術の暴発なんて事象は、防壁内において最も避けたい案件だ。
 それを引き起こしたのがベテランのエルであろうと、次がないか慎重に審議する必要があるのだろう。
 第三防壁内の管理員室は所謂カンディードの中枢の一つで、管理員たちの個別のデスクに加え会議室などが集まっている。
 ごちゃごちゃと書類が積まれたデスクで、ベアは手を振った。

「おう、悪いなぁ。二人とも」

 穏やかに目尻を下げて笑うベアは、椅子を軋ませて立ち上がるとアトリの肩を叩いて「元気か?」と問う。

「しれっとペアに戻りやがって、心配させるなよ。本当に」

「いや、その節は色々すみません」

 流石に返す言葉もなくアトリは頭を下げた。
 カグの件から特殊個体の対応、そこからアトリとユーグレイのペア解消と続いてはベアの心労も自然と察せられる。
 優しい管理員は言葉とは裏腹にほっとしたような表情で笑った。

「お前らがペア解消なんてすると思ってなかったからな。ユーグレイは荒れるしお前はしんどそうだし、管理員たちで毎日頭抱えてたんだぞ? せっかく相部屋に移ったんだ。頼むから今後は仲良くしとってくれよ」

 まあ、なんというか仲良くとかいうレベルじゃないですが。
 動揺する気配もない相棒の隣で、アトリは曖昧に返事をする。
 ベアは「さて」と会話を切り上げると、鍵を手に会議室へと二人を促した。
 通された会議室には古い長机と椅子が並んでいる。
 窓がない代わりに、小さいが凝った装飾のシャンデリアが吊られていた。
 適当に椅子を動かして座ると、ベアはそれでと本題に入った。
 偶然居合わせただけで、正直なところ話せることは多くない。
 ユーグレイと補い合うようにして顛末を説明すると、ベアは腕を組んで唸った。

「……そうか。エルの魔術暴発ってのは感覚的にわからんが、簡単には起きないって聞いとる。あいつらはペアとして現場に出て長いし、体調不良ってのでそういうことは起こるもんかね?」

 ペアの男性からの聞き取りでは、探知のために数回魔力を渡したら気分が悪いと言って動けなくなってしまったそうだ。
 今も当人は治療中で、意識も戻っていないと言う。
 急激な負荷がかかって活動限界に至っただけとの診断で、幸い命に別状はないとのことだが。

「いや、個人差あると思うんで何とも。俺は体調悪かったら、暴発どころか上手く発動出来ない気はしますけど」
 
 暴発と言うのならアトリの現状が近いのかもしれないが、それも酷く特異な状態だ。
 ユーグレイも「少なくともそういう話は聞いたことがない」と静かに頷く。
 ベアもそうだという肯定が返ってくるとは思っていないのだろう。
 難しい表情のまま、彼は溜息を吐く。

「実はなぁ、ちぃと面倒な話が出ててな」

 少し低くなった声音。
 アトリとユーグレイを見て、ベアは続ける。

「相棒がおかしくなったのは皇国のカウンセリングを受けたせいじゃないかって、ペアのやつが言っとるんだよ」

「…………は?」

 一瞬全く言葉の意味がわからず、アトリは首を傾げた。
 皇国のカウンセリング。
 視線を送った先、ユーグレイは僅かに険しい顔をしている。

「ほら、使節団が来ると時々やってるだろう? 研究目的のデータ集めやら人道的な調査やら色々な。カンディードうちにも皇国出身のやつが結構いるし、それ自体は珍しくも何ともないんだがなぁ」

「ああ、そのカウンセリング。いや、それが何で昨日の件と関係あるって話になんですか?」

 皇国に限らず、使節団と銘打ってくる人々は防壁内で様々な活動をしていく。
 カンディードは完全独立組織ではあるが、国ではない。
 内部情報は基本的にオープンで、全ての国に対して中立であると公言している。 
 つまり明確に組織にとって不利益となる行為でなければ、原則使節団はここで何をしても良いのだ。
 自国の人間が不当に扱われていないか調べるのは当然のこと、研究目的で組織員たちのデータを取るのも禁じられていない。

「俺、受けたことないけど。何か特別なことしてんの?」

「……僕も知らないが、特別なことをしているのなら耳に入ることくらいはあるだろうな」

 まあ、そうか。
 良くも悪くも防壁内は孤立した空間だ。
 目新しい話題があれば仲間内に一気に広がって、嫌でも耳に入ってくるだろう。
 そもそもベアの言う通り、使節団のそれは珍しいことではなく訪問の折々行われていることだ。
 
「まあ、関係あるんじゃないかってペアが言ってんのも、前日に相棒がカウンセリングを受けてそっから元気がなかったからって微妙な根拠でな。あいつ、皇国の隣のノティスから来てるだろ。歴史的にも色々あったろうしな。根本的に良い印象がないだけだと思いたいんだが」

「…………それだけなら『面倒な話』ではないでしょう」

 ベアの言葉に、ユーグレイは淡々と言った。
 管理員は長机を指先でとんとんと叩く。
 本当に微妙な話なのだろう。
 眉を下げて困り顔のベアは疲れたように再び溜息を吐いた。

「体調不良者自体は、増えとるんだよ」

 多くは風邪っぽいくらいで、現状人魚対応に問題が出るレベルではないそうだ。
 ただカウンセリングを受けた後の体調不良者も、中にはいると言う。
 使節団やら旅行帰りの人員やらが、風邪を持ち込んで来ることは儘あることだが。
 
「それとなく使節団には内容を聞き込んではみたんだが、普段と変わらないデータ採集とカウンセリングだって話でな」

「異変があるんでやめて欲しいって訳には……、まあいかないですよね」

 流石にアトリでも、そう簡単に使節団にあれこれ求められないことくらいは理解出来る。
 そもそも関連があるかも、はっきりしない。
 ユーグレイが緩く首を振った。

「それで、何故その話を僕らに?」

 聞いちゃうのか、それ。
 ここまで来ると、ベアが言いたいことは何となく察せられる。
 明るい声で笑った管理員は、あっさりと「そりゃあ」と言い放つ。

「ちょっくらお前らに調べてもらおうと思ってな? 確証もないのに皇国の使節団のことを管理員があれこれ調べて回るのは、都合が良くない。それにうちの連中だって、お前ら相手なら気兼ねせずに色々話すだろう?」

 重苦しく考えなくて良いから、と言うベアにユーグレイは少し眉を顰める。
 嫌なのだろうか。
 面倒だが別に危なくはないし、何より時間に余裕のあるアトリたちにそれを任せたいと考えるのは自然なことだろう。
 
「ユーグ」
  
「………………」

 肘で軽くユーグレイの腕を突くと、彼は仕方ないとばかりに渋々頷いた。




 
 
 
 
 
 
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