Arrive 0

黒文鳥

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8章

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 ようやくカグたちと情報を交換出来たのは、翌日の昼時になってからだった。
 怪しい薬の後遺症というより主に誰かさんが好き勝手してくれたせいで、再び目を覚ました後もしばらくベッドから起き上がれなかったのだ。
 概ね悪いのはユーグレイだから宣言通り軽く一発引っ叩いてはいる。
 全く痛がる様子もなかったから、もう少し遠慮なく行っとくべきだっただろうか。
 当人は吹っ切れたような顔をしていたから蒸し返すのも何だろう。
 軽く水で濯いでくれたという衣服はまだ少し湿っていたが、気になる程ではなかった。
 薄暗いホテルのロビー。
 古い木の匂いに満ちた空間は閉鎖的だったが、居心地の悪さはあまりない。
 壁際に置かれたソファで話をしていたカグとニールは、遅くに起きて来たアトリたちの顔を見ても文句一つ言わなかった。
 特にニールは酷く心配をしたらしく、何よりまず「大丈夫?」と確認をしてきた程だ。
 これではどちらが安否不明だったのかわからない。
 大丈夫と答えてから昨日の救援に対する礼を伝えたが、呆れたような顔のカグに鼻を鳴らされただけだった。
 
「うん。それであのメイドさんが淹れてくれたお茶を飲んで、ぼくたち気を失っちゃって……」

 カグが調達して来たというパンと瓶の炭酸水で補給をしながら状況を確認する。
 予想通り、二人はこちらに着いて早々に邸を訪ねたようだ。
 ニールはちょこんとソファに腰掛けたまま、失態を恥いるように背中を丸める。
 カグは不機嫌そうに舌打ちをして、床に直接腰を下ろしたアトリたちに視線を落とした。

「引き離されて部屋に監禁されたとこを、隙を見て調査員のヤツが助けに来てくれたワケ。ソイツの話じゃ、街中監視の目があるからさっさと防壁に帰った方が良いっつーんだけどよ、ここまでバカにされてタダで帰れねぇの当然だろーが」

「ぼくたちの状況と救援依頼、それと邸は占拠されちゃってるから行かないでって連絡は調査員さんがしてくれたはずなんだけど……」

 なるほど。
 道理で安否不明者の割に余裕があると思った。
 そもそも彼らは彼らの意思でここに留まり、反撃の機会を窺っていたのだ。
 けれど、とアトリは首を振る。
 
「こっちにはその連絡自体が来てない。カグたちと連絡が取れないって話で、先輩に依頼されて来たんだけど。その調査員さんは?」

「一昨日? ううん、もうちょっと前に一回顔を見せに来てくれたけど……、その後は会ってない」

 ニールの声は少しずつ小さくなる。
 彼もそれが何を意味するのか、わかっているのだろう。
 調査員を取り巻く状況は、あまり良くなさそうだ。
 アトリはすぐ傍のユーグレイに視線を送る。
 彼は眉を顰めて頷いた。

「連絡手段が潰されているか。或いは調査員が連中に捕らわれたか。その両方という可能性もあるが」

「オレらを助けた手際といい、そうそうヘマはしねーヤツだと思うけどな」

 流石に恩人の安否は気にかかるのだろう。
 カグは低くそう言って黙り込んだ。
 二人が無事だったことは何よりだが、結局まだユーグレイの家族も調査員も安否を確認出来ていない。
 んで、とカグは茶色い癖っ毛を掻き上げると沈んだ表情を一瞬で隠した。

「テメーらはどーすんの? 逃げ帰るってんならそれでもオレらは構わねーけどぉ?」

 安い挑発だが、かつてのような緊張感はない。
 ニールがすぐ隣から「もー、カグくん」とペアを窘める。
 当たり前だがペアが二組いれば出来ることは格段に増える。
 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、アトリはユーグレイに返答を託した。
 やはり危険だから防壁に戻ると言い出したらどうしようかと思ったが、幸い彼は僅かに考え込んでから首を振る。

「いや、戦力的には緊急に離脱を考える程ではないだろう。悪いが、手を借りたい」

「あ? 何でテメェが『借りたい』側なんだっつの」

 唐突に主体を奪われてカグが即言い返す。
 アトリはパンの齧りながら苦笑した。
 カグはユーグレイが依頼人の息子だと知らないのだろう。
 
「ほら、いちいち突っかかってんなよ。で、どうすんの? 防壁にはどうにかして一報入れないとだけど」

 街中監視の目があるという調査員の忠告は気になる。
 ここにいる全員が顔を知られてしまっている以上、何の策もなく街中を歩くのは避けたいが。
 カグたちも食糧やらの調達はごく短時間、時には一人でこっそりと行っていたようだ。
 それとは別に現状把握のため二人で邸近辺まで様子見に行っていたと言うが、やはり大きくは動けなかったらしい。
 セルとエルの性質上、ペアでいることが望ましくはあるが。
 
「…………えっとね、えっと」

 ニールは何故か口篭って、アトリをじっと見た。
 何だろう。
 彼はそのままカグと顔を見合わせて、何とも言えない表情で頷いた。
 
「実はね、その、手がないこともなくて」

 
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