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3章
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しおりを挟む「ーーーーだから基本的には譲渡する魔力量で魔術の規模が決定するはずだが、君は現状それすら不安定だ。明らかに渡している魔力で
は展開出来ないレベルの魔術を行使している。単純な調整では解決しないだろうな」
また小難しいことを。
アトリは途中から理解を諦めて、最終的に「もっとわかりやすく言うと?」と問いかけた。
「君に負担のないやり方を見つけるのは、簡単じゃなさそうだ」
なんだそんなこと今更。
アトリが笑うとユーグレイは眉を顰める。
いや、別に怒らせたい訳じゃない。
「おかげさまで随分楽だし、んなに焦んなくても良いけどな」
「そういう訳にもいかないだろう」
隣を歩くユーグレイはまだ何か言いたげだったが、廊下の先に銀製の門扉が見えて言葉を区切った。
再び「ペア」という関係に戻ってから。
仕事をセーブしている、とはいえ現場にはこうして以前と変わらない頻度で足を運んでいた。
軽い哨戒をこなしながら現状の活動限界を探るのが目的である。
実のところその後の防衛反応さえなんとかなるのなら、アトリとしてはそこまで辛くはなかった。
多少の怠さや不意の意識喪失も稀にあるが、それは以前もあったことだ。
身体に負担をかけているだろうことは勿論わかっているつもりだが、正直なところ一番辛い時期は越えたような気さえしている。
とはいえ、肝心の相棒はアトリのように楽観的にはなれないらしい。
ここ数日は受け渡しの魔力量の確認と、それによって魔術の出力がどう変化するかを徹底的に調べていた。
「攻撃性の強い魔術はまだ試していないが、今日はどうする?」
門の前でその日の予定を確認するのも、ここのところの恒例だ。
ユーグレイの涼しげな碧眼を見返して、アトリは肩を竦める。
「ユーグも見ただろ? 試しで使うには威力が強すぎて怖いって。うっかり誰か巻き込んだらどーすんだよ」
「巻き込むも何も、これまで黙って使っていただろう。君は」
「そーですが。人魚相手は仕方ないだろ」
ローブを翻して門へと向かうユーグレイの後を追う。
海と防壁の境界。
閉じられた銀色の門扉が、ぎしと音を立てる。
一歩先を行く彼が立ち止まった。
差し込む柔らかい陽光。
僅かに開いた隙間から、女性を背負った大柄の男が滑り込んで来る。
当然こういう時良い想像はしない。
はっとしたのは一瞬で、急いでユーグレイと駆け寄る。
彼はこちらに気付くと、困ったように少し笑った。
「いや、なんかちょっと具合悪いみたいで」
床に降ろされた女性は意識はあるようで、そのまま辛そうに蹲った。
良く知るベテランのペアである。
エルである女性の方が年上で、姉弟のように遠慮なく言い合いをする間柄だったはずだ。
連絡はしてあるからすぐ救護が来ると思うんだけど、と言いつつ彼は心配そうに相棒の背を摩る。
日中の哨戒に出るには時間的に遅く、門の前はこういう時に限って人気がない。
別段アトリたちは急ぐような予定もない。
お大事にと立ち去るには、少し相手を知り過ぎてもいた。
「防衛反応で?」
「どう、だろう……。ペア組んで結構するけどこんなになったことはないからな。痛いとは言ってないし、昨日からあんまり元気がなかったから普通に体調不良かもしれない」
楽な体勢を取らせた方が良い、とユーグレイは慣れた様子で手を貸す。
白い顔をした女性は「ごめんなさい」と小さく謝った。
何か飲めそうならと声をかけると、彼女は申し訳なさそうな顔をして頷く。
水貰って来る、とユーグレイに声をかけてアトリは踵を返した。
近くの談話室からならば、救護より早いだろう。
悪いな、と声をかけられて視線だけそちらに向けた。
「………あ、れ」
肌が粟立つような感覚。
視界に入ったものに何か異変がある訳ではないと言うのに。
女性を支えるペア。
その傍らに片膝を付くユーグレイ。
アトリの視線に、彼は怪訝そうな表情をする。
「アトリ?」
その問いかけに「何でもない」と答えられない。
危ない、と何故か思った。
何がとアトリ自身も完全に把握出来てはいない。
それは確信のない、曖昧な予感だった。
今夜は酷く冷え込みそうだとか、吹雪そうだとか、そういう肌で感じる危機感に似ている。
気が付いたらユーグレイに手を差し出していた。
流石に驚いたように見開かれる碧眼。
ただ、無条件に伸ばされた彼の手を掴んだ。
待って、何で、と戸惑うような声が微かに聞こえた。
瞬間、ガラスが砕け散るような音が響く。
身体を震わせた彼女を中心に、魔力が弾けた。
ぎりぎり、間に合った。
辛うじて形を成した魔術が致命的な衝撃を防いで崩れ去るのがわかる。
それは魔術の暴発だった。
突き飛ばされるように床を転がったのは、彼女のペアだ。
幸い彼はすぐに身体を起こす。
ユーグレイは完全に魔術の展開範囲内だったためか、体勢を崩すこともなかったようだ。
いつの間に引き寄せられていたのか。
庇うように頭を抱え込まれたまま、アトリは息を吐く。
慌てたように相棒を呼ぶ男の声を聞きながら、重く瞬きをした。
恐らく以前のアトリでは防ぐことが出来なかっただろう。
身体を貫くような魔力の残滓を感じ取って、今更指先が震えた。
「大丈夫か? アトリ」
ユーグレイの問いに、アトリは反射的に頷く。
この場合真っ先に案ずるべきは、唐突に暴発を起こした女性だろう。
初めて魔術を使ったエルであるならまだしも、彼女のようなベテランが引き起こすことは滅多にない。
ペアに抱き起こされた彼女は、やはり意識がないようでぐったりとしている。
「……アトリ」
ぐ、と肩に回されたユーグレイの手に力が込められた。
その声の温度に、ぎくりとする。
聞き返されてまで嘘は吐かない、と言ったのはアトリだ。
ただ冷静に自身の状態を確認しても、「大丈夫」という言葉は嘘にはならないと思った。
「今は、大丈夫。どっちかって言うと後から来るやつだろ、これ」
「ーーーーそうか」
安堵したような短い返答。
同時に慌ただしい幾つもの足音が聞こえた。
異変に気付いた人員が駆けつけてくれたのだろう。
俄かに喧騒に飲まれる空間に、ペアの名を呼ぶ声が幾度も響いた。
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