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3章
19
「馬鹿だなぁ」
淡々とここに至るまでの記憶を語り終えたユーグレイは、アトリが思わず発した言葉に反論もせず「そうだな」と返した。
二十年も生きていれば、良いことも悪いこともある。
その道行の幸福も痛苦も、わかったふりで評価するほど烏滸がましくはないつもりだ。
だから、その感想は決してユーグレイに向けたものではない。
凪いだ湖面のような横顔。
いっそ辛かったのだと言ってくれれば良いのに。
アトリは傍の相棒の頬を両手で包むようにして、目線を合わせる。
「そうじゃなくて。お前を引き留められたかった人たちがさー、もったいないことしたなって」
彼を手放すことになった人々の、その後を思う。
いやもしかしたら、彼らもユーグレイを責めることはなかったのかもしれない。
出て行ってしまうなんて思いもしなかった可能性もある。
けれどそもそもユーグレイ・フレンシッドはこういうやつなのだから、ちゃんと捕まえておかなかった責任はあるだろう。
「もったいないか?」
「もったいないだろー」
イケメンだし、仕事は出来るし、頭は良いし。
ちょっと自分にも他人にも厳しくて、愛想笑いもしないけれど、それが許される顔はしてるし。
思い付くままに羅列していくと、ユーグレイは頬を挟まれたまま苦笑する。
「顔が良い、と二度言わなかったか?」
「お前、鏡見て来い。何回言っても許される顔してるから」
まあ、何というかそういう表面的な言葉に出来ることだけではないのだけれど。
アトリは動物でも撫で回すように、ユーグレイの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
流石に憮然とする相棒に、溜息混じりに笑って見せる。
「こんなとこまで来ることなかったのに、ユーグ。家を出たら、もっと色んなとこ見て回れば良かったんだよ。きっとお前の傷に寄り添う人はいただろうし、正しく欲しい言葉をくれる人だっていた」
ありもしない罪を償うために、必死にならなくても良かった。
もっと自由に自分のやりたいように、好きなように生きて良かったのに。
その時隣にいるのはきっとアトリではないだろうけれど、その誰かはユーグレイをちゃんと愛してくれただろう。
「そういう選択もあったのかもしれないが、これで良い」
「もっと欲張れよー。お前の人生だろ」
「欲張っている。君は身を以て知っているんじゃないのか?」
さらさらと指の間を滑っていく銀色の髪。
ぴたりと動きを止めたアトリの手首を、ユーグレイはそっと掴んだ。
「君とどうでも良いことを話すのは、楽しい。勝てないゲームをするのも、酒を飲むのも、偶に口喧嘩をするのも、相手が君であるのなら何にも代え難い価値がある。だから僕は、ここに来るべくして来たのだろう。他の選択など、必要ない」
「……く、圧巻の殺し文句。どこでそんな技巧を覚えて来たんだ、お前。口説くにしたってもうちょっと手加減しろ!」
「これくらいで、口説かれてくれるのか? アトリ」
揶揄うような響きの言葉とは裏腹に、酷く真摯な瞳を向けられる。
いや、だからさ。
お前はもっと色んなものを、欲しがって良いんだ。
両親に、愛して欲しいと言って良かった。
家族として受け入れて欲しいと、怒って良かった。
その夕暮れの海で、悲しみのままに泣き叫んで良かった。
なのにこんなところまで来て、どうしてアトリなんかを欲しがるのか。
本当に、全く。
抱いていて愉しい身体とは思えない。
防衛反応が壊れているからそれなりの反応は返せるけれど、触れるなら柔らかくて愛らしいものの方がきっと良い。
ましてアトリは、ユーグレイに何か遺してあげられる訳ではないのに。
でも、とアトリは思考を止めた。
どれほどの言い分を重ねたところで、出てしまった答えは覆りそうもなかった。
「そーだな」
口説かれてくれるのか、とか。
今更。
ぐいとユーグレイの頭を引き寄せるようにして、アトリはその唇を塞いだ。
流石に予想していなかったのだろう。
ほんの微かに震えた身体に、ざまぁみろと少し胸のすく思いがした。
悪戯心に背を押されて、反応の薄い唇を舐める。
なるほど。
意表を突いてユーグレイを翻弄するのは、ちょっと癖になる楽しさがあった。
僅かに口を離して、アトリは堪え切れずに笑う。
「ユーグが色々やりたがるの、ちょっとわかっ……」
いつの間にか後頭部に回されていた手が、随分と余裕のない速さで距離を埋めようと動く。
かつりと互いの歯が当たった。
もう片方の手が腰に回されて、ぎゅうと苦しいほどに抱きしめられる。
遠慮の欠片もなく差し込まれた舌先が、上顎を撫でた。
「ーーーーッ、んん、ぐ」
一応性急さを咎めるように、ユーグレイの肩を軽く叩く。
熱を持って溶け出す思考。
反抗するように、ユーグレイの熱い舌に自身のそれを擦り合わせる。
じわりと溢れ出す唾液を飲み込もうとして、遮るように深まる口付けの合間、惜しいとばかりにそれを啜られた。
目を閉じているはずなのに、眩暈がした。
背を撫でるユーグレイの手は、必死に何かを確かめるように肌を押し揉むように動く。
隙間なく密着した身体。
挿入された舌が少しでも奥に触れたいと訴える。
「っ、ん、ーーーーう゛ぅッ!!」
ぐぅ、と頭が後ろに傾いでいく。
ちりちりと馴染みのある快感が瞼の裏で弾けた。
気持ち良い。
気持ち良いけれど、これはちょっと苦しい。
咽せかけた身体が不自然な動きで跳ねる。
同時に彼の肩を必死に叩くと、絡み合っていた舌はようやく離れて行った。
滲んだ視界。
我に返ったらしいユーグレイが、流石に申し訳なさそうな顔をするのが見える。
仕掛けたのはアトリだから文句を言えた義理ではないが。
引き攣ったような呼吸をしながら、殺す気かと辛うじて眉を寄せた。
「……すまない」
端的にそれだけ言って、ユーグレイはアトリの首筋に額を押し当てた。
ああ、もう。
必死に呼吸を整えながら、彼の頭をぐりぐりと撫でる。
まだ顔を上げないユーグレイの耳元。
する? とアトリは問いかけた。
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